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【魔王の隣に立つために】

【魔王の隣に立つために】


夕闇が静かに都心を包み込む時間帯、芸能事務所「スノー」の本社ビル地下。

そこには、一般の人間には決して存在を知られることのない、広大な地下特殊演習場が存在していた。


「ひゃ、ひゃいぃぃぃっ! やっぱり地下は薄暗くて、何か嫌な気配がひしひしと伝わってきますぅ……!」


ゲートの前で、眼鏡をかけた地味な見た目の一年生、雨宮千歳がスカートの裾を掴んで小刻みに震えていた。

彼女の身体からは、無自覚に青白い超自然的なオーラが漏れ出し、背後の影を不気味に揺らしている。


「大丈夫よ、千歳ちゃん! 私がこの逞しい胸でしっかり守ってあげるから!」


圧倒的な美貌と、この一年で劇的に発育した180センチのプロポーションを誇る二年生の阿部凛花が、千歳の肩をガシッと抱き寄せる。


「押忍ッ!! 早く一鐡工房の鋼牙お兄ちゃんに焼き直してもらったバンテージを試したくて、拳の血が滾っているッス!!」


後ろ髪を侍風のトップノットに結った巨大な筋肉質の男、大文字鉄平が道着の袖をまくり上げ、コンクリートの壁に向かって『シュッ! シュッ!』と凄まじい風切り音を立てて空手の突きを繰り出していた。

空気の読めない熱血人情派の野生味が、道場さながらの熱気を放つ。


「やれやれ、相変わらず暑苦しいね。僕のマッスルスーツの関節モーターにガガッとガタが来ないうちに、スマートに新能力の出力をチェックしたいところだよ。紗良、僕の戦術的な立ち回りを特等席で見ていてくれよ?」


他事務所所属の若手俳優でありキザな美男子、桐生蓮がシルバーチェーンのネックレスを指先で弄りながら、幼馴染の南原紗良にウインクを飛ばす。


「論理的に考えて、あなたのキザな顔を見つめる時間は一秒たりとも無駄です。私は台本の確認で忙しいので、せいぜい自滅しないようにフォーメーションの指示に従ってください」


圧倒的な童顔に冷たい知性を宿した眼鏡をかけた南原紗良は、手元の端末に表示された演技の台本から目を離すことなく、極寒のシベリアのような毒舌で一蹴した。


「うふふ、男子陣の筋肉やスーツ姿、じっくり拝見させてもらいますねぇ……♡ 陽翔センパイ、地下の密室ではどんなに逃げても無駄ですからねぇ……♡」


絶世の美少女にしか見えない「男の娘」桃井琉生が、光を失った真っ黒な深海魚のような瞳で佐藤陽翔を見つめ、粘着質なホラー声を漏らす。


「っべえ、一年生たちのキャラが濃すぎて、ゲートを開ける前から精神的HPが削られるな〜ッス」


副主将の佐藤陽翔が、道着の首元を引っ張りながら大きくため息をついた。


「よし、一年生五人は先に行って、地下第三エリアの防壁結界の中で各自ウォームアップを始めてくれ。俺たちは副社長に最終的な使用許可の承認を貰ってから合流する」


主将の門蒼真が、筋トレで鍛え抜いた屈強な肉体を震わせ、威厳のある声で指示を出した。

彼の横には、乱れ一つない完璧な道着姿でクールビューティーな美貌を湛えた高橋玲央が、完璧な姿勢で控えている。


「「「押忍!!(はーい♡)」」」


一年生たちがそれぞれの異能と煩悩を抱えたまま、重厚なセーフティゲートの向こうへと進んでいくのを見送った後、二年生の五人は演習場全体を管理するコントロールルームへと向かった。


『ウィーン……』


自動扉が開き、計器類と無数のモニターが並ぶ部屋に入ると、そこにはデスクの前に座ってキーボードを高速で叩く人影があった。

銀髪のショートボブに白磁の肌。

芸能事務所「スノー」の副マネージャーであり、裏社会では陰陽庁執行部『六壬(りくじん)』に所属する天才陰陽師、土御門朔夜である。


「……チッ、遅かったじゃねえか。使用許可の認証コードはもうシステムに入力してある。第三エリアを好きに使え。ただし、結界の強度をキャパオーバーさせるような真似をしたら、お前らの積立金から修理費をがっつり天引きするからな」


朔夜が不機嫌そうに振り返り、回転椅子から立ち上がった。

その瞬間、部屋の空気が微かに揺らいだ。


「……あ。あれ?」


阿部凛花が、その長い睫毛の奥の澄んだ瞳を丸くして、朔夜の身体をじっと凝視した。


「ちょっと、朔夜副社長……。もしかして、気のせいじゃなくて……背、伸びました?」


「え?」


佐藤や門、高橋、南原も一斉に視線を朔夜へと向けた。


彼らの記憶にある土御門朔夜は、身長155センチほどの、どこか儚げで可憐な美少年の外見をしていたはずだ。

下僕たちから蹂躙されるチェスの駒のような、中性的な線の細さがあった。


しかし、いま目の前に立っている朔夜は違っていた。

手足はスラリと長く伸び、肩幅も男らしく広がり、顎のラインや骨格もシャープで精悍な「大人の男」のそれへと変化していたのだ。

制服のスーツが、その引き締まった肉体に合わせて微かに突っ張っている。


「ああ、これか。気づいたか」


朔夜は自分の首筋をポリポリと乱暴に掻きながら、ふっと傲岸不遜な、肉食系の「雄」としての笑みを浮かべた。


「もう陰陽庁の『次期当主候補』っていう、クソ面倒くせえ立場から完全に逃げ切れたからな。今まで自分に施していた『封印』を、ようやく外したんだよ」


「封印って……どういうことッスか?」


佐藤が不思議そうに首を傾げ、尋ねる。

見た目や身長を自由に変えるなど、まるで桃井の変身能力のようだが、陰陽術でそんなことが可能なのだろうか。


「言葉通りの意味だよ」


朔夜はデスクに腰を掛け、組んだ足の長さを誇示するように不敵に笑った。


「俺の肉体成長そのものを、高度な霊術で強制的に抑え込んでいたんだ。単なる見かけの幻術や変装じゃない。骨格の成長、筋肉の発達、声帯の変化にいたるまで、全ての生体エネルギーを呪術で逆流させて、十三歳前後の『子供の器』に固定していたのさ」


その言葉に、南原紗良が眼鏡の奥の目を驚愕に見開いた。


「肉体の成長を、霊術で抑制……!? 論理的に考えて、それは生物学的な法則への凄まじい反逆です。細胞や骨にかかる負荷と、せき止められた魔力の反動は、常人なら内臓が破裂して即死するレベルの禁忌のはずですが……」


「だから言ったろ。俺は『天才』なんだよ」


朔夜は当然の事実を口にするように、銀髪を軽く揺らして鼻で笑った。


「ガキの頃から、陰陽庁の頭の固いジジイどもに『あいつは土御門の最高傑作だ』『陰陽道の未来そのものだ』なんて祭り上げられてな。隙あらば次期当主の座に据えようと、二十四時間体制で監視されてロックオンされてたんだ。その期待と外枠をぶち壊すために、俺は自らの肉体にその禁忌の呪術をぶち込んで、成長を止めてみせたのさ」


「当主になるのが、それほどお嫌でしたの?」


高橋玲央が、洗練されたお嬢様口調のまま、真剣な眼差しで問いかけた。

多くの能力者が求める権力の頂点を、自ら身体を壊しかねない呪術で拒絶した男の心理が、完璧主義の彼女には計り知れなかった。


「嫌だったね。心の底から反吐が出るほど、興味がなかった」


朔夜は即答し、部屋の天井を仰いだ。

その瞳に、かつての窮屈な檻の日々が映る。


「俺の本来の夢はな、のんびり自由に、程々に仕事をして、残りの時間は部屋に引きこもって格闘ゲームでもしながら、楽しく楽に、誰にも邪魔されずに生きていくことだったんだよ。伝統だの、格式だの、クソ喰らえだ」


「……日夜、スノーの激務をこなし、社長の無茶振りに完璧に応えている副社長の姿からは、とてもそんな怠惰な人間には見えませんが」


主将の門が、腕を組んだまま、厳つい顔のジト目で鋭いツッコミを入れた。

実際に朔夜の実務能力と労働量は、スノーの裏方の中でも群を抜いて凄まじい。


「フッ……、ハハハッ……!」


朔夜は、自嘲気味に低く笑った。

その銀髪の隙間から覗く瞳に、狂おしいほどの情熱と、切ない覚悟の火が灯る。


「恋問持子に惚れたのが、俺の運の尽きだったな」


「「「「「……!」」」」」


その名前が出た瞬間、二年生五人の背筋に電流が走った。

学園を支配していた、絶対的なカリスマを持つ伝説の魔王。


「その通りです! 神(持子様)に惚れるのは、全人類、いや全宇宙の生命体として至極当然の義務であり、絶対の真理です!」


阿部凛花が、180センチの抜群のプロポーションを限界まで前のめりにし、狂信的な光を宿した瞳をギラギラと輝かせて朔夜の顔面に迫った。


「朔夜副社長! あなたがそこまでの覚悟で持子様を愛しているなら、話は早いです! 私たちと共に『オッパイ同盟』の同志として、持子様の豊満で神々しいおっぱいの素晴らしさを夜通し語り合いませんか!?」


「……何言ってるのか一ミリも分からねえし、メチャクチャ気持ち悪いから絶対に嫌だ。一歩も近寄るな、この変態モデル」


朔夜は心底ドン引きした顔になり、デスクの上を滑るようにして阿部から距離を取った。


「コホン。……とにかく、だ。あいつの横に立てるような、あいつに見合うだけの男になるためには、ただの怠惰な天才じゃ届かねえって気づいたのさ。だから俺はプライドを捨てて、立花雪社長の足元に文字通り命懸けで這いつくばって弟子入りし、スノーの副社長の座まで死に物狂いで上り詰めた」


朔夜は、自分の大きく成長した手のひらを見つめ、握りしめた。


「ここまで来れば、さすがの陰陽庁のジジイどもも『あいつはもう、立花雪の(スノーの)絶対的な庇護下に入った。手出しをすればスノーとTIAを敵に回すことになる』って、無理だと諦めて手を引いたってわけよ。外枠が外れたから、成長を抑える呪術の必要もなくなった」


「……不器用で、けれど真っ直ぐな、命懸けの愛。素晴らしい覚悟ですわ。伝統の重圧を撥ね退けたその生き様、素直に尊敬致しますわ、土御門さん」


高橋玲央が、胸に手を当てて深く感じ入ったように頭を下げた。

門も、その泥臭い努力の形跡に、武道家としての深い敬意の眼差しを向けている。


「でも、だったら何でわざわざ『子供みたいな見た目』になる封印を選んだんスか? 嫌がらせなら、もっと別の方法もあったんじゃ……」


佐藤が、頭の後ろをペチペチと叩きながら素朴な疑問を口にする。


朔夜は、その小柄だった頃からは想像もつかないほど、男らしい低い声でニヤリと笑った。


「お前さ、自分が組織のトップだとして……見た目がガキで、四六時中ゲームばっかりしてて、一切やる気のない態度を取る奴を、由緒正しい伝統ある陰陽庁の次期当主に据えたいと思うか?」


「あ……」


「確かに、それは嫌ですね」


門が納得したように深く頷く。


最初から大人たちを呆れさせ、期待のハードルを地の底まで落として「あいつは当主の器じゃない」と言わせるための、天才ゆえの徹底的なカモフラージュ。

それが、彼の肉体を十数年間も縛り付けていた封印の真実だったのだ。


「チッ……、柄にもなく、お前らみたいな後輩に過去の無駄話を喋りすぎたな」


朔夜は耳を微かに赤くし、照れ隠しのように派手に舌打ちをすると、バンッとデスクを叩いた。


「ほら、さっさと地下の訓練に行け! 一年生たちが待ちくたびれて、演習場の機材をレールガンや念動力でぶっ壊したら、お前ら二年生の連帯責任だからな!」


「「「「「はいっ(ッス)!!」」」」」


二年生の五人は、大人びた副社長の凄みのある一喝に慌てて居住まいを正し、一礼すると、コントロールルームから地下演習場へと続くゲートへと一目散に駆け出していった。


『バタン……』


重厚な防音扉が閉まり、コントロールルームには再び、無数の電子音と静寂だけが戻る。


土御門朔夜は、デスクの椅子に深く腰掛け、目の前の大画面モニターを見つめた。


そこには、ゲートをくぐり、一年生たちの待つエリアへと合流していく二年生たちの後ろ姿が映し出されていた。

大文字の暑苦しい素振りを門が止め、桃井のホラーな突撃から佐藤が悲鳴を上げて逃げ回り、阿部と神品が百合の情念で戯れる、騒がしくも温かい日常の光景。


画面を見つめる朔夜の、封印の解けた精悍な顔に、不敵で、けれどどこか優しく、切ない笑みが浮かび上がる。


「……持子」


誰もいない部屋の中に、彼の低く落ち着いた声がぽつりと溶けた。


「お前がこの世界で、何よりも大切に、愛おしそうに護り、育てていた後輩たちは……」


画面の向こうで、仲間を想い、真剣な目で新戦術の構築を始めた新生・合気武道部の十人の姿。


「……今日も、めちゃくちゃ元気にやっているぞ。安心しろ」


それは、役目を終えればいつか無へと帰る式神の少女「六花」に、消滅する運命への覚悟と共に『真の名前』を与えた彼だからこそ抱ける、世界の均衡の裏側にある優しき『情』。

愛する者が残した大切な残り香を、その引き締まった胸の奥に永遠に刻み込むように、青年は静かにモニターを見つめ続けるのだった。

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