4.54.147 始の断章.10 人類の希望
第4章の最終話はホノカの断章。
52話の始の断章9話の続きです。
いろいろと真相が明らかになり、伏線が回収されるタネ明かし回です。
かなり長めですが、最後までお付き合いください。
■カムナ元年 1月1日 光曜
◎ホノカ
全ての準備が整い、ついにそのときが来た。
私は今日これから決戦の地へと旅立つ。
1人きりで。
人類の救いとなるカムナの光の降臨に沸き立つ、この街の人々には内緒で。
といっても本当に誰にも別れを告げずに出発する訳ではない。
2人だけ、最後に話をしておくべき相手がいた。
その2人には、この力と私が創り上げた全てを託し、私の後を継いでもらうからだ。
しかしながらそのうち1人目の人物は、簡単には納得してくれそうにもなかった。
「ホノカ様、どうしても行ってしまわれるのですか?」
今にも泣き出しそうな表情で、伊織が問いかけてきた。
その悲しげな姿を見せつけられると、さすがに胸が苦しくなる。
だがそれでも立ち止まるわけにはいかない。
ようやくここまでやって来たのだから。
ここまでの7年以上におよぶ歩みを思い起こす。
『人類の希望』を創り上げようと、駆け抜けてきた日々のことを。
ーーーーー
封印から目覚めたあの日、あの場所で、私は勇者となって人類を救う決意を固めた。
帝国に裏切られて封印されていた私は、相楽たちによってこの世界最後の島国、眞羅倭国に運ばれた。
そして数年ぶりに解き放たれた私は、既に世界中の国々が滅ぼされていることを告げられたのだ。
私の帝国への復讐心がヒカルを暴走させ、魔王へと変えてしまったに違いない。
だからこそ私は決心したのだ。
ヒカルと対立することを選んだ訳ではない。
おかしくなってしまったヒカルを止めるのは、他の誰でもない、この私の役目だと思ったのだ。
私の封印を解いた相楽は、そのあと私を避難場所へと案内してくれた。
わずか数千人となるまで追い詰められた人類の最後の生き残りが逃げ延びた先である。
道中では状況についての説明を受けた。
話をしてくれたのは、相楽と伊織の2人だ。
生き残った人類の中で、メルシア語を話せるのはその2人だけだったからだ。
神凪伊織は若く穏やかながらも、困難に立ち向かう強さを兼ね揃えた女性だった。
私の身の回りの世話と、倭国の言葉や文化を教える役目を任されたのが伊織だ。
相楽が枢機卿を務める眞羅正教は、倭国の国教であり、政治の中枢を担う宗教団体である。
伊織はその眞羅正教の聖職者であり、魔法にも適性があるという。
彼女もまた私の捜索のためにメルシア大陸に渡った、眞羅正教の部隊の一員だった。
一団には他にも何人かの魔法能力者がいたそうだが、倭国まで生きて戻れたのは彼女と相楽の2人だけだったそうだ。
案内された先で私が目にしたのは、言葉を失うほどに悲惨な人類の最後の姿だった。
島の南端に追い詰められ、逃げ場を失くした人々。
みな傷だらけの疲労困憊で、戦う気力など残っていない。
身を寄せる家もない野ざらしの僻地で、食糧も尽き、絶望しかない惨状。
そんな彼らを根絶やしにしようと、およそ3千にも上る魔族の大群が、あと数日のところまで迫っているのだという。
魔族というのは、魔王となったヒカルが生み出した、量産型の配下である。
大柄な二足歩行の魔法生物で、体型は人間に近い。
紫褐色の爬虫類っぽい肌と、頭頂部をびっしりと覆う多数の突起状の角が特徴だ。
知能はそれ程高くはないが互いに意思疎通くらいはできるようで、連携をとって人々を狩りたててくるそうだ。
厄介なのは魔法による遠距離攻撃を行うことと、魔法障壁で物理攻撃を防ぐこと。
現代文明を廃したこの鎖国の人々にとっては、対処のしようがない相手だった。
大陸から急遽入手した数少ない兵器を使って対抗したものの、全く歯が立たなかったという。
もっとも近代兵器を大量に保持していた帝国と連邦が、わすが数カ月で滅ぼされたのだ。
少しくらいの武器があったところで、どうにかなるはずもなかっただろう。
ただ1つ有効だったのは、マナを用いた攻撃だ。
帝国や連邦が数カ月とはいえ持ちこたえられたのは、最新鋭のマナ兵器により魔族に対抗できていたからだった。
もっともそれすらも魔王ヒカルの前には何の効果もなく、逆に苛烈な反撃を受けることになったそうだ。
相楽が入手した情報によると、魔族との戦いでマナ兵器を使うと、瞬時に魔王本人を呼び寄せてしまう結果になったらしい。
そしてマナを使用するありとあらゆる機器が、徹底的に破壊し尽くされたのだ。
配下の魔族にとって脅威となるマナ兵器の排除を優先したのだろうというのが、相楽の考察だった。
だが私の考えは違う。
やはりヒカルは私の記憶を受け継いでいて、『あのこと』を知っているのだ。
だから近代文明を破壊するし、何よりも先にマナ技術を消し去ろうとしているに違いない。
ともかくマナを使うのが、魔族に対抗できる唯一の手段だった。
だがこの国が侵略を受ける頃には、地球上のマナ兵器は既に全て塵と化していた。
不幸中の幸いは、そのおかげで倭国では魔王本人による攻撃がなかったこと。
とはいえ魔族の大群が相手では勝ち目など無いことに変わりはない。
だがそれでも、反撃の手段が全くないわけではなかった。
それは、、、魔法である。
私が人類にもたらした魔法技術は、私が封印された後も、急速に世界に広がっていったらしい。
そして鎖国していたこの倭国ですら、僅かながらも魔法を使える者が存在していた。
ただし現代文明の利器であるマナリアクターなど、もとよりこの国にあるはずもない。
魔法技術の深い知識は私とともに封印されたため、人々が使える技は最低限のもの。
従って魔法のエネルギー源として使えるのは、術者の精神界のマナしか存在しなかった。
この島国に十数人しかいない魔法能力者自身が保持する限りあるマナだけでは、大した抵抗はできなかったそうだ。
しかも倭国最強の魔法能力者だった相楽や、伊織を含む数名は、封印された私を探し出すためにメルシア大陸に渡っていた。
結果としてほとんどの能力者は、国土防衛戦や王都での最終決戦で命を落としたらしい。
私が目覚めたあの日の時点で、生き残っていた魔法戦力は2人だけ。
魔族と戦うどころか、避難民を守りながら逃げるだけで精一杯だったそうだ。
他に戦える者もおらず、生き残った人類数千名は、抗う術もなく目前に迫る破滅を待つだけの状況だった。
差し迫った危機についての説明を受けて、私は翌日さっそく魔族の迎撃に向かうことにした。
1日ゆっくり休んで様子を見たが、封印による肉体の衰えや異変などはなく、戦闘に支障はなさそうだったからだ。
斥候の情報によると、魔族の軍勢は全て一団となって行軍しているらしい。
挟み撃ちにされる心配がないのは好都合だった。
そこで私は避難場所から離れて、単身打って出ることを決めた。
避難民を守るためには、魔族の視界に入らないくらい遠い場所で戦うのが最善だと考えたのだ。
1対3千となると厳しい戦いが予想されたが、これくらいの状況は獣人戦争で何度も経験している。
そう判断して避難場所から出陣しようとしたのだが、、、
「ホノカ様を1人で行かせるわけには参りません」
「えぇ、わたくしたちがどこまでもお供いたします」
相楽と伊織が付いてくると言い出した。
しかも2人だけでなく、魔法の使えない一般の兵士たちまでもが。
少しでも戦える者は全員で向かおうなどと、無謀なことを皆が考えていたのだ。
足手まといになると説得したのだが、どうしても納得してはくれなかった。
結局は魔法を使える者に限って同行を許すことにした。
相楽、伊織、そして草薙の3人だ。
草薙絢斗は倭国で代々軍部を率いている名家の出身で、本人も将官を務めていた。
もう1人の魔法能力者である周防とともに、避難民を守って戦い続けていた国防軍の魔法戦力の最後の生き残りである。
そしてクサナギ家というのは、数十年前に倭国を出た私の祖父の生まれた家でもある。
つまりアヤトは私の親戚にあたる人物だった。
こうして私たちは僅か4人で、3千の魔族に立ち向かうことになった。
こちらにとって有利に働いたのは、この島の南部が大地のマナの濃い場所だったこと。
避難場所を出て5マイル(※8km)ほど進んだところで丁度良い高台を見つけた私は、そこで魔族を待ち受ける。
敵の姿がうっすらと見え始めたところで、戦略級の極大魔法の構築を始めた。
大地のマナを用いて魔法を撃つのは、地球上で私だけが使える魔法技術だ。
十分な準備時間とマナの濃い環境があれば、一軍を壊滅させるほどの魔法攻撃が可能である。
荒野を紅蓮の炎で焼き尽くした極大火魔法により、3千の魔族の8割方を戦闘不能に追い込むことができた。
そこからは敵陣に突撃しての白兵戦を敢行したが、想像していたよりは楽な戦いだった。
獣人戦争での多人数相手の戦闘経験が活きたこともあるが、魔族は獣人より相性のいい相手だったからだ。
魔族の戦い方は障壁による物理防御力任せであり、戦闘技術はそれほどでもない。
魔法を使える私にとっては、魔族は極めて対処しやすかった。
相楽たち3人が思っていた以上にいい働きをしてくれたことも大きかった。
全滅すら覚悟して臨んだ戦いだったが、終わってみれば完勝と言える結果となった。
こうして目の前にあった人類滅亡の危機からは、ひとまず踏みとどまることができた。
次に行ったのは、生き残った人々の生活の再建である。
いや、再建というよりは、新生と言った方が正しいかもしれない。
その時点で既に、眞羅倭国も眞羅正教も滅びていたと言っていいほどの状況にあったからだ。
眞羅倭国は王室を中心に、20家ほどの華族で構成された元老院と、眞羅正教の枢機卿団によって治められていた国だった。
だが倭国の王族はただの1人たりとも生き残っていなかったのだ。
彼らは王都での最終決戦において、最後まで残って陣頭で戦い続けたらしい。
1人でも多くの民を、南の未開地へと逃がすために。
それは民を思いやる崇高な意志によるものだが、王都を捨てる訳にはいかなかったからという理由もあったらしい。
何故なら倭国の王都は、眞羅正教の聖地でもあったからだ。
聖地が魔王の手に落ちれば、全てが文字通り塵となるまで破壊し尽くされることになる。
そしてそれは、その時点で王家と眞羅正教が滅亡することを意味する。
王族だけが逃げ延びても何の意味もなかったのだ。
だからこそ王族も華族も教会も、最後の1人まで王都を守るために戦い続けた。
聖地と共に滅びる運命を受け入れたのだ。
そのため次代の王として倭国を再興するべき王族はもちろん、ほとんどの華族家が滅亡していた。
わずかに残っていたのは、避難民の先導を任された数名の若手華族だけだった。
国が滅んだあとも最後まで人類の生存を信じて抗うことを託された者たちだ。
避難民を守る立場にあった武家筋の華族がクサナギ・アヤトとスオウの2人。
一方で全体を取りまとめていたのは、政治を専門とする公家筋の華族たちだ。
中心的な地位にあった宮内家の青年と、伊織の伯父にあたるカンナギ家の人物である。
倭国の華族家の生き残りは、そのわずか4人しかいなかった。
さらに壊滅的だったのは教会である。
彼らは王族以上に絶対に聖地を離れられなかったのだ。
教皇、枢機卿はもちろん、司教、司祭クラスの者に至るまで、ほぼ全員が聖地と共に散っていった。
つまり眞羅正教の中心人物は、相楽だけしか残っていなかったのだ。
そんな状況だったからだろうか?
倭国という国を再建しようという声は、ほとんど聞こえてこなかった。
もっとも生き抜いていくための拠点すらないのでは、国がどうこうという以前の問題だったのかもしれない。
相楽も、華族家出身の4人も、これからどうするかというビジョンは持ち合わせていなかった。
そのためか誰もが私に、自分たちを導いてほしいと頼み込んできた。
とはいえ私が彼らの代表者となるつもりはなかった。
国を作るのも、王となるのも、私のするべきことではない。
私の復讐が元凶となって、世界が滅び、彼らが苦しんでいるのだから。
私にできることは、せめてもの償いとして、人類に希望を残すことだけだ。
なのであくまで協力者という立場で、彼らのために働くということにさせてもらった。
結局今では指導者と見なされるようになってしまったように感じるが。
ともかく最初に着手したのは、残された人類の拠点となる町を作ることだ。
最初は木組みで家や防壁を作り、少しずつ生活基盤を整えていく。
もちろんそんなものでは魔族の侵攻を防ぐことなどできない。
そこで大地のマナが特に濃い場所に村を作り、魔法術式により有事の際には障壁が作動するようにした。
そうやって設けた安全性の高い集落を拠点に、避難民を指揮して少しずつ街を作り上げていく。
絶望の底から救い上げられた人々は、驚嘆すべき頑張りで作業に取り組んでくれた。
木造から石組みへ、柵から防壁へと、長い時間をかけて堅牢な城塞都市を一歩ずつ築いていく。
さらには私の魔法を街づくりにも活用した。
より強固な新型の結界障壁術式や、魔法により合成した建材などを開発したのだ。
そういった新技術と人々のたゆまぬ努力の結果、2年ほどで人類が安心して暮らせる拠点都市の原型が出来上がった。
拠点作りと並行して進めようとしたのが戦力の拡充だ。
しかしながらこちらは全くうまくいかなかった。
魔族との戦いには魔法がないと話にならないことが原因である。
生き残っていた人類の中で、魔法能力者はわずかに4人。
メルシア大陸に渡っていた相楽と伊織。
倭国に残って魔族と戦い続けていたアヤトとスオウ。
避難民の中に他に適性のある者がいないか探してみたものの、1人も見つけることはできなかった。
ならば今いる者たちだけでも鍛えようと、まず私は相楽たち4人に魔法技術を教えることに注力した。
必然的にその4人と共にする時間が長くなっていった。
特に世話役となった伊織は、四六時中私の側に付いて言葉や文化を教えてくれた。
伊織が私にとって最も身近で、心許せる存在となっていったのも当然のことだった。
そうして魔法の訓練を続けてはいたのだが、1年ほどで教えられることは無くなってしまった。
魔法能力は生まれながらの適性に依存するため、それ以上の成長は見込めなかったのだ。
天族から力を授かった私とは違って、彼らは私の持つ魔法技術の1割すらも習得することはできなかった。
4人全員が当初よりは遥かに強くはなったものの、戦力の拡充はそこで頭打ちとなった。
結果として十分だと思えるレベルには、残念ながら全く届かなかった。
唯一幸いだったのは、魔王ヒカルが攻めてくることがなかったこと。
普通の魔族が相手ならば、4人とも単独で集団を撃退できるくらいにまでには達していたのだ。
最初に勝利を収めて以降も魔族の攻勢が止むことはなく、数週から数カ月おきに魔王軍の侵攻は続いていた。
だがそれも最初に私が極大魔法を使えば、後は4人に殲滅を任せても問題ないくらいだった。
1つ気がかりだったのは、私が戦いに出ることでヒカルを呼び寄せることになるのではないかということ。
だがいつになっても魔王本人が攻めてくることはなく、全くの杞憂だった。
もしかしたらヒカルの方も、私の存在に気づいていながら避けているのかもしれない。
ヒカルはこの島の北部に拠点を据えた後、全く動きを見せなくなったのだ。
とはいえ人類の存亡が綱渡りの状態にあることに変わりはない。
魔王ヒカルは際限なく魔族を生み出し続けており、人類滅亡の危機が去ることはない。
それに対応できているのは、私が先頭に立って戦っているからでしかない。
いつの日か私が倒れれば、その時点で人類の命運は尽きることになる。
そして私にはヒカルを倒すことなどできない。
魔王に対抗するための抜本的な解決手段が必要だった。
それからの私は、如何にして未来に希望を繋げるかという難題に挑み続けた。
人類の拠点となるこの街を、どうやって守っていくか?
普通の人々が魔法を使って戦えるようにするにはどうすればいいか?
私がいなくなった後、先頭に立って魔王に立ち向かう『勇者』を、如何にして代々引き継いでいくか。
そうして私がたどり着いた答えこそが、、、
神命システム。
私がゼロから創り上げた、『人類の希望』である。
それは天界のものとは全く異なる、人類のために最適化した新しい魔法技術大系だ。
とはいえ実現に至るまでの道のりは、まさに失敗と苦悩の連続だった。
天族から授かった力とマナ兵器の開発に関わった経験をもってしても、研究は遅々として進まなかった。
伊織や相楽たちの支えがなければ、途中で挫折していたに違いない。
手探りでの試行錯誤を6年以上も重ねて、、、
ようやく思い描いていたもの全てが形になった。
今日、カムナシステムがついに稼働を開始したのだ。
午前中に本格運転を始めたシステムは、正常に運転を続けている。
『人類の希望』の完成は、天から降り注ぐ魔法障壁という形で、全ての人々が目撃することになった。
誰もが今日だけは、明るい未来を確信して歓喜に酔いしれていた。
新術式による結界障壁は、住民の目に見えるデモンストレーションとして一時的に作動させただけだ。
だがカムナシステムの力はその程度のものではない。
障壁に守られた街の中心には、今後数千年に渡って人類を支えていくための中枢施設がある。
そこに納めた基盤システムによって、私が開発した全ての魔法技術が維持、制御されるのだ。
人類が魔族に対抗し生き延びるために、私が実現させた様々な『力』が。
全ての人へ魔法適性を付与する術式。
魔法構築を代行して、全自動で魔法を使えるようにするサポート技術。
倒した魔族の構成素子を回収して、己の肉体を強化する術式。
この島全体を覆いつくし、街の外でもシステムとの繋がりを保持できるようにするための中継伝送技術。
そして選ばれし者に『勇者』たるべき力を授ける勇者の術。
それら人類の希望となる全ての力をまとめて、神命システムと命名した。
名付けたのは伊織だ。
伊織に倭国の単語の由来や成り立ちを教わる中で、2人で相談して決めた。
といっても実際にはほとんど伊織の意見そのままである。
彼女の希望はできる限り全て叶えてあげたかったのだ。
人として許されない負担を彼女に強いてしまった私には、償いとなることは何でもしたかったから。
だがそれでも、、、
ーーーーー
「どうかこの地に残ってください、ホノカ様」
どうしても応えられない願いもある。
ここまでの7年間を思い返していた私だったが、伊織には心労をかけてばかりだ。
なのに私は、またしても彼女を傷つけようとしている。
口には出さずとも、表情だけで私の答えを悟ったのだろう。
そして私がこの戦いから生きて戻らないということも。
それでも伊織は声を震わせながらすがりついてきた。
「わたくしのために、、行かないでくださいっ!あのとき何でもするからと約束してくださったではありませんか」
「伊織、分かってくれ。人類が生き残るためには他に方法はないんだ」
伊織が納得できないのは、カムナシステムの真実を伝えていないせいだろう。
今朝カムナシステムが無事に稼働を始めたのを見て、伊織たちは歓喜していた。
だがカムナシステムは、まだ最も重要な部分が完成していない。
システムの心臓であり頭脳でもある、中枢部分。
私はそれを『カムナの意思』と名付けた。
そして今稼働しているカムナの意思は、一時的な試作品でしかない。
カムナの意思を完成させるためには、私が、、、、
それこそが、私が伊織たちに真実を隠している理由だった。
「わたくしではシェイさんの代わりになれないことは分かっています。それでもホノカ様をずっと側で支えるくらいはできます。お願いします。わたくしとこの子にはホノカ様が必要なのです」
伊織は涙ぐみながら、隣りで眠る赤子の顔を愛おしげに撫でる。
そうして潤んだ瞳で私を見上げてきた。
伊織の深い想いをはっきりと意識させられる。
だがそれでも、動き出した運命を今さら変えることなどできない。
「伊織と成神には辛い思いをさせて済まない。だがナルカはこれからカムナの系譜を背負って立つ子だ。時がくれば私がいなくても自分の使命を知るだろう」
カムナ・ナルカ。
これから私の跡を継いでカムナシステムを維持していく一族の始祖となる子である。
ライノールトでもクサナギでもなく、新たにカムナの家名を名乗らせることが自然だと考えたのだ。
カムナシステムが稼働することは、私がいなくなることと同義である。
そのため私の後継者となる人間がどうしても必要だったのだ。
そしてその人間は、私の持つこの力を受け継いでいなければならない。
そこで私は天族から授かったこの力を、直系の子孫に代々引き継いでいけるように改変したのだ。
だがそれでも大きな問題が1つ残っていた。
それは、、、母体をどうするかということ。
この力を受け継ぐためには、高い魔法能力が必要となる。
だが子どもの魔法能力は両親に大きく左右される。
強い魔法能力を持つ母親がどうしても必要だった。
カムナシステムが稼働した後ならば、魔法を使える女性などいくらでも現れるだろう。
だがそれは私がいなくなった後のこと。
今この時点でその条件を満たすのは、地球上に伊織ただ1人しかいなかった。
だから私は、伊織に依頼したのだ。
人類の希望を受け継ぐ子を産んで欲しいと。
代わりにどんなことでもするからと約束して。
人として許されない頼み事だということは分かっていた。
だがそれでもこれ以外に人類が未来を手にする方法はなかった。
しかし今になって私は、自分の間違いを知った。
こんなギリギリになって初めて、伊織の気持ちに痛いほど気づかされた。
普通に頼んでおけば良かったのだ。
夫婦になってくれと。
そうすればここまで伊織を惑わすことも、追い詰めることもなかっただろう。
だがそれはあのときの私には取れない選択肢だった。
いやそれは今でも変わらない。
私は今もまだ、シェイを愛している。
こんな想いを抱えたままで、誰かを娶ることなどできるわけがない。
それにどちらにしても、これからいなくなる私は結局伊織を泣かせてしまうことになるのだろう。
だから私がするべきことは、伊織に束の間の優しさを見せることではない。
「伊織、分かってくれ。私は人類に希望を残したいんだ。全てどうでもいいと思っていた私が、この人々を守りたいと思えるようになったのは、伊織、君のおかげだ」
「ホノカさま、、、」
「伊織が側にいてくれたから、、、私は全てをかけて君の未来を守りたいんだ」
「わかりました。だったら最期までお供させてください」
「駄目だ。伊織、君には私の全てを受け継いでほしい。私の創り上げたカムナと、そしてナルカを、、、ここで見守って欲しいんだ」
「ぅうっ、そんなの、ずるいです、ホノカ様」
「あぁ、伊織、私は自分勝手で酷い男だ。ナルカにも、後の世のカムナの子孫にも、辛い重荷を課そうとしている。伊織の気持ちに応えることもできず、重大な役目を押し付けて、、、」
「いぃんです、ホノカさま、、、」
「こんな男に今まで本当にありがとう。いつか君を本当に幸せにしてくれる人が現れることを心から願っている」
「そんな、この想いが消えることなんて、、、」
「それでもっ!、伊織には幸せになってほしい」
「ホノカ、、、さま」
「そしてカムナの全てと人類の希望を、伊織、君に託す」
そうして私は、伊織とナルカに背を向けた。
もう振り返ることは、決してできない。
それでも、、、
伊織がずっと涙を流し続けていることには気づいていた。
ーーーーー
伊織の居室を後にした私が最後に向かったのは、カムナシステムの中枢。
聖祠と呼んでいる場所だ。
部屋の中央には、青緑色に光る球体が浮かんでいる。
カムナの意思の試作機である。
正常に稼働しているように見えるが、あらかじめ充填しておいたマナを消費して動いているだけだ。
このままなら数週間で動力源を失い、停止してしまうだろう。
そして何よりも問題なのは、この試作機は私が定期的に力を送り続けているから稼働できているだけだということ。
例え誰かがマナを供給したとしても、私なしではすぐに動かなくなってしまう。
「話は済みましたか?」
聖祠で私を待っていた人物が声をかけてきた。
私が後を託すもう1人の相手。
そして最初から全てを伝えている唯一の相手。
相楽である。
「あぁ、終わったよ」
伊織を悲しませただけだったが。
「どうしても行ってしまわれるのですか、ホノカ様?」
「すまないな、相楽。だがこの戦いは避けられない」
「ホノカ様、、、魔王を倒すことはできないのですか?」
「ああ、おそらくヒカルは私より強い。そもそも私にあの子を傷つけることなどできないしな」
「だったらどうして戦いに出る必要があるのです?ここに残って我らを導いてください、ホノカ様!」
「そうして何も知らない人々を欺きながら、ここでのうのうと暮らしていけと?それは出来んよ、相楽」
「ですが、、、」
相楽と伊織にだけは、私とヒカルのことを打ち明けている。
だがそれ以外の人々には、とても話すことなどできなかった。
自分たちが救世主だ勇者だと崇めるこの私が、そもそも人類が滅亡することになった元凶だということなど。
「私には、自分が原因で起きたこの悲劇に決着をつける責任がある」
「やはり、、、覚悟を決めているのですか、ホノカ様?」
「最初から諦めている訳ではないさ。ヒカルがまだ会話できる状態で、何とかして説得できるならばそれでいい。ただ、それが無理だったとしても、人類の希望は後世に引き継がれるだろう」
「本当にそれしか方法はないのですか?」
「あぁ、これは絶対に必要なことだ」
語気を強めてそう答えると、私は持ってきた四角い小箱を相楽の前で開く。
中に収められていたのは暗く光沢のある球体だ。
「それが、、、?」
「あぁ、カムナの意思の完成形だ」
私の持つこの力の、完全なる受け皿として創り上げたものである。
天族から授かった、私だけが持つ特別な力。
それが失われれば人類の滅亡が確定する。
だからこそ私は、いつの日か自分が死んでしまう前に、この力を引き継いでいけるようにしたのだ。
私の直系の子孫、ナルカを始祖とするカムナ家の代々の長子に。
だが私の力を受け継ぐのは、実際にはカムナ家だけではない。
むしろカムナ家に残すのは力の一部でしかないのだ。
力の本体にアクセスし引き出すための鍵とでも言えばいいだろうか。
そして私の力の本体部分を継承するものこそが、このカムナの意思なのだ。
天族から賜った力と、私の、カムナの記憶の全てを。
「カムナの意思は間もなく稼働を始めるだろう」
人類の希望が収められた小箱を相楽に手渡す。
震える手で受け取った相楽は、その言葉を受けて悲痛な表情を浮かべる。
それが何を意味するか知っているからだ。
「私の死によってな、、、」
「ホノカ様、、、」
どれだけ考えてみても、人類が生存する道はこれ以外に無かった。
この計画を最初から説明していた相楽には、私の決意が絶対に変わらないことが分かっているのだろう。
それ以上相楽は、私を引き止めようとはしなかった。
「伊織には全てが終わった後で説明しておいてくれ。そしてカムナシステムの運営が軌道に乗るまで、伊織を支えてあげて欲しい」
「えぇ、この私の、いえ眞羅正教の総力を上げて全力でサポートいたします。もちろん最初だけでなくいつまででも」
「いや、そうはいかないんだ。カムナシステムの運営組織は、眞羅正教とは別に、伊織に一から立ち上げてもらう。そうだな、カムナ教会とでも呼べばいいだろうか」
カムナ教会のことは全て伊織とナルカに任せてきた。
カムナ教会の力を『維持』していくのがナルカとその子孫、カムナの一族の宿命だ。
肉体と精神に多大な負荷をかける、とてつもない苦行となるだろう。
自分の罪と業の報いを、子孫に背負わせてしまうことは、本当に申し訳ないと思う。
だがそれでも人類の生存のためにはこうするしかない。
カムナの記憶を受け継ぐ彼らならきっと分かってくれると、そう信じたい。
そしてカムナ教会を『運営』していくのは、伊織とカンナギ家に託した。
カンナギ家はもともと倭国の政治の中心にいた由緒正しき華族だ。
伊織の伯父も若くして当主の付き添いで元老院に出席していたらしい。
それにカンナギ家に仕える家臣や従者も、それなりの数が揃っていた。
きっと彼らが伊織のことをしっかりと支えてくれるだろう。
カムナ以外に関するこの街の今後については、クサナギ家のアヤトや、スオウ、クナイら華族家が中心となって導いてくれる。
だから伊織たちはカムナシステムの運営に集中できるだろう。
もちろんカンナギ家だけで全てを動かすことは不可能なので、他の華族家の助力も必要だ。
そして相楽と眞羅正教の手も借りたいのだが、それは労力のかかる立ち上げ時期だけのつもりだ。
「眞羅正教が関与するとまずいのですか?」
「あぁ、組織の在り方が根本的に異なるからな。カムナ教会は、カムナの一族とそれを支えるカンナギ家の、直系の血族によって受け継がれていく組織となる。当主だけが持つ知識と力によって成り立つのだ。眞羅正教とは独立している必要がある」
眞羅正教も7年前の時点で、倭国と同様に壊滅状態にあった。
だが滅んだままの倭国とは違って、眞羅正教は少しずつ復興をとげていた。
唯一生き残った枢機卿である相楽が、苦難の末に一から立て直したのだ。
わずかとはいえ下位の聖職者が残っていたことと、敬虔な信徒が少なからず存在していたことが大きかった。
信仰の対象である神体は王都の聖地とともに失われれたが、眞羅の教えは変わらず残っていると。
そう語って相楽は、既存の思想をベースに新しい眞羅正教を打ち立てたのだ。
今まで最も強力に私を後押ししてくれたのは、そんな相楽たちだったかもしれない。
相楽は当然のようにカムナ教会のことも支えていこうと考えてくれていたのだろう。
けれどもカムナの一族が受け継いでいくカムナ教会は、外部の誰にも干渉されるわけにはいかないのだ。
「ホノカ様、それでは私や眞羅正教はこれから何の役にも立てなくなるということですか?」
「そんな訳ないだろ、相楽。君たちにはカムナ教会とは別に頼みたいことがある。これを託したいのだ」
そう言って私は、もう一つ持ってきていた細長い箱を取り出す。
中に入っているのは、1ダースほどの小さな球体だった。
形状はさっき渡したカムナの意思の完成品や、いま横で稼働中の試作機と全く同じ。
だが大きさはそれらより遥かに小さく、手のひらで握り込めるくらいしかない。
「ホノカ様、それは?」
「初期の小型試作機だ。この最終試作機を完成させる前段階として作ったものだ」
隣りで美しく光り輝いている最終試作機を示しながら説明する。
「実はこれらの試作機は、この後稼働を始める本体の子機として動作が可能なのだ」
いま完成品の代わりに稼働している試作機は、私が定期的に力を送って動かしている。
だがカムナの意思の本体が無事に動き出せば、その定期的に力を送る役目を本体が自動的に行うようになっているのだ。
つまりこの試作機もマナを供給し続けさえすれば、もう一つのカムナの意思として使うことができる。
完成品と全く同じ機能を持つカムナの意思が、もう一つ存在できるということである。
さらには1ダースほどもあるこの小型試作機も、機能と出力こそ劣るが、カムナの意思として使用可能だ。
「それを使って何をすればいいのですか?」
「相楽にはカムナと勇者と世界を、影から導いてほしい。いつの日か真の勇者が魔王を打ち倒し、この世界に新たなる秩序をもたらす、そのときのために」
相楽と眞羅正教は、カムナ教会と並んで世界を導く希望となるだろう。
「わかりました、、、ですが、本当にホノカ様に続く勇者が現れるというのですか?」
「心配無用だ。私の死によってカムナの意思が稼働すれば、システムは動き始める。そのときから、勇者は生まれ続けるだろう」
「それでも、、、ホノカ様より強い力を持つ勇者が現れるとは思えません。ここに残って力を付け、魔王を倒す機会をうかがうべきではないですか?」
「言っただろ、相楽。例えどれだけ強くなったとしても、私にヒカルは殺せない。私にできることは、次代の勇者に未来を託すことだけだ。確かにしばらくは厳しい戦いが続くだろう。魔王を倒すまでには長い時間がかかる」
「それでもいつかその日が来ると?」
「ああ、相楽が想像しているよりも、遥かに永い、、、気の遠くなるほど先になるだろうがな」
誰もが不安に思うのは当然のことなのかもしれないが、、、
その日が間違いなく来ることを、私は『知って』いる。
「それは、、、どのくらい先だと思われるのですか?」
「そうだな、1000年、いや3000年後だろうか」
「3000年ですか!」
「ああ、だからこそ相楽、君に3000年後の未来を託したいのだ」
天族から授かった力を、私は未来へと託そう。
伊織とナルカが興すカムナ教会へ。
きっと彼らが子々孫々、この聖なる力を延々と受け継いでくれるだろう。
そして、、、私だけが持つもう一つの力。
それは、、、
3000年後の未来に託す。
ーーーーー
それから3000年後、、、
第4章 『勇者の癖は『生意気』だ』 完
始の断章に登場する彼らの子孫が、本編にどうつながっていくのか?
これまでの伏線を回収しつつも、新たな伏線をそれ以上に仕込んでいくスタイルの最終回でした。
メインヒロインも加入して、この4章で物語の序盤パートは終了です。
5章では最後のメイン枠ヒロインが出てくるはず。
そしてあの2人も、いよいよ本編に登場します。
少し準備期間を開けてから、5章を始める予定です。
次回 第5章 『信者が凶暴すぎて、ハード移籍は危険ってレベルじゃねーぞ』




