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第22話 終わりに

 全ての始まりには終わりが存在する。恋も人生もそして星でさえも例外では無い。故に永遠は存在しない。にもかかわらず、人は永遠を求め続けてきた。


 永遠の愛、永遠の命、永遠の繁栄。叶わぬと分かっているのに、それでも夢見てしまう。論理で理解できても、感情では理解できてない。だから行動と認識に乖離が生まれてしまうのだ。


 ならば、この彼女への愛も有限なのだろうか。きっとそうなのであろう。だが、例え永遠で無くても、今彼女を愛している気持ちに嘘偽りは無い。それに関しては永遠に変わる事はないだろう。例え将来違う道を歩むことになったとしても。


 雪は静かに舞い降りていた。周りには人がおらず、あるのは純白の巨大な大地だ。かつて永遠に続くのではないかと思っていたこの草原も、いつしか有限であることに気付いてしまった。どれだけ大きくても永遠ではない事実に気付いてしまったのだ。それは大人になると言う事なのだろうか。それとも汚れてしまったのだろうか。


 12月25日。クリスマス当日であり冬休み初日の午後3時50分。約束の時間は近づいていた。


 そもそも約束の時間に来ない可能性もありうるし、そもそも突然クリスマスの4時に会おうと言い出すなんて相当気持ちが悪い。自分でも自覚はしていた。


 だが、あの時なんて言って良いか分からなかったし、きっとあの時声をかけなかったら二度と彼女は俺の前に現れないじゃないかと思った。俺はとても不器用だとそう痛感した。


 約束の時間の5分程前になり、俺も心の準備をするために大きな白い息を吐いた時だった。


 その少女は雪に彩られ、可憐だった。雪は静かに彼女を出迎える。花のように暖かく雪のように儚い彼女は雪憐花乃の名に恥じない美しさだった。


 一層の事永遠に彼女を見ていたかった。止めてしまいたかった。例えそれが間違った行為であったとしても、それくらい俺はこの瞬間をとてもとても愛おしく思えた。


 永遠など存在しない。自身の言葉を裏付けるようにその瞬間は終わった。


 雪憐はいるのにただただ黙って見ている俺を心配するように見つめていた。声を掛けるべきか迷っているようだった。


 見惚れしている時ではない。


 俺が雪憐を呼んで、そして雪憐がわざわざ来てくれたのだから、自分から何も言わないのは失礼だ。


「雪憐。来てくれてありがとう」


 これが正解かなんて分からない。でも、雪憐が来てくれた事が俺は嬉しかった。お礼を言ったのは久しぶりの気がする。


 数ヶ月ぶりかもしれない。お礼を言う事なんて慣れてないし、得意でも無い。だが、それでも俺はこの目の前の少女のために沢山の"ありがとう"を使いたい。


「いえ。先輩こそ待ちましたか?」


 雪憐が心配そうに聞いてきた。


 嬉しかった。自分の心配をしてくれたことが。


 優しかった。俺の気持ち悪さに触れなかったことが。


 愛していた。雪憐の全てを。


 目の前の雪を纏った少女が可愛すぎて、美しすぎて、好きすぎて。あれ以来クリスマスまで会えなかったのに、雪の様に毎日毎日俺の心に愛は降り積もりどうしようもなく、ただただ俺に彼女に惹かれている事実が突きつけられた。


 "愛"と言う1文字はその短さから想像できない程に、苦しく言葉で表し切れない混沌とした感情を生み出す。言うのは簡単だ、あんな短い言葉。


 ただ、言葉には意味がある。その意味を理解している人間がそう簡単に言えるものでは無い。言ってしまえばもう戻れない。実際に戻れるかどうかなんてどうでも良い。だが、自分の中でそう確信が生まれてしまうんだ。


「いいや。大丈夫。そんなに待ってないよ」


 俺らしくなかった。


 口調も、真実を曲げたことも、この気持ちと心臓も高鳴りも。まだ何も起きて無いのに心臓は止まってくれない。脳にとんでもない量の血液が送られているような気持ちになり、自分の心臓の音がうるさい。


「そうですか、よかったです」


 雪憐はそう言って無邪気に笑った。


 いつも凛としていたショートカットの少女の歳に相応しく無い表情に、俺は鈍器で頭を殴られたような衝撃を与えられた。


 可愛さもさる事ながら"俺の前だけで雪憐が普段見せない表情を見せてくれた"と言う歪んだ独占欲が俺を何物にも変えられない優越感と幸福感に浸らせた。付き合ってすらいないのに気持ち悪い。


 だが、その自己嫌悪すら踏み潰してしまうほど愛はインフレを続けた。


「雪憐、あのさ…」


 それより先の言葉を紡ぐとこができなかった。


 どう切り出すべきなのか。どれが正解なのか。バブルを起こした俺の感情は思考をぶち壊し、頭が回らない。一瞬が永遠に感じる。


 何が正解か。どれが正解か。どうすれば本題に入れるか。本題は決まっているのだから話し始めれば良いと分かっているのに、話を始めることができない。これは恋のせいなのだろうか。


「先輩…」


 雪憐が俺を心配するように呟いた。だが、これは雪憐に甘えてはいけない。そんなもの論外だ。俺が始めて呼び出しておきながら、雪憐に本題へ誘導してもらうのは人としても男としても許されない。


「雪憐、俺が間違ってた」


 俺は最初に呟いたのはそう言うことだった。話がまとめられてない、俺が冷静な時に添削したらきっと0点だ。


 無論、雪憐は「え?」とした表情で俺を見ていた。


「間違っていたってどう言うことですか?」


 雪憐は困ったように聞いた。


 俺はゆっくりと小さな深呼吸をすると、天井なきバブルを続ける俺の感情を押し留める。俺はこれからパンドラの箱を開ける。それは4年前だけでは無く、今の俺と雪憐の関係に関するものだ。


「まず、4年前。俺はあの時雪憐の気持ちを考えるべきだった」


 雪憐は4年前と聞いた時少しだけ顔を強張らせて緊張したような表情した。


 俺は雪憐をできるだけ怖がらせないように、柔らかい表情をするように頑張った。だから、今は自分の表情を見たくない。きっとひどい顔をしている。


「それはどうしてですか?」


 雪憐は静かに聞いた。対峙する2人に夕陽は照らさなかった。何故なら雲が覆っているからだ。


「あの時、雪憐は悲しんでたと思う。せめて俺は雪憐に相談するべきだったし、勝手にやるのは違かった。だから…」


 俺はそこで区切りをつけた。それは幼き頃に相手を思いやる基本的な行為で、俺が感謝するのと同じように苦手な行為だ。でも、乗り越えなければならない。これをしなければきっと、雪憐も俺も納得できない。


「ごめん…なさい」


 信じられない程幼い言葉だ。ごめんと言った後、俺は困った。何故なら"ごめん"と言う言葉は謝罪の中で非常に軽いように感じてしまったからだ。


 かといって、言い直すこともできず、"なさい"をつけてしまった。我ながら情けない。全ての思考を無にするように俺は深く頭を下げた。


 雪憐は何も言わず、俺を緊張した様子で見ているようだった。周りにはいつもと変わらずに雪が降っている。何故か雪憐が悲しそうな表情をしているとそう思ってしまった。


「いいんです。それは私の中でも決着の付いていることですから」


 顔を少し上げると雪憐は大人びて見えた。年下なのに下から見上げるまるで頼りになる年上のように感じた。


「私も先輩も今を生きているんです。過去に縛られても仕方がないじゃないですか」


 そう言うと、俺の頬を優しく愛撫するように撫でた。それはゆりかごのような温もりと安心感を俺に与える。予想外な事で俺は何もできずにただただ固まって雪憐を眺めていた。


「先輩は今の私を見て欲しいな」


 撫でる手を止めて、そう俺に微笑みかけた。心臓が今にも爆発しそうな勢いで動いている。頭が真っ白になってしまいそうで、めまいさえした。思考がぐちゃぐちゃになって何もかもが原形を留めていない。


「雪憐、あのさ…」


 そう言いかけて雪憐が俺が今言おうとしていたもう一つの過ちのことを言っていることに気が付いた。そのことを言いたかったし、俺の本当の気持ちも言ってしまいたかった。言うのはとても怖いのに急かすように身体の芯から燃えるように熱くなっていた。


 だが、今それを言うべき時じゃない。


 雪憐にとって4年前のことは決着がついている?それはどう言うことなのか。分からない。聞くべきだろうか?


 今までバクバク心臓がインフレしていたのが嘘のように収束した。そしてまた昔のように思考を続けている自分がいることに気がついた。それはしてはいけないことだ。こんなことじゃあ、雪憐の本当の気持ちはわからない。


「決着の付いていることってどういう意味?」


 俺は聞いた。そうだ、最初から聞けばよかったんだ。目の前に本人がいるんだ。相手に聞かないで自分で勝手に推測しても相手の気持ちを理解することなんてできないのだから。


 相手を信用するために相手の気持ちに近づくために、聞きたい事を聞く。きっとそれは俺の一つの成長なのだろう。


「多分みんな、先輩は悪くないなんて言いません」


 撫でた時とは違い、俺達には一定の距離が空いていた。それは近いのに何故か透明な仕切りがあるようなそんな距離感を感じた。とても落ち着いていて凛としたしっかりとした立ち振る舞いだった。


「でも、私はあの時先輩が私を想ってしてくれたのを知っていますし、それに…」


 雪憐はそこで言葉を区切ると、悲しそうな儚い表情をした。その痛ましいほどに悲しげな表情はどこかで見たような気がした。


 きっと、俺は雪憐が俺の事を自分のことのように痛ましく思ってくれたり、悲しんでくれたりしてくれるのが嬉しかったんだ。雪憐が俺の事を考えてくれたなんて勝手な推測でしかない事は分かってる。恋は盲点とはよく言ったものだ。


「私は先輩が辛そうにしているのをこれ以上見たくありません」


 雪憐がそうきっぱりと言った事にはこの世のあらゆる善に満たされていた気がした。


 先程の俺の推測が真実であって欲しいと心から願った。


 俺が雪憐を想う気持ちと同じように雪憐も俺を想っていて欲しい。


「だから、先輩は悪くないですよ。例えみんな悪いと思っていても、私はそうは思っていません」


 雪憐がそう言ってくれた事はこの苦痛と後悔の世界で生きる俺に希望を与えた。他の誰でもない愛する雪憐にだ。他の物が全て無価値に見える程だった。


「私はもう逃げません。ちゃんと先輩と向き合います」


 雪憐が真っ直ぐと俺を見据えた。大きく成長した俺の幼馴染は何もかも変わってしまったのに、何もかも変わっていなかった。


 4年前の暖かみは確かにそこにあった。形を変えても本質は何も変わらない。


 俺がずっと求めていた、雪憐は俺が考えていたものよりずっと魅力的だった。


「そうか。ありがとう、俺はそう言ってもらえて嬉しいよ」


 俺は必死に答えた。心を込めて、想いを込めて、そして後悔しないように言葉一つ一つに希望を込めて。


 何気ない吐息ひとつでさえ、今まで人生のものとは全く違うもののように感じる。


「後、4年前のこと、ちゃんと雪憐から聞けてよかった」


 それは平穏を装ってもきっと声色に出てしまった。4年間の間に育まれた膨大な想いが溢れそうになっていたからだ。


 いくら手を伸ばしても、いくら望んでも手に入らなかった人が俺の目の前にいる。


「だけど、クリスちゃんが許してくれるか分からないですね」


 クリスタの名前が出てきて思わずどきりとする。心臓に針が突き刺されたような気分になる。


「クリスタは…」


 クリスタの事を思ったのか少し不安そうな雪憐を目の前に俺はそう言い始めた。


 どうするべきか。思考を進めると、まるで呪いのように"嘘を吐く"という選択肢が生えてきた。これは夜彩凛に寄生している害虫だ。


 好きな子の前で嘘を吐くなどあってはならない。それはきっと昔の夜彩凛でさえ納得するはずだ。


 なのに、"人生で初めての大切な人に出会えた"体験をして夜彩凛は混沌としていた。だからだろうか、害虫が騒ぎ出す。


 だが、俺は害虫を押さえ込んだ。"こんなもの最善の選択ではない。雪憐がクリスタと向き合うのを阻止すべきだ"と騒ぎ立てる彼らに俺は別れを告げたのだ。


 全ては愛すべき雪憐のために。


「クリスタは雪憐と向き合いたいって言ってた」


 雪憐はそう言うと安心したように微笑んだ。まるでそれの笑みは雪憐が俺を安心させるためなのではないかと、そう思ってしまった。


「だから、ちゃんと話すといいと思う」


 俺がそういうと急に自分の体軽くなった気がした。俺についていた何かが消えた。まだ俺に残っている呪いも"雪憐と一緒なら"乗り越えていけるような気がする。


「分かりました」


 雪憐がこくりと頷いた。いつもは凛としているのに時々素が出てしまうところがすごく可愛かった。


 安心したからだろうか。特に素が完全に出し切れてなくて統一仕切れなかった感が可愛い。


「後、先輩」


 雪憐がそう俺にそう尋ねる。


「ああ」


 荒ぶる感情を押し殺して平穏を装って答えた。こんな可愛い後輩の問いなど、無下にできるわけがない。


「4年前は私もごめんなさい。私も先輩の気持ちをもう少し考えるべきでした」


 雪憐がそう言って深々と俺に頭を下げた。俺は驚くしかなく、ただ黙って見ていた。


 俺のことを考えてくれたのは嬉しかったが、それ以上に頭を下げている雪憐が似合っていないとの思いが上回った。雪憐は真っ直ぐ笑った方が絶対に似合う。


「いや、いいんだ。俺も決着はついてる」


 嘘は言っていない。


 それに雪憐はここにいる。過去に呪われる必要はない事は雪憐にもクリスタにも俺自身にも教わった。これから雪憐と思い出を作ればいいのだから。


「そうですか」


 雪憐は申し訳なさそうな、でも満足した表情をしていた。それを見て俺は良かったと思った。雪憐には悲しそうな顔や苦痛な顔は似合わない。


「もう一つ、俺は間違ってた」

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