↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライク・ア・ハリケーン前日譚 (ライク・ア・ハリケーンⅣ)  作者: ままま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

夜の底は柔らかな幻

一週間後、納車されたその足で、僕は海へ向かった。


もともと住んでいるところから海まで十キロほどだから、遠くへ来たわけではない。

それでも、自分でバイクを走らせてたどり着く海は、どこか特別だった。


砂浜の端にバイクを停めて、ヘルメットを外す。

海風を顔に浴びながら、波を眺めて、コンビニで買ってきた缶コーヒーを飲む。

それだけの、小さな旅だ。


昼間は予備校に通う。

夜は毎日のようにバイクで走る。

それが日課のようになった。遠出をするわけではない。

たいていは一、二時間走って、近くの海や峠へ行く。真夜中の海辺には大きな駐車場があって、たくさんのバイクが集まっていた。


駐車場では、パイロンを立てて大きな八の字がつくってある。何台ものバイクが膝を擦りながら走っている。

時には僕も一緒に走らせてもらうことがある。

知らない同士が一緒に走り、ミスをしたり転んだり、名前も知らない同士が助け合ったりもする。


昼間の僕なら、こんな輪の中に入れなかったかもしれない。

でも、ここでは、顔も名前も知らない相手も、一緒に走る仲間だった。

自然にそう思えたし、そのことが、一人で過ごすことが増えた僕にとって、いくらかの慰めになっていたのだと思う。


夜中にふと走り出して、山の上で朝日を見ることもある。

山の向こうから赤い光が滲んで、やがて雲の底を染めていく。

小諸で見たような青い朝焼けではないが、一晩中走ったあとに一人で見るその朝日は、やっぱり特別だった。

誰にも見せられないことが、少し残念だった。


ちゃんと予備校の授業が始まるまでには家に帰る。

台所で顔を洗って、パンをかじったら教室に向かう。

夜の闇の中を走りつづけることが、昼の机の前に座る僕を、かろうじて繋ぎ止めてくれている。



縁側の窓を閉めようとすると、猫が入ってきた。

いつもは夜にはどこかへ行くのに、珍しいなと思う。

相変わらず興味のなさそうな目で僕を見てから、部屋の隅で丸くなった。


「…今晩は」


そう言うと、かぎ裂きのある灰色の耳だけがピクピクと動いた。



夜が更けていく。

夜中のラジオでは、相変わらず、みゆきがはしゃいでいる。


「こんばんにゃー」緑色のランプの灯りだけが揺れる。


部屋に誰かがいるというのは、意外といいものだ。

それが例え一匹の野良猫でも、部屋はすこし暖かくなり、暗闇がすこし隅に追いやられる。


眠りの中に落ちていきながら、僕は、あの青い朝の情景を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。