第13話 雪憐とのデート②
しかし、夏休みだけあり人も多く、すれ違う人はカップルや友達によるグループが非常に多い印象を受ける。リア充牧場である。きっとこれを反リア充の方々が見たら吐き気に襲われて、自分自身を見失ってしまうのではないだろうか。
雪憐と一緒にエレベーターに乗り込むとそれは満員電車を彷彿とさせる人口密度である。周りに人がいるため距離が近いのに雪憐と話すことさえ困難である。
乗り込む時にインフレしたように高層なモールの階に服屋のあるところをパッと押す事ができた。おそらく事前調べがなければ、乗る時にまず確認せねばならず、素早く押す事は出来なかっただろう。
エレベーターを降りてすぐ服屋があった。雪憐は服屋を見つけると子供のように小走りに行くと、入り口付近に行って俺に手を振ってくる。4年前の無邪気さのある雪憐は可愛らしく、苦笑ながらも俺は嬉しい気分で近く。
「先輩、この服どうですか?可愛くないですか?」
俺も店内に入ると、雪憐は入り口付近にあった服を示す。確かに雪憐が着たら可愛いらしそうだな。俺はその姿を想像すると現実にしたくなってしまった。
「可愛い。着る?試着する?」
俺は先程の小走りの時の雪憐のように言う。俺は、声変わりをした高校生なのにテンションは少年の声だった様に思われたかもしれない。
「早過ぎです。ここ、入り口ですよ」
雪憐は嗜むように少し呆れ気味に言う。しかし、俺は納得行かずに少し考え込んだ後、ボソリと不満を漏らしてしまった。
「雪憐になら、可愛いの、似あうだろ」
それは小声で言ったが、内容を考えると自分で恥ずかしくなる。後悔が襲い、雪憐に何かしら言い訳じみた事を言おうと雪憐の方を見ると、そこには雪憐は居なかった。
「あ、先輩これとか」
雪憐はもう少し奥にあった別の服を取りに行っており、俺の言葉は聞いていなかったようだ。有り難いと感じていると、雪憐がその服を持って寄ってくる。
「うん、可愛い。着る?試着する?」
先程よりも明るい服、可愛らしく雪憐に似合うのは間違いなく、不思議と先程と全く同じ感想になってしまう。
「それ、2回目ですよ、先輩…。私はこうなるって分かってましたけど…」
雪憐はふっと笑みをこぼして言う。嫌われないかと心配だったが、本心から感想を言って正解だったようだ。しかし、よく考えてみると決して褒められているわけでは無いと感じる。
「あ、"何をわかってたか"、聞かない方がいいな」
俺がふざけて軽いノリで聞く。紗恵もそうだが夜彩に対しては何かみんな諦めた上で接しているような気がしてならないからだ。
「その方がいいですよ」
雪憐は不敵に笑う。なんとなく察する事ができた。
「夜彩の風当たりは強いな」
夜彩は辛いよと思い肩を落とす。夜彩の生きやすい社会の実現を是非急いでいただきたい。
「大丈夫です。私は分かっていますから」
そんな俺を見て雪憐は何かを思ったのか励ますように言う。その励ましには複雑な思いはあったが、励まそうと努力した姿勢はありがたい。
「そうか、それはありがたいな」
雪憐とせっかく買い物に来ているのに暗い雰囲気になるのも申し訳ないと感じ気分を切り替える。ふと周りを見ると未だに入り口近くにいることに気がつく。
「もう少し、奥行ってみるか」
俺は服屋にはあまり行かないが、きっと他のお店同様、奥にも品が揃っているはずだ。ショッピングは可能な限り多く見比べる必要があるだろう。
「そうですね」
雪憐の同意も得られ、歩き出す。
歩くと、メンズ用品、ビジネス服、子供用など順にある。一列向こうには女性用の下着コーナーがあり、俺はたまたま目に入ってしまったため、慌てて目を逸らした。目に入っても罰則があるわけでは無いが、じろじろ見るのもよろしくない。それにあまり見ると、俺の寿命も縮まる。
服を見ていると、ふと気づく事があった。今は8月にも関わらず袖の長い暑そうな服が置いてある事だ。何故だろうと考えていると、ふと答えにたどり着く。これは秋物という事なのだろう。もう、秋物が置いてあるのか…どういう事だ、今8月だろ。
雪憐はふとレディース用品で止まり服を見始める。いくつか雪憐は自分の中で検討すると、ブラウスと半袖のシャツ、そしてズボンを持ってくる。
そして、俺の前でブラウスとシャツを掲げる。
「先輩、どうですか」
どちらが良いと言う問いだろう。答えは決まっている。
「うん、可愛い」
どちらが来ても雪憐が可愛い事実には何一つ変わらない。得られる結果が同じであるため俺はついに一時的に思考を放棄してしまう。雪憐可愛い。
雪憐はと言うと、仏の顔を三度までと言う事なのだろうか、驚いたように俺を見つめている。というか、先程俺のこと"分かっている"って言わなかった、雪憐?
雪憐は数学の証明問題を途中でこのやり方では出来ないと気が付いた時のような顔をすると、パンと手を叩き何かを思い付いたようだ。雪憐は嬉しそうに聞いてくる。
「この服とこの服どっちが良いと思いますか。先輩?」
雪憐は先程より情報量を増やして、質問してくる。俺も雪憐の期待に応えようと先程放棄してしまった思考を再起動してシンキングを始める。
「人によって好みが別れるから一概には言えないんじゃないか?でも、可愛いぞ」
思考の結果をありのままに答える。思考をしてもしなくても可愛いと言う結論には変わらないようだ。
雪憐は"知ってた"とばかりに苦笑いすると次の手を打つ。
「…じゃあ、"先輩は"どちらが好みですか?」
先程の俺の答えを元にフィードバックをして自分の欲しい情報を得るために雪憐は質問を変えた。俺は再び考える。
「人間、時間の経過で価値観や好みは変わるし一概には言えないと思うぞ。でも、可愛いぞ」
これが適切な答えだろう。子供はピーマンが嫌いだが、中年になると好きになる人も多い。50歳で女子高生の服は似合わないだろう。きっと、似合う服が変わりファッションの戦い方が変わるのだ。これは極端な例だが、とにかく一概には言えない。
「……"今"、先輩はどちらが好みですか?」
雪憐は"うぐぐ"と効果音が出ても不思議では無い苦しむ声で聞く。しかし、内容を精査して最善な答えを探すとこちらも同様の答えになる。雪憐はどちらでも可愛いだろうから。
「どっちにもそれぞれの魅力があるし一概には言えないんだよなあ…。でも、可愛いぞ」
雪憐はついに諦めたようにがくりと肩を落とす。それを見て俺も申し訳な無い気持ちが湧くが、決して雪憐を馬鹿にしていた訳では無い。雪憐の期待に応えようと嘘偽りのない最善な回答を心がけた結果だ。
だが、雪憐はふと顔を上げる。こんな単純な解法があったかという顔をして聞いてくる。
「先輩はどちらの私を見たいですか?」
雪憐はチェックメイトだと言わんばかり。どちらと言われても、俺が見たいのは服では無く"服を着た雪憐"なのだから。
「俺は、雪憐ならどっちでもいい」
俺は正直に答える。
雪憐は驚いたような顔をする。心なしか顔が少し赤いように感じる。
「え?そ、そうですか」
動揺していたのか少し言葉を途中で噛んだ。照れる所がまた愛らしい。
「そうだ。両方見たい」
これは雪憐を喜ばせるためでは無く、俺の本心だ。見てみたい。
「先輩がそういうなら仕方ないですね」
雪憐は諦めているのに嬉しそうにそういうと、試着室へ行こうとする。後は、雪憐の買い物なのだから最終的には雪憐が決め、購入するだけだ。俺がいても邪魔なだけだろうと思い、店の外のベンチで待つために引き返そうとする。しかし、雪憐が俺に手招きをした。ついて来いということらしい。
雪憐についていくと、ふと雪憐がワンピースを着ている事に気がつく。ワンピースについては良く分からないが、着替え辛いのでは無いかと思った。だとしたら、わざわざ俺のために着てくれたのか。それはとても嬉しく一人で喜びに浸かる。
そんな事を考えていると、雪憐について行くと別れるタイミングを逃し、試着室に着いてしまった。
「着替えてきますね、先輩」
雪憐はさも当然のように言うとカーテンを開ける。
「なあ、雪憐」
しかし、俺は聞かなければならない。ここは試着室であり男が一人待っていて良い場所では無い。
「なんですか?先輩」
しかし、どう伝えたものか。決して、良くない真似をするつもりは無いのだが、何故かこれを言い出すのに少し抵抗があった。
恥ずかしそうに俺がしていると、雪憐は不思議そうに見つめる。ふと、なにかの可能性に気がついたのか、アニメのように顔を赤くして雪憐まで恥ずかしそうに言う。
「の、覗きはやめてくださいね、先輩」
俺はとんでもない勘違いをされているようだ。その誤解に比べると、この事など小さな事に聞こえ、話す気が湧く。
「いや、そうじゃなくて、試着室の前で立って待つのもな」
俺は自然に事情を説明する事ができた。何故、俺はこんな単純な事を言えなかったのだろう。
「あ、そうですね」
雪憐は自分の勘違いが恥ずかしかったのかわざとらしい咳払いをすると、そう答える。
「そうだ、俺は通報されたくない」
俺が切実な訴えをすると、雪憐は納得したようにうなずき、ベンチを指差した。
「なら、あっちのベンチで待っていてください」
俺はうなずく。
「わかった」
俺はベンチに腰掛け、雪憐が着替え終わるのを待ち始める。
4年前、ショックを受けた時、"俺はもう雪憐に会う資格は無い"などと考えていて、4年前の自分は今の自分を想像できなかったはずだ。今はとても楽しいし、例え、歪んだ初恋の思い出であったとしても、それは恋そのものの感情を雪憐に対して感じている。
しかしながら、こうして思い出に浸って、雪憐を引き摺り回し、俺は縋り雪憐につづけていて良いのだろうか。雪憐は可愛いし、学校では普通にモテるだろう。むしろ、俺が雪憐の優しさに甘えているのではないか。
…いや、この思考は止めよう。せめて、せめて今くらいは全力で楽しもう。
そう思い顔を上げると、
「着てきました」
雪憐は少し恥ずかしそうに着替えを終えて出てきた。先程の白ワンピース雪憐が天使や白鳥に例えるならば、今のブラウスとズボンの雪憐は現代的な美少女と言える。4年前とは身体つきが変わる事は再会して分かっていたが、こうしてみると、やはり違う事が分かる。
へそ出しというほどでもないにしろ、お腹の一部が見え露出度が高いオフショルダーなブラウスだと身体の曲線が目立っていまい、胸が目に入ってしまった。雪憐が俺のわがままを聞いてくれて純粋な気持ちから、着ているのに申し訳ない気分になり、そのせいか成果で補おうと評価に熱が入る。
「うん、シンプルで大胆なブラウスは夏特性の薄手の女の子らしさと女性的を兼ね備え。着心地が良さそうに見えるその姿は、おおらかさを演出する。おおらかな女の子らしいのに明るい活発な印象とは…いいと思います」
支離滅裂な意見に見えるが自分の思った事をそのまま述べた結果だ。色合い鮮やかで今の雪憐に活発な4年前の面影もあり最高だった。
「そうですか。いつもの先輩の意見が聞けて嬉しいです」
雪憐はこんな意見でいいのか。嬉しそうに応えてくれた。何故、こんな意見でいいのか疑問に思いつい聞いてしまう。
「これで良いのか?」
自分でもお世辞でも良い意見だと言い難く、その上纏まっていない。小論文なら0点レベルだ。
「はい、十分です」
しかし、雪憐は何も根拠を示さずに自信を見せて笑った。雪憐が信じてくれているのなら、それで良いのではないかと思い、質問をやめる。雪憐が何を信じるかを決めるのは雪憐自身だ。
「役に立ったのなら、良かった」
これが最適だと思い、当たり障りの無い答えを返す。
「その、もう一着着てきて良いですか?」
雪憐は聞き辛そうに俺に確認を取る、願ってもいない事だ。
「ああ、楽しみにしてる」
俺が声を弾ませてそう答えると、
「はい」
雪憐はそれに応えるように明るい声で言った。
雪憐が試着室に行くと、また暇になってしまう。先程の思考の続きをやろうかと考えたが、鬱っぽくなりそうだったので思考は行わなかった。ボーっと頭を休ませていると、雪憐が現れる。
「どうですか?」
雪憐は今回、半袖のシャツで出てきた。今回の雪憐は女性的というより大人しい上品な感じがし目のやり場にもさほど困らない。
「知的な感じでビジネスライク、そう言った意味では性格面ではこちらの方が、雪憐にあっているかもしれない。先程にはキャピキャピ女子感があった。これはこれで、いいと思います」
先程は本当に似合っていたが、先輩としては悪い男に絡まれるリスクが少しでも上がるのなら避けて欲しかった。その点、こちらは比較的安全で、どの場面でも使えそうだ。
「結局、先輩はどちらが良いですか?」
雪憐は熱が冷めないうちに聞いてくる。同時に2つの服を見られない以上、記憶が飛ばないうちに聞いておこうと言う事だろう。
「どちらも捨てがたいが…前者が良かった」
両方良かったが、前者が強力すぎたのだ。予想以上に思考量は少なくて答えが出る。
「ブラウスですか?」
雪憐は確認のため聞いてきた。
「そうだな。なんというか白ワンピース並みのドストライクだった」
少し気持ち悪いと思ったが、例え気持ち悪い事でも本心であるから言ったほうが良いと思い覚悟を決めて言う。
「よかったです。じゃあ、これにします」
雪憐はそれを聞き、あっさりと決めてしまう。それを見て俺は違和感を感じた。
「俺としてはそれが良いが、俺が着て欲しい服と自分が着たい服は違くないか?」
人の好みと、自分の好みは違う、そしてこれは自分の買い物、自分自身のための買い物なのだ。だから、
「別に雪憐の買い物だから雪憐が選ぶべきでは?」
と俺は言った。自分自身の選択は自分の手によって選ぶべきだ。
「"先輩が似合うものが欲しい"のはちゃんと、今の私の意思です」
俺の疑問に対して、雪憐は凛と毅然に答えた。それが本心である事を俺が確信する程の言い方である。
「なら良いんだ」
雪憐の意思によってその選択を選んだのであれば、俺は何も干渉する権利は無い。
だが、雪憐は言い足りないことがあるようで静かに口を開いた。
「それに、私は今の先輩と選んだって思い出を買う訳ですから」
その言葉に俺は驚いた。思い出を買う。それは良い事なのだろうか。いつ壊れるか分からない俺たちの関係性の思い出は、終わった後呪いに変わる。そう考えると、怖くなり、余計な事を言ってしまう。
「思い出は買い過ぎない方がいいぞ」
それは経験則であり、言うまでもなく4年前の経験から来るものだ。雪憐には同じ呪いを背負って欲しく無いし、思い出が呪いに変わる瞬間を見て欲しく無い。
「そうなんですか?」
雪憐は寂しそうに俺に聞く、納得がいかないとそう言っていた。
「そうだ。思い出は買い過ぎると背負い切れなくなる」
雪憐の考えを否定したくは無かったが、同時に嘘も吐きたくなかった。特に雪憐の前では。
「じゃあ、先輩は思い出、もう足りてるんですか?」
雪憐はそう言われると、寂しさに満たされて聞く。その声色を聞いて、自分が間違った選択をしている事を再認識させられた。
「…ああ、俺は…どうなんだろう」
俺は思い出が足りているか?それはとても難しい難題ですぐに答えは出ない。思い出は呪いに変わり、既に、その呪いは俺が背負うには十分過ぎる量である。でも、同時に歪んでいても俺の中で眩しく輝き続ける、初恋思い出も俺は知っていた。
「分からない」
曖昧な答えになってしまう。これで良いのかは分からなかったが、本心であるのは間違いない。
「そう…ですか…」
雪憐は寂しさを悲しみに変えて言った。俺は雪憐をそんな気持ちにさせて申し訳なくなり、何か言おうとすると、雪憐は「着替えてきます」と断り試着室へ行ってしまった。




