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第11話 クリスタの質問

 などと私は思っていた。いざ勉強会を始めて少しすると、カルボナーラとスパゲティが届き、ガールズ2人組はご飯を食べ始めてしまったのだ。


 黙って一人で勉強を始めるも、目の前で女の子2人が楽しそうに食べている光景は集中力を削ぐ。ご飯を食べ終え、勉強会をやっと始められて、始まったのは分からないと言う、具体性にかける質問と雑談の嵐。もはや、雑談会になっていた。


「うー、数学分からないー」


 文系の紗恵は甘ったるい甘える声で俺に聞いてくる。可愛らしいが、やっている事は酔っ払いと一緒だ。


「分からないから、勉強するんだろ」


 俺は出来る限り適切な回答を選び、誠実に答えた。が、俺の"勉強しろ"と言う願いは通じなかったのか、紗恵は雑談を続けた。


「でも、これ、いつ使うの?一生使わないよ、これ」


 長年、数学が嫌いな人間にとっての伝家の宝刀となっている事を指摘する。これによって、多くの大学が予算削減の被害を被ったはずだ。しかし、高校生にはこう反論できる。


「安心しろ、2年後、早速使う」


 言うまでも無い、大学受験だ。大学受験には数学は不可欠で、そして、大学受験は人生を大きく左右する。


「受験…。受験嫌だよ…」


 紗恵は死んだ魚の目をして、机に突っ伏してしまう。確かに、ストレスとプレッシャーで憂鬱になる気持ちは理解できる。


 そう言って目で、紗恵を見ていると、紗恵は突っ伏したまま聞いてきた。


「あのさ、夜彩、どこ受験するの?」


 2年の4月の時点で志望校を決めている人は珍しいだろうから、きっと大体の回答でいいのだろう。


「国立の理系」


 俺は参考書をまた見ながら、言う。


「夜彩、テストの点数良いもんね」


 紗恵は、そういうと、何を思ったか、死んだ目を休息に生き返らせ、ムクっと起きる。


「クリスちゃん、この人、前回の学年末の点数、この学校の歴代2位だよ」


 紗恵はクリスタに謎の布教を始める。クリスタに俺の良さを布教して何になるんだ。クリスタなんて苦しさが伝わる苦笑いしてるし、「知らねえよ」と言わんばかりだ。俺も逆に紗恵にクリスタの良さを布教したら大変面倒だと感じる。お互い様だ。


 俺が自分で自慢するのも癪だったので、比較的安全な謙遜をする事にする。


「結局、藤堂先輩には勝てなかったけどな」


 この学校は"5教科のテストを作成する担当の先生"が何十年も変わらずにやっておりテストのレベルがほぼ均一である。我が校が誇るその無意味な伝統を活用し、歴代の1、2、3年の学年末テストの優秀者は学校の敷地に所属年度と合計点ともに彫られる制度があるのだ。


 現在は1年生のテストでは、


 1位 藤堂 沙月 493点


 2位 夜彩 凛 491点


 となっている。3位は藤堂先輩が来る前までは大昔から1位だった人らしい。この歴代1位も藤堂先輩をある程度尊敬している由縁だ。


「でも、夜彩、すごいよ。人間性を代償に得たものは大きかったね!」


 紗恵は目をきらめかせながら絶賛する。しかし、内容は悪口同然だと感じた。


「だから、人間性を犠牲にしたとか言うなよ…」


 間違っていないのかも知れないが、俺は認めるわけにはいかなかった。それに、「人間性を犠牲にできるほど持っていない」と言わないあたり、紗恵は優しいのかも知れない。いや、これは怒って良い内容なのでは?


 そう思い、紗恵の方を見た時、紗恵の携帯が鳴った。


「あー、ごめん」


 紗恵はジェスチャーでわざとらしく俺達に謝ると、席を立って、店から出て行ってしまった。


 残されたのは、紗恵という通訳を失った、クリスタと夜彩。


 先程のメンバーから1人減った2人なのか疑われる程の沈黙がこのテーブル席を覆う。友達の友達問題の時もこんな気分なのだろうか。しかし、クリスタが会話する意思がない以上、俺もどうすることも出来ず、勉強の続きをしようとした時。


「ねえ」


 クリスタの低い声がした。顔を上げて見ているとクリスタが真っ直ぐとこちらを見ている。それは雪憐よりも冷たく、黒い何かを感じるもので、同じ表情でも人によって違うのだと感じた。


「夜彩くんは、花ちゃんの事どう思ってるの?」


 "花ちゃん"、クリスタから出たその呼称は小学生の時の雪憐の事であり、4年前の話である事がわかる。クリスタは4年前の事を忘れた訳ではなく、間違いなく覚えているのだろう。そして、花ちゃんと呼ぶからには最低でも4年前は親しかったはずだ。4年前、雪憐を傷つけてしまった俺は、クリスタと雪憐の関係など怖くて考える事は出来ずに放置した。


「幼馴染だ」


 簡素に事実だけを述べる。嘘は何一つなく、そこにあるのは客観的事実だけだ。クリスタが何をどう考えているか分からない以上、余計な事を言うべきでは無い。


 しかし、クリスタは不満そうに口を尖らせると、オレンジジュースをストローで吸い上げる。そして、俺に問う。


「夜彩くん、まだ花ちゃんの事を引きずっているの?」


 クリスタは質問を変え、より深くに踏み込んだ。クリスタ自身にもリスクがある事はわかっているだろう。にもかかわらず、クリスタは踏み込む。クリスタにとっても4年前は重要で、そして向き合おうとする強い意志を感じられる。


「人は変わるんだよ、4年の歳月で」


 クリスタは俯き気味になって、俺に吐き捨てた。まるでタバコを捨てる時のような投げやりさで、俺に伝わっているかなど気にしていないようだ。


「仮に変わったとしても、今の雪憐も雪憐だ。だから、雪憐が変わったなら今の雪憐とちゃんと向き合いたい」


 だから、クリスタの深い意図など考えず、言葉通りに自分の思っている回答をする。


 すると、クリスタは俺を小馬鹿にするように笑った。悪戯な表情と言うには悪意と苦痛が多過ぎる。声色は少し高い声でクリスタは答える。


「夜彩くん、ストーカー向きの性格したんだね」


 先程の質問は、あまり意味のない事だと感じた。4年の歳月で雪憐と俺の関係性が変わっても、それは俺達の問題でクリスタには関係ない。何故、興味を示すのか疑問である。しかし、俺は聞かれた以上答えなければならない。会話のキャッチボールはボールを持ち続ければ成立しない。


「ストーカーなんて、向いてないぞ。無視され続けたら、すぐに凹む自信がある」


 雪憐と俺の関係性は関係無い。あくまで俺の性格の話。人間空気清浄機は好きではないが、悪化させる必要も無いだろう。俺もふざけた答えをする。


「じゃあ、メンヘラ?」


 クリスタはこの無意味なキャッチボールを続けるつもりのようだ。本当なら、こんなもの返さずに勉強を始めるが、クリスタと会話ができるのは大変珍しい事だ。ならば、多少無駄でも続けるべきだろう。


「誰にも知られず、勝手に自分の後悔で病むのはメンヘラと呼べるのか?」


 これも、嘘ではない。誰も知らなければ、それはメンヘラではない。勝手に自滅する馬鹿だ。自分で分かっている自身の性格の一つ。


「呼ばないね。それは馬鹿だよ」


 クリスタも同じ結論に達したのか、そう断じた。きっと、藤堂先輩も紗恵も雪憐も絶対にその結論に辿りつかない。クリスタだから辿り着く。段々と、クリスタと話し性格を考えていくと、ある意味夜彩に共通する部分も見えてくる。


 クリスタも感じていたのだろう、今までも何一つ中身のないキャッチボールは時間の無駄だったと言わんばかりにため息をついた。自分で始めたくせに。そして、会話の軌道を修正しようとする。


「夜彩くんは、もし花ちゃんが4年前の事をもう過去の思い出にしてるなら、どうするの?」


 それを、言われると動揺する。ある意味、考えられる可能性で最悪のパターンなのかも知れない。雪憐が過去の思い出になっているのであれば、きっと雪憐にとっては古傷のようになっていて、俺のようにまだ傷が開いている訳では無いだろう。


 雪憐が一番幸せになれる可能性でもある。だから、俺は喜ぶべきなのだ。しかし、同時に俺の中でまた新たな後悔が生まれる。"雪憐は前を向いて歩いていたのに、俺は過去に縋り続けていたのか"と。


「それに、4年前の事を引きずり続けて、花ちゃんもあなたも満足?」


 クリスタは動揺した俺を見て、追撃するかのように聞いた。その悪意に溢れた笑みに俺は苛立ちを覚える。4年前を引きずり続けるしかなく、選択肢が一つしかなかった俺に"その選択は正しかったのか"と尋ねているのだ。


「…そう言うお前だって、今でもの"花ちゃん"と呼んで、4年前の事を引きずり続けているじゃないか」


 それが、俺の出した答えだ。詭弁であるのも理解しているし、正しい答えかどうかは分からない。事実、クリスタは求めてないと大きなため息をつき失望感を露わにしている。


「だから、クリスタが自分自身に聞けば答えを知れる」


 クリスタも4年前を引きずっているのは事実だ。ならば、どんな思いを抱いているにせよ、強い思いである事には変わりない。その自分の抱いた思いがすでに"4年前の事を引きずって満足か"という問いの答えになっているはずだ。


「分かった。質問を変えるよ」


 クリスタは先程の失望感に加え、さびしさを滲ませて言う。クリスタが何を考えているかは分からない。でも、きっとクリスタの瞳にも何かが写っていて、俺と同じように何か強い思いを抱いている。


 クリスタは少し前を置くと聞いた。


「4年前の事……いや、4年前の初恋にどう結末を迎えたいの?」


 クリスタの言葉に最後まで聞かずに、世界は固まった。なんで、クリスタは俺と雪憐の事を知っているのか。分からない。雪憐が言った?いや、その可能性は全く想像が出来なかった。


「私だって花ちゃんと親友だったわけだし、近くに居れば分かるよ。当然、花ちゃんもね」


 俺が固まっていると、クリスタは俺に事情を説明する。クリスタはそんなことも分からないのかと、そんな事が通用すると思っていたのかと、俺を嘲笑う。それは、もはや説明に俺は感じなかった。


「それとも、気付いてないと思ってたの?だとしたら、鈍感さにも程があるね」


 説明の化けを被った、嘲笑の最後には説明の皮を破り、本心が剥き出しになる。4年前、そんな未熟な人間が初恋をして、そんな気持ちで恋をしていたのかと。


 そう言うのに等しい。何も分からなかったくせに、推測だけで雪憐を助ようとし傷つけ、そして知らないと推測した事は、実はクリスタにすら理解されていた。


「夜彩くん。もう一度聞くね。あなたはどうしたいの?」


 クリスタはひどく動揺した俺の狙うように優しい声で聞く。それは優しさなのではなく、優しさに見せかけた悪意なのだとすぐに分かる。動揺は後悔に変わり自分の頭を覆い思考を遮る。


「俺は…」


 クリスタは笑った。「吐き捨ててしまえ」と、そう言っているように見える。


 吐き捨ててしまう考えが後悔と俺の頭の中に一緒に現れる。普段考える事さえないことは後悔のせいで正常に切り捨てる事は出来ない。


 しかし、吐き捨ててしまえば…。


 それは、正しい選択では無い。これを言うべき相手はクリスタでは無い。


「ノーコメントだ。それを言うべき相手は、雪憐だ」


 夜彩らしい笑顔ができていると自分でも分かる。これが正しい選択だ。そう感じると、今まで頭を支配していた後悔が綿のようにすうっと飛んでいく。


「それなら、最後までそう信じることだね」


 クリスタはそう答えた。先程の悪意と苦痛の含まれる表情は無くなり、あるのは素朴な表情だ。クリスタは4年前にどんな思いを抱き、今、4年前に何を託しているのか。そんな事を考えると、興味が湧いてしまい。ふと口走る。


「なあ、もしかして、クリスタの…」


 それは、可能性の話。それはきっとクリスタが4年前に抱いた思い。でも、真実かどうか分からない。だから、知りたくなったのだ。


「私もノーコメント。それは私の問題だから」


 だが、クリスタは歯切れが悪そうに答える。それは、まるで先程の俺のような感じで思わず苦笑いをする。


 クリスタが先程の俺を問い詰めたように、俺がしつこく聞く選択肢もあったのかも知れない。でも、それは既に俺が答えを出した事だ。


「そうだな。悪かった。クリスタが考えるべき事だ」

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