第12話 雪憐とのデート①
セミが合唱を歌い、日本列島は大音量に満ち溢れる。日本にもこの季節がやってきたと感じる8月。かつて俺は人類の都市化を批判したが、騒音ならばセミも負けていないだろう。
そして、この騒音の時期に始まるのが、学生達の休息夏休みである。小中高と上がっても彼らの喜びは変わらない、12年越しで受け継がれる大切な思い。この思いは、学校が変わっても歳を重ねても学生である証、"真の学生証"なのである。
夏休みは、自分のやりたいこととやるべきことをやる期間である。あるものはゲームに明け暮れ、あるものは勉強に打ち込み、またあるものは青春に打ち込む。夏休みには一人一人、ストーリーがあるのだろう。
6月に行われた期末テストを終え、クリスタともあれ以降完全な無視は無くなり業務連絡と俺への皮肉ならば口を開いてくれるようになり、雪憐とは一進一退を繰り返しながらも、お互い距離を近づけられている気がする、紗恵は特筆すべき事は無くただ生産性のかけらのないだらだらとした関係を続けている。今までで、きっと一番変化があった夏休みの入り方である。
7月の終わり頃、雪憐は俺に今日近所のショッピングモールで買い物をしようと提案してきた。急な提案だったし、4年前に雪憐の私服で会う事は無かったので俺自身戸惑ったが、断るという選択肢はなく、承諾し、今に至る。
俺は大型モール内の待ち合わせに指定されたベンチの近くに立ち、約束の時間の10分ほど前にも関わらずソワソワとして周りを見渡している。結局、タイミングを逃した俺は雪憐と連絡先を交換できていなかった。
服も勉強会の時とは違い、俺の持ちうる最大限の知識を活用し、最適解と思われる選択をし、待ち合わせ時刻の30分前の到着、もちろん可能な限り近辺もチェックした。これは最適だな。間違いない……と信じたい。
からん、頭の中で鈴が落ちたように、ふと人の気配を感じた。
振り替えると、その少女はそこに立っていた。純白のワンピースに身を纏い、平均より少し小柄の雪憐。その美しさと、美化され尽くされた俺の初恋の思い出、そして幼馴染の昔の日常が重なり目眩がし、身体の芯から熱い何かが俺の心を焦がす。たとえ計算でやっていようと、雪憐のその可憐な姿に変わりは無い、そんなことちっぽけな事に感じる。
俺は見惚れてしまったんだ。俺は思考が止まり、4年間の後悔と愛が蘇る。自分でも、気持ち悪いと感じる。4年間ずっと初恋を続けて、1人の少女を想い続けていたんだ。
再開した時から今日まで、俺はまるで雪憐という後輩に初めて出会った後輩な様だと感じる時もあった。でも、こうしてみるとこの感情は"初恋"で、答えの出しようの無い難題を俺に突きつける。
雪憐は黙って見ていた俺の事を不自然に感じたのか、少し恥ずかしそうに俺から目を逸らして俯き気味になる。それは保護欲を掻き立てる。
いや、保護欲だけでは無い、俺の全ての欲望を掻き立てた。4年間、いくら雪憐を想っても湧かなかった"本物の雪憐"を見た気持ち。
「先輩…?その…似合っていませんか…?」
4年の歳月、第二次性徴を迎えて、俺の身長より小さい雪憐が上目遣いで遠慮しがちな声で聞く。それは4年前の雪憐を重ねてしまう。
だが、4年前の雪憐はこんなに可憐な服は着ていなかった。4年前の雪憐はこんなに女の子らしくなかった。そして、4年前はこんな関係では無かった。
「すごく似合ってる」
シンプルな答え。これはもはや答えではなく、心の叫びだ。そして、真っ直ぐにそんな感想が言える自分が嫌いだ。4年間ずっとほったらかしにしていたくせに。
「そうですか!うれしいです」
しかし、雪憐は満面の笑みを浮かべる。それは言わなくても、嬉しさが伝わってくる。シンプルな答えでこんなにも喜んでくれるのが、俺も嬉しくて、心の何かを加速させる。雪憐のその喜びの表情は俺にとって、とてつもなくありがたい贈り物だった。
「先輩と出かけるから、わざわざ着たんですよ。ずっと、着てなかったのをちゃんと綺麗にして」
雪憐はほくほくと、ワンピースを何故着たのか教えてくれた。そして、クルリと回る。それは白鳥の飛び立つような様で、4年前の無邪気さ。そんなどうでもいい解説も、宝石のように価値と、すぐに壊れてしまいそうな儚さを感じる。雪憐がそんなどうでもいい話を、俺に話してくれるのが嬉しくてたまらなかった。
雪憐は「あっ」と気づくと、しゅんとなる。無邪気さがある"4年前の雪憐"から恥ずかしそうに"今の雪憐"に戻り、その瞬間が愛おしい。
「その、余計な話でしたよね…ごめんなさい…」
雪憐が申し訳なさそうに、謝る。それすら見てみたい気持ちが湧き、俺が話しかけるのすら躊躇うほど、絵になっていた。壊したくは無い。でも、雪憐に誤解されて悲しむのは嫌だから、答えなければならない。
「いや、俺も聞けて、嬉しい」
たどたどしく、不器用に答える。雪憐のように可愛らしく笑えないが、それでも俺は笑った。綺麗には笑えていないと思う、だがそれは4年間で一番自然に笑えた笑顔のはずだ。雪憐は驚いたように俺を見て、そして笑う、笑い合う。
お互いがお互いに答えるように。どうして、こんなどうでもいい話が嬉しいのだろう。それはきっと論理では言い表せない難題で、心が受け入れられる感情。
「行きましょうか、先輩」
雪憐は言う。始まりの合図。俺も答える。
「ああ、だな」
何気無い、ショッピング。しかし、それはまるで4年前の続きのような気がした。
「先輩はどこへ行きたいですか?」
雪憐は心躍るように聞いてくる。
「雪憐はどこか希望とかあるか?」
俺は答える。が、言い終えた後に後悔した。これではまるで何も考えておらず、雪憐に丸投げしているように聞こえてしまう。
「い、いや、投げやりな訳じゃないけど、希望を聞かないといけないと思って」
俺は拙いが、伝わるよう賢明に説明した。自分でもすごくカッコ悪いと思っていたし、何故こんな些細な誤解…いや"誤解の可能性"を解こうとしているのか自分でも、理解に苦しむ。そもそも、雪憐が誤解しているか不明確にも関わらずだ。
そんな俺を雪憐はきょとんと見つめている。そして、にこにこと満足そうに笑う。
「先輩…分かってますから、大丈夫ですよ」
雪憐は分かってくれていて安心した。少し、心配しすぎだったのかもしれない。
「私、服を見たいです」
雪憐は笑うのをやめるとそう言った。それは雪憐にとって提案だったが、俺の中では決まったようなものである。
「雪憐がしたいなら、それでいこう」
俺は優柔不断な発言をするが、これが自分の意思であるからどうしようも無い。先程のように雪憐が誤解していない事を祈ろう。
「はい」
俺が祈るまでもなく雪憐は答える。
「それにしても、どうして服を?」
俺は服の知識は無いし、センスも無い。俺が今来ている服も当たり障りの無いノーマルなシャツで、あるのは清潔感だけ。特筆すべき事は何も無い。そんな俺がましてや女性用の服を手伝えるとは思えない。俺の意見を聞かないなら一人で行った方が良いのでは無いか?
「その…先輩の意見を聞いてみたいなって…」
しかし、雪憐は恥ずかしそうに俺が想定していた答えを言った。少し顔を赤らめて言われてしまい、俺も動揺して少し間抜けな返事になる。
「そうか。でも、俺はそんなに服に詳しくないけど」
俺が懸念している事を伝える。心の中で思っているだけでは相手には伝わらないだから、相手に言葉として伝える必要がある。もし、雪憐が俺に的確な意見を期待しているのであれば、期待外れだったと悲しむ前に通達するべきだ。
「いいんですよ。先輩の意見なら」
雪憐はそんな事些細な事であると言わんばかりに答える。その返事は男として何か保護欲のようなものを引き立てた。俺は落ち着かせるように心に気合を入れ答える。
「分かった」
雪憐がこんな俺の意見でも必要としてくれているなら俺は雪憐の期待に応えたい。
雪憐とそんな事会話をしているとふと雪憐が通路の方を見る。俺もつられてみるが別にエイリアンがいる訳ではなかった。何故かと疑問に思うと、昔こんな事あったなと思いが湧いてくる。しかし、その記憶を思い出す前に雪憐が言った。
「歩きます、先輩?」
雪憐はふと止まっていた俺に問う。何故歩かないのかと。それはかつての雪憐がお弁当の約束をしてくれたあの時を思い出す。
「そうだな」
俺は答えると、雪憐の後について歩き出す。




