第10話 なかなか始まらない勉強会
時は流れても、やるべき事は変わらないのだと感じる。雨が降る機会が多くなった梅雨の6月。この休日だったこの日、俺は紗恵と勉強会の約束をしていた。普段ならば、大抵なんとか理由を探して断ろうとするのだが、今回は勉強会と言うことで快諾したのだ。
そして、俺は指定されたファミレスで自習をしながら待っている。俺の周りでは、2年生になってから色々な事があったが、"6月の下旬に期末テスト"と言う事実は何も変わらない。
数学の練習問題解く。考え事をやめてまた無心になろうとした時だった。
「いらっしゃいませー」
集中しようとする俺を現実世界に引き戻す声。からんからんと鳴った音の方を見ると、そこには人影がある。紗恵が来たのだろう。待ち合わせの時刻の10分程過ぎていて、俺が上司ならば紗恵の人事評価は最低の部類だ。
しかし、紗恵1人にしては足音が不自然である。足音の間隔が短い上に音が干渉している気がする。そもそも人間はこのような音を正確に聞き分ける機能が無いのだから、俺がどんなに努力しても限界はあるはずだ。
「夜彩ー。遅れてごめーん」
そこに現れたのは、紗恵である。スポーティーな白と英文が書かれたtシャツにカーキパンツ。少女と女性を融合させたような印象を受け、いつもより大人びた印象だ。
確かに、可愛らしい部類に入るのは間違いはないが、俺にはそれを上回る関心を持つものがあり、そちらに意識が行ってしまう。
「それより、何故クリスタがいるんだ?」
ポロシャツと、スカートを着たクリスタに問うが返事がない。クリスタはぷいっとそっぽを向く。…ただのしかばねかな?クリスタの変わりに、紗恵は拗ねたような声で俺の問いに答える。
「ほら、人数多いほうが勉強会楽しいかなって」
紗恵が何故拗ねたか疑問だが、それ以上に発言内容に疑問を感じた。
「勉強会は人数少ない方が効率上がるぞ」
人数が多ければ、誰かが話し出す。誰かが話し出せば、それに誰かが釣られる。元々、勉強とは個人競技なのだから、個人でじっくりやるべきなのだ。だからこそ、人数が多いより個々でやりやすい少人数の方が良い。
「でも、ほら、人数少ないと人間性は勉強できないよ。夜彩みたいになるよ」
紗恵は「えー」と考えた後に、パンと思いついたように手を叩き言う。こんなポンコツが、学年9位だとはこの学校も終わっている。しかし、真面目に反論しても埒が明かないと思い、詭弁には詭弁を返す事にする。
「夜彩が増えれば、俺としては居やすくなるんだよな。むしろ増えてほしい」
これは、本心だ。夜彩を相手に話すのなら、相手の考えていることもわかるし、接しやすい。俺としては大変ありがたいのだが、紗恵には不評だったようでドン引きした顔をしていた。
「嫌だよ!私は嫌だよ!何人も要らないよ!」
紗恵は身振り手振りで全力否定をする。流石にそこまで全力否定をされると、俺も少し悲しい思いをした。そういわれると理解はできていたんだけどな。
「…そうか」
俺は悲しそうに言うと、紗恵が少し申し訳なさそうに「ごめんね」と言いい、クリスタを奥に座らせて自分は手前に座る。俺も仕方無く諦め、勉強会を始める事にした。
さあ、何の教科をやろうか?そう聞こうと、2人を見ると、彼女らは一つのファミレスのメニューを2人で見て、ガールズトークに花を咲かせていた。会話もさることながら、何故、ファミレスのメニューが一つしかないのか。
そう疑問に思いながら、彼女らから目を逸らすため下を見ると、俺の手前にメニューが一つ置いてあった。そうか、俺のせいだったのか。もう注文したから、言ってくれればあげたのに。
「クリスちゃん、何食べる?」
「私、スパゲティ」
「あー、私も麺食べたい」
などと、クリスタと紗恵は、自分で決めろよと突っ込みたくなる、会話をしている。どこの情報元かは知らないが、女性は共感を重要視する生き物だと聞いた事がある。なんでも、大昔、男性が狩りに行っている間、集落で暮らす女性達は自分が仲間外れにされないため、共感は極めて重要だったのが今につながっていると。
狩りの時代が昔に終わったにも関わらず続くと言うことは、遺伝子レベルで受け継がれていると言う事なのだろうか。大変興味がある。そもそも受け売りなので真偽不明だが。
などと考えていると、クリスタと紗恵は注文を決めたのかボタンを押す。注文が決まったようだ。
ピーンポーンと間抜けな音がすると思うと、少しして若い店員の女性が現れた。バイトだとすぐに分かる。おそらく学生だろう。
紗恵は目線で先にどうぞ、と言ってきた。俺は既にドリンクバーを頼んでいたため、答える。
「もう、ドリンクバーを頼んだ」
そういうと、紗恵は分かったと頷いて、クリスタの方を見る。クリスタは紗恵にどうぞとジェスチャーをした。
「あ、私、カルボナーラとセットのドリンクバー」
紗恵は言うと、クリスタにメニューを渡す。
「スパゲティとドリンクバーで」
クリスタがそういうと、店員は業務的な復唱をする。確認が取り終わると、店員は気持ちが微塵もこもっていない挨拶with営業スマイルをすると、去っていった。
さあ、やっと勉強会ができる。俺は、そう感じた。他人と接するのは好きではないが、勉強ならば出来る限り遮断でき個々でできる。と思い、再び見ると、紗恵は席を立っていた。俺は、何か用かと視線で聞く。
「私、飲み物取ってくるね、クリスちゃん何飲みたい?」
なるほど、飲み物を持ってくるのか。2人以上でファミレスに行った事は少ない俺は新しい知識を得た気分になる。
「オレンジジュース」
クリスタは答える。少し冷たい印象を受けたが、紗恵は慣れているのか気にしていない様子だ。
「はいはい。夜彩は?」
紗恵はクリスタと同じように聞いてくる。俺はさらりと省かなかったあたり、空気を読んだなと思う。マジ空気清浄機☆紗恵さんは伊達ではない。しかし、空気は読めても、ポンコツさは変わらないようで一つの事実に俺は気付く。
「お前、腕2本しか無いだろ。自分で取るから良いよ」
3つのジュースを2つの腕で運ぶのは難しいだろう。しかし、紗恵は恥ずかしがる様子もなく
「分かった」
と答えた。もしかしたら、2回に分けて運ぶつもりだったのかもしれない。
そして、紗恵と並んで歩き出すと、ちょうどクリスタが見えなくなる位置の時俺に小声で俺に話しかけてきた。
「夜彩、クリスちゃんに相変わらず無視されてるよね…。その…仲良くできなくても、話くらいはすれば?」
それは紗恵らしいアドバイスで、俺たちの事も考えての助言だったんだと思う。しかし、俺がどうにか無理に話しかけるのは良い選択だとは思わない。相手が話したくないならその意思を尊重するべきだ。
「いや、別に俺は話す意思はあるけど、あっちが無視する以上どうしようもない」
俺は話す意思はあったので、嘘を言ったつもりはない。ありのままに伝えた。
「あのさ…。過去に何があったか知らないけど…。今は同級生として接せないの?」
紗恵は先程より、より言葉を詰まらせて言った。それはたとえ俺たちの事を考えての助言でも、第三者からの無責任なものに聞こえ、不快感を感じた。
「クリスタから何か聞いた?」
その不快感の一部を吐き出すように言うと、紗恵は黙って首を横に振る。
「いや…。図書室の時、雪ちゃんと夜彩、明らかに様子が変だったから」
図書室の時。きっと、5月のあの時の話だ。あれでは察しの良い紗恵から見れば、答えを言っているのとほぼ同意味だったかもしれない。
「それは…そうかもな」
そう考えると、ふと意味が合わない受け答えになってしまった。何に対して俺は"そうかもな"と答えたのだろうか。
ドリンクバーに着くと、紗恵に俺は手で"先にどうぞ"とやると、紗恵はそれに従ってコップを2個取りオレンジジュースを先に入れ始める。
紗恵の後ろから並び、ふと考え事をしてしまった。
俺はいつからか、"芝浦 紗恵"と紗恵の事を下の名前で呼んでいるが、紗恵は"夜彩 凛"を夜彩と上の名前で呼んでいる。もし、夜彩と芝浦が対等な友達であるならば呼び方も統一すべきなのだろうか。そう思い、芝浦に声をかける。
「そういえば…」
俺は、紗恵に声をかけた。紗恵はオレンジジュースを入れ終え、自分のカルピスを入れ始めている。
「ん。何、夜彩?」
紗恵は振り返らずに、返事をした。言うべきか迷った。もし、紗恵が俺を下の名前で呼ばないのは、その程度の友達だからだとしたら、俺はその事実を受け入れられるのか。
もし仮に俺が受け入れられないなら、紗恵の事を面倒くさがっておきながら、実際は俺が紗恵に依存していた事を認めた事になる。思考を続けるうちに、紗恵が返事をしたのに俺が話しかけないのは不自然だと感じ、話を打ち切る事にした。
「いや…なんでもない。気にするな」
俺のぼそりとした自信の無さげな回答に、紗恵は
「ふーん。変な夜彩」
と興味がなさげにぶっきらぼうに答え、こちらに振り向く。きっと、紗恵と面と向かって話していたら、紗恵に察しられていたなと感じた。
俺も手短にお代わりのメロンソーダを入れると、わざわざ待っていてくれた紗恵に軽く礼を言って、テーブルに戻る。
「はい、クリスちゃん。オレンジジュース」
紗恵はクリスタにいつものガールズスマイルで微笑むと、クリスタも全く同じ顔をする。
「紗恵、ありがとう」
…これで、勉強会が始められる。




