季節の中で
予備校の授業が始まった。
四月の教室は、まだ寒い。暖房は点いているが、窓際の席に座っていると、ガラス越しに外の冷えた空気が伝わってくる。
ホワイトボードに文字を書くキュッキュッという音が、遠く聞こえる。
先生の声は耳のすぐそばまで届くのに、頭の中まで入ってこない。ただ、白い粉みたいに視界の端で舞って、机の上に落ちて、そのまま消えていく。
それでも休まないのは、惰性と父に対する義務感かもしれない。
あとは、さぼることに対して、自分でもよく分からない申し訳なさのようなものがある。
何に対して申し訳ないのかは、分からない。父が毎月振り込んでくれる生活費に対してかもしれないし、隣で必死にノートを取っている誰かかもしれない。
もしかしたら、自分の未来に対してなのかもしれないとも思う。
予備校には、高校のときの友人が何人かいた。
休み時間に、ぼんやり座っていると、「よう」と声をかけられた。同じ高校で、同じように浪人することになった奴だった。
「ちゃんと出てるじゃん」
「一応な」
学年の三分の一くらいは浪人しているはずだから、この予備校だけでも、それなりの人数が通っているはずだ。親しくしていた奴も4、5人はいるだろうか。
彼らと話している間だけは、少しだけ安心する。高校のときと同じ、ゆるい空気がそこにあるからだ。自分だけが取り残されたわけではない、と、ほっとする。
だが、その安心は長続きしない。
彼らはちゃんと受験勉強に取り組んでいる。授業がない時間も、自習室にこもって参考書を解いていたりする。
皆には、ちゃんと行きたい場所があり、目指すものが見えている。
僕には、それがなかった。
自分の影だけが薄いような気がする。何も目指さず、何も燃やさず、ここにいる自分が、皆の足を引っ張っているみたいだ。一緒にいるのに、申し訳ない。
それがさらに、僕を落ち込ませた。
予備校に行くほどに、自分が何者でもないことに気づかされる。
その一方で、一人暮らしをしているアパートには、同じように浪人している連中が、一人、また一人と、顔を出すようになっていた。
縁側から「やあ」とか「おす」とか、声をかけてくる。共同の玄関があるのだが、なぜか、玄関から入ってくる奴はいない。勝手に縁側に靴を脱いで上がってくる。
やってきても何かをするわけではない。
畳に寝転がって、ぼうっと話していたり、本を読んでいたりする。
淹れてやったお茶を飲んで、眠くなったら寝る。こいつらは猫なんじゃないかと思う。
勝手にやってきて、勝手に寛いで、勝手に帰っていく。
他県の大学に行った奴も、帰省のついでに来るようになった。
そうなると、ノートを置いて行く者も現れて、直接会うことがない者同士が、近況報告を書いたりする。
ノートをめぐって言葉を交わす。ページは少しずつ埋まっていって、気がつくと、ノートは一冊目を終えていた。
なんだか、高校の部室にいるようで、楽しくなってくる。
ここにやってくる彼らも、同じような気持ちだったのだと思う。
でも、本当は分かっていた。
自分は止まっている。彼らは目標に向かって忙しく動いている。
受験勉強の合間に、大学生としての生活の合間に、船が港に寄るように、一時だけここで佇んでいるだけだ。やがて動き出していく。
自分はずっと停泊したままだ。彼らと過ごしながら、焦燥だけが大きくなっていくのを感じていた。




