冬の花 9
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
生きる。
ただそれだけの行為が、私には尊い。
きっと、前世で長くは生きられなかった経験があるから、そう思うのだろう。
ぼんやりとした中で、目が覚める。ぼんやりとしているから前世の記憶がよく思い出されるのだろうか?
そのぼんやりした中でいつも思い出しているのは、あやめさんが大好きだった人達のことや、あやめさんが感じた死の間際のこと。
自分のことじゃない。でも、自分がまるで臨死体験をしたように感じてしまって、結局は生きることに執着していくような気がする。
本当はそこまで執着するつもりはない。執着したら、死ぬことは当然だけど生きることも苦しくなるから。
ぼんやりしながら、そんなことをつらつらと考えて、そしてベッドの上で体を起こし、窓際を見る。
窓際近くに置かれたチェストボードの上には、精霊草の鉢がある。花芽をつけていた精霊草の蕾がどんどん大きくなっていることが嬉しく感じる。
早く花を咲かせてほしいと思ってしまう。そうだ、クリスマスローズに似た花が咲いてくれたらどれだけ嬉しいだろう。今はただ精霊草に思いを馳せるだけで充分だった。
それからさらに日々は過ぎていった。
精霊草の花芽が大きくなり、立派な蕾になった。そして、その蕾が綻び始めた頃だ。久しぶりに精霊様が訪れた。自室の夜、いつものように唐突に。
ただ…いつもと違い、なんだか慌てているような焦れているような、なんて言えばいいのか、とにかくいつもと違う様子の精霊様がそこにいた。
「アイリス…ああ、なんて言えばいいんだろう。逃げてとも言えないし、だからって黙って見過ごせないし、本当に困った…どうしたものか」
「………トワ様、どうしましたか?」
「ああ、そうだ。多分ここ数日のうちに厄災に似た存在が来ると思う。絶対に逃げられない。だから………あきらめて、、」
「え? 諦める?」
「うん。諦めて」
「……意味が分からないんですけど?」
「自分でもうまく説明出来ないんだ。決して悪い存在じゃない。でも、厄災に似てるんだ…」
「やっぱり意味が分からないんですけど…トワ様が混乱してるんだろうなっていうことは、理解しました」
なんだか肩をガックリと落としてる精霊様が、不憫だなぁと思える。思えるけど、意味が分からないからなんとも言えない気分のほうが上回る。
精霊様は項垂れて、しばらく考え込んでいるようで、そんな様子をただ私は見守るしか出来なくて、でも突然私に近付いてきた精霊様は私をぎゅっと抱き締めた。
「アイリス。僕の大事なアイリス。誰にも奪われたくない…」
「え?」
「ああ、本当に本当にアイリスの事が大事なんだ。だから、僕だけの宝物として隠しておきたかったのに…!」
「えーっと?」
唐突な告白にも似た、何やら精霊様の執着のような言葉を聞いて、微妙な気分になった。というか、私に巻き付くようにくっ付いてる精霊様、誰か剥がしてくれないかな。
などと思っていたら、部屋の空気がザワザワと動いた。初めて感じる空気感。え? 誰?
「おい、時の。いい加減離れろ。お前の大事なお嬢様が苦しくなるだろう」
「あ! アイリスごめん!」
私がそろそろ自由になりたいと思ったタイミングで、見知らぬ人が現れた。人、じゃなくて…多分精霊様だと思うけど。
その精霊様のおかげでトワ様から解放された。軽く息を吐き出して呼吸を整えた。
「ありがとうございます…。精霊様、ですよね?」
私の問い掛けに現れたばかりの精霊様はにこりと微笑んだ。真っ白な雪のような髪は長く腰のあたりまである。そのまっすぐな髪がとても綺麗で見惚れてしまう。瞳の色は金色、とても整った顔立ちが女性らしくもあり男性にも見えるけれど、どう見てもお胸の辺りがゆるくふくらみがあるから、女性の精霊様なんだろうと予想がついた。
「そうだ。風の精霊だよ。そこの時のとは相性最悪だから会いたくなかったけど、今回ばかりはちょっと心配だったから会いに来たんだよ。時じゃなくて、お嬢様のほうにね」
「…私、ですか?」
「そう」
「……んー?」
トワ様が私をまた抱き込む。えーっと私は別に抱き人形じゃないですよ? というか、ぬいぐるみ的な扱いかなぁ。小さな子がぬいぐるみをずっと抱っこしてるみたいな?
「さっき説明したよ。大丈夫だよ! というか、なんで風が来るんだよ!」
「あの方が動き始めたからに決まってるでしょ。何が起こるか分からないんだから。警戒して当然でしょ?」
「ああ、そうだよな。うん…本当なんでアイリスに目を付けるんだよ!」
「…仕方ないと思うよ。だって…」
「そう、だな。…あの人にとって大切にしてるものだしな」
精霊様お二人が何やら話し込んでるので、私はどうしたものかなぁと思いながら、トワ様の腕の中でじっとしているしかなかった。どうやら今の私は、ぬいぐるみみたいなので。それに、話に割り込む余地もなさげだし、するつもりもないし。
なーんて思ってたら、トワ様が私の頭を撫で始めた。うん? どうしたんだろう?
「アイリス、本当ごめん。アイリスは全く悪くないんだけど、その…精霊草のことだけは、あの人にとっては…ちょっと抑えが効かないって言うか…」
「?」
「私からも先に謝るよ。あの方は元来穏やかなんだが、精霊草に関しては別腹みたいなところがあって…。説明がうまく出来ずにすまない」
「はぁ…」
まだ来てもいない厄災みたいな方…精霊様お二人が怯えるような方がそのうちいらっしゃるらしい。…どういうこと? 精霊草ってどういう? 私の頭の上には間違いなく?マークがめちゃくちゃな数飛び交っていると思う。それに気付いたらしいトワ様がさらに頭を撫で続けて、その上で私の頭にちゅっとキスをした。なんで? 風と呼ばれた精霊様も私と同じ疑問を感じたらしい。
「どうして今、お嬢様にキスを?」
「…自分の精神的安定のため」
「えー。トワ様どういうことですか?」
「僕のお姫様を愛でることで、落ち着こうかと思ったから?」
「そこで疑問形なのが説得力ないけど」
すかさず突っ込んだ風の精霊様に、私もこくこくと頷いた。だからなのかトワ様は少し気まずい感じ? いや私は別に気にしてないけどね。でもなんで気まずげ?
「別に深い意味はないよ。けど精神的安定は嘘じゃないし。というか僕が加護を与えた子なんだから、大事なんだよう! そんな子が…もしかしたら乱されるかもと思うと、もう心配で仕方ないんだよ」
「あー…うん。分かった。そうだな、あの方なら何があってもおかしくないか…」
「そう思うだろ? アイリスが心配だから加護もだけど祝福も追加しておかないと…」
「気持ちは理解した。でも加護を与えてるなら祝福を与えてもあまり意味はないんじゃ」
「そうだけど! 知ってるけど!」
あー、うん。またお二人だけの会話になった。そう言えば私は未だぬいぐるみのままだった。トワ様は全く私を放してはくれないらしい。いやぁ…ぬいぐるみって案外大変だったんだなぁ。遠い目をさせてしまった私は別に悪くないよね。
しばらく精霊様お二人が色々とお話をされてたけど、私には聞いても分かる話でもないし、お二人の気が済むまで部屋に滞在してもらい、お帰りになるのを待つだけだった。
私がトワ様に解放されたのは、一時間後くらいだった。あー疲れた。




