表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/23

第20話 クリスタと…①

 11月の初頭、青春の一ページと名高い体育祭を終えた俺は片付け係としての自身の責務を果たしていた。


 俺が誰かと何かをやるよりも孤独に何かをやる事の方が向いているのは間違い無いだろう。社会には適材適所というものがあるのだ。そこで俺は適した役割をはたしている。


 夕方になり、降りていく日が宴の終わりを告げる。彼らはまたこうしてこれを思い出にして糧にして、未来へと進んでいくのだと人々は信じている。


 しかし、現実問題として、それほど効率良く子供達が成長していくのであれば、きっと人類はもっと素晴らしい社会を築けているはずだ。


 過去を後悔したり、過去の過ちを認めなかったり、過去に未来を毒された人達は決して少ないはずだ。ましてや未熟な思春期を迎えた少年、少女に過去を制御できるとは思えない。制御できない過去は後悔へと変わり未来さえも侵食していく。



 ほかに、あの時、俺にはどの選択が選べたのかと。


 その選択は今の俺を変えられたのかと。


 どうして、あの時、その選択をしなかったのかと。


 考えても、それは絶対に想像の域を出ずに、過去を変えられない事を人は理解しているはずなのだ。それでも考えずにはいられない、それを愚かと呼ぶか青春の美学と呼ぶか。


 俺は適当に片付けをひと段落させると、教室を抜け飲み物を買いに自動販売機へと向かった。流石片付け係だけあり、俺に話しかける事もなく、訝しむような目線で俺を送り出す。


 コミュニケーションが微塵も発生しない片付け係は、誰かが声をかけないため休憩時間が発生しない、よって適当に自分で取るしか無い。そもそも現場責任者を決めておくべきだったのだろうが、クラスの実行委員長様は打ち上げへ直行だ。どうせ、明日も片付けをするのだから片付け係単独でやる今日は完全にやる気がないのかもしれない。


 少し離れた、自動販売機でカフェオレを買う。ゴロっと鈍い音と共に無造作に缶が落ちてくる。動作はとても機械的で冷たい。俺はそれを人工的な暖かさを感じながら手に取った。例えそこに愛が無くても暖かさはある。


 だが、それでも愛に勝る暖かさなど無いのかもしれない。人は"何をしたか"だけでは無く"なぜそれをしたか"も重視する生き物だから。業務の一部として金を受け取り、缶を落下させた機械には最低でもプロセスに暖かさを感じることはできない。


 俺はそんなことを考えながら、物置として使われている教室を開けた。大量に積まれた机と椅子を見ながら、入り口近くの空間に座り込むように屈んだ。孤独な俺を缶は無条件に温めてくれた。"愛"は愛する人のためにある暖かさだ。だが、これは違う。皆平等に悪人から善人まで暖かめてくれる。


 そう考えていると、ふと不自然な気配を感じた。これはきっと誰かがいる気配だ。だが、話をする訳ではなく、感じるのは気配だけ。その人も孤独にここにいるのだろうか。その雰囲気はとても俺に似ていて、引き寄せられるように奥へと近づいた。近づけば近づくほど排他的で誰をも拒絶する気配を感じる。


 その人は窓を見ていた。何をする訳ではなく、いや何もしないからこそ、排他的な気配を出せるのだ。


「あ、クリスタか…」


 金髪の少女は声を聞くと嘲ったような視線で俺を見た。だれも来ることを求めていないように見えるのに、誰かを待っているようにも見えた。そしてまるで俺が"来るべき人間"ではなかった気がするのだ。では、果たして"本来クリスタを訪れるべき人間"は誰だったのだろうか。


「なんだ、夜彩くんか」


 クリスタはそう心底興味がなさそうに吐き捨てた。言わずにも伝わる"お前は求めていないと"。


 しかし、俺もクリスタに用が無いと言えば嘘になる。4年前の精算にクリスタは不可欠であるからだ。そして、クリスタの存在自体が罪悪感として雪憐を呪っているとしたら、そのせいで4年前のように笑えないのだとしたら。


「なんだってなんだ」


 俺は聞いた。そんなもの聞かなくても分かっている。だが、それでも確認を取りたかった。


「なんだはなんだだよ。失望したって意味」


 クリスタの反応も表情も行動も発言も俺の予想通りに行われた。予想通りなのにすごく癪に触る。いや、もしかしたら予想通りすぎて腹が立ったのかもしれない。


「クリスタは一体何を期待していたんだ?」


 それは怒りから出た言葉ではなく、きっと俺の心からの疑問だったのかもしれない。クリスタが会いたかった人に興味がある。


 きっとクリスタはその人とは約束などしていないのだろう。ただ、それでも夕陽を眺めながら、来るはずがないその人を待つ気持ちに偽りは無いはずだ。


「別に」


 クリスタはそういうとぷいっと目を逸らした。俺に言いたくないと、言わずに伝わる。


「元々期待していなかったなら"失望した"は使えないぞ」


 期待していたにもかかわらず、期待する結果が返ってこなかった時に"失望"するのだ。元々期待していないのであれば、失望も何も無い。もちろん、クリスタが本当に何も期待していなかったのかどうかは本人にしか知り得ない。だが、クリスタが答える意思がないのであれば、それでいいだろう。俺が何かを言うべきではない。


「相変わらず、屁理屈は上手みたいだね」


 クリスタは諦めるようにそう呟いた。もう俺がこういう返答をするのはすでに知っているから面白みも何も無いという事なのだろうか。別に俺はウケ狙いで言っている訳ではないのだが。


「そうだな」


 否定する要素も無くそう俺も応じた。


 クリスタは俺を見定めるように見ると、笑顔を浮かべた。悪い笑みだ。俺は直感でそう感じたのだ。無邪気なからかいでは無く、あるのは嫌悪と諦めに近いネガティブな何か。


「だから、紗恵に愛想尽かされちゃたの?」


 それはおそらく意外な言葉だったのだろう。だが、俺は少しばかりクリスタのことを知っている。なんとなくこういう事を聞いてくるだろうという事も予想できてしまった。悪意を感じる尖った問いだ。


「さあ、どうなんだろうな。紗恵の気持ちは紗恵本人しか分からない」


 それが俺の答えるべき台詞。そう感じていた。実際問題どう答えるのが一番良い結果を得られるのかは不明だが、これが一番俺らしく、そして嘘の無い事実だと思う。紗恵本人にしか紗恵の感情は理解できない。他人が紗恵の感情を答えても、それは推測の域を出ない。


 だが、クリスタはつまらなそうに口をつぐんだ。


「酷い男。他人に興味が無いのかしら」


 そう一蹴。吐き捨てられた悪意と共にクリスタは明確な拒絶を示す。


「中途半端に興味を持たれて、人は喜ぶと思うか?」


 俺はそうクリスタに聞いた。


 中途半端な興味など、本人から見れば、何もしないくせに情報を抜き取ろうとしている行為だ。なぜなら最終的に物事をやるのは本人だ。なのに中途半端な興味に基づく共感や理解など無責任にも程がある。苦しむ人に共感や理解をするのであればそれなりの覚悟を持ってするべきだ。


「人ってそうなんじゃない?」


 クリスタはそう白々しく答えた。それは俺から見るとわざとやっているようにしか見えない。適当に答えるという事は、真剣に答えるメリットがクリスタに無いという事なのだろうか。


「じゃあ、クリスタは4年前どう思っていたんだ?」


 俺がそう聞くとクリスタは言うまでもなく俺を嫌悪するような表情をする。そこには俺の上部だけの興味に対する明確な拒絶と苛立ちが窺えた。


「うわ、気持ち悪い」


 こう言う内容の事を言う時のクリスタはとても輝いて見える。白々しく答えた時より今の方がよっぽどクリスタらしかった。


「だろ。喜ぶはずがない」


 俺が苦笑いに近い表情でそういうと、クリスタは俺が同意を求めていると感じたのか露骨に嫌な顔をした。別に俺はクリスタの同意なんて要らないんだけどな。


「私は死んでもごめんだけど、紗恵はあなたに興味を持ってほしいと思ってたみたいだよ」


 クリスタはそう少し寂しそうに言う。それが少し意外だった。クリスタが紗恵に興味を持つのも意外だが、それよりもクリスタがこんな表情をする方が意外だ。


「わざわざ、説教するのか。クリスタらしくない」


 俺はそう答えた。これは紗恵と俺の問題で、クリスタは関係の無いはずだ。他者の関係性に口を出すのは違う。


 そして、クリスタが"そうことをするはずが無い"と何か確信めいた考えが俺の思考を支配していた。


「あなたに説教なんてしない。時間をドブに捨てたくないもの」


 クリスタはそう答えた。いつもの返答なのにクリスタらしいと安心してしまう自分がいた。


 勝手に他人にこうあって欲しいと押し付けるのが身勝手であるのは俺もよく理解しているはずなのに。


「じゃあ、なんなんだよ」


 俺はそう答えた。言葉の割に不快感が無かった。予想通りなのを腹立てるより"クリスタらしくない行動"を取る方が今は怖かった。


「哀れんでるの。可哀想だなって」


 クリスタは苦虫を噛み潰したような表情で俺を見ていた。哀れんでいると言うことをこうもストレートに言える人はそう居ないだろう。大抵は顔か行動で出し、相手に声で伝えることなんてまずない。


「勝手にしろ。俺はクリスタの考えに興味はない」


 クリスタの考えが何であろうと俺に関係は無い。そして、クリスタが何を考えていようが俺にどうこうできる権利も無い。


 クリスタが俺を見下ろすように見る。…いや身長は俺の方が高いのだからあくまで心理的なものだが。


「で、なんでここに来たの?」


 クリスタはおそらく最初に尋ねるべき問いを俺に投げかけた。しかし、面と向かって俺に聞かれても困る。別に一人で快適に缶コーヒーを飲みに物置に来たのだから。


 と、俺はそこまでの思考である重要な事を思い出す。


 缶コーヒー飲めてない!


 慌てて、手にある缶コーヒーを見る。それは冷め始めており、全盛期のあの暖かさは消えてしまっている。


 俺が思わずうへーとした顔をして視線を泳がせるとクリスタは嘲笑するようにこちらを見ていた。クリスタさん、今日一番で嬉しそうですよ。


 過ぎ去った時間は悔やんでも返ってこない。ため息に近い吐息を吐くと、缶コーヒーを開けた。現役時代に飲んでもらえなかった缶コーヒーの気持ちを考えると胸が痛む。後悔と缶コーヒーへの罪悪感を丸々胃へ飲み込むように一杯飲んだ。


「来たかったからだ。クリスタの土地じゃないだろ?」


 俺はフタから缶コーヒーの中身を見ながらそう答えた。中身は暗がりでよく見えず、真っ黒な得体のしれない液体が渦巻いているように見える。それがなんなのか分からないということはとても恐ろしいことだ。


「そうだね。ここは学校だよ」


 クリスタは平坦な声で答える。それがクリスタにとっても普通の声なのだろうが、普通の人から見るととても不機嫌そうに聞こえる。


「そこまで、分かっているなら言う事は無いな。公共の場所では静かにしてくれ」


 俺はそう答えた。本来の目的は一人で缶コーヒーを飲むことだ。クリスタとはたまたま鉢合わせただけで、クリスタへの用事もこの調子だと果たせそうに無い。この教室に2人…しかもクリスタと一緒にいるのは不本意だが、せめて静かに缶コーヒーを飲みたい。


「なーんだ。せっかく孤独な夜彩の話し相手になってあげようと思ったのに」


 それは誰の声だっただろうか。いや、この教室にはクリスタと俺しかいないはずだ。そして、俺はこれほど高い猫撫で声を出せるはずがない。とそこまで思考を巡らせると思わず口をつけていた缶コーヒーでむせた。


 咳き込むたび鼻にコーヒーが入ってくるような気分になる。肺が息をするために無理やり吐き出すので、苦しい。コーヒーをぶちまけないように必死で制御すると、少しすると治まり、呼吸のありがたみを実感する。


 そこにはクリスタしか居なかった。そしてクリスタはいつもよりも柔和な顔をしている。声と表情でわかる。俺は自然とクリスタにかつての友達の紗恵を重ねてしまう。だが、それらはとても似ているのに何故かクリスタが真似したものだと分かるような欺瞞的な暖かさに満ちていた。本物とは違う。


「言ってる事が支離滅裂だ。そんな心にも無い事を俺に言って何になる」


 俺はそう"そんな心にも無い事"を答えた。何が"言ってる事が支離滅裂だ"なのか。


 クリスタが紗恵の真似をやったのは明らかなのだから、その真似した台詞の内容がクリスタらしくないのは当たり前のはずだ。自分でもクリスタの意図は分かっていながら、それでも俺は紗恵の話をしたくなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ