第18話 体育祭③
食事を終え午後の部を迎える。いくつかの競技を終えたのちついにクラス対抗リレーが始まる。このクラス対抗リレーは学年ごとに3ゲーム行われ、3クラスが順位を競う。
「夜彩準備できた?」
入場前の場所で待機していると、近くにいる紗恵にそう聞かれた。聞いても仕方がないだろうと思いつつも、俺は答える。
「ああ、俺はな」
暗に"紗恵は大丈夫なのか?"という問い。別に意図が読めなければ、それはそれでいい。紗恵がどうであろうと俺はやるべきことをやるだけだ。
紗恵は俺の期待を裏切らなかった。察した紗恵が何かを答えようとしたとき
「いやー、ごめんねー、紗恵。急に頼んじゃって」
思わぬ横槍が入った。現れたのはおそらくうちのクラスの女子。名も知らず接点もない。クラスで紗恵と仲がいい友達の一人だろう。
「大丈夫だよ、気にしないで。むしろ、私で大丈夫なの?」
紗恵は何かのスイッチが入ったように声のトーンを変えた。あと俺は大丈夫ではないと思います。
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるさー」
と紗恵のお友達は無責任な回答をする。なんの権限があってそう言っているのか謎だ。そもそもうちのチームは責任者すら決めてないのか。こんな人がいなくなったからと言って1人の一存で紗恵を連れてくるのは問題なのではないか。ガバナンスがガバガバ。
「うん、分かった、頑張ってみる」
紗恵は何を思ったかそう答える。紗恵さん流石ですね、これなら酷い結果が出ても言質に使われる事はないだろう。
「助かる、ありがとね!紗恵3番目だから、よろしく!」
紗恵のお友達は満足したようにそう言うと、紗恵はバッチグーとする。
え?終わり?何一つ中身がなかったぞ。いつもやってるくせに中身がすっからかんのダメな会社の会議みたいだ。現状確認しかやってない。
しかし、俺も確認しておかなければならないことがある。
「紗恵、アンカーの前なのか…」
できればアンカーの前ではなくもう少し真ん中に置いて欲しかった。
「そうみたいだね」
紗恵も今お友達から言われたので初めて聞いたのだろうか、そう答える。
「うちのクラスってこんなに人材不足してたっけ?日本の労働市場もびっくりなレベルだぞ」
俺はそう言っても仕方がないことを地面に向かって吐き捨てた。
「あはは…。頑張ってみる…」
紗恵の力の無い声がより勝利を遠ざけた気がする。自信が気化していくのを感じた。
「そういう夜彩は何走者目なの?」
「アンカー、4番目」
俺がそう答えると、紗恵はわざとらしく驚いた。
「うわ、すごい。かっこいいところ見せられるよ!」
「皮肉はやめろ。俺がアンカーなのがうちのクラスの貧弱っぷりを象徴してる」
俺は学年で見れば決して足が速いわけでも無いのに抜擢された。それは俺が優秀だからではなくうちのクラスのレベルが低いからに他ならない。
紗恵が何か言おうとした時、低い声が耳に入った。
「お、イチャついてるな。お二人さん?」
そこに立っているのは俺と同じく2年の男子。可も不可もなく親友ポジションでいそうな男が立っている。そしてその男は座っている俺たちを見下すように見る。
「お、お前は?!お前は…」
そうこの目の前に男子こそ…
「ああ、久しぶりだな、元バスケ部の夜彩凛…」
そいつは俺を見て察したのか、不敵に笑う。その笑い方はクラスで見てきた一般仕様のもの。どこにでも居そうな男子高校生だが…そう彼こそ…彼こそ?
「誰…だっけ…。思い出せそうで思い出せない…」
俺は思い出そうと奮闘するが結局記憶データベースから一見もデータが出てこない。この手の男子は似たり寄ったりで分からない。是非名前をすぐに確認できる位置に書いておいて欲しい。そもそも俺はこいつに会ったことがあるのかさえ怪しい。
「憲司だ!憲司」
憲司くんは俺が思い出せないのが予想外だったのか、そう慌ててフォローしてくれた。
「ああ、憲司くん。悪い、名前覚えるのが苦手でな」
相手の気分を不用意に害するのも良く無い。どんなに興味がないやつでも覚える努力をすべきだろう。
「お前の場合、絶対故意で覚えてないだろう。だから、ぼっちなんじゃないのか?」
憲司くんは名前を俺が覚えてくれなかったのがさぞ不快だったのだろう。非常に喧嘩腰である。
「お、おお…初対面なのに喧嘩腰で来たぞ…なんだこいつ」
俺は驚き半分でそいつを見ると憲司くんは呆れたように口を開く。
「初対面じゃないだろ」
非常に的確なツッコミである。そうだった…初対面じゃないんだ。いや待て、それは憲司くん側の主張であって、俺から見れば初対面同然なのでは。
「憲司くんの記憶がないんだから初対面と等価だ」
憲司くんがこちらを初対面ではないと思うのは勝手だが、こちらも憲司くんの事を会った記憶がない以上どうしようもない。
元バスケ部と言っていたからにはバスケ部の時の知り合いだろうか。何人かとは連絡はとったりはしたが、ほとんどが業務連絡しかしていないはずだ。
「こっちは覚えてるぞ」
憲司くんはそう不愉快そうに言う。拗ねてるのかな。俺が憲司くんだったらこんな状態、面倒くさすぎて無言で立ち去るレベルだ。
「大丈夫?誰かとこんがらがってたりしない?」
憲司くんを見ていても全く思い出せない。バスケ部の時に何人か知り合いがいたからおそらくその時の一人なのだろうけど、顔と名前が思い出せない。
ここまで来ると人違いが疑わしくなってきて思わず聞いてしまった。
「お前とこんがらがるようなやついないだろ」
それは非常に真っ当な指摘だと思う。いや本当に憲司くんは根っこからのツッコミ役だ。
「確かに。見つけたら連絡ください」
俺もそう軽口を叩く。しかし、俺に似ている人がいるのであれば是非お会いしてみたいのは本心だ。
と憲司くんは煮えたりないような顔をしてみてくる。
「お前がアカウント消して、俺はお前の連絡先知らないだろうが」
そうだな。前に連絡用のアカウントを消して、面倒だったから最低限の人にしか新しいアカウントを教えていなかった。連絡くださいと言いながら連絡先を教えていないのは失礼な気がする。
「悪かった。いるか?」
別に害がある奴にも見えないし、もし害があるならブロックすれば良いだけだ。
憲司くんは真顔でうなずく。
「ほしい」
シンプルにそう答えた。最初は俺のなんて要らないと言うと思っていたが、こう言われると引くに引けず、素直に交換することになる。
「そうか、交換しよう」
俺がそう答えると憲司くんはすぐに出せる位置に入れていた携帯をパッと取り出した。それに対して俺はと言うと携帯なんて使わないだろうからと生徒席のバックに埋もれてしまっている。
「悪いな。今携帯持っていないんだ」
俺がそういうと、憲司くんはうなずいて携帯をポケットにしまった。心なしか少ししょんぼりとしているようにも見える。
というか、彼は競技直前まで携帯を持ち込んで一体なにをするつもりだったのだろうか。謎は深まるばかりだ。
「あと、お前」
俺の思考が迷宮入りしていると、憲司くんが話しかけてきた。
憲司くんが大声を上げる直前のように息を吸い始めた。何、叫ぶの?ここで?お、おお…。勇気あるな。でも、俺達を巻き込むのはやめていただきたい。
「俺たちが本当のリレーとやらを見せてやるよ」
憲司くんは俺を指差し、渾身のドヤ顔でそう言った。息をあれだけ吸っていた割に大した音量ではなかった。
憲司くんのドヤ顔を俺はただ、ぼうっと眺めることしかできない。そういえば、隣にいる紗恵さんの声が聞こえない気がする。そもそも憲司くんの話に興味無くて別のことをやっているのかもしれない。
「それ、最初に言うべき本題なのでは?」
俺が一番突っかかっている疑問点を聞く。
「切り出すタイミング逃したんだよ」
憲司くんはそう嘆いた。なるほどな、話したい話があっても話すタイミングが分からなくて延び延びになるパターンか。
「あー。それは分かるな、お前の気持ちは理解できる」
俺がそれに関しては激しく同意できる。
と、憲司くんはムードをぶっ壊すように再びドヤ顔した。
「とにかく、そのきみの彼女も幻滅するだろう」
うーん、なんというか。どこから突っ込むべきか分からないが、あまりかっこいいとは思えない。
「すでに幻滅してるだろうから、大丈夫。もう滅ぼせる幻が残ってない。あと彼女じゃない」
重要な誤解を探して、ピンポイントで否定する。が、憲司くんは全く話を聞かない迷惑上司のように無視をする。
「ふ…。この鍛え上げられた身体!我が2組の実力にひれ伏すのだな」
そう、言ってサイド・チェストをする。確かにバスケ部だけあって筋力はある。が、筋肉は足りても常識が足りないようだ。
「俺の話聞いてる?それ社会で通用しないぞ。確かに2組には勝てる気がしないけどな」
是非、反省してほしいとばかりに俺がそういう。が、すでに迷惑上司モードに入った憲司くんは全く意を介さない。
2組は元々運動部の人間が多く、そう言った意味では全3組の一番の優勝候補だ。そもそも、うちのクラスの人材不足が深刻すぎるだけだ。再分配はよ。
「そうだろうな!最後にひれ伏すあなた方が楽しみだ」
憲司くんは都合の良い部分だけを切り取り、そう得意げに言った。時々、発言が都合の良い部分だけ切り取られて、炎上することがある。その場合、発言の全文を見ると意味変わったりするんだよな。良くないぞ、憲司くん。
「お前、相手が小物すぎない?」
そう、俺が呆れ気味に言った呟きは、憲司くんの勝ち誇った笑い声にかき消された。俺は2組の方へ帰る憲司くんを見ながら"結局この時間は何だったんだ"との思いに満たされていた。
「憲司くん、行っちゃったね…」
ずっと黙っていた紗恵がそっと俺に言ってくる。なんというか、紗恵はどんな表情で憲司くんの会話を聞いていたのか興味はある。
「ああ、こじらせてるやつだったな」
俺はボソリとそう感想を言う。あれほど個性的な憲司くんのことはおそらく一週間忘れないだろう。
「だね…。でも、夜彩が名前覚えてないのも悪いよ」
そう紗恵は俺の非を批判してくる。そのことは結構昔から言われているような気がする。しかし、興味の無い人間の名前を覚えるのは大変難しい。
「そろそろクラスメイトの名前の単語帳作って覚えたほうがいいかもな」
困難な問題ならば、それ相応の勉強量を確保すれば良い。しかし、個人的にはクラスメイトの暗記などやりたくない。絶望的に頭に入らない上に、苦痛を感じるほどつまらない。
「名前だけ覚えても仕方ないよ、夜彩…」
紗恵はそう呆れたように言う。確かに、英単語も単語だけ覚えるより例文と一緒に覚えると良いと聞いたことがある。
「そうか。なら性格と顔を結びつけて覚えたほうがいいか?」
難易度が上がるな。…いや、結びつけて覚えた方が頭に定着しやすいかもしれない。語呂合わせとかもその一例だろう。
「そうだね」
紗恵は俺の思考を知らないのか満足そうにうなずく。もはや、紗恵は俺がクラスメイトの名前に興味を示してくれただけで満足なのかもしれない。それ、末期じゃねえか…。
「なんか、かぜん暗記科目だな…。だから文系にリア充が多いって言われるのか」
「理系の人でも普通、同級生の名前は覚えられると思うよ、夜彩」
紗恵は速攻でその説を否定した。暗に紗恵は俺がクラスメイトに興味を示してぼっちを脱却するように言っているらしい。大して困っている点も無いし、今のままで良いかと言うのが俺の本音だ。
と、ノイズ混じりの大音量と共に実況が競技のスタートを宣言する。
「クラス対抗リレー。選手入場です」
歓声とBGMの中入場する。終盤の競技なだけあり、今までの競技よりも多くの生徒から注目されていた。
そんな観客達を見ていると、幸か不幸か雪憐と目があってしまった。雪憐もこちらに気付いていたのか、お互い気まずそうに目線を逸らさない。すると、雪憐がぎこちなく手を振ってきた。どうやら頑張れと言うことらしい。期待に応えるように軽く振り返すと、未練を残さないように前を向いた。
クラス対抗リレーは1、2、3年と別れてそれぞれ学年トップのクラスを決めると言う馬鹿げた企画だ。そんなことを決めて何になるとか、そもそも運動部と違って団結し練習しているわけではないだろとか、やりたくないとか言いたいことは山程ある。やると決めたらやらないといけないのが、世の中の常。やりたいことを仕事にできる人などほんの一握りだ。
1年生のレースが始まる。1年生と言うこともあり、声援のボリュームは小さく盛り上がりにも欠ける。去年は俺達が走ったのだと思うと少し複雑な気はするが、後輩は雪憐を覗く全員知らないため、俺の心のボリュームも盛り下がる。結局、特にトラブルも何も無く第一レースを終えることができた。
問題は我々の第二レース。1、2、3組の第一走者が全員スタート地点に並ぶと、差は歴然だった。そもそも体格から違う、流石2組だ。運動部の各エリート達を引っ張ってくることができるのだろう。
始まる直前、あれだけ賑やかな校庭は張り詰めた沈黙に満たされていた。
「位置について」
その一言で、1走者目は一斉にポーズを取る。沈黙を打ち破る爆発の瞬間は目前に迫っていた。
「よーい」
人々が固唾を飲み見守る。
「どん」
それは爆発の合図。走者は一斉に走り出し、うるさい実況も再開した。
順位はスタートダッシュで圧倒的リードを確保した2組で、その後方に3組、最後に1組が3組の後ろにいる。
やる前から、2組の勝利は確実視されていたことだ。特段驚きはない。ただ、走る以上勝利を目指さなければならない。なんとか、引き離されないように頑張ってほしい。
バトンは第二走者に渡る。幸い、バトンを落とすような凡ミスもなく、スムーズに進むことができた。だが、それは勝利ではなく引き離されなかったということだけだ。
第二走者を終えるとついに、臨時派遣された紗恵の番になる。理想は今の形を維持してなんとか引き離されないようにしてくれることだが。それの可能性は限りなくゼロに近い。
紗恵は走者が近づくのを後ろから見て確認すると、助走をつけ始める。紗恵さん!少し早いです!紗恵は背後の第二走者が気になるようでチラチラと後ろを見ている。見るわけでも見ないわけでもない中途半端さでいっそうのこと止まって手渡しをした方が良いレベルだ。
紗恵はバトンをうまく持てていない状態で走り出し、案の定バトンはするりと落ちてしまった。紗恵は慌ててバトンを拾う。その顔を見たときに俺は気付いた。まずい、紗恵は明らかに焦っている。
嫌な予感しかしない。それが頭を満たし始めた頃、それは確信へと変わる。
紗恵が転んだ、それも足首を捻るように。抱え込むように倒れた紗恵を見て、俺は新たな嫌な予感を感じてしまい思わず駆け寄った。
「おい、紗恵!大丈夫か?」




