【銃弾は防げても、楓先輩は防げません】
【銃弾は防げても、楓先輩は防げません】
地下に広がる広大な空間――スノー本社ビルの地下特殊演習場。
コンクリートと魔力吸収材で覆われた無機質な訓練場には、重火器の発砲音と、それが弾かれる甲高い金属音が響き渡っていた。
『ガガガガガガガッ!!』
『キィンッ! ガキンッ!』
「おおおっ……! 本当に、傷一つ付かないッス!」
設置された訓練用の自動砲台から放たれる実弾の雨。それを正面から浴びていた門蒼真は、自身の肉体を確認して感嘆の声を漏らした。
彼の屈強な肉体の表面には、薄っすらと、しかし極めて高密度な漆黒の「闇の魔力」が這うようにコーティングされている。
9ミリパラベラム弾はもちろん、アサルトライフルの貫通弾すらも、門の皮膚に触れる直前で目に見えない壁に阻まれ、ひしゃげて床に落ちていく。
「完璧な防御ですね。……論理的に考えて、一般的な銃火器や刃物程度なら、完全に『無効化』していると言っていいでしょう」
安全地帯の防弾ガラス越しにデータ端末を見つめていた南原紗良が、眼鏡の位置をクイと直して分析結果を告げる。
「持子様たち先代がやっていた『闇の魔力による防御力のアップ』。朝は凛花が暴走して畳を吹き飛ばしたッスけど……意識して身体の表面にとどめれば、俺たち二年生全員、この無効化レベルの防御ができることがわかったッスね」
副主将の佐藤陽翔が、自身の掌から立ち昇る黒い霧を握り込みながら言った。
富士樹海のサバイバルで風魔の暗殺者たちによる「近代戦闘」に敗北した彼らは、人間の放つ銃弾や兵器に対する防御手段の確立を急務としていた。
その答えの一つが、この闇の魔力を用いた防御装甲だ。
「ええ。ただし、課題もありますわ」
高橋玲央が、洗練された身のこなしで自動砲台の前に歩み出る。
彼女の周囲にも気高い闇の魔力が揺らめいている。
「紗良さん、次は『魔力コーティング弾』を撃ち出してくださいな」
「了解しました。出力調整、撃ちます」
『パァンッ!!』
放たれた一発の特殊弾。
それは高橋の張った闇のシールドをガリッと削り、彼女のブレザーの袖を掠めて壁に突き刺さった。
「くっ……やはり、魔力を付与された武器や弾丸に対しては、完全な無効化までは至りませんわね」
高橋が鋭い視線を壁の弾痕に向ける。
「そうだな。敵もプロの異能者や暗殺者なら、当然武器に魔力を乗せてくる。それを防ぐには、闇の魔力をさらに厚くするか、集中させる工夫が必要だ」
門が腕を組み、真剣な表情で頷いた。
「防御の魔力そのものの強度で言えば、やはり門主将が一番分厚くて強固ッスね。俺は物理的な厚みを作るのが苦手だから、足元から『闇の手』を壁みたいに編み込んで、流体として威力を逸らすバリアを張るのが合ってるみたいッス」
「私は回転の遠心力を使って、魔力のドームで弾く方が得意かな!」
佐藤と阿部凛花が、それぞれの戦術を口にする。
同じ「極黒の魔力」を与えられた身であっても、その防御の形には確かな個性が表れていた。
門の絶対的な鎧、佐藤の流体バリア、阿部の回転シールド、高橋の死角を消す球体シールド、そして南原の計算された多層防壁。
「うふふふ……先輩方の黒い魔力、とっても素敵ですぅ……♡ わたしも、陽翔センパイと同じ黒に染まりたいですぅ……♡」
「押忍ッ!! 自分の『金剛皮膚』にその黒い魔力を重ねれば、もはや戦車砲すら弾き返せる気がするッス!!」
男の娘・桃井琉生と、筋肉バカの大文字鉄平が目を輝かせて二年生たちに近寄ってきた。
「それじゃあ、次は一年生のみんなも試してみようか。俺たちから魔力のパスは繋いでるから、感覚を掴めば……」
佐藤が一年生たちに向かって『闇の魔力』を引き出すよう促す。
しかし――。
「んんんーっ……! だ、ダメですぅ。黒いモヤモヤ、全然出てきません」
雨宮千歳が両手を前に突き出してウンウンと唸るが、彼女から漏れ出すのは青白い『境界支配』のオーラばかりで、漆黒の魔力は一向に姿を現さない。
神品蘭も、桐生蓮も同様だった。彼ら自身の異能は発動するが、二年生が操るような「闇の魔力」を防御の鎧として纏うことができないのだ。
「……おかしいッスね。ちょっと見せてほしいッス」
S+の精密な魔力操作と知覚を持つ佐藤が、目を細めて一年生たちの魔力回路を視る。
「あ……なるほど。一年生は、みんな『光の魔力』が強くて、『闇の魔力』が極端に少ないッス」
「え? 光の魔力?」
阿部が小首を傾げる。
「GWの合宿で、本多鮎先輩とルージュから教わった『光の神術』ッスよ。あの地獄の滝行と禊で、一年生たちの身体には光の魔力がガッチリ定着してる。でも、俺たちがパスを通して流している『闇の魔力』は、一年生たちの器に弾かれて、全然定着してないみたいッス」
佐藤の分析に、門が深く頷く。
「そうか……。俺たち二年生は、一年前の夏、魔王である持子先輩から『極黒の魔力』を直接分け与えられた。だからこそ、無意識レベルで闇の魔力を使いこなせる。だが、俺たちから一年生に闇の魔力を『与える』ことはできても、それを『定着』させることは別問題ということか」
「論理的に考えれば、当然です」
南原が手元の端末を操作しながら補足する。
「光の神術は、死に物狂いの修行と鮎先輩たちの指導によって魂に刻み込まれました。闇の魔力を他者の身体に定着させて『自分のもの』にさせるには、今の私たちから流すだけのパスでは弱すぎる。……闇の魔力の定着に詳しい人物に、専門的な教えを乞う必要がありますね」
(((闇の魔力に詳しい人物……)))
二年生たちの脳裏に、いくつかの規格外なバケモノたちの顔が浮かぶが、今は連絡を取る手段も時間もない。
「これは、俺たちの新たな『課題』だな。すぐには解決できない」
門が主将として場を引き締める。
「兎に角、いまは無いものねだりをしてもしようがない。一年生たちは、自分たちの長所である『光の魔力』を徹底的に鍛えるんだ」
「光の魔力を、ですか?」
桐生がキザな表情を崩して問いかける。
「ああ。光の魔力を、ただの回復や防御に使うだけじゃない。お前たちの異能や、その『インナースーツ』、あるいは武器の表面に、光の魔力を『付加』させるんだ。そうすれば、対人戦でも怪異相手でも、攻防の幅が劇的に広がるはずだ」
門の言葉に、一年生たちの顔がパッと明るくなった。
「押忍ッ!! 自分の金剛武身に光の魔力を付加させる……想像しただけで大胸筋が熱くなるッス!!」
「僕のレールガンに光の神術を乗せれば……お姉さまを邪魔する敵を、跡形もなく消し去れますね!」
「わ、わたしも、境界の防壁に光を混ぜてみますぅ……!」
大文字、神品、雨宮たちがそれぞれの闘志を燃やす。
「いい意気込みだ。二年生は闇の魔力の防御精度を上げる。一年生は光の魔力の付加をマスターする。お互い、次の実戦に向けて切磋琢磨して頑張ろう!」
門の力強い号令に、地下訓練場に「押忍ッ!!」「はいっ!!」という気合の入った返事が響き渡った。
十人の心が一つになり、凄惨な敗北から立ち上がるための、熱く眩しい青春の汗が流れる。
――と、そこまでは非常に熱血で、美しいスポ根の光景だった。
「……はぁ」
不意に、佐藤が訓練場の床にドサッと座り込み、全てを諦めたような深いため息をついた。
「どうしたの陽翔? 急にテンション下がって」
阿部が不思議そうに覗き込む。
「いや……。みんな明日からも頑張ろうって空気になってるッスけど……」
佐藤は、焦点の合わない目で天井の蛍光灯を見つめ、ポツリと呟いた。
「明日の放課後……俺たち全員、氷川神社に行かなきゃいけないんスよね……」
『ピタッ』
その言葉が落ちた瞬間。
門蒼真、阿部凛花、高橋玲央、南原紗良の四人の動きが、文字通り完全に停止した。
「あ……」
「……論理的に考えて、完全に忘れていました」
「いやあああああっ! 思い出したくないですわーーーっ!!」
「……俺の、大胸筋が……萎んでいく……」
立花雪から宣告された、容赦のない罰ゲーム。
恐怖の特級エージェント・風間楓による、「白装束」持参の地獄の指導。
「……帰りてぇッス。もう、明日なんか来なくていいッス……」
「陽翔……私、神社の滝で凍え死んだら、お気に入りのハイブランドの服と一緒に埋葬してね……」
さっきまでの切磋琢磨の熱気はどこへやら。
地下演習場のコンクリートの床に、二年生五人は次々と膝から崩れ落ちた。
明日訪れるであろう絶対的な恐怖と理不尽を前に、彼らの心はすでに、木っ端微塵にへし折られていたのだった。




