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ライク・ア・ハリケーン前日譚 (ライク・ア・ハリケーンⅣ)  作者: ままま


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8/10

ゴロワーズを吸ったことがあるかい

翌朝は、少し早く目が覚めた。

窓の外はまだ薄い灰色で、夜の名残が部屋の隅にとどまっている。

布団から起き上がると、畳の冷たさが足の裏に触れた。


台所で湯を沸かし、コーヒーを淹れる。

パンをオーブンに入れて、焼けるまでの短い時間をぼんやりと過ごす。

コーヒーカップの湯気の向こうに、部屋の隅で丸くなった猫の、灰色の背中が見えている。

朝の光で見るその背中は、なんだか少し頼りなげに見えた。



ふと思いついて、小皿に牛乳を少し入れると、猫の前にそっと置いてみる。

猫は一瞬だけ僕を見たが、すぐに視線を皿へ移し、牛乳を舐めはじめた。

その素直さが、少し意外だった。


牛乳を舐める音が、静かな朝の空気に溶けていくのを聞きながら、トーストをかじる。

一緒に朝食をとるなんて、考えたこともなかったなと思う。

しばらくの間、ぼんやりと、灰色の背中を眺めていた。


予備校へ行く時間になり、硝子戸を開けたが、猫は出ていく様子はなかった。

朝日の当たり始めた部屋の隅で、丸くなっている。

どうせ盗られるものもないので、戸を少し開けたままにして出かけることにした。



授業を終えて帰宅すると、猫はもういなかった。

空になって乾いた小皿だけが転がっていた。

夜になっても、翌日になっても猫は現れなかった。

それまでも毎日来ていたわけではないので、しばらくの間は、別に気にしなかった。


しかし、夏が過ぎ、秋になっても、猫は現れなかった。

風が少しずつ冷たくなり、庭の草の色が変わっていく。

ある日、庭掃除をしている大家のおばさんに声をかけた。


「猫、見なくなりましたね」


おばさんは帚を止めて、少しだけ考えるような顔をした。


「そうね。前はあなたのところによく来ていたものね」


しばらく猫の話をした。

あの猫は、僕がここに住むようになる何年も前から、この辺りによく来ていたらしい。

以前は、時々ひどい怪我をして現れることもあったという。でも、治療もさせてくれなかったし、餌をあげても食べなかったという。


それを聞きながら思う。


やっぱり、あいつは、あの写真の狼なのかもしれない。

群れを捨てて、誰にも媚びず、雪の上を一人で歩いていく。

耳のかぎ裂きも、顔の傷も、全てを黙って飲み込んで、縁側で一人で日向ぼっこをしている。


最後に、おばさんが言った。

「もしかしたら死んじゃったのかもね。結構いい歳だったはずだし。

猫って、死ぬときはいなくなるっていうでしょ」


僕だって、それを考えなかったわけではない。

あの夜、部屋の隅で丸くなった猫は、最後のあいさつに来たのかもしれない。そんな気がしていた。



その日、はじめて煙草を買った。

煙草なんて吸ったことがないから、銘柄も知らない。

タバコ屋のカウンターの前でしばらく迷っていると、「ゴロワーズ」という名前が目に入った。

古い歌で聞いたことがある名前だった。

それで、青いパッケージのその煙草を買った。



夜になって、縁側に座って煙草を取り出す。

肌に触れる夜風には、もう秋の気配が深い。日々、冷たさを増していくようだ。

煙草をくわえて、軽く吸い込みながらライターの火を近づける。


肺の奥に、強烈な刺激が落ちてきた。

フィルターのない葉の味が、喉の壁をざらりと削るように通り抜ける。

身体が勝手に震え、激しくむせる。

咳が止まらなくなって、涙がにじんだ。


煙にむせながら、煙草を吸う。

見上げると、星が涙で滲んだようになっている。


煙草にむせたせいなのか、あの野良猫のための涙だったのかは、分からない。

縁側の板の上に落ちた灰が、夜風に吹かれて静かに散っていった。


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