第一話「白紙の転生者」
僕の名前は、平良 渕。
お母さんがつけてくれた。
生まれた時、背中にまだら模様の痣があったかららしい。
本当は、ブチにしたかったのだという。
さすがに人間の名前じゃないから、渕になった。
でも、僕は好きだった。
お母さんがくれた名前だ。
僕にとっては、大切な名前だった。
中学を出て、一生懸命働いた。
お父さんはいなくて、お母さんは忙しいらしかった。
僕にできることがあれば、頑張りたかった。
だから、ちょっと頑張りすぎた。
最後は、過労死だった。
—
「……ようこそ。」
声がした。
「はい。」
反射的に返事をした。
目の前には、白い服の女の人がいた。
綺麗な人だった。
こんな綺麗な人と話すのは、初めてかもしれない。
ちょっとドキドキする。
「……ぼーっとしてるわね。」
「すみません。」
思わず、反射で謝った。
謝ることは、癖になっていた。
「ここは、どこでしょうか?」
「ここは——。」
「……っは!?」
女の人が、何かを説明しようとした。
その前に、僕は大事なことを思い出した。
「……どうしたの?」
「労災って、おり……おりるんでしょうか?」
「……。」
女の人は、黙った。
「あなた、死んだのよ?」
「はい。知ってます。すみません。」
「……は?」
「最後、職場の床が近かったので。倒れるのはたまにあったんですけど、今回は多分まずいだろうなーって。」
「……。」
「お葬式代とか、母に迷惑がかからなければいいんですけど。」
女の人は、しばらく僕を見ていた。
何か言いたそうで、でも言わなかった。
「……あなた、自分の心配はしないの?」
「自分?」
「そう。あなた自身。」
「えっと。」
少し、考えた。
「僕は、大丈夫です。それよりも、労災……。すみません。」
「……っ。」
女の人は、また黙った。
—
「改めて説明するわ。私は、リーネ。女神よ。」
「……女神。」
「そう。」
「すごいですね。服も綺麗です。」
「なにそれ?随分、他人事ね。」
リーネさんは、軽く咳払いをした。
「あなたには、異世界転生をしてもらいます。」
「異世界転生。」
「ええ。転生よ。」
「すみません。四文字熟語は得意じゃなくて。」
「四字熟語ではないわ。」
「は!?まさか五文字熟……。」
「違う。」
リーネさんは、少し疲れた顔をした。
「とにかく。あなたは別の世界で、もう一度生きることができる。」
「……。」
「どうしたのよ?生き直しよ?」
「いいんでしょうか。……僕なんかが、もう一回生きて。」
リーネさんが、こちらを見た。
その目が、なんだか痛そうだったので、僕は少し慌てた。
「あ、すみません。変なこと言って。」
「……いいえ。」
「向こうにも、働き口とかありますか?もし送金できるなら、母に……あ、すみません。」
「……あなた、そればっかりね。」
—
「これが、本当にSランク査定の転生者なの?」
「……。」
「……にしては、どうにも常識というか。……あいつら、お役所仕事ね。」
リーネさんが、何かをじっと考えている。
申し訳なかった。すみません。
「渕。」
「はい!元気です!本日も一日、お客様に——」
「ストップ。何それ?」
「すみません。癖で。」
「……。」
沈黙が落ちた。
なんだろう。怒らせてしまっただろうか。
「……あなた、スマホとか持ってなかったの?」
「もちろん!持ってましたよ!」
少しだけ、胸を張った。
「会社から、支給いただいたんです!」
「支給……。」
「はい。でも、仕事以外には使えなくて。」
「じゃあ、私用のものは?」
「ないです。特に使う相手もいなかったので。」
「……。」
「あ、でも便利でしたよ。メインはGPSでしたし。」
「GPS?」
「はい。ちゃんと仕事場に向かってるか分かるように。」
リーネさんは、また黙った。
さっきから、よく黙る人だ。
僕、何か変なこと言ってるだろうか。
「……平良 渕。」
「はい。」
「転生に伴って、あなたは、能力を授かることができるわ。」
「……能力?」
考える僕をよそに、リーネさんが手を伸ばした。
指先が、僕の額に触れる。
温かかった。
人に触れられるのなんて、いつ以来だろう。
「……なるほど。とんでもないわね。」
「……何がです?」
「授かった能力は、白紙化。」
「……白紙化?」
「あらゆるものを、なかったことにできる力。」
リーネさんも少しだけ動揺しているようだった。
でも、僕にはいまいちピンとこない。
「……なかったこと?」
「そう。」
「すごいんですか?それ?」
「超すごいわよ。世界干渉系、最強の部類ね。」
「……。」
「そうとう不幸だったのね。あなた。」
——僕が、最強。
やっぱり、ピンと来なかった。
「使い方は、簡単。なかったことにしたいものを思い浮かべて、白紙化と念じるだけ。」
「たとえば、どんなものが消せるんですか?」
「傷。病気。借金。危険。だいたいのものは、消せるわ。」
——だいたいのもの。
すごい力だ。
これがあれば、困っている人を、たくさん助けられる。
そう思った。
「すごいです!リーネさん!」
「……。」
「これがあれば、僕でも人の役に立てそうじゃないですか?」
リーネさんが、ほんの少しだけ、目を見開いた。
「……人の、役にぃ?」
「はい!」
「もっと、他に考えることがあるでしょう?自分のためとか。」
「僕の、ため……?」
考えた。
何も、思いつかなかった。
「僕のために、人の役に立ちたいんですよ?」
リーネさんは、しばらく何も言わなかった。
—
それから、リーネさんは少しだけ俯いて、小さな声で言った。
「……重症ね。」
「え?」
「確かに、それくらいの能力が必要な世界ではあるけど。」
「……。」
「でも、さすがにリスキー過ぎない?何考えてんだか。」
あ、やっぱり僕じゃダメみたいだ。
当然といえば、当然だ。
申し訳ない。
「決めた。」
「はい。」
「……あなたの世界に、私もついていく。」
「いいんですか?女神なのに。」
「本当はダメ。ルール違反よ。」
「じゃあ。」
「でも。」
リーネさんは、顔を上げた。
「死んで最初に労災の話をする人間を、危なくないと思えるほど、私は雑じゃないの。」
よく分からなかったけど、心配してくれているらしい。
変な人だ。
僕のことなんて、心配しても、何もいいことないのに。
「じゃあ、早速能力を使ってみなさい。」
「んへ?」
「何呆けてるのよ。私にかかっている『同行できない』という制約だけ、消してみなさい。」
「……んー。やって、みます。」
僕は、リーネさんにかかっているという制約を思い浮かべた。
女神は、異世界についていけない。
その決まりを、なかったことにする。
「——白紙化。」
そう呟いた瞬間、何かが白く塗り潰されるような感覚があった。
リーネさんが、小さく息を吐く。
「……本当に、消えたわね。」
「あ、消えたんですね。よかったです!」
「よくないのよ。普通は。」
リーネさんは、少しだけバツが悪そうだった。
「……リーネさん。」
「何よ?」
「……ありがとうございます。」
僕は、深々と頭を下げた。
「お礼なんて、いいわよ。」
「……。」
「あなたのためって、わけじゃない。」
リーネさんは、それ以上、何も言わなかった。
—
光が、僕を包んだ。
体が、軽くなっていく。
意識が、溶けていく。
——もう一度、生きられる。
今度こそ、誰かの役に立てるかもしれない。
そう思いながら、僕は目を閉じた。
—
目を開けると、知らない場所だった。
石畳の道。
木でできた建物。
見たこともない服を着た人たち。
——ここが、異世界。
本当に、来てしまった。
『ちゃんと、転生できたみたいね。』
「リーネさん?」
『声は、あなたにしか聞こえないわ。私の姿も、あなたにしか見えない。』
振り向くと、リーネさんがいた。
さっきと同じ、白い服のまま。
『他の人には、独り言に見えるから、気をつけて。』
「分かりました。」
「気をつけ——あ。」
すれ違った人が、僕を変な目で見ていった。
さっそく、やってしまった。
—
街を歩いていると、一人の女の子が目に入った。
冒険者、というやつだろうか。
腰に剣を下げて、きびきびと歩いている。
僕とは、何もかも違う感じの人だった。
背筋が伸びていて、目に力があって。
と、とにかくなんか、なんかしないと。
僕は、通りかかった女の子に、勇気を出して声をかけた。
「あの、すみません。」
「あ?」
女の子が、振り返った。
可愛い。
赤毛の髪が肩まで伸びている。
「え、っと、この街のこと、教えてもらえたら——。」
「誰よ。あんた?」
「……え、えと、えっと。ふ、渕っていいます。」
「……エイシア。エイシア・スタート。」
「んえ?」
「私の名前。聞いたんでしょ?街のこと。」
「あ、はい。よ、よろしくお願いします。」
「はっきり喋れや。根暗かよ。」
——ぐさり、ときた。
出会って三秒で、根暗認定された。
でも、たぶん合ってる。
僕は、根暗だ。
「す、すみません。」
「なんで謝るのよ。気持ち悪い。」
——気持ち悪い。
その言葉が、またぐさりと刺さった。
いつものことだ。
前の世界でも、よく言われた。
気持ち悪い。
暗い。
何考えてるか分からない。
慣れている、はずだった。
でも、やっぱり、少しだけ痛い。
『……平良渕。』
リーネさんの声がした。
『その子、悪い子じゃないわ。ただ、思ったことを言うだけ。』
「……分かってます。」
『なら——。』
でも。
でも、怖い。
また、嫌われるのが。
また、気持ち悪いと言われるのが。
せっかく、もう一度生きられるのに。
今度こそ、と思ったのに。
……嫌われたくない。
「……っは!?」
——そうだ。
消せばいいんだ!
この人が僕を嫌う気持ち。
気持ち悪いと思う気持ち。
それさえなければ、きっと、仲良くなれる。
誰も、傷つかない。
この人も、嫌な気持ちにならずに済む。
きっと、その方がいい。
『渕、待ちなさい——!!!』
リーネさんの声がした。
でも、その声が届くより先に、僕は念じていた。
「エイシアさんの、僕への嫌悪を——白紙化。」
—
エイシアさんの目から、ふっと、何かが抜けた。
睨んでいた目が、緩む。
強張っていた肩が、下りる。
「……あれ。」
エイシアさんが、首をかしげた。
「渕。」
「はい。」
「……謝るわ。色々、失礼なこと言っちゃった。」
エイシアさんは、不思議そうに眉を寄せた。
言ったことは、覚えているらしい。
でも、その言葉にあった棘だけが、抜け落ちたみたいだった。
「道、迷ってんでしょ?案内したげるよ。」
「い、いいんですか?」
「いいわよ。なんか、あんた嫌な感じしないし。」
「……。」
「でも、はっきり喋りなさい。そこは普通に鬱陶しいから。」
エイシアさんが、先に歩き出した。
さっきまであった刺々しさは、もうなかった。
——よかった。
仲良く、なれそうだ。
嫌われずに、済んだ。
誰も、傷つかなかった。
僕は、ほっとして、その背中を追いかけた。
—
エイシアさんが連れてきてくれたのは、大きな建物だった。
「ここが、冒険者ギルド。あんた、登録は?」
「えっと、まだです。」
「だと思った。受付、あっちだよ。」
中は、賑やかだった。
強そうな人たちが、あちこちで酒を飲んだり、書類を眺めたりしている。
僕みたいなのが、ここにいていいんだろうか。
少し、気後れした。
「ほら、ぼーっとしない。」
「す、すみません。」
エイシアさんに背中を押されて、受付に向かう。
登録は、思ったより簡単だった。
名前を書いて、水晶玉みたいなものに手を当てるだけ。
「はい、これで登録完了です。平良 渕さん、ランクはFからのスタートですね。」
「ありがとうございます。」
「一緒に依頼を、受けていきますか?」
受付のお姉さんが、一枚の紙を見せてくれた。
「近くの村で、盗賊が出るらしくて。困ってるみたいなんですよ。」
「へー、盗賊。怖いですね。」
「ええ。商人が何人か襲われてて。Fランクには少し荷が重いかもですけど——。」
「——やります!」
即答した。
困っている人がいる。
役に立てるかもしれない。
「え、えぇ。即答ですね。」
「ちょい待ち!」
横から、エイシアさんが紙を取り上げた。
「あんた、登録したてのFランクでしょ。いきなり盗賊討伐は無茶よ。」
「でも、困ってる人が。」
「困ってる人なんて、どこにでもいる。全部背負ってたら、体がいくつあっても足りないわよ?」
エイシアさんは、依頼書をじっと見ていた。
「……場所は、ハルカの村か。私も何回か行ったことある。盗賊っつっても、たぶん食い詰めた連中ね。数は多くない。」
「じゃあ。」
「私がついてけば、死にはしないでしょ。」
エイシアさんが、依頼書を受付に戻した。
「これ、私とこいつで受ける。パーティ登録もしといて。」
「あ、はい。エイシアさんとパーティですね。」
——パーティ。
なんだか、こそばゆい響きだった。
誰かと、組む。
誰かと、一緒に行く。
そんなこと、前の世界では、一度もなかった。
「すみません。エイシアさん。」
「そこは普通、謝罪じゃなくてお礼じゃない?調子狂うわね。」
エイシアさんは、そう言いながらも、悪い顔はしていなかった。
—
『……平良渕。』
リーネさんの声がした。
「はい?」
『……いえ。』
「何か、ありました?」
『……ううん。何でもないわ。』
リーネさんは、それきり、黙ってしまった。
僕には、何が引っかかっているのか、分からなかった。
ただ、エイシアさんの笑った顔は、さっき出会った時とは別人みたいに、柔らかかった。
それが嬉しくて、僕は、リーネさんの沈黙に気づかないふりをした。
——明日は、初めての依頼だ。
困っている人を、助けに行く。
今度こそ、僕は、誰かの役に立てる。
そう思うと、少しだけ、眠るのが惜しかった。
第一話、お読みいただきありがとうございます!
全六話の短編です。
本日はこのあと、10分おきに最終話まで一気に公開予定です。
「なかったことにできる」最強チートを手に入れた主人公、平良渕。
傷も、病気も、借金も。
だいたい何でも消せる力です。
すごいですね。
便利ですね。
絶対に使い方を間違えちゃいけないやつですね。
リーネさん、ちゃんと見張っていてください。
よければ最後までお付き合いください!
ブクマやコメントをいただけると、リーネさんが胃を押さえながら同行します。
よろしくお願いします!




