【それぞれの放課後と、悪友とのバグめいた距離感】
【それぞれの放課後と、悪友とのバグめいた距離感】
放課後。
私立聖ミカエル学園の授業が終わり、新生・合気武道部の面々は散り散りになっていた。
今夜20時。彼らは芸能事務所「スノー」の本社ラウンジに集合し、立花雪社長へ週末の「富士樹海サバイバル」の過酷な報告(と、恐ろしい罰ゲームの宣告)を受けねばならない。
だが、それまでの短い逢魔が時、彼らはそれぞれのやり方で嵐の前の静けさを過ごしていた。
ある場所では、門蒼真と高橋玲央が並んで歩いていた。
「少しの時間だが……デート、だな」
「え、ええ……っ。門くんとこうして歩けるなら、完璧な時間ですわ……っ」
硬派なマネージャー兼恋人である門のストレートな言葉に、完璧主義の女優・高橋が茹でダコのように頬を染めている。
またある場所では、南原紗良が重いため息をついていた。
「……なぜ私が、あなたの服選びに付き合わされなければならないんですか」
「いいじゃないか、紗良。幼馴染のよしみで、僕の新しい魅力を引き出すコーディネートを頼むよ」
「論理的に考えて、あなたのキザな顔にはどれも無駄に似合います。私は早く台本を読み込みたいんです」
極寒のツンデレ対応を崩さない南原と、どこ吹く風の桐生蓮は完全に漫才状態だ。
そして学園の格技場では、
「シュッ! ハッ! 押忍ッ!!」
究極のKYこと大文字鉄平が、集合時間ギリギリまで狂ったように素振りを続けていた。
そんな平和(?)な日常の裏側で――都内の大型デパートでは、命懸けの逃走劇が繰り広げられていた。
「陽翔センパイぃぃ〜♡ 私からは逃げられませんよぉぉ〜♡」
「っべえ! なんでアイツ、俺のフェロモン(?)だけで追ってこれるんスか!」
佐藤陽翔は、ホラー映画のクリーチャーと化した男の娘・桃井琉生から必死に逃げていた。
一方、別フロア。
「凛花お姉さまぁっ! 新作のコスメ見に行きましょうよぉぉ!」
「ひぃっ!? 蘭ちゃんの愛が重すぎる! 私、集合時間まで一人で気を静めたいの!」
阿部凛花もまた、狂信的な愛を向けてくる後輩・神品蘭から逃走していた。
タタタタタッ!
「「ああっ!?」」
階段の踊り場で正面衝突しそうになった佐藤と阿部は、互いの腕を掴んでブレーキをかけ、慌てて催事用の大きなパネルの裏へと滑り込んだ。
『ピタッ』
二人は息を潜め、狭い空間で身を寄せ合う。
「あ、あれ? 桃井くんと蘭ちゃんじゃない?」
阿部がパネルの隙間から覗くと、私服姿で買い物に来ていた一年生の雨宮千歳が、桃井と神品に鉢合わせしていた。
「あ、琉生ちゃん、蘭ちゃん。偶然ですねぇ……って、二人ともすごい形相だけどどうしたんですか?」
ダボッとしたパーカーにロングスカートという、極端に体型を隠す私服を着た雨宮が首を傾げる。それを見た芸能科の二人の目の色が変わった。
「ちょっと千歳! なによその服、ダサすぎない!?」
「そうですわ! こないだの撮影であんなに素晴らしいスタイルだって判明したのに、その服じゃ千歳さんの素材が全然生きていません!」
「ひゃうっ!?」
桃井と神品は、逃げた意中の相手の代わりに、目の前の「磨けば光る原石」へとターゲットを変更した。
「決めたわ。お姉さまの代わりに、今日は千歳を徹底的に綺麗にしてあげる!」
「ええ! 僕たちのセンスで完璧にプロデュースします!」
「え、えええええっ!? わ、わたしはただメモ帳を買いに来ただけで……ひゃああああああっ!」
両腕をガッチリ掴まれた雨宮は、着せ替え人形の運命を悟り、涙目で婦人服売り場へと連行されていった。
「……ふぅ。助かったッス」
「うん。まさか千歳ちゃんに助けられるとはね」
二人はホッと息を吐き、デパートを出てスノーの本社ビルへと向かって歩き出した。
夕暮れの街並みを並んで歩く。佐藤と阿部は、互いに「オッパイ同盟」を結ぶ悪友であり、心の友だ。気を遣わない関係が、心地よい。
「……そういえば、凛花」
佐藤が、ふと思い出したように口を開いた。
「こないだの『スタジオ・アルタイル』での撮影の時。お前がパリから持ってきたあの衣装、ありがとなッス。あんなに高価な服、悪かったッス」
「ふふっ、何言ってるのよ。私が好きにやったことだから、気にしないで」
阿部は夕日を背に、屈託のない明るい笑顔を向けた。
「私こそ、すっごく楽しかった。それに……陽翔、すっごくかっこよかったよ。ほんとに!」
「えっ」
佐藤は目を丸くした。阿部が冗談めかすことなく、真っ直ぐな瞳で褒めてきたからだ。
あの撮影の時、佐藤はレンズの奥を戦場と見据え、遊撃手としてのワイルドな色気を放っていた。阿部はそれを特等席で見ていた。
「……凛花こそ」
佐藤は照れ隠しに頭を掻きながら、ポツリとこぼした。
「撮影の時、すげーかっこよくなるのな。普段はバカなのに……正直、ちょっとドキッとしたッス」
「なっ! バカは余計だよ!」
阿部がむっと口を尖らせるが、すぐにえっへんと胸を張った。
「私は世界デビューしたモデルだよ? 当然でしょう! 夏休みには、またパリで撮影が待ってるんだからね!」
誇らしげに笑う阿部の横顔は、圧倒的な女性としてのプロポーションと大人のオーラを纏っていた。
「パリか……」
佐藤は、少し遠くを見るように目を細めた。
「そっか。……少し、寂しいな〜ッス」
ぽろり。本当に無意識に、そんな言葉がこぼれ落ちた。
『ドキッ』
阿部の心臓が、大きく跳ねた。
「……私がいないと、寂しい?」
からかうつもりだった。いつもの悪友のノリで。
だが、声が少しだけ震えて、甘い響きになってしまった。
「えっ」
佐藤が驚いて、阿部の顔を見る。
「あっ」
阿部もハッとして、佐藤の顔を見た。
夕暮れの歩道。人波の中で、二人の視線がバチッと交差する。
「…………寂しいッス」
佐藤の口から、絞り出すような声が出た。
「…………わたしも、寂しい」
阿部の口からも、嘘偽りのない本音がこぼれた。
((((な、何やってるんだ俺(私)!!))))
二人の脳内で、激しいパニック警報が鳴り響いた。
おかしい。俺たちは一番の悪友だ。おっぱい同盟の同志で、同じ持子先輩を崇拝する者同士。男女の恋愛なんて関係じゃないはずだ。
なのに。
佐藤の目に映る阿部は、夕日に照らされて少し頬を染め、潤んだ瞳で見つめ返してくる。あまりにも美しく成長した彼女の姿に、健全な男子高校生である佐藤の心臓は、早鐘のように打ち鳴らされていた。
阿部の目に映る佐藤もまた、違っていた。
ただのデリカシーのないサルだと思っていたのに。この一年で数々の死線を潜り抜け、プロのカメラの前でビシッと決めたワイルドな大人の色気。そのギャップが、阿部の視線を釘付けにして離さない。
「…………」
「…………」
視線が、外せない。
互いに目を逸らそうとするのに、磁石のように吸い寄せられる。
沈黙の中、どちらからともなく、二人の顔がゆっくりと近づいていく。
呼吸が重なるほど、距離が――。




