【富士樹海サバイバル・インシデント】
登場人物設定(本作における状態)
* 立花 雪:芸能事務所「スノー」社長。表向きは28歳の敏腕プロデューサーだが、その正体は千年を生きる日本最強の大陰陽師。合気武道部員たちに非情かつドSな試練を課す。
* 花園 美羽:スノー所属のカルトシンガー。魔王恋問持子の「第二下僕」。小柄な美少女だが、裏の顔は『風魔裏隠衆』で地獄の特訓を受けた本物の暗殺者。異常なサバイバル能力と精神力を持つ。A級
* 門 蒼真:2年生・主将。高橋玲央のマネージャー兼恋人。闇の魔力を宿す防御特化の前衛。S級
* 佐藤 陽翔:2年生・副主将。南原紗良のマネージャー。魔力操作SSの遊撃手だが、中身はピュアな煩悩の塊。
* 阿部 凛花:2年生。圧倒的プロポーションのトップモデル。佐藤の悪友。S級
* 高橋 玲央:2年生。完璧主義のブレイク中女優。門の恋人。S級
* 南原 紗良:2年生。理詰めのツンデレ頭脳派女優。佐藤に好意あり。S級
* 大文字 鉄平:1年生。究極のKY筋肉バカ。B級
* 神品 蘭:1年生。阿部を慕い、佐藤を嫌う電磁支配の僕っ子。C+級
* 桃井 琉生:1年生。佐藤の貞操を狙う、愛が重すぎる変身男の娘。B級
* 桐生 蓮:1年生。体力皆無のキザな視覚特化イケメン俳優。C級
* 雨宮 千歳:1年生。規格外のグラマラスボディを持つ極度のビビリ念動力者。A級
【富士樹海サバイバル・インシデント】
一本のメールと、招集のブザー
金曜日、放課後。
私立聖ミカエル学園の芸能科棟および一般科棟の廊下に、小気味よい電子音がほぼ同時に鳴り響いた。
ピコーン。ピコーン。ピコーン。
「ん? なんスか、社長から一斉メール……?」
一般科2年の教室で、佐藤陽翔は机に突っ伏した状態からノロノロとスマートフォンを拾い上げた。その隣で、教科書を閉じた主将の門蒼真も同様に画面を見つめている。
メールの件名は『【緊急】合気武道部全員、本日17時までに本社1階ラウンジに集合のこと。遅刻は不許可。立花』という、極めて簡潔で、それゆえに有無を言わさぬ圧力を孕んだものだった。
「……社長から直々の招集か。陽翔、ただ事ではないな。地下訓練場での備品破損の件か、あるいは……」
門が腕を組み、彫りの深い顔を厳しく引き締める。
「いや、大文字が廃ビルの壁壊した件はもう始末書出したッスよ! うわぁ、なんか嫌な予感がするッス……」
一方、芸能科2年の教室でも、阿部凛花、高橋玲央、南原紗良の3人が集まっていた。
「えー、雪社長からメール? せっかく放課後、みんなで新作のコスメ見に行こうと思ってたのにー」
阿部が180センチのしなやかな四肢を伸ばし、唇を尖らせる。
「立花社長がこのような強引な招集をかけるなど、滅多にありませんわ。……何か裏社会(TIA)側での緊急任務、あるいは私たちの芸能活動に関する重大な方針変更かしら」
玲央が眼鏡の位置を正しながら、完璧主義者らしい隙のないトーンで呟く。
「……理詰めで考えて、ただの打ち合わせなら昨日地下五階で会った時に言えば済む話です。わざわざ今日の放課後を指定するあたり、極めて『悪趣味なサプライズ』が用意されていると見て間違いありません」
紗良が極寒のシベリアのような冷たいオーラを微かに漂わせ、冷徹に分析した。
午後17時ちょうど。
大手芸能事務所「スノー」本社ビルの1階ラウンジには、合気武道部の部員10名全員が顔を揃えていた。
大文字鉄平は相変わらず部屋の隅で「シュッ! シュッ!」と鋭い拳の素振りを繰り返し、神品蘭は阿部凛花の腕に「お姉さまぁ……!」と幸せそうに抱きついている。桃井琉生は女子用の制服を完璧に着こなし、深海魚のような粘着質な瞳で佐藤陽翔の臀部を凝視しており、桐生蓮は「フッ、今日の紗良もメイクが冴えていますね」とキザな笑みを浮かべて脳内で身悶えしている。雨宮千歳は「あうあう、また怖いところに連れて行かれるんじゃ……」とはち切れんばかりの胸元をギュッと押さえてガタガタ震えていた。
カツ、カツ、カツ。
無駄のない、洗練されたヒールの音がラウンジの静寂を切り裂いた。
現れたのはネイビーのパンツスーツを完璧に着こなしたスノー社長、立花雪。その小柄な体躯から放たれる、千年を生きる大陰陽師としての絶対的なプレッシャーに、部員たちの背筋が本能的に伸びる。
「全員、時間通りね。結構」
雪は冷徹なビジネスマンの笑みを浮かべ、手元のアグレッシブな企画書をパラリと捲った。
「社長、緊急の招集とは一体どういう用件でしょうか」
主将である門が代表して一歩前に出る。
雪はそれに答えず、ただパチンと指を鳴らした。
扉が開き、一人の少女が軽やかな足取りでラウンジへ入ってくる。
ふわふわとした茶髪に、愛らしい大きな瞳。一見するとどこにでもいる可憐な清純派美少女――しかし、その身に宿る気配を完全に絶つ「無足の歩法」と、一切の無駄を削ぎ落としたスレンダーな肉体は、彼女が本物の暗殺者であることを雄弁に物語っていた。
「お待たせしましたぁ、雪社長! 合気武道部のみんな、久しぶりぃ!」
鈴を転がすようなあざといアイドル声を響かせたのは、伝説の卒業生にしてカルトシンガー、そして持子の第二下僕である花園美羽だった。
「花園先輩!?」
佐藤が声を上げる。
「うふふ、そうだよぉ! というわけで、能書きはここまで! 今からみんなで、特別なレクリエーションに行きまーす!」
美羽はニコニコと満面の笑みを浮かべ、背後に用意されていた巨大なダッフルバッグをドン、と床に叩きつけた。
「レクリエーション……?」
怪訝な顔をする門に、立花雪が告げる。
「行き先は、『とある樹海』よ」
「「「「――え!?」」」」
スタジオが一瞬で静まり返った。
「正確に言うなら、今から向かうのは、風魔裏隠衆が管理する特級危険霊域を網羅した、『とある樹海サバイバル訓練兼、未登録怨霊一斉除霊ツアー』。ね、楽しそうでしょ?」
美羽が小首を傾げ、シャシャシャッと高速でクナイを指先で回転させながら言い放った。
【剥ぎ取られる「盾」、理不尽なルール】
「じ、除霊ツアーって……とある樹海って、あそこマジの本物が出るって噂の心霊スポットじゃないッスか!?」
佐藤が引きつった声を上げる。
「ひゃああああああああっ!? じゅ、樹海!? お化けが沢山いる森ですかぁぁぁっ!?」
案の定、雨宮千歳が涙目で絶叫し、その強大な念動力が暴発しかけて周囲の観葉植物がガタガタと浮き上がり始めた。しかし、すかさず立花雪が桔梗印の結界を空間に展開し、その出力を無慈悲に押し潰す。
「暴れるのは現地に行ってからにしなさい」
雪は淡々とハーブティーを口に運んだ。
「さて、ルールを説明するわ。美羽、指示を」
「はーい!」
美羽はダッフルバッグを開け、中から大量の泥臭い迷彩服と、ごく普通の綿製の下着を放り出した。
「はい、ここに用意してある迷彩服と指定の下着に、今から一時間以内に着替えてね」
「あの、花園先輩」
完璧主義の高橋玲央が眉をひそめる。
「私たちはTIAから購入した、最新鋭の『対怪異用高機能インナースーツ』を着用していますわ。防御性能も高く、呪いも自動で無効化するはずですが……着替えるということは、その上からこれを?」
「ちっちっち。甘いよ、玲央ちゃん」
美羽は人差し指をチッチと振って、ドSな暗殺者の狂気を瞳に宿した。
「高機能インナースーツは、全部脱いでね。呪いとか物理攻撃とか効かない優秀なヤツは、今回は装備禁止。もちろん、大文字くんの特注バンテージも、蘭ちゃんの雷晶ブレスレットも、蓮くんの高出力マッスルスーツも、桃井くんの魔導糸のワイヤーも、千歳ちゃんの『精神と魔力の護符』も全部ここに置いていってもらいます」
「な、なんだってッスか!? あれ脱いだら、一年生たちの防御ランク、ヤバくなるじゃないッスか!」
佐藤が愕然とする。
「押忍!? 自分、あのスーツのパツパツしたフィット感が気に入っているのでありますッス!」
「わわっ、ちょっと待ってください! あれがないと、僕のレールガン、反動で腕の骨が折れちゃいます!」
蘭が青ざめる。
「やれやれ。マッスルスーツがない僕は、ただの燃費の悪い役者ですよ。本当に歩くことすらままならないんですが」
桐生蓮がキザな顔を崩して冷や汗を流す。
「文句は受け付けませーん!」
美羽はあざとく微笑みながら、さらに非情な現実を突きつけた。
「スマートフォン、呪具、財布、私物は全てこのラウンジに置いていきます。持って行っていいのは、そこのリュックに入っている基本のサバイバルキット(水筒、ナイフ、マッチ、固形燃料)だけ」
「……食事や、物資の補給に関する論理的な計画はどうなっているのですか」
紗良が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。
「補給? あるわけないじゃん」
美羽はあっけらかんと言い放った。
「出発は一時間後。帰れるのは日曜日の夜です。つまり丸二日以上だね。当然、樹海の中だから食事はまともに取れません。お風呂も入れません。怨霊や風魔の仕掛けたワイヤートラップが24時間襲ってくるから、睡眠もほとんど取れないと思ってね」
「お、お風呂に入れない……!? 二日間も……!?」
玲央が絶望に顔を白く染める。完璧主義の彼女にとって、それは物理的な死以上の精神的凌辱に等しかった。
「あんまり覚悟とかはしなくていいけどぉ、頑張って生き残ってください。死んじゃったら雪社長に怒られちゃうからね!」
美羽のそのセリフは、冗談ではなく「本気で死ぬ確率がある」という明確な警告だった。風魔の地獄の隠れ里を生き抜いた彼女だからこそ、その言葉には絶対的な『重さ』がある。
立花雪が手元の時計をチラリと見た。
「この出発までの1時間、事務所の食堂で食事をとるのもよし、シャワーを浴びてしておくのもよし、仮眠をとるのも自由よ。各自、有効に使いなさい。――解散」
社長の冷徹な一言で、ラウンジの空気は一気に沸騰した。
【嵐の前の狂騒曲、各自の「最後の晩餐」】
「時間が惜しいッス! 俺は食堂に行って、炭水化物を限界まで胃袋に詰め込んでくるッス!」
佐藤陽翔が脱兎のごとくラウンジを飛び出した。
「副主将! 自分もプロテインと米を限界までビルドアップしてくるであります!」
大文字がそれに続く。
「佐藤先輩! 待ってくださいよぉ! インナースーツを脱いだ無防備な身体、わたしが今のうちにじっくりと網膜に焼き付けてあげるんだからぁぁ!」
桃井琉生が目を血走らせ、深海魚の瞳でホラー映画の如く佐藤の後を追っていく。
「ひぎぃぃっ! 桃井くんが怖いですぅぅっ! 陽翔先輩、わたしも食堂に行きますぅ!」
千歳まではち切れんばかりの胸を揺らして、パニック状態で食堂へ走っていった。
「……玲央、紗良、神品。俺たちはまずシャワーだ」
門蒼真が冷静に女子陣に指示を出す。
「ええ、そうですわね! 二日間もお肌の手入れができないなんて……! 今のうちにスノーの高級特注シャンプーで全身を完璧に洗浄しておかなければ、私のプライドが崩壊してしまいますわ!」
玲央が悲壮な決意を胸に、女子シャワー室へと突進する。
「……同感です。樹海の湿度と泥を計算に入れるなら、今この瞬間に肌のバリア機能を最大化しておく必要があります。理詰めで考えて、保湿オイルを全身に叩き込むのが最善です」
紗良も早口で言いながら玲央に続いた。
「お姉さまぁ! 僕、お姉さまと一緒にお風呂に入りた――」
「あはは、蘭ちゃんダメだよー。時間がもったいないから各自スピード勝負ね!」
阿部凛花にサラリとかわされた神品蘭は、「うぅ、佐藤のせい(八つ当たり)でこんな地獄に……アイツ、現地に着いたら絶対にレールガンで黒焦げにしてやります……!」と、理不尽な殺意を燃しながらシャワー室へ消えていった。
一時間という猶予は、驚くべき速度で消費されていった。
スノー本社ビルの地下食堂。
「もぐもぐもぐ! んぐっ、カツ丼おかわりッス! あとカレーライス大盛り!」
佐藤は一心不乱にスプーンを動かしていた。頼れるのは己の体内に蓄えられた魔力と、純粋なエネルギーのみである。
「佐藤先輩食べすぎですぅ! でも、わたしもお腹痛いのに、お腹が空いちゃって……あうあう、唐揚げ美味しいですぅっ!」
千歳も涙目で口の周りを油だらけにしながら、凄まじい勢いで肉を頬張っている。
「フッ……相変わらず野生的な食事風景ですね。僕は静かに高カロリーのゼリー飲料で済ませますよ。……それより、紗良」
シャワーを終え、すでに支給された迷彩服に身を包んだ桐生蓮が、隣の席に座った南原紗良にキザな視線を向けた。
「樹海では、僕の『千里眼』と『全周囲視界』が君の進む道を完璧にエスコートしてみせます。だから、僕の背中だけを見ていてください」
「……桐生くん。そのC級の能力は、スーツの補正がない生身の状態だと、脳への負荷が通常より跳ね上がるはずです。キザなセリフを吐く暇があるなら、ブドウ糖を補給して1秒でも長く脳を休めなさい。理詰めで考えて、あんたが最初にぶっ倒れる確率が一番高いんですから」
「フッ……手厳しいですね。でも、そんな君の冷徹な分析も、僕にとっては極上のスパイスですよ」
「……本当に面倒くさい男ですね、あんたは」
紗良は呆れたように溜息をつき、おにぎりを口に運んだ。しかし、その視線はチラチラと、対面で「カツ丼うめぇー!」とバカみたいに食い散らかしている佐藤陽翔の方を向いており、蓮は心の中で(……相変わらず、君の視線の先には彼がいる。本当に、嫉妬で脳細胞がスパークしそうですよ)と、男の意地を静かに燃やすのだった。
【始まりの予感、あるいは底なしの恐怖】
一時間後。スノー本社の裏口には、全員が泥臭い迷彩服に着替え、私物をすべて剥ぎ取られた合気武道部の10名が並んでいた。
高機能スーツを脱いだ彼らのシルエットは、どこか無防備で、しかしそれぞれの鍛え上げられた肉体のラインがリアルに浮き彫りになっている。特に雨宮千歳は、迷彩服の上からでも隠しきれないグラマラスな暴力が服を押し上げており、佐藤陽翔は思わずそこを凝視してフリーズしかけたが、隣の紗良からの「シベリア超特急並みの極寒の視線」を浴びて即座に直立不動に戻った。
「全員、準備はいいみたいね」
立花雪が、見送りのために裏口に立っていた。その隣では、花園美羽が大きな軍用トラックの運転席から身を乗り出し、ヤンデレめいたドSな笑みを満開に咲かせている。
「それじゃあ合気武道部のみんな! 富士の樹海へレッツゴー! 誰が最後まで泣かずに生き残れるか、私、特等席でちゃーんと見てあげるからねぇ!」
美羽のその声と共に、トラックの重厚なエンジン音がズゴゴゴゴゴ……! と不気味に響き渡った。
部員たちは一斉に顔を見合わせた。
インナースーツによる自動呪い無効化はない。
お風呂も、まともな食事も、睡眠もない。
待ち受けるのは、数多の未登録怨霊と、本物の暗殺者による容赦のないサバイバル訓練。
「……陽翔、大文字、桐生、桃井。ギアを上げろ」
主将の門蒼真が、闇の魔力を微かに両腕に纏わせ、低く野太い声で部員たちを鼓舞した。
「これから始まるのは、ただの合宿じゃない。俺たちの『本物の地獄』だ。誰一人、欠けることは許さん。生きて、日曜の夜に東京へ戻るぞ!」
「「「「押忍!!!!」」」」
大文字のKYな爆音の返事が夜の空気に響き渡る。
「――甘えは一切、捨ててきなさい」
その熱を帯びた決意を、絶対零度の声が撫で斬りにした。
見送りの位置に立つ立花雪から、千年を生きる大陰陽師としての底知れぬプレッシャーが静かに、そして暴力的に放たれる。その圧倒的な重圧の前に、部員たちは金縛りに遭ったかのように息を呑んだ。
「死ななければ、合格よ。……美羽、出しなさい」
「はーい! それじゃあ地獄へ出発進行ー!」
雪の非情かつドSな最後通告を合図に、トラックがゆっくりと動き出す。
佐藤陽翔はごくりと唾を飲み込み、震える足でトラックの荷台へと乗り込んだ。
(とある樹海って、マジでやばいことが始まる予感しかしないッスわ……! 神様、どうか俺のピュアな貞操と命を守ってくれッスぅぅぅ!)
男たちの悲壮な決意と、女子たちのプライドをかけた、過酷極まる「樹海サバイバル除霊ツアー」の幕が、今、最悪の形で切って落とされたのだった――。




