第二話「救ったはずだった」
ハルカの村までは、歩いて二日かかるらしい。
エイシアさんと並んで、街道を歩く。
天気は良かった。
風が気持ちよくて、空が高かった。
誰かと並んで歩くというのは、こんなに心地いいものなのか。
前の世界では、知らなかった。
「渕。あんた、ほんとに新人なの?」
「はい。なりたてです。」
「魔法、使えるんでしょ。さっきの宿でも、店主の腰痛なおしてたじゃない。」
——白紙化のことだ。
昨日の宿で、店主のおじいさんが腰を痛そうにしていたから、その痛みをなかったことにした。
「治せるなら、治した方がいいかなって。」
「ふぅん。お人好しね。」
エイシアさんは、少し呆れたように笑った。
—
しばらく歩いて、エイシアさんが、ぽつりと言った。
「あんたさ。なんで、そんな必死に人助けすんの?」
「必死……ですか?」
「うん。さっきのおじいさんも、頼まれてもないのに治してたし。」
考えたことが、なかった。
「困ってる人がいたら、助けたいので。」
「それだけ?」
「それだけ、です。」
エイシアさんは、少しの間、黙っていた。
「……あんた、自分のことはどうでもいいタイプでしょ。」
——どきり、とした。
「な、なんでですか?」
「なんとなく。そういう目、してるもん。」
エイシアさんは、前を向いたまま言った。
「人のためなら頑張れるけど、自分のためには動けない。そういう奴、たまにいる。だいたい、無理してる。」
何も、言えなかった。
図星だったから、ではない。
そんなふうに、誰かに見られたことが、なかったからだ。
『……いい子ね。その子。』
リーネさんの声がした。
『あなたのこと、ちゃんと見てる。』
そうなんだろうか。
でも、僕は、その視線が少しだけ、怖かった。
「ま、いいけど。」
エイシアさんが、伸びをした。
「あんたが無理してるなら、私が見ててやるよ。バディだしね。」
「……すみません。」
「だーかーら。なんで礼じゃなくて謝罪なのよ。変な奴!」
エイシアさんが、笑った。
——その笑顔は、本物に見えた。
僕には、本物に見えたんだ。
—
「そういえば、エイシアさん。」
「ん?」
「この世界って、平和なんですか?」
聞いてみたかった。
もう一度生きる世界が、どんなところなのか。
エイシアさんの顔が、少しだけ曇った。
「……平和とは、言えないわね。」
「そうなんですか?」
「魔王がいるのよ。」
——魔王。
物語の中だけの言葉だと思っていた。
「北の方に、魔王の軍勢がいてね。じわじわ、人間の土地を侵してきてる。村がいくつも焼かれた。私の故郷も……まあ、いいや。」
エイシアさんは、そこで言葉を切った。
触れちゃいけないことだと、なんとなく分かった。
「じゃあ。」
「ん?」
「その魔王を倒せば、みんな幸せですか?」
エイシアさんが、こちらを見た。
それから、少しだけ困ったように笑った。
「……簡単に言うわね。」
「ダメ、ですか?」
「ダメじゃないけど。魔王を倒すって、勇者でも無理なことよ。何百年も、誰もできてない。」
そうなのか。
でも——と、僕は思った。
倒せなくても、いいんじゃないか。
魔王を、なかったことにすれば。
その時の僕は、まだ、それを名案だと思っていた。
—
ハルカの村が見えてきた頃、悲鳴が聞こえた。
「助けてください!!」
街道の脇から、一人の男の人が駆けてきた。
顔が、真っ青だった。
「娘が、娘が盗賊に!!」
「落ち着いて。場所は?」
「そ、そこの森です! お願いします、娘を、娘を——!」
エイシアさんが、剣を抜いた。
「渕、行くよ。」
「はい。」
森に駆け込むと、すぐに見つかった。
数人の男たち。
汚れた服。
手には、刃物。
その真ん中で、小さな女の子が、震えていた。
まだ、十歳くらいだろうか。
「おいおい、邪魔が入ったぞ。」
「冒険者か?ついてねぇな。」
盗賊たちが、こちらに気づいた。
エイシアさんが、剣を構える。
「渕、あの子を——。」
「大丈夫です。」
僕は、前に出た。
「何が大丈夫——。」
「すぐ、終わりますから。」
盗賊たちを、見た。
刃物を持っている。
あの女の子を、傷つけようとしている。
——なら、消せばいい。
この、盗賊たちを。
「——白紙化。」
—
盗賊たちが、消えた。
音もなく。
跡形もなく。
さっきまで刃物を握っていた手も、にやついていた顔も。
全部、白く塗り潰されて、なくなった。
森に、静けさが戻った。
「……は?」
エイシアさんが、構えた剣を下ろせずにいた。
「今の、何。盗賊、どこ行った。」
「白紙化しました。」
「白紙……え?待って、消した、の?あいつら全員?」
「はい。」
エイシアさんは、しばらく言葉を失っていた。
それから、ふっと笑った。
「……あんた、とんでもないわね。」
女の子が、駆けてきた。
「お、お父さん——!」
「リル! リル! 無事か!」
父親が、女の子を抱きしめた。
「ありがとう!ありがとうございます、冒険者様!本当に、本当に……!」
何度も、頭を下げられた。
——よかった。
間に合った。助けられた。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
これだ。
これが、したかったことだ。
僕のいる意味が、あった。
—
女の子は、まだ、震えていた。
父親の腕の中で、小さく、ずっと震えていた。
「……怖かったね。もう、大丈夫だよ。」
父親がそう言っても、震えは止まらない。
盗賊は、もういない。
刃物も、もうない。
傷だって、一つもついていない。
それなのに、その子は、まだ怖がっていた。
——そうか。
襲われたことは、覚えているんだ。
盗賊が消えても、怖かった気持ちは、消えていない。
なら。
その恐怖も、消してあげればいいんじゃないか。
そうすれば、この子は、もう怖がらずに済む。
笑って、家に帰れる。
「この子の、恐怖を——。」
『——やめなさい。』
リーネさんの声が、鋭く飛んだ。
「え?」
『それは、やめなさい。平良渕。』
「でも、苦しそうです。」
『苦しそうだからって、全部消していいわけじゃないわ。』
——どうして。
僕には、分からなかった。
苦しいなら、消した方がいい。
怖いなら、消した方がいい。
その子のためなのに。
「……分かりました。」
リーネさんが言うなら、やめておく。
でも、納得は、できていなかった。
震えている女の子を見ながら、僕は、もやもやした気持ちを抱えていた。
なんで、消しちゃいけないんだろう。
—
ハルカの村は、僕を英雄みたいに迎えてくれた。
盗賊に襲われた商人たち。
怯えていた村人たち。
みんなが、笑顔になった。
「あんたのおかげだ!よかったら、もっといてくれよ!」
「困ったことがあったら、なんでも言ってくれ!」
——役に立てた。
その実感が、嬉しかった。
それから、僕は、いろんなものを白紙化した。
—
病気を、白紙化した。
「ありがとう!! 本当に、本当に!! ありがとう!!!」
寝たきりだった子どもが、走れるようになった。
母親が、泣きながら、僕の手を握った。
—
家畜を襲っていた魔物を、白紙化した。
「これで、冬を越せる。あんたには、なんて言ったらいいか……。」
老人が、何度も頭を下げた。
—
畑を荒らす害獣も。
壊れた井戸の不具合も。
おばあさんの、長年の腰痛も。
困っている人がいれば、消した。
全部、なかったことにした。
そのたびに、誰かが笑顔になった。
そのたびに、僕は、役に立てた気がした。
僕は、やっと、誰かの役に立てていた。
そして、僕の隣には、エイシアさんがいた。
「あんた、昨日も夜遅くまで村の人治してたでしょ。」
「はい。」
「馬鹿。倒れるわよ?」
「……すみません。」
「謝るな。心配してんの。」
エイシアさんが、僕の額を、指で軽く弾いた。
「あんたは、人のことばっかり。たまには、自分を労りなさいよ。」
「……はい。」
心配してくれる人がいる。
ただ、それだけのことが、こんなに嬉しいなんて。
前の世界では、知らなかった。
『…………。』
リーネさんは、何も言わなかった。
僕は、その沈黙にも、気づかないふりをした。
幸せだったから。
今が、幸せすぎたから。
—
全部が、上手くいっていた。
村は平和になって。
人々は笑顔になって。
僕には、隣にいてくれる人ができて。
何もかもが、思い通りだった。
——ある日、報せが届くまでは。
「聞いたか?北の外れの村が、滅んだらしい。」
「滅んだ?魔王軍にやられたのか?」
「いや、それが……飢えと病だとさ。誰も助けに行かなかったらしくてな。」
僕は、その話を、何気なく聞いていた。
可哀想に、とは思った。
でも、僕の知らない、遠い村の話だった。
「どこの村だったんですか?」
何気なく、聞いた。
商人は、少し考えて、言った。
「ええと……たしか、グレンって村だ。前に、盗賊が根城にしてた村だよ。」
——盗賊。
その言葉に、心臓が、小さく跳ねた。
『……平良渕。』
リーネさんの声がした。
いつもの、沈黙の前の声じゃなかった。
「リーネさん。今の話って……。」
『えぇ。あなたが消した盗賊。あの人たちにも、帰る場所があったのよ。』
僕は、何も言えなかった。
隣を見ると、リーネさんが、ひどく悲しそうな顔をしていた。
——救った、はずだった。
僕は、誰も傷つけていない、はずだった。
第二話、お読みいただきありがとうございます!
盗賊退治、成功です。
困っている人を助けた。
女の子も助けた。
村の人にも感謝された。
渕、完全に英雄ですね。
……本当に?
という第二話でした。
この力で消したものは、消したままでいいのか。
そもそも「悪い人」なら消してもいいのか。
このあとも10分おきに更新予定です。
よければ最後までお付き合いください!
ブクマやコメントをいただけると、エイシアが「だから言ったでしょ」と言いながら隣に立ちます。
よろしくお願いします!




