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第21話 クリスタと…②

「何もならないよ。あなたと同じ」


 言っている内容と心の中身が違うのは当たり前で、それ自体に意味を求めても意味は"何もならない"と。そして、それは"あなたと同じ"だろと。


「何が言いたいんだ?意図が分からない」


 ひどい人間だと思う。クリスタの意図が紗恵の話の話が自明であるのにあまりに見苦しい言い逃れだ。ある意味先程の"言っている内容と心の中身が違う"ことを自身の手で証明してしまったのだから。


「分からないの?」


 クリスタは最後のチャレンジだと、最後通告にように聞いた。ゲームの初期化する時に出てくる最後の選択肢"本当によろしいのですか?"に近いものと思う。


「もういい、面倒だ。くだらないなぞなぞに興味は無い」


 今更変えるわけにもいかなかった。


 俺とほぼ絶縁状態の紗恵をずっと放置している俺を見て、クリスタは何を思うか。クリスタは紗恵を友達だと思っていて、俺の事を信用していない。絶縁状態になった原因が俺にあると推測するのは当然だ。原因を知っているか否かは不明だが。


 そして、原因が俺にあるのは事実であるのだから。


「本当に最低だね。なんで、こんな男を紗恵は好きになったのか」


 クリスタはそう紗恵に同情するようにいう。クリスタはこれがもう紗恵の話題である事さえ隠さなかった。


 クリスタの言う通りだ。何故俺を好きなってしまったのだろうか。"愛するのに理由なんてない"と言えばそれまでであろうが、それでも理由くらい知る努力を俺はすべきだったのかもしれない。


「紗恵を振ったんでしょ?」


 クリスタは俺に念押しするように聞いた。過去は因果応報のように俺に突きつけられる。


 その過去には紗恵の恨みが入っているように錯覚して見えた。本当はあの時紗恵がどう思っていたかなんてわかるはずも無いのに。知ろうとしなかったから、俺の勝手な想像でしか補えない部分だ。


「クリスタに答える義務は無い。最低でも俺からは何も言わない」


 もしかしたら、紗恵からこの話をクリスタは聞いたのかもしれない。でも、例えそうだとしても、俺が勝手に話すべき事じゃない。


 それにあの時紗恵の事をろくに知らないのだから、俺では客観的な事実を語ることができない。


「それが答えだね。こんなの嘘なら否定するから」


 クリスタの声は無情で冷たかった。俺がどれだけ上手い言い訳したとしてもクリスタは聞く耳を持たないだろう。


 言い訳をするつもりもないし、隠したいとも思わない。しかし、俺と他人との話を無許可で第三者に話すのを俺は正しい選択だとは思えない。


「紗恵、すごく落ち込んでるんだけど」


 俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。俺からクリスタに言える事なんて何一つ無いない。


 クリスタは黙っている俺を何も言わずに見ていた。嘲笑うわけでもなく、悲しむわけでもなく。その真剣な視線が俺に回答を求めている事は言うまでもない。


 黙る事は許さないと。何故紗恵を傷つけたのかと。全てをクリスタの前でさらけ出して、弁解しろとそう言っているのだ。


「…驚いたな。クリスタに人を想う気持ちがあったのか」


 それは俺のある意味での回答であった。


 例え何があってもクリスタには話さないと言う回答だ。


 俺は正しいと思える選択しかできない。多分今の選択も俺なりの正義に基づいているはずだから。


 世界が止まるように沈黙する。外からはおおらかな環境音と中からは静かな人の生活音。表情も信条も崩さなかった二人を襲ったのは無音である。


「そうだね。夜彩くんは人だとは思ってないけど」


 クリスタは笑っていなかった。感情の波もなく、クリスタの奥底にあるのはきっと、静かなるドス黒い何か。


「あなたはもう二度と紗恵に近づかないで」


 それの真剣な表情はクリスタらしくなかったのに、まるで本来のクリスタがこっちであるような気がした。いつもの、軽蔑しきったような表情でもなければ嘲笑った表情でもなかった。


「ああ、それでいい」


 否定する事もなくそう頷いた。


 そして、しばしの沈黙。きっと紗恵ならば、沈黙を嫌い話題を供給したのだろう。だが、目の前にいるのは紗恵ではない。たわいのない話などするはずがなかった。


「なあ、クリスタは4年前の事で俺を恨んでいるのか?」


 それはきっとずっと聞きたかったことで、俺の長年分からなかった命題の一つだ。いくら仮説を立てても、真実が分からずにいつのまにか答えを出す事を諦めてしまった。


 クリスタは表情を一つも変えずに、俺を見つめた。何も言わずに美しい金髪の少女とそれに不釣り合いの突き刺すような視線。


 そこに雪憐の暖かさはなかった。


 そこに紗恵の優しさはなかった。


 それは藤堂先輩のように待ってくれない。


「私は夜彩くんが思うような過去に囚われた可哀想な女じゃないから。私は私の意思でここにいる」


 そう言った。このシンプルであまりに真っ直ぐな答えは、きっとクリスタの選択なのだ。だれのためではないクリスタ自身のための。


「そうか」


 俺はそう呟くしかなかった。反論の余地がないほどに真っ直ぐで、否、きっと共感してしまったのだ。その真っ直ぐさはある意味俺が求めているモノでもあったから。


「私はあなたのことがとても嫌いだけど、恨んではいない。だから私はあなたに向き合う事なんてない」


 補足のように付け足した。それにも俺は文句がなかった。


 きっとクリスタは心の中で勝ち誇っているに違いない。"最善の選択"が出来たと。嫌でもクリスタの価値観が夜彩凛に似ている事を分かってしまったから、クリスタの立場を自分に置き換えるとクリスタの思考に予想がついてしまう。


「意外だった?」


 クリスタはそういって、いつものように邪悪な美しさで笑う。


 だが、俺はそれをいつもと同じように見ることができなかった。もし、こいつがクリスタの価値観が夜彩凛の価値観に近いものであるならば…。俺はそれを認めることができないだろう。


 何故なら、クリスタが"客観的に見た夜彩凛"になってしまうのだから。俺はクリスタが嫌いだ。あの、嘲笑うような表情も人を小馬鹿にした態度も他人への不信感も。


「ああ」


 俺はやっとの思いでそう答えた。息を無理に出すようにしないと声も出ない。


「私の選択を"あなたへの恨み"が決めるなんて、死んでもごめんだよ」


 最悪だった。本当に共感できてしまうのだから。まるで俺が望んだ回答をしているようにも思えた。それともわざとそう答えてクリスタは俺を弄んでいるのだろうか。


「正しい判断だな。自分の選択は自分自身によって決めるべきだ」


 もう何もいうべき事はない。できるのはクリスタの言葉に賛同するだけだった。


 俺がそういうとクリスタは俺を不愉快そうに見た。クリスタ自身も俺と価値観が似ていることに気付いていて、それが俺と同じようにクリスタにとっても不愉快なのかもしれない。


「あなたがそう思うなら、4年前の選択は夜彩くん自身によって選んだ選択だったの?」


 それは当然の問いだった。"自分の選択は自分自身によって決めるべき"だと思っているのなら、あの重要な選択は自身の手によって選ばれたのが道理なはずだ。


「そうだ。俺が選んだ選択だ。あの時最善だと信じて選んだんだ、あの選択は」


 雪憐を傷つけないために、クリスタという他人を犠牲にする。大切なものを守るために大切ではないものを犠牲にする。4年前、その選択が余りに利己的であったとしても大切なものを守るのは当然だと疑わなかったのだ。


「…今でも信じてるの?最善だったって」


 クリスタは重ねて聞いた。クリスタもきっと計りかねているのだろう。俺とクリスタは別の脳を持った別人だ。直接他人の思考を理解することなどできない。だからこそ、人間は会話をして考えを伝え、他人の思考を理解しようとするのだ。


「もう最善とは思えない。ただ、俺はどれを選んでも後悔していたと思う」


 嘘も偽りも無い。最低でも今はそういう認識だ。あの頃は、幼かった。もう少し考えれば、クリスタと雪憐を傷つけずにすんだ方法もあったかもしれない。


「そう。私も少し意外。最善だと信じて疑わないものばかりだと思ってた」


 クリスタはそうぼそっと言った。


「まさか。考えれば後悔するから、目を逸らしているだけだ。本来考えるべきはずなのに」


 ずっとそうだった。いつもいつも最善だと思って選んで後悔して、選択を変えられない事を悔やんで、そして後悔した事さえ後悔するんだ。


 "何故過去の自分を信じないのか?"って。


「そんな、生き方をして楽しい?」


 それはいつか誰かに聞かれた問いだったかもしれない。


「楽しくは無い。でも、これはそういう問題じゃない」


 そうだ、別楽しいかどうかなんて関係ないんだ。


「楽しくても辛くても後悔しても人は選択を迫られる」


 選択するのに"最善の選択"以外を選ぶ事なんて許されない。考えて悩んで、どれが最善の選択と考えて…。それでも未来の自分にやっぱりこれが正しかったと信じてもらえるために…!!


「だから、最善の選択を信じて選ぶんだろ」


 クリスタは俺を見ていた。馬鹿にするわけでもなく、嘲笑うわけでもなく、俺と向き合っていた。


「それは誰のための選択?」


 静かな声だった。


 それは誰にとっての最善なのか。誰が望んだ選択なのか。


 ……分からない、答えが出てこない。最善の選択であるかどうかはずっと考えてきたのに、それが誰のためかなんて考えてことがなかった。今まで見えていたはずの"最善の選択"が気体のようにフワフワとしているように感じる。


「雪憐のためだ」


 確信も持てずにそう言った。酷い話だ、4年間ずっとそれを考え続けてきたのに肝心な時に何にも、何一つ役立たない。


「4年前と同じだね」


 無慈悲な声だ。思わず耳を塞いでしまいたくなる。


「…いや、違う。きっと4年前の俺は"雪憐がいじめられるのを見るのが怖い自分"のためだったんだ」


 自分でも空回りしているのが手に取るように理解できた。クリスタどころか自分自身にさえ響かない。ただただ言葉は空っぽだった。


「今と全く同じだ」


 クリスタは見苦しいと言わんばかりにそう断じた。


「そうじゃない、今回は!」


 クリスタの言葉にどれほどの説得力があるか俺が一番分かってる。


 分かっていても、抗いたい。認められるわけがない。俺の最善の選択は大切な人のためになっていないと分かったら、俺は一体何のために悩んで苦しんで選んだのか分からなくなる。


「今回は?今回のあなたの最善の選択は本当に花ちゃんのための選択なの?」


 遮ったクリスタの声は俺の荒げた声よりもとても小さかったのに、この物置に響いた。それだけ俺の言葉は空っぽで意味がなさなかったのか。


 黙って俺を真っ直ぐ見つめるクリスタ。


「あなたは花ちゃんの気持ちを考えたことがあるの?分かってあげようとした事があるの?」


 一つ一つの言葉がスローモーションのように心へ染み込み、俺の体の中で反響する。


「それは…」


 何も言えなかった。自分の気持ちと向き合ったことがあっても、他人の気持ちと向き合った事なんてなかったからだ。いつだって考えた相手は"俺から見た花ちゃん"だった。


「いい加減気づきなよ。これじゃあ何も変わらない、4年前と同じ」


 花ちゃんの気持ちを身勝手に予想して、勝手に行動した4年前。


 それは利己的な行動としか言いようがない。俺にとっては最善だったかもしれない。だが、花ちゃんにとって最善だったのか。


「あなたの最善の選択は文字通りあなたにとっての最善の選択なだけ」


 突きつけられたそれは、俺が抱えてきた矛盾なんだ。相手の気持ちを考えられない人間に誰かを愛す事なんてできるはずがない。


「人の気持ちを理解しようとしないで、誰かのための最善の選択なんてできるわけがない」


 それが全ての答えだった。雪憐の気持ちは雪憐しか知り得ないと分かっていながら、それを俺の中で勝手に解釈した。それで得られるのは利己的な選択だけなのに、それを"雪憐のため"だと偽造した。


「…俺は… 雪憐のために…」


 なら、俺はどうするべきなのか。


「雪憐のために何をしてあげられるんだ…」


 それは多分クリスタに聞いたわけではない。だが、目の前にはクリスタしかいない。クリスタに聞いていないと自分に言い聞かせながらも、内心はどこかに答えに近づける何かを求めていた。


 答えはいらない。でも、これじゃあ俺は何も変われない。仮に悪魔の言葉だったとしても、俺は雪憐の気持ちを考えるために聞く。夜彩凛の中だけを探すのでは答えは絶対に得られない。


「何もできないよ」


 クリスタはそう言った。答えどころかヒントですらなかった。


 いや、ある意味クリスタは正しい事をしたのかもしれない。まだ俺の頭の中に呪いのようにこびり付いていた"自分の中で最善の選択さえすれば、それは雪憐にとっても最善の選択だ"という藁にもすがるような思いを完全に否定することになった。


「4年前の花ちゃんにしがみついているあなたには」


 俺がずっと"4年前の花ちゃん"の事を考え続けてきた。逆に考えない事は思考の放棄だと思っていたし、それは悪だと信じていた。そして、4年前の事の精算と贖罪は俺と雪憐のためであるとも信じ切っていた。


「今の花ちゃんの事が本当に好きなら、何をすべきなのか考えたら?」


 俺は今の雪憐のことを考えられていたのだろうか。


 4年前に囚われているのは俺だけではないのか。


 もう4年前の花ちゃんは前へ歩き出してしまっていて、あの草原にいるのは俺だけではないのか。


「きっと、それはとてもシンプルで分かりやすいものだよ。どうして理解できなかったのか私には理解できないくらい」


 ああ、きっとそうだ。単純な事なんだと思う。だけど、俺には凄く難しくて、困難な課題だ。誰かを理解しようとする事が果たして俺にもできるのだろうか。


 俺が何も言わずにクリスタの方を見ていると、クリスタも不審がるようにこちらを見つめてきた。刺々しいその瞳は俺の中まで入り込み突き刺さるような気分になった。


「夜彩くんが私の意見を聞くのはすごく意外だった」


 言葉こそ変わらないが、いつもよりも柔らかく感じた。いや、正確には軽減されたと言った方がいいか。


 だが、俺もクリスタと同じように疑問が湧いていた。


「俺はクリスタが俺に教えてくれたのが意外だったが」


 これはある意味俺の根幹に関わる部分だったし、クリスタにもリスクがあったはずだ。そもそもクリスタにメリットがあるとは思えない。


「勘違いしないでね。私は花ちゃんの恋が実るための手伝いをしただけだから」


 ツンデレ的な台詞だが、そこに可愛げは一切なかった。あるのは不機嫌そうな拒絶だけだ。


「勘違いする事なんてない。クリスタが俺のことを嫌っていることを疑ったことなんて一度も無い」


 俺もそう答えた。クリスタとそのような展開などあり得ないだろう。想像すらできない。


「ならいいかな」


 クリスタはそういうとプイッとそっぽを向いてしまった。私の仕事は果たしたとそう言っているように見えた。だが、俺もクリスタに伝えたい事がある。


「なあ、クリスタ」


 そういうと金髪の少女は不機嫌そうに俺を見た。だが、それの瞳はとても真剣で、そして黙って俺の言う言葉を待っている。浮世離れしたその容姿と達観した考えの彼女に複雑な思いを抱きながら、俺は伝えるべき事を言った。


「ありがとう、気づかせてくれて。そして、やっぱり俺もクリスタが嫌いだ」

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