【朝日差す凱旋と、裏社会の宴】
【朝日差す凱旋と、裏社会の宴】
【朝日差す凱旋と、涙の抱擁】
「——見えたッス!! 俺たちの拠点(城)だ!!」
木々の隙間から差し込む眩しい朝日の光に照らされながら、魔界の森を切り裂いて三つの影が飛び出してきた。
「みんなぁぁぁっ!! ただいまぁぁぁっ!!」
先頭を走る阿部凛花が、高らかに勝利の雄叫びを上げる。その右手には、体力の限界を迎えて半ば気絶しかけている桐生蓮がしっかりと握られ(引き摺られ)ており、その後ろから極黒の魔力によるステルス迷彩を解いた佐藤陽翔が、泥だらけの顔でニッと笑って続いていた。
「佐藤先輩っ! 阿部先輩っ、桐生君っ!!」
拠点の中央にへたり込んでいた雨宮千歳が、弾かれたように立ち上がり、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま三人に向かって全力で駆け出した。
「ひゃああっ、千歳ちゃんストップ! その勢いでダイブされたら俺の肋骨が折れるッス!」
佐藤が慌てて両手を前に出すが、千歳はそのままの勢いで佐藤と阿部にドンッとぶつかり、二人の腰に抱き着いて「わああああんっ!」と子供のように声を上げて号泣し始めた。
「よしよし、よく頑張ったねぇ。千歳ちゃんがしっかりヘイトを集めてくれたおかげで、ボスの心臓ブチ抜けたよぉ!」
阿部が千歳の頭を優しく撫で回す。
「凛花先輩ぃぃっ!!」
「うおっ!?」
今度は神品蘭が、バチバチと黄金の雷の残滓を散らしながら阿部に飛びついてきた。
「えへへ……わたし、頑張りました! 結界、守りました! ぎゅーってしてくださいっ! 頭撫でて、いっぱい褒めてねっ!」
「もー、蘭ちゃんも甘えん坊だなぁ! ぎゅーーっ!」
阿部は千歳と蘭の二人を長い腕でまとめて抱き締め、思い切り頬擦りをした。
「押忍ッ!! 強襲部隊の帰還、誠に、誠にお疲れ様でありまッス!!」
大文字鉄平が、黄金のオーラを纏ったまま不動の姿勢で最敬礼を行う。その筋肉は限界を超えた酷使によりプルプルと震えていたが、顔には清々しい達成感が満ちていた。
「あはは♡ 佐藤せんぱぁい、お疲れ様ですぅ。ちゃんとお尻、洗って待ってましたよぉ♡」
桃井琉生が、泥だらけになりながらも変態的なウインクを飛ばして佐藤にすり寄ろうとする。
「お前はまず自分の顔を洗えッス! あと近づくなッス!」
佐藤は素早くステップを踏んで桃井の抱擁を華麗に躱した。
「……計算通りですね。出撃から帰還まで、完全に規定時間内でした。お見事です、佐藤君」
南原紗良が、割れた眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、ふっと柔らかい笑みをこぼした。
「本当に。信じていましたわ、あなたたちの突破力を」
高橋玲央も、女優の完璧な微笑みで出迎えるが、その制服は怨霊の返り血で黒く汚れ、凄絶な防衛戦の過酷さを物語っていた。
「おう。よくやってくれた。……怪我はないな」
主将の門蒼真が、ゆっくりと歩み寄り、佐藤の前に立った。
「当然ッス。俺たちを誰だと思ってるッスか」
佐藤が拳を前に突き出す。門もまた、分厚い拳を突き出し、二人の拳が『ゴツン』と固い音を立ててぶつかり合った。
言葉は多く語らずとも、それだけで互いの健闘と無事を称え合うには十分だった。
「……あ、あの……僕の存在を、忘れていませんか……」
阿部の足元に転がされたままの桐生蓮が、血の涙の跡を残した顔でピクピクと痙攣しながら呟いた。
「おっと、ごめんごめん! 蓮くんこそ、今回の最大のMVPだよ! 蓮くんの眼がなかったら、絶対勝てなかった!」
阿部が慌てて桐生を抱き起こし、背中をバンバンと叩く。
「ゴフッ……! い、痛い……ですが、論理として……僕の計算と、皆さんの実行力が、完璧に噛み合った結果です……」
桐生はボロボロになりながらも、誇らしげに口角を上げた。
アタッカーである強襲組と、死線を守り抜いた防衛組。
互いのボロボロの姿を見て、誰からともなく笑い声が漏れる。それは、地獄のような魔界のサバイバルを生き抜き、見事に「独り立ち」の第一歩を踏み出した十人の、確かな勝利の歓喜だった。
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【舞い降りた暗殺者と、理不尽すぎる真実】
「はーい! みんな、よくやりましたぁ!」
和やかで温かい空気に包まれていた拠点に、突如として、どこまでも場違いに明るく、あざといアイドル声が降ってきた。
『スッ……』と、音もなく頭上の樹冠から舞い降りたのは、花園美羽である。
極薄のコンバットスーツに身を包んだ彼女のスレンダーなプロポーションは、過酷な森の中にいながら汚れ一つなく、その可憐な美しさを際立たせていた。
「えらい、えらい! ちゃんと生きてボスの心臓を獲ってくるなんて、正直ちょっと見直したよぉ♡」
美羽はニコニコと満面の笑みを浮かべ、近くにいた大文字や蘭の頭をポンポンと撫でた。
「押忍ッ!! ありがとうございますッ!!」
「えへへ……花園先輩に褒められた……」
過酷な死闘を終えた直後の極限状態だったためか、美羽のその何気ないスキンシップに、一年生たちは毒気を抜かれたように顔を綻ばせ、へたり込んでしまった。
「……ふぅ。これで、サバイバル試験はクリアってことでいいんッスよね?」
佐藤が、ドカッと切り株に腰を下ろして息を吐く。
だが、その和やかな空気を、氷のような理性の声が切り裂いた。
「——花園先輩。今頃になって申し訳ありませんが、一つ、どうしても論理的に解せない質問があります」
南原紗良が、割れた眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて美羽を真っ直ぐに見据えた。
「何かなぁ、紗良ちゃん♡」
「ここはどう見ても、本来はただの自然の樹海です。ダンジョンのような特殊な霊的環境ではありません。それなのに、なぜ『風魔の隠れ里』にも近いこの場所に、あれほど巨大な『魔王クラスの怪異(百眼怨樹)』が発生し、森全体が極度の魔界と化していたのですか?」
ピタリ、と。
美羽の頭を撫でる手が止まった。
「……」
美羽はスッと視線を泳がせ、人差し指の先同士をツンツンと合わせながら、どこか気まずそうにモジモジし始めた。
「あー、えっとね。それなんだけどぉ……大変、言い難いんだけどね?」
「……嫌な予感がするッス」
佐藤がジト目を向ける。
「私の師匠の『風魔新太郎』がね。ちょっと前に、あるデカい暗殺と討伐の依頼を遂行したのよ。で、その時に回収した『超特級の呪物』を、完全に封印・浄化するために、本来なら本家の『風間家』の神社に持っていかなければいけなかったんだけど……」
「……ですが?」
門が、嫌な汗を流しながら促す。
「師匠、ちょっと本家が苦手でして、わざわざ本家まで運ぶのをめんどくさがって……最近使ってないこの樹海のど真ん中に、『ポイッ』て捨てたの」
「「「…………えっ?!」」」
全員の声が、完璧にハモった。
「で、そのまま数ヶ月くらいすっかり忘れてて、私最近様子を見に来たら……呪物が森の怨念を吸って育ちまくって、あんな立派な魔界となってましてぇ♡」
美羽がテヘペロと舌を出して片目をつぶる。
「嘘でしょ!?」
「ただの不法投棄じゃないですかッ!!」
高橋玲央と南原が、思わず素のトーンで叫んだ。
「で、で、でも! 風間家って、TIAの特級エージェント風間楓とかも輩出してる恐ろしい本家じゃん!? もし不法投棄がバレたら、師匠も私も楓さんに物理的に消されちゃうかもしれないでしょ!?」
美羽が慌てて弁解を始める。
「だから、師匠に『どうにかして!』って泣きついたら、完全に私に丸投げされた挙句……」
「「「された挙句?」」」
「『本家に言うなよ! 絶対だぞ!』って、重すぎる口止めと隠蔽の条件までつけられちゃってぇ……」
「「「酷い!!」」」
今度は一年生も含め、全員のツッコミが炸裂した。
「自分のやらかしを丸投げして、しかも隠蔽工作の条件までつけるんスか!? 忍者の風上にも置けないクズじゃないッスか!」
佐藤が頭を抱えて叫ぶ。
「でしょ!? 私も本っ当に困っちゃって……。で、どうしようもなくなって、最終的に雪社長に泣きつきながら相談したのよぉ」
「あ……」
その名前が出た瞬間、二年生たちの顔からスッと血の気が引いた。困った時の立花社長。しかし、その結末は火を見るよりも明らかだ。
「そしたら社長、なんて言ったと思う? 『あら、ちょうどいいわね。合気武道部のひよっこ(一年生)たちに「独り立ち」のレベルアップをさせるための、最高の箱庭になるじゃない。……放り込んできなさい』って」
「「「嘘だぁぁぁぁぁっ!!!」」」
部員全員の絶叫が、清々しい朝の樹海に木霊した。
「あの鬼畜社長なら絶対言いかねないッス!! 俺たちの命懸けのサバイバル、ただの産廃処理のついでだったんスか!?」
「理不尽にも程がありますわ!!」
「論理が……私の計算が、大人の都合で崩壊していく……っ」
「……本当ですにゃ〜♡」
美羽が、両手で猫の耳のポーズを作りながら、最高にあざとく、可愛く言って誤魔化した。
「「「…………」」」
全員、そのあまりの理不尽さと脱力感に、その場にバタリと倒れ込み、精神的に完全にくたびれ果ててしまった。
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【殺意の雨と、近代戦闘サバイバルの開幕】
「はぁ……マジでやってらんねーッス。帰って寝るッス……」
佐藤が大きくため息をつき、立ち上がって迷彩服の泥を払おうとした、その瞬間だった。
「——ですが」
美羽の声のトーンが、唐突に、絶対零度の冷たさに変わった。
アイドルの笑顔は消え去り、そこにあるのは血の海を渡り歩いてきた本物の暗殺者の眼だった。
美羽がスッと片手を挙げた。
『シュパパパパパパパパパッ!!!』
『ダダダダダダダダンッ!!!』
「「「ヒィィッ!?」」」
全員の足元、そして顔の真横の木々に、無数の鋼鉄の『手裏剣』と、重低音を響かせる狙撃銃の『実弾』が、雨あられのように撃ち込まれた。
頬をかすめる熱風と、木が砕け散る物理的な破壊力。魔力ではない。純粋な現代兵器と暗殺用具による、完全な「殺意の飽和攻撃」だった。
「な、何ッスかこれ!!」
佐藤が慌てて極黒の大防壁を展開し、弾丸を弾き落とす。
「ふふっ。これはね、風魔からのささやかな『お礼』です♡」
美羽がクナイを指先でクルクルと回しながら、愉しげに唇を舐めた。
「不法投棄の尻拭いをしてくれたお礼に……今日の深夜まで、今度は『私たち』が、あなた達を狩ります」
「「「マジか!!!」」」
一年生たちが絶望の声を上げる。怨霊の次は、プロの暗殺者軍団という理不尽。
「怨霊相手の魔法戦は合格。でもね、あなた達は『対人戦闘(アサシン戦)』の経験が圧倒的に足りてない。この森にはまだ、気配を完全に消した風魔のプロフェッショナルが数十人潜んでます」
美羽は容赦なく告げる。
「魔法が使えても、遠距離からのスナイパーや、魔力を持たない物理トラップには反応が遅れるでしょ? この地獄の鬼ごっこを生き抜けば、サバイバル技術も近代戦闘技術のスキルも、嫌でも実戦で手に入りますよぉ☆」
全員、完全に固まった。
ついさっきまで魔王クラスの怪異と命懸けで戦い、魔力も体力も底をつきかけているのだ。そこからさらに、地の利を完璧に把握した暗殺者集団との、一切の休息を許さないゲリラ戦。
「ちなみに、狩られた(確保された)方には……雪社長が直々に考案した、世にも恐ろしい『罰ゲーム』が待ってまーす♡」
美羽が、最高に邪悪な笑みを浮かべた。
「……では、スタートです♡ 殺されないように、精々逃げ回ってね!」
『シュッ!』と美羽の姿が霞み、再び無数の銃弾とクナイが陣形の中央へと降り注ぐ。
「逃げろォォォォォォッ!!!」
門の絶叫を合図に、合気武道部の十人は悲鳴を上げながら、再び薄暗い樹海の奥へと散り散りに逃げ出していった。
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【無慈悲な狩りと、意地の反撃】
そこから深夜までの十数時間は、まさに地獄の近代兵器ゲリラ戦だった。
「右前方から伏兵! いや、上空からも……っ!」
桐生蓮が必死に『全周囲視界』を回すが、怨霊戦での視神経の酷使が祟り、索敵のピントが合わない。そこに死角からの『対人地雷』の指向性ゴム弾が炸裂し、桐生は早々に確保された。
「ひゃああああっ! 誰か助けてぇぇっ!」
雨宮千歳はA級の『境界障壁』を張り巡らせて逃げ回ったが、葉っぱで偽装された完全な物理トラップ『落とし穴』の前に障壁は無意味であり、あっけなく落下して確保。
「押忍ッ!! どんな弾丸だろうと弾き返すでありまッス!!」
大文字鉄平は『光の金剛武身』でゴム弾を弾き落としたが、風魔の忍が冷徹に投げた『スタングレネード』と『催涙ガス』の前に視覚と呼吸を奪われ、涙と鼻水まみれで昏倒。
「蓮くん!! くそっ、どこから撃ってきてるの!?」
阿部凛花がS級の脚力で飛び回るが、ギリースーツで自然と同化した狙撃手の麻酔銃(ペイント弾)が肩に命中。そのままチタン製のワイヤーネットが投下され、最強のアタッカーも確保。
さらに、森の奥では神品蘭、桃井琉生、南原紗良、高橋玲央たちも、それぞれの能力を活かして善戦したものの、遠距離からのスナイパーや特製ワイヤー、戦術的な包囲網の前に次々と確保されていった。
しかし、ただ一方的に狩られるだけの彼らではなかった。
「オラァァァッ!! 舐めるなよ!!」
門蒼真が、上空から降ってきた三人の忍者のうちの二人を、凄まじい体術で弾き飛ばす。そして最後の一人の襟首を空中でガシッと掴み取った。
「……一人は、道連れだ」
そのまま地面に叩きつけようとした瞬間、四人目の狙撃手によって門の額にペイント弾が命中し、彼もまた確保の判定を受けた。だが、捕まった風魔の忍は「こいつ、バケモノか……」と、S級の物理パワーに本気で冷や汗を流していた。
そして、森の最深部。
「ハァッ……ハァッ……」
最後まで逃げ回っていた佐藤陽翔は、極黒の魔力で自身の気配を完全に消し、大木の陰に潜んでいた。
(……来るッス。あの足音の消し方、花園先輩だ)
佐藤のS+級の魔力感知が、背後に迫る美羽の気配を捉える。
『シュッ!』
「みーっけ♡」
美羽が背後から音もなく手刀を振り下ろすが、佐藤はそれを間一髪で躱し、振り返りざまに極黒の魔力を纏わせた拳を放つ。
「甘いッスよ!!」
『パァンッ!!』
二人の凄まじい近接格闘が始まった。打撃、関節技、クナイと魔力の応酬。疲労困憊の佐藤だが、遊撃手としての天性のセンスと魔力操作で、本職の暗殺者である美羽の猛攻に食らいついていく。
「ふふっ、やるねぇ佐藤くん!」
「先輩こそ……遊びは終わりッス!!」
佐藤は美羽のクナイの連撃をあえて肉を切らせて懐に潜り込み、彼女の細い腰と両腕を、正面からガシッと力強く抱きしめた。
そのまま極黒の魔力で美羽の身体を完全に拘束し、地面へと押し倒す。
「……俺の、勝ちッス」
荒い息を吐きながら、佐藤がマウントを取って宣言した。
「んぁっ……♡」
その瞬間。美羽の口から、アイドルのようなあざとい声でも、暗殺者の冷たい声でもない、どこまでも色っぽく艶やかな吐息が漏れた。
「さ、佐藤くん……ダメぇ……。そんなに強く抱きしめられたら、ドキドキしちゃう……♡」
「……は?」
美羽が、潤んだ瞳で上目遣いに佐藤を見つめる。
同時に、彼女の身体から、甘く、頭がクラクラするような『良い匂い』がフワリと立ち昇り、佐藤の鼻腔をくすぐった。
(……待て、なんだこの匂い。それにこの展開。漫画で読んだことあるッス。これは……絶対にくノ一の『忍法・色仕掛け』的な罠ッス!!)
佐藤の冷静な頭脳は、完璧に警告を発していた。騙されるな。今すぐ腕を極めて気絶させろ、と。
しかし——いい匂いと、スレンダーで柔らかい美羽の感触に、佐藤の純粋な「煩悩」が、理性を一瞬だけ上回ってしまった。
「あ……いや、先輩、これはその……」
佐藤の拘束が、ほんの一瞬、ほんのわずかだけ緩んだ。
シュルンッ!!
「——え?」
気がついた時には、視界が反転していた。
佐藤は地面に顔を押し付けられ、両手首を特殊合金製のワイヤーで背中に回され、完璧に縛り上げられていたのだ。
彼の背中の上に、美羽がひらりと跨って座っている。
「……くノ一の術の一つよ♡ 香(匂い)にも気をつけないとね」
美羽が、佐藤の耳元でクスクスと悪戯っぽく笑った。
だが内心では拘束されたから勝てたのであって殺し合いなら負けていた、美羽は佐藤の実力に戦慄していた。
「……あ、アホか俺はぁぁぁっ!!」
佐藤は地面の泥を噛みながら、自分の煩悩の弱さを心の底から悔しがった。
しかし、その声はどこかスッキリとしていた。手練れの暗殺者をあと一歩のところまで追い詰めたという確かな手応えが、彼の中に残っていたからだ。
「……マジで、完敗ッス」
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【深夜の絶望と、風魔の真の顔】
現在時刻、金曜日の深夜23時50分。
「はーい、全員確保〜! タイムアップだねぇ♡」
拠点の中央。
そこには、全身を泥とペイント弾の塗料まみれにし、チタンワイヤーや太いロープで後ろ手に縛り上げられた合気武道部の十人が、マグロのように一列に転がされていた。
「でも、みんな凄くいい動きしてたよ! 門くんはうちの精鋭を一人捕まえたし、佐藤くんなんか私相手にあと一歩のところまで追い詰めたし、魔法に頼り切らない物理戦の恐怖、これで骨の髄まで分かったでしょ?」
美羽が、縛られた部員たちの間をスキップしながら愉しげに笑う。
確かに、彼らはこの理不尽な死闘(鬼ごっこ)を通じて、対人戦の立ち回りやトラップへの警戒心という、かけがえのない「近代戦闘の経験値」を強制的にインストールされていた。小さな成果(一矢)を報いたという事実が、彼らの心に確かな自信を残している。
「それは、理解しましたけど……」
桐生が、ワイヤーでぐるぐる巻きにされながら、絶望的な声で尋ねる。
「……花園先輩。全員確保されたということは、あの『罰ゲーム』は……」
「うん♡ 全員、罰ゲーム決定でーす!!」
美羽がパンパンと柏手を打った。
「「「いやだぁぁぁぁぁっ!!!」」」
縛られた十人の絶叫が、深夜の樹海に空しく響き渡る。
「ちなみに、雪社長から預かってる罰ゲームの内容はねぇ……」
美羽が懐から一枚の黒い封筒を取り出す。
全員が息を呑んで、その内容に耳を傾けた。
「『罰ゲームの詳細は、後日、東京に戻ってから通達する。……震えて待っていなさい』だってさ♡」
「「「…………生殺しッ!!!」」」
今すぐ処刑されるよりも恐ろしい「後日発表」という宣告に、全員の顔から完全に表情が抜け落ちた。
「あははっ! じゃ、今日の特別授業はここまで!」
美羽が指をパチンと鳴らすと、周囲の茂みがガサガサと揺れた。
「おーい、みんなぁ! 出てきていいよー!」
美羽の呼びかけに応じて、森の暗闇からゾロゾロと現れたのは……。
「……え?」
佐藤が目を丸くする。
そこにいたのは、映画に出てくるような黒装束の忍者でも、最新鋭のサバイバルベストで統一された特殊部隊でもなかった。
「いやぁ、学生さんたち! ホンマにすまんなぁ!」
ジャージ姿の白髪のお爺ちゃん。
「うちの若(新太郎)が、とんでもない迷惑をかけたみたいで。お詫びにこれ、自家製の塩むすびやで!」
割烹着姿のふくよかなおばちゃん。
「門クンだっけ? さっきはマジで腕折られるかと思ったッスよ〜。力強すぎ!」
パーカーにジーンズ姿の、チャラい大学生風の兄ちゃん。
「お姉ちゃん、おっぱいおっきいねぇ!」
ランドセルを背負った小学生くらいの女の子。
老若男女、服装もバラバラの、まるでその辺の『町内会』の集まりのような人々の集団だった。彼らこそが、さっきまで音もなく森を駆け抜け、圧倒的な近代戦闘技術で合気武道部を蹂躙した『風魔裏隠衆』の暗殺者たちだったのだ。
「え、あ、あなたがたが……風魔の……?」
桐生が呆然と呟く。
「せやで。普段は農家やったり、コンビニでバイトしたりしてんねん。暗殺業だけじゃ食っていけんからなぁ」
お爺ちゃんがガッハッハと笑いながら、部員たちのワイヤーを鮮やかな手付きで次々と解いていく。
「ホンマ、うちの若がアホなことして魔界なんか作ってもうて。あんたたちが綺麗に掃除してくれて、助かったわぁ。ありがとうな!」
「塩むすび、いっぱい食べてね!」
おばちゃんがおにぎりの入ったタッパーを配り歩く。
そのあまりにも日常的で、拍子抜けするほどの温かい光景に、部員たちは完全に毒気を抜かれてしまった。
「……なんなんスか、この里。無茶苦茶ッスよ」
佐藤が、もらった塩むすびを頬張りながら、呆れたように、しかし心の底からホッとしたように笑った。
「またいつでも遊びにこいよ! 今度は本気の殺し合いじゃなくて、普通にバーベキューでもしようや!」
チャラい兄ちゃんが門の肩をバンバンと叩く。
「おう。……楽しみにしている」
門も、少しだけ口角を上げて塩むすびを噛み締めた。
魔界の森での死闘と、暗殺者たちとの理不尽なサバイバル。
極限の疲労と、後日に控えた罰ゲームへの恐怖を抱えながらも……合気武道部の一年生と二年生たちは、手渡された塩むすびのしょっぱい温かさに、たまらなく幸せな「生」の実感と、かけがえのない絆の深まりを感じていた。
「さーて、帰ろうか! 明日はお昼まで爆睡だよぉ!」
美羽の明るい掛け声と共に、彼らの長くて過酷な一日が、ようやく本当の終わりを告げたのだった。




