↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライク・ア・ハリケーン前日譚 (ライク・ア・ハリケーンⅣ)  作者: ままま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/6

季節の中で

予備校の授業が始まった。

四月の教室は、まだ寒い。暖房は点いているが、窓際の席に座っていると、ガラス越しに外の冷えた空気が伝わってくる。


ホワイトボードに文字を書くキュッキュッという音が、遠く聞こえる。

先生の声は耳のすぐそばまで届くのに、頭の中まで入ってこない。ただ、白い粉みたいに視界の端で舞って、机の上に落ちて、そのまま消えていく。


それでも休まないのは、惰性と父に対する義務感かもしれない。

あとは、さぼることに対して、自分でもよく分からない申し訳なさのようなものがある。


何に対して申し訳ないのかは、分からない。父が毎月振り込んでくれる生活費に対してかもしれないし、隣で必死にノートを取っている誰かかもしれない。

もしかしたら、自分の未来に対してなのかもしれないとも思う。



予備校には、高校のときの友人が何人かいた。

休み時間に、ぼんやり座っていると、「よう」と声をかけられた。同じ高校で、同じように浪人することになった奴だった。

「ちゃんと出てるじゃん」

「一応な」


学年の三分の一くらいは浪人しているはずだから、この予備校だけでも、それなりの人数が通っているはずだ。親しくしていた奴も4、5人はいるだろうか。

彼らと話している間だけは、少しだけ安心する。高校のときと同じ、ゆるい空気がそこにあるからだ。自分だけが取り残されたわけではない、と、ほっとする。


だが、その安心は長続きしない。

彼らはちゃんと受験勉強に取り組んでいる。授業がない時間も、自習室にこもって参考書を解いていたりする。

皆には、ちゃんと行きたい場所があり、目指すものが見えている。

僕には、それがなかった。


自分の影だけが薄いような気がする。何も目指さず、何も燃やさず、ここにいる自分が、皆の足を引っ張っているみたいだ。一緒にいるのに、申し訳ない。

それがさらに、僕を落ち込ませた。

予備校に行くほどに、自分が何者でもないことに気づかされる。



その一方で、一人暮らしをしているアパートには、同じように浪人している連中が、一人、また一人と、顔を出すようになっていた。

縁側から「やあ」とか「おす」とか、声をかけてくる。共同の玄関があるのだが、なぜか、玄関から入ってくる奴はいない。勝手に縁側に靴を脱いで上がってくる。


やってきても何かをするわけではない。

畳に寝転がって、ぼうっと話していたり、本を読んでいたりする。

淹れてやったお茶を飲んで、眠くなったら寝る。こいつらは猫なんじゃないかと思う。

勝手にやってきて、勝手に寛いで、勝手に帰っていく。


他県の大学に行った奴も、帰省のついでに来るようになった。

そうなると、ノートを置いて行く者も現れて、直接会うことがない者同士が、近況報告を書いたりする。

ノートをめぐって言葉を交わす。ページは少しずつ埋まっていって、気がつくと、ノートは一冊目を終えていた。

なんだか、高校の部室にいるようで、楽しくなってくる。

ここにやってくる彼らも、同じような気持ちだったのだと思う。



でも、本当は分かっていた。

自分は止まっている。彼らは目標に向かって忙しく動いている。

受験勉強の合間に、大学生としての生活の合間に、船が港に寄るように、一時だけここで佇んでいるだけだ。やがて動き出していく。


自分はずっと停泊したままだ。彼らと過ごしながら、焦燥だけが大きくなっていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。