冬の花 12 side:トワ
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
はっきり言う。僕は精霊王と精霊妃の二人から生まれた精霊だ。本来の精霊は、自然にある魔力の素となるマナが集まり自然発生的に生まれて来るものが精霊と呼ばれるものだ。でも、僕は違う。精霊王の次代の存在になるらしい。とは言っても、僕以外にも二人から生まれた精霊は何人かいるから、僕だけがその重荷を背負わなくてもいいらしい。てことは、別に僕が精霊王になる必要はないということになる。ラッキー! 面倒な仕事なんてしたくないもーん。さて、それはいいとして。問題はそこじゃない。
「だから! 私が言ってるでしょ? 私が祝福をすれば、アイリスちゃんの延命につながるはずなのよ!」
「いや、言ってないよ。延命に繫がるなんて」
「あら? あらら? そうだったかしら?」
「そうだよ」
カナ様は僕の母親という立ち位置だけど、精霊にとっては子育てなんて関係ない。精霊はマナを体に吸収していくことで育つ。マナの量が周囲にたくさんあれば、体の成長なんてあっという間。そして、僕もあっという間に育った口だ。精霊王と精霊妃のいる精霊界で生まれたからね。精霊が育つにはいい環境ってことになる。そんな僕が初めて気付いたのが、アイリスだった。
気になる匂いがして、その匂いのする場所へ辿り着いてみると、アイリスがカントリーハウスの敷地内の湖を兄と二人で眺めていて、次の瞬間にアイリスが手を滑らし湖へと落ちていった。僕は慌てた。
急いで水に入りアイリスを湖から引き揚げた。湖から救い出した後は、すぐにアイリスに気付いた兄に任せて僕は立ち去った。アイリスから離れる時にアイリスに小さな祝福をしたんだけど、その時に一緒にアイリスの匂いも封じたんだ。精霊達が絶対にアイリスに集まってくるのが分かってたから。
おかげでアイリスは僕が加護を与えるまで少しも精霊の影のない状態だった。
僕の思惑なんて特別なものなんてない。ただ、前世であまり長くは生きられなかったあやめが、今世のアイリスでも長く生きられないという事実があって、少しでも生きられるようにしてあげたいと思ったくらいだ。
アイリスは、まだ十代前半なのに自身の余命に対して、怖がったり怒ったり、困惑することもなかった。
まるでそれが当然だという態度で、すんなりと受け入れてしまった。そんなアイリスが僕はたまらなかった。
本当ならアイリスを精霊の国に連れていきたかった。そうしてしまえば、人としての生は終わるけど、精霊として生きられるようになる。そうなれば、アイリスが死に怯えることもなくなるから。
けど、アイリスは人として生きることが当然だと思っていたし、区切られてしまった短い余生も仕方ないことだと受け入れてしまった。
僕はただ加護を与えたことを失敗だっただろうか、と考え込んだ。
『もしかしたら、僕が加護を与えたことでアイリスは命を削られた?』
そのことに答えは出ない。きっと精霊王も精霊妃も「トワが原因ではない」と言いそうだ。
「人の行動が原因になることは、どうしようもない」とか、そういうことも言いそうだ。実際そうだし。
精霊が人の命に基本的に関わることは禁忌だ。理由は単純だ。どんな生き物にも生きるためのルールがある。それを捻じ曲げるだけの力が精霊にはある。だから、精霊が関わってしまえば簡単に寿命だって長くも短くもできる。ただまぁ、それぞれの生き物が生きるために余命を永らえるために努力をすることは精霊は干渉しないし、なんだったら助けるくらいはできる。直接関わることはダメなだけで。
そう、例えば傷薬が必要な動物がいたとしたら、出血を止めるための薬草の生えている場所を教えるとかね。
アイリスが精霊の加護のせいで普通に生きていけなくなったのか、そうじゃないのかは僕にはわからない。気付いたら、アイリスが十七歳という年齢で雪の中倒れていることだけしか見えなかったから。
時を司ると言っても、時間を自由自在に扱って精霊の愛し子を守るのは違うことだけは分かる。だから、精霊の加護で守るしかできない。それはカナ様もわかってる。だからだ、と思う。ご自身の加護の意味をアイリスに伝えていたのは。不確定要素の多い中で、確実な未来を僕も判るわかるわけじゃない。可能性のある未来がいくつもあって、けど間違いなくこうなるだろうという未来がある場合は、はっきりと見える。そのはっきり見えたものが、雪の中倒れているアイリスだった。精霊に心臓なんてないけど、心臓が止まるかと思った。自分の心がぐちゃぐちゃに踏み躙られている気がした。
そうならないようにカナ様はアイリスに加護を与えた。きっとそれが一番手っ取り早くて確実な手段だったと思うし、正解だったと分かってる。分かってるけど、僕の力だけじゃ…アイリスを守れないんだって突き付けられた気がして、苦しくなった。
アイリスはいつだって可愛い。初めてアイリスを見た瞬間は、自分の妃にと考えた。けど、アイリスを湖から救い出した時に彼女に触れて気付いたことは、「この子は特別過ぎて、守ることが最優先」だと。
多分だけど、アイリスは精霊王よりももっと強い何かに守られてきてる。けど、それが何かは分からない。もし守られる存在だという僕の感じたことが正しいのなら、その強い何かがアイリスを最初から守ればいいのに、と思った。ただ、精霊も簡単には手を出せない領域があって、それが命に関わること。強い何かも同じなのかもしれない。そう考えれば、腑に落ちた。
強い何かは、自身で動けない。だから、精霊に守らせようとしている、と。
それなら、カナ様がアイリスのために動く理由もわかる気がした。もちろん精霊草が一番大きな原因だろうけど。
カナ様の加護のおかげでアイリスの死が動いた。王子との婚約で僅かだけど死期がずれたのは事実だ。アイリスが雪の中倒れていることには変わりなかったけど、その年齢が十七歳じゃなかった。でも、数日ずれた程度のものだと思う。けど、カナ様の加護でアイリスの死そのものに変化があったことだけは分かる。
アイリスが雪の中倒れることは変わらない。きっとこれはもう確定した未来。でも、アイリスがこの時点で死ぬわけじゃないということだけは見えている。
選択肢がたくさんあって、どれを選んでもアイリスが生きていられる可能性のほうが高くなった気がする。未来は未確定。だから、正直分からないことのほうが多い。ただ、変えられない未来はどう足掻いても変えられないことも知ってる。だから僕はアイリスが死なない選択肢を選べるよう、アイリスにもアイリスの周囲にも伝えるしかない。
僕にとってのアイリスは、どうしても庇護する対象で最愛の子だ。ただ生きていてくれれば、それだけで僕は幸せになる。そんな大事な子が幸せで笑っていてくれるなら、なんだってする。神がダメだと言ったって、僕自身が消えてなくなるとしても構いやしない。
僕はアイリスを守るためだけに生まれてきた気がしている。それでいいとも思ってる。
前世のあやめという人格としても接したけど、あやめも好ましい人間だった。だから理解出来たよ。アイリスの魂そのものが精霊を弾き付ける存在だって。
ただ生きていてほしい、そう思う存在に出会えたことは、精霊として最高の幸せなんじゃないだろうか。
人としての幸せがどういうものかは、さすがに僕にも分からないけど。
アイリスがカナ様のおかげで死なずに済む選択が出来たことが今はただ嬉しい。
少しだけ、自分の加護だけではアイリスを守り切れないことがはっきりしてしまって、それが酷く悔しいけどね。




