【無意識のテレポートと、悪友たちのバグ修復】
【無意識のテレポートと、悪友たちのバグ修復】
夕暮れの歩道。
周囲の喧騒が遠のき、互いの鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
佐藤と阿部は、どちらからともなくゆっくりと目を閉じ、その顔を近づけていった。
一年間、共に死線を潜り抜け、誰よりも気を許し合ってきた「一番の悪友」。
その関係の境界線が、今まさに溶けて書き換えられようとしていた。
息が触れ合い、唇が重なる、その瞬間。
『ポンッ!』という微かな空間の破裂音と共に。
ムニっ。
「「…………ん?」」
互いの唇ではない。
何か、マシュマロのようにふっくらとして、すべすべとした極上の柔らかい感触。
二人は強烈な違和感を覚えてパチリと目を開けた。
「ひゃ、ひゃうぅぅぅっ!?」
「「えっ!?」」
佐藤と阿部の目の前には、なぜか涙目で顔を真っ赤にした雨宮千歳がいた。
二人は、突如として二人の間に割り込んできた千歳の『左右の頬』に、両側から同時にキスをしてしまっていたのである。
「あわわわわわわわっ! ご、ごごごめんなさいぃぃぃっ!」
千歳がパニックを起こして両手で顔を覆う。
「ち、千歳!? なんでここにお前がいるんスか!」
「わ、わたし、琉生ちゃんと蘭ちゃんに……こ、怖くて、無意識に……っ」
恐怖と羞恥で限界を迎えたA級能力者が、大好きな「頼れる先輩」である二人に無意識に助けを求めた結果、二人の間にダイレクト・テレポートを果たしてしまったのだ。
「ち、千歳に二人でキスしてごめん!」
「い、いえ! 嬉しいですけど、ごめんなさいぃ!」
「き、きの……っ、気の迷いッス!!(気の迷いだね!!)」
阿部と佐藤も大混乱に陥り、さっきまでの甘いムードは一瞬にして宇宙の彼方へ吹き飛んだ。
「で、でも、何か危険でもあったの……って、え?」
佐藤が千歳の姿を見て、言葉を失った。
確かに、危険だった。
千歳の『格好』が、非常に危険だったのだ。
彼女の極限の曲線を活かすため(桃井・神品プロデュース)に選ばれたその服は、もはや「服」と呼んでいいのか怪しいほど布面積が少ない。
しかも、トレードマークの眼鏡を外されているため、隠されていた完全無敵の美少女顔があらわになっている。
その顔が羞恥に染まり、最高に唆る表情を浮かべているのだ。
(あ、あれ……? 俺、直視していいやつ……?)
佐藤は顔を真っ赤にすると、クルリと後ろを向き、その場にガクッと膝をついて自分の股間を必死に押さえた。
「ちょっ、陽翔! あんた何やって……あはははははっ!!!」
阿部がそれを見て、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「あんた、千歳ちゃんの格好見て勃ってんじゃないわよ! バカなサル!!」
「う、うるさいッス! 男の生理現象ッスよ! 笑うなッス!」
いつもの、気遣いゼロの悪友の空気が完全に戻っていた。
「や、陽翔先輩!? だ、大丈夫ですか!? お腹痛いんですか!?」
心優しい千歳が、しゃがみ込む佐藤を心配して、背後から無防備に軽く抱きついてしまった。
ムギュゥゥゥゥッ。
千歳の、阿部を凌駕する規格外の超絶巨乳が、佐藤の背中に押し付けられる。
「ひぐぅっ!?」
佐藤はさらに小さくうずくまる。
「だ、大丈夫だから……っ! ち、千歳、離れてッス、お願いッス! このままだと俺の尊厳が死にます!」
「あはははははっ! もう尊厳死んでるよ!!」
阿部が涙を流して爆笑していると、デパートの方向から、恐ろしいオーラを纏った二つの影が猛スピードで迫ってきた。
「ああっ! 凛花お姉さまぁぁぁっ!」
神品蘭が阿部の胸へとダイブする。
「ちょっと蘭ちゃん!」
「……みーっけ♡ 陽翔センパイぃぃ……♡」
そしてもう一人。
ホラーゲームの怨霊のように光を失った瞳の桃井琉生が、動けずにいる佐藤の頬をガシッと掴んだ。
「さあ先輩、今度こそ、わたしと一つに……っ」
「ヒッ……!!?」
強烈な貞操の危機(男の娘)を前に、さっきまで爆発しそうだった股間の高ぶりは、恐怖によって一瞬で消え去った。
「いやあああああああッス!!!」
佐藤は桃井の手を振り払うと、悲鳴を上げながら夕暮れの街へと全速力で逃走していった。
「あはははははははっ! 傑作!!」
阿部はさらに大爆笑し、神品は阿部の胸に顔を埋め、千歳は「わ、わたし、どうすればいいんでしょうか……っ」と一人でパニックになっていた。
――しかし。
阿部と佐藤、二人の心の中では、まったく違う感情が渦巻いていた。
((危なかった……ッ!))
逃げながら、佐藤は冷や汗を拭った。
(なんで俺、あんな気持ちになったんだ……?
最近凛花に色気が出てきたからって、俺の性欲が暴走しただけだ。
あいつに悪いことをしたッス。俺たちは心の友で、悪友だ。
……早く、優しくて普通の彼女を作って、こんなバグった感情を修正しなきゃダメだッス……!)
一方、爆笑しながらも、阿部の胸の奥はチクリと痛んでいた。
(私、陽翔に悪いことをした。
……ううん、本当は前から気になっていた存在は彼かもしれないって、少し自覚しちゃった。
でも。同じクラスの紗良が、ずっと前から陽翔のことを好きなのは知っている。
パニックになっている千歳ちゃんだって、無意識にテレポートで助けを求めるくらい陽翔を心から慕っている。
そんな中で、今更、私がしゃしゃり出るなんて。
……いつもの私じゃない。嫌なわたしだな)
阿部は心の中で自嘲するように呟き、小さく息を吐いた。
そして、いつもの明るく頼れる先輩の顔に戻り、オロオロしている千歳の肩を優しくポンと叩いた。
「落ち着いて、千歳ちゃん。大丈夫だから」
「り、凛花先輩……」
「蘭ちゃんも、そろそろ離れて。……スノーに行かないと、雪社長に遅刻で殺されちゃうよ」
阿部の言葉に、神品もハッとして顔を上げる。
阿部は、千歳と神品の二人の手をしっかりと握った。
複雑な思いを夕風に溶かしながら、三人は手を繋いで、罰ゲームの待つスノー本社ビルへと歩き出した。




