【白装束と神域の静寂】
【白装束と神域の静寂】
夕闇が都心をすっぽりと包み込み、街の喧騒が遠くの潮騒のように退いていく時間帯。
鬱蒼とした鎮守の森に囲まれた『氷川神社』の境内には、玉砂利を踏みしめる十人の重く、そして怯えきった足音だけが響いていた。
私立聖ミカエル学園、新生・合気武道部の面々は、社務所の裏手にある更衣室で指定された「白装束」への着替えを終え、冷たい夜風の中で整列していた。
男子は身を清めるための白衣と白袴、あるいは禊用の白小袖。女子も同様に、一切の装飾を排した純白の装束に身を包んでいる。ゴールデンウィークの地獄の強化合宿で、本多鮎とルージュから「禊」のために支給されたあの白装束である。
「……はぁ。まさか、またこの服を着ることになるなんて思わなかったッス……」
副主将の佐藤陽翔が、寒さとは別の理由でガタガタと震えながら、白衣の襟元をギュッと握りしめた。
「まったくだ。ただでさえここは、あの『風間楓』先輩のテリトリー。何が起こるか分かったもんじゃない」
主将の門蒼真も、厳つい顔をさらに険しくして周囲を警戒している。
「論理的に考えて、私たちを白装束に着替えさせたということは、やはり氷点下の滝壺に叩き落とされるか、あるいは文字通り『死装束』として物理的にこの世から浄化されるかの二択しかありません」
南原紗良が、極寒のシベリアのような冷たい声で身も蓋もない分析を口にする。その眼鏡の奥の瞳も、微かな恐怖に揺れていた。
「ひゃうぅぅぅっ! し、死装束って……! わたし、まだお嫁にも行ってないのにぃぃっ!」
極度のビビリである一年生の雨宮千歳が、自慢の超絶プロポーションを純白の布地の下に隠しながら、涙目で阿部凛花の背中にしがみつく。
「大丈夫よ、千歳ちゃん! 私がこの身を盾にしてでも守ってあげるから!」
阿部が力強く千歳を抱き寄せるが、彼女自身も180センチの長身を僅かに震わせていた。
「フッ……まあ、皆さんは少し大袈裟すぎますよ」
そんな中、他事務所所属の俳優志望・桐生蓮だけが、長い前髪を払いながらキザな笑みを浮かべていた。
「白装束というのも、見方を変えれば日本の伝統的な美を体現する素晴らしい衣装です。僕の洗練されたビジュアルなら、この無機質な白布さえもモード系のファッションとして着こなしてみせ――」
「押忍ッ!! 佐藤副主将! この白装束、自分の大胸筋と広背筋のパンプアップに耐えきれるか、ギリギリの攻防戦を繰り広げているッス!!」
桐生のキザな台詞を完全に粉砕するように、究極のKYである大文字鉄平が大声を張り上げた。
見れば、大文字は白装束姿のまま、神聖な境内で『ダブルバイセップス』のポーズを決め、はち切れんばかりの筋肉を限界まで収縮させている。ブチブチッ、と白布の縫い目が悲鳴を上げていた。
「や、やめろ大文字! お前、立花社長から『服を破いたら神様に通報される』って警告されたばっかりだろうがッス!」
佐藤が慌てて飛びかかり、大文字の腕を強引に下ろさせる。
「大文字、貴様という奴は……! ここは神域だ、少しは空気を読め!」
門も頭を抱えながら怒鳴りつける。しかし、その門自身の白装束も、筋トレで鍛え抜かれた屈強な肉体のせいで、肩回りや胸元がパツンパツンに張り詰めており、一歩間違えれば大惨事になりかねない危険なシルエットを形成していた。
「……随分と、余裕そうね」
その時。
静寂の境内に、氷の刃のように冷たく、感情の起伏を持たない声が響き渡った。
『ピクッ』
十人の高校生たちの動きが、文字通り完全に停止した。
玉砂利を踏む音すら立てず、音もなく現れたのは、紅白の巫女装束に身を包んだ絶世の美女――TIA特級エージェント、風間楓だった。
普段の学園生活でかけている伊達メガネは外されており、魔王・恋問持子に瓜二つと言われるその神々しいまでの美貌が、夜の闇の中で冷たい月明かりに照らされていた。その絶対的な強者のプレッシャーを前に、桐生のキザな笑みも、大文字の暑苦しい闘気も、一瞬にして霧散した。
楓は、絶対零度の視線で十人の白装束姿を端から順番に舐め回すように検分していく。
特に、縫い目が悲鳴を上げている門と大文字の筋肉ダルマ二人の前で、彼女の視線がピタリと止まった。
「あ、あの……楓先輩。一応、社長の指示通り、ジャージも持参してはいるのですが……」
門が、冷や汗を滝のように流しながら、恐る恐る口を開く。
楓は無言のまま、二人の極太の腕と、張り裂けそうな胸元の布地を数秒間見つめた。
やがて、彼女は小さく、本当に微かに「ふぅ」とため息をついた。
「……いいわ。ギリギリ持ち堪えているようだし、全員、白装束のままで良しと判断する。門君、大文字君もそのままで大丈夫よ。ただし、これ以上無駄にバルクアップして神聖な境内で布を破いたら、その時は私の『生太刀』で、あなたたちの余分な筋肉ごと削ぎ落としてあげるから」
「「押忍ッ……!(はいっ……!)」」
二人は顔面を蒼白にさせながら、直立不動で深く頷いた。
「ついてきなさい。まずは、神様にご挨拶をしていただくわ」
楓が踵を返し、境内の奥へと歩き出す。
(((((……滝行じゃない!?)))))
二年生たちの心の中に、微かな安堵と、それ以上の強烈な疑念が渦巻いた。白装束に着替えさせられたにもかかわらず、向かう先は滝のある裏手の道場ではなく、神社の中心――『社殿(本殿)』の方向だったからだ。
十人は息を殺し、楓の巫女装束の背中を追って、厳かな静寂に包まれた社殿へと足を踏み入れた。
【伝説の祭主と大麻の風】
重厚な木造の社殿の中は、ほのかな灯明の光に照らされ、深い静寂と白檀の香りが満ちていた。
外界の喧騒とは完全に切り離された、まさに「神域」と呼ぶにふさわしい空間。
社殿の最奥、ご神体を祀る祭壇の前に、一人の老人が静かに座していた。
純白の狩衣に身を包み、手には笏を持った、白髭の威厳ある人物。
氷川神社の宮司であり、風間楓の祖父。
そして――戦後の焼け野原から日本の霊脈を守り抜いてきた裏社会のトップクラン【TIA(高田馬場囲碁愛好会)】の現トップ、『風間助平』その人である。
普段はエロ本を読みながら茶をすすっているスケベなジジイという裏の顔を持つ彼だが、今この瞬間、祭壇の前に座する彼からは、一切の煩悩や世俗の垢が感じられなかった。
日本五大化け物霊能者の最後の生き残り。
その圧倒的で途方もない霊力が、ただ静かに座っているだけで、波紋のように社殿全体へと広がっているのだ。
「……座りなさい」
楓の静かな指示に従い、十人は畳の上に整列して正座した。
助平がゆっくりと立ち上がり、十人の前に進み出る。その瞳は、深淵を覗き込むように深く、そして恐ろしいほどに澄み切っていた。
(……これが、TIAのトップ。東京の裏社会を束ねる、本物の化け物……)
佐藤陽翔の背筋に、冷たい汗が伝う。
(完璧なまでの霊力の制御。論理的な理解が追いつかないほどの、絶対的な『圧』です……)
南原紗良も、眼鏡の奥で息を呑んだ。
「これより、修祓を行う」
助平の低く、しかし腹の底に響くような声が社殿に木霊した。
彼は祭壇から大麻――白い紙垂が結びつけられた祓い串を手に取り、十人の前に立った。
「祓え給ひ、清め給へ――」
古の祝詞が、厳かに紡がれる。
バサッ、バサッ、バサッ。
助平が大麻を左右、そして中央へと振るう。
その瞬間。合気武道部の十人――S級からA級、B級へと覚醒を果たしている魔力持ちの彼らは、自身の魂を直接揺さぶられるような強烈な感覚に見舞われた。
「あっ……」
阿部凛花が、小さく声を漏らす。
週末の富士樹海サバイバルで、風魔の暗殺者たちによる近代兵器とゲリラ戦によって心身にこびりついていた深い疲労、死の恐怖、そして怪異たちの放っていた禍々しい瘴気。それらが、大麻が振るわれるたびに、まるで強風に吹き飛ばされる塵のように、彼らの身体から綺麗に剥がれ落ちていくのが分かったのだ。
『視覚特化』の能力を持つ桐生蓮 は、己の全周囲視界と霊視を通して、助平の振るう大麻から放たれる純白の霊力波動が、空間そのものの穢れを原子レベルで拭い去っていく様をハッキリと視認し、その神技に戦慄した。
(これが、神道の頂点……。僕たちの魔力とは、次元が違いすぎる)
全員が清められ、心身が羽のように軽くなるのを感じた時、助平は静かに大麻を置き、祭壇の脇へと退いた。
そして、社殿の空気が、さらに一段階、張り詰めた。
【慈愛の女神と正中の光柱】
「……神楽を、奉納いたします」
凛とした声と共に、風間楓が祭壇の中央へと進み出た。
彼女の右手には、黄金色に輝く神楽鈴が握られている。
シャン……。
楓が鈴を一度、小さく鳴らした。
その涼やかな音が鼓膜を震わせた瞬間、十人の高校生たちの「魔力を感知する本能」が、けたたましい警鐘を鳴らし始めた。
(な、なんだ……!? 空気が、変わったッス……!)
佐藤陽翔が、S+級の魔力操作能力 ゆえに、その異変を最も早く、そして最も正確に察知した。
楓の周囲の空間から、一切のノイズが消え去ったのだ。摩擦も、空気抵抗も、霊的な澱みも、すべてがゼロになる感覚。
笛と太鼓の幽玄な音色が、どこからともなく社殿に響き渡る。
それに合わせ、楓がゆっくりと舞い始めた。
巫女舞。
それは、神を慰め、神を降ろすための神聖な儀式。
しかし、楓の舞は、単なる伝統芸能の域を遥かに、絶望的なまでに超越していた。
シャン、シャラララン……。
彼女がステップを踏み、鈴を振るうたびに、空間に黄金色の波紋が広がる。
楓の魂は、日本神話において荒ぶる神・スサノオの娘であり、大国主命の正妻である「須勢理毘売命」の転生体である。前世の記憶を持たぬ彼女だが、その魂の奥底に眠る『神格』が、この舞の最中だけは完全に表面化し、彼女の肉体を支配していたのだ。
まさに、「神懸かって(かみがかって)」いた。
「あ……ぁ……」
高橋玲央が、完璧主義の女優としての矜持を完全に忘れ、ぽかんと口を開けてその舞に見惚れていた。
一切の無駄がなく、流れるような重心移動。指先の僅かな角度、髪の揺れ、装束の翻り。そのすべてが、人間が到達し得る「美」の極致を凌駕している。
そして、魔力を持つ彼らの目には、さらに恐るべき光景がハッキリと映し出されていた。
『ゴオォォォォォォォッ……!!』
音のない轟音。
舞い踊る楓の身体を中心にして、床から天の天井を突き破るほどの、巨大で圧倒的な『光の柱』が立ち上ったのだ。
それは、ゴールデンウィークの合宿で本多鮎とルージュから命懸けで教わった、あの『正中の光柱』。合気武道部が十人がかりでギリギリ構築したあの光の柱を、楓はたった一人で、しかも彼らの何百倍もの出力と純度で、息をするように軽々と顕現させてみせたのだ。
「す、すごい……。なんて美しくて、温かい光なんだろう……」
阿部凛花が、狂信的な瞳から大粒の涙をこぼしながら呟いた。
普段の裏社会で見せる、黒スーツにサングラスの冷酷無比な「修羅」の顔は、今の楓には微塵もなかった。
そこにいるのは、すべての罪を赦し、すべての魂を包み込む、紛れもない『慈愛の女神』であった。
『境界支配』の能力を持つ雨宮千歳 は、自身の恐怖の殻が、その光によって優しく溶かされていくのを感じていた。
(あぁ……怖いものが、全部消えちゃった。楓先輩が、世界と神様の『境界』を、繋いでくれているんだ……)
光の柱から、黄金色の粒子が雪のように舞い落ちる。
それが十人の白装束に触れた瞬間、彼らの体内へと『光の神術』、すなわち『光の力』が、直接注ぎ込まれていった。
闇の魔力に偏りがちだった二年生たちの体内で、極黒の魔力と黄金の光が完璧な均衡を取り始める。限界まで酷使されていた大文字鉄平の『金剛武身』 の筋肉細胞が、神の光によって瞬時に超回復を遂げていく。
「押忍ッ……! 力が……神の力が、身体中に漲ってくるッス……!!」
大文字が、感動に打ち震えながら合掌した。
神品蘭も、自分の中のピーキーな電気の暴走が、光の力によって穏やかに鎮められていくのを感じ、恍惚とした表情を浮かべている。
十人は皆、完全に惚けていた。
ただただ、目の前で舞い踊る慈愛の女神と、彼女が放つ圧倒的な光の奇跡に、魂を奪われていたのだ。
【玉串奉奠と一丸の祈り】
やがて、幽玄な音楽が静かにフェードアウトし、楓の舞が終わった。
シャン……と、最後に一度だけ鈴の音が鳴り響き、巨大な光の柱が、楓の身体の中へとスッと吸収されるように消えていく。
社殿に、再び深い静寂が戻った。
しかし、その空気は先ほどまでの重圧とは異なり、春の陽だまりのように暖かく、清浄なエネルギーに満ち溢れていた。
「……代表者。前へ」
祭壇の前に戻っていた宮司の助平が、静かに声をかけた。
その手には、紙垂がつけられた榊の枝――玉串が握られている。
「っ……!」
ハッとして我に返った主将の門蒼真が、慌てて背筋を伸ばし、「はいッ!」と力強く応えて立ち上がった。
彼は一歩一歩、畳を踏みしめるようにして祭壇へと進み出る。彼の巨大な背中を、残りの九人の部員たちが真剣な眼差しで見つめていた。
門は助平の前に進み出ると、深く一礼し、両手で恭しく玉串を受け取った。
(……俺が、合気武道部の代表だ。絶対に、間違えるわけにはいかない)
門は、頭の中で完璧な神道の作法をシミュレーションしながら、祭壇の正面へと立つ。
玉串を時計回りに回し、根本を神前に向けて、静かに案(机)の上に置く。
そして、一歩下がり、深い姿勢で二度、お辞儀をした。
「二拝」
その門の動きに合わせ、後ろに座る九人も全く同じタイミングで深く頭を下げる。二年生は合宿での経験から作法を熟知しており、一年生たちは二年生の完璧な動きを鏡のように真似て追従した。
「二拍手」
パンッ、パンッ。
十人の柏手が、寸分の狂いもなく完全に同調し、一つの大きな音となって社殿の天井に高く響き渡った。
それは、富士樹海での凄惨な敗北を経て、再び立ち上がろうとする「新生・合気武道部」の心が、一つの強固なチームとして完全に結びついた瞬間でもあった。
最後に、もう一度深いお辞儀。
「一拝」
門がゆっくりと顔を上げ、自席へと戻る。
儀式は、完璧に、そして美しく終わった。
全員の胸の中には、言葉では言い表せないほどの神聖な達成感と、女神の舞による深い癒やしの余韻が、暖かな炎のように灯り続けていた。
「……素晴らしい儀式でしたわ」
高橋玲央が、ほうっと熱い吐息を漏らす。
「ええ。楓先輩……本当に、神様みたいだったッス」
佐藤陽翔も、先ほどまでの恐怖を完全に忘れ、祭壇の脇に座る楓の美しい横顔を、尊敬と憧憬の眼差しで見つめていた。
そう。
彼らは完全に油断していたのだ。
この神聖な儀式こそが、これから始まる「真の地獄」への、単なる『前菜(準備運動)』に過ぎないということを。
【修羅の帰還と、予測不能の特訓】
「……儀式は終わったわ」
唐突に。
本当に、唐突に、社殿の空気が一変した。
先ほどまで彼らを包み込んでいた春の陽だまりのような暖かさが、一瞬にして極地圏のブリザードへと変貌したのだ。
ビクッ、と十人の肩が跳ね上がる。
彼らが視線を向けると、そこには、先ほどまでの「慈愛の女神」の面影を綺麗さっぱり消し去り、いつもの黒スーツとサングラスを着用した時と全く同じ、冷酷無比で絶対零度の瞳をした【TIA特級エージェント・修羅の風間楓】が立っていた。
「ひぃっ!?」
雨宮千歳が、一瞬で現実に引き戻されて小さな悲鳴を上げる。
「神様へのご挨拶と、準備運動(魔力の調整)は終わったわ。今からが本番よ」
楓は、ゴミを見るような冷たい目で十人を見下ろした。
「五分後。裏手の隠し道場に集合。……遅れたら、殺すわよ」
それだけを言い残し、楓は冷たい風と共に社殿の奥へと消えていった。
「……っ!」
「い、急ぐッス!! 全員、道場にダッシュッス!!」
余韻に浸っていたのも束の間、殺気をぶつけられた十人は弾かれたように立ち上がり、パニック状態になりながら裏手の隠し道場へと全速力で駆け出した。
……三分後。
氷川神社の地下深く、土御門朔夜が管理するスノーの演習場に匹敵する広さを持つ、重厚な結界に守られた『隠し道場』。
そこに、息を切らせた合気武道部の十人が、一糸乱れぬ完璧な正座で並んでいた。
沈黙。
誰もが、これから始まるであろう血を吐くような物理的戦闘訓練、あるいは魔力を極限まで絞り出される拷問を覚悟し、歯を食いしばっていた。
「……宜しい。全員、時間は守れたようね」
道場の正面の襖が開き、白衣と緋袴の巫女装束から、動きやすい黒の道着へと着替えた楓が静かに現れた。彼女は十人の正面に座り、姿勢を正す。
「これより、雪社長から依頼されている『修行(特訓)』を始めます」
楓の冷徹な声が、道場に響く。
門蒼真が、主将として、そして十人の覚悟を代表して、腹の底から大声を張り上げた。
「全員っ、よろしくお願いしますッ!!」
「「「「「よろしくお願いしますッ!!!!!」」」」」
死を覚悟した戦士たちのような、悲壮感すら漂う十人の絶叫。
どんな理不尽な暴力が来ても、絶対に耐え抜いてみせる。近代戦闘の対策でも、集団戦の訓練でも、何でも来い。
十人の瞳が、決死の覚悟で楓の絶対零度の瞳を射抜いた。
その凄まじい気迫を受け止めながら、楓は一切の表情を変えることなく、淡々と、そして無慈悲に、修行の内容を告げた。
「では――『巫女舞』の習得です」
「「「「「…………え?」」」」」
数秒の、完全なる空白。
桐生の超高速思考も、南原の論理的分析も、佐藤の広い視野も、大文字の筋肉も、誰一人としてその言葉の意味を処理できなかった。
「……あの、楓先輩? 今、なんと?」
佐藤が、引きつった笑顔で聞き返す。
楓は、ピクリとも眉を動かさず、もう一度、ハッキリと宣告した。
「あなたたち全員に、今から私と同じ『巫女舞』を完璧に踊れるようになってもらいます。指先の角度から足の運びまで、一切の妥協は許さないわ。一晩中、徹夜でね」
「「「「「――はいっ!!??」」」」」
合気武道部の十人の、理解不能な絶叫が、氷川神社の地下道場に虚しく、そして永遠に木霊し続けた。
修羅の特級エージェントが用意した特訓は、彼らの予想を遥かに、そして斜め上にぶち抜く、前代未聞の『舞踊レッスン』だったのである。




