【女帝たちの密談と、被写体の品評】
【女帝たちの密談と、被写体の品評会】
極秘のスタジオ撮影から数日後。
深夜の東京。
誰もいなくなった芸能事務所「スノー」の最上階、社長室。
部屋の明かりは落とされ、デスクに置かれたアロマキャンドルの微かな光と、壁一面を占める巨大なモニターの青白い光だけが、小柄な人影を照らし出していた。
「……ふふっ。何度見ても、良い仕上がりね」
最高級のレザーチェアに深く腰を掛け、ホットのハーブティーを傾けているのは、スノーの若き社長にして、千年の時を生きる大陰陽師・立花雪である。
彼女の視線の先、巨大なモニターには、先日スタジオ・アルタイルで撮影された合気武道部の十一人(自身も含む)の写真データが、次々とスライドショー形式で映し出されていた。
『ピピッ』
不意に、デスクのセキュア回線が軽快な電子音を鳴らした。
画面の一部が切り替わり、暗号化された国際ビデオ通話のウィンドウが開く。
そこに映し出されたのは、優雅にシャンパングラスを傾ける、金髪の絶世の美女だった。
『ボンジュール、雪! 夜遅くに悪いわね。でも、送られてきたデータを見ていたら、どうしてもあなたと直接話したくなってしまって!』
画面の向こうで流暢な日本語を話し、楽しげに笑う女性。
彼女こそが、世界最高峰のファッションブランド『リュクス・アンペリアル』のCEOであり、雪の魂の双子とも呼べる親友——エレーヌ・リジュである。
「ボンジュール、エレーヌ。そっちはまだ夕方前でしょう? 相変わらず元気そうね」
雪はフッと口角を上げ、リラックスした様子でモニターに語りかけた。
『ええ! もう、最高にエキサイティングよ! 今期の未発表コレクションを、極東の高校生たちに着せるなんていう私の気まぐれな先行投資が、まさかここまで完璧なリターンを生むなんてね!』
エレーヌは嬉しそうに微笑みながら、手元のタブレットを静かにスワイプした。
『さあ、今夜はとことん語り合いましょう、雪。……私たちの、愛すべき被写体たちについてね』
パリのファッション界を支配する女帝と、東京の裏社会と芸能界を牛耳る不老の怪物。
二人のトップによる、合気武道部メンバーの「品評会」が幕を開けた。
「まずは、満場一致でこの子でしょうね」
雪がモニターを操作すると、画面いっぱいに深紅と漆黒のドレスを纏った阿部凛花の写真が映し出された。
見下ろすような冷徹な視線、完璧なプロポーション、そして周囲の空気を支配するような絶対的な『魔王』のオーラ。
『セ・マニフィーク(素晴らしいわ)! 本当に息を呑む美しさね』
エレーヌが感嘆の溜息を漏らす。
『モチコのカリスマ性を完璧にトレースしながらも、彼女自身の持つ「ひたむきな明るさ」が、写真の奥底で不思議な熱量を生んでいる。私のブランドのアンバサダーとして、これ以上の原石はないわ』
「ええ。阿部はスノーが誇る次世代のトップモデルよ。あのスタイルとオーラは、間違いなく世界で通用するわ」
雪もまた、誇らしげに頷いた。
「指針となる先代(持子)の型がある強みね。……そして、もう一人。私たち二人の度肝を抜いたダークホースが、この子ね」
画面が切り替わり、ペールホワイトのタイトなマーメイドドレスを着た、雨宮千歳の写真が大写しになる。
怯えたような純粋な表情と、ドレスが容赦なく描き出す「超絶・曲線美」の暴力的なアンバランスさ。
『……素晴らしいわ、雪。あなた、こんな最終兵器をどこに隠していたの?』
エレーヌはグラスを置き、画面に顔を近づけた。
『このイノセントな瞳と、神が創り賜うたような豊満な肉体のギャップ。狙って出せる色気じゃないわ。彼女自身の儚さと、震える指先、潤んだ瞳……そのすべてが、見る者の保護欲と背徳感を刺激する。オートクチュールの歴史を塗り替えるほどのミューズになり得るポテンシャルよ』
「あははっ! さすがのエレーヌも驚いたかしら」
雪は声を上げて笑った。
「彼女、一般科の生徒なのよ。しかも極度のビビリで、お化けや怪異を見るとパニックになって念動力を暴発させちゃうような子なの。でも、その『怯え』がカメラの前では最高のスパイスになったみたいね」
阿部凛花と雨宮千歳。
この二人に関しては、雪もエレーヌも「圧倒的である」と完全に意見が一致していた。
だが、ここから先は、二人の「プロデューサーとしての視点」が明確に分かれ始めた。
「スノーの社長として、私が高く評価しているのはやっぱり『芸能科』のプロたちね」
雪はハーブティーのカップを置き、三人の写真を並べて表示した。
高橋玲央、桃井琉生、桐生蓮である。
「高橋玲央のこの完璧な型を見て。一寸の隙もない美しさ。彼女は『自分がどう見られているか』を完全に計算し尽くしている。どんなハイブランドの要求にも一発で正解を叩き出せる、最高の女優よ」
雪の言葉に、エレーヌは『確かに美しいわね』と頷きながらも、静かに分析を交える。
「桃井琉生も素晴らしいわ」と雪は続ける。
「絶世の女顔でありながら、男の筋肉と骨格でメンズのタキシードを着こなす。この性別の壁を超越した『魔性の美』は、現代の多様な価値観の中で強烈な武器になる。そして桐生蓮。彼の『超高速思考』と『全周囲視界』から計算された視線誘導は、完全にカメラマンの意図を先読みしていた。彼らはみんな、今すぐにでも世界の表舞台で戦える即戦力よ」
雪は、手塩にかけて育てている芸能科のメンバーたちの「洗練された技術とプロ意識」を高く評価していた。
しかし、エレーヌは不敵な笑みを浮かべ、画面の向こうで人差し指を振った。
『雪。あなたの言う通り、芸能科の彼らは完璧なプロよ。でも、私のリュクス・アンペリアルが今期求めているのは、綺麗に整えられたマネキンじゃないの』
エレーヌが手元の端末を操作すると、モニターに表示されていた写真が切り替わった。
そこに映し出されたのは——一般科の男たちだった。
『私が推したいのは、断然こっちの彼らよ!』
エレーヌの目が、鋭いファッションデザイナーのそれへと変わる。
『まずはこの、ソウマ! なんてヘヴィで重厚なオーラなの! 彼の肉体はメンズラインのスーツの魅力をこれでもかと引き出している。……ただ、プロの目から厳しく言わせてもらえば、まだ表情の幅が少ない(硬い)わね。バリエーションが増えれば完璧よ』
「……門は、堅物の武道バカだからね。玲央の前以外では、なかなか顔の筋肉が動かないのよ」
雪が苦笑いしながら補足する。
『そしてこの、テッペイ!』
エレーヌは、レザーコートを羽織った大文字の写真を指差した。
『この荒々しさ! ヴィンテージレザーに全く引けを取らない野生味だわ。ただ、これもポーズが単調(ただの仁王立ち)なのが惜しいところね。動きのバリエーションを覚えれば、パリのランウェイでも通用するわよ』
「鉄平は……なんというか、考えるより先に筋肉が動くタイプね。技術より勢いで押し切るタイプだから、これでも大健闘よ」
『雪、あなたは分かっていないわ』
エレーヌは身を乗り出し、静かに、しかし熱っぽく語る。
『芸能科の子たちは、確かにカメラの前での演技が素晴らしい。でも、この一般科の男たちの瞳には、演技ではない【本物の戦場】が宿っているのよ。怪異と戦い、血の味を知り、極限の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、圧倒的な生の重み。それが、リュクスの服と化学反応を起こしているの。……特に、この子!』
エレーヌが最も熱を込めて表示したのは——佐藤陽翔の写真だった。
複雑なレイヤードスタイルを着こなし、レンズの奥を射抜くような、鋭く冷たい視線。普段のアホなサルっぷりが完全に消え去った、凄腕のエージェントのような一枚。
『ハルト。……この子の写真は、本当にゾクッとしたわ。普段はすごくピュアでお調子者なんでしょう? なのに、カメラの奥の何かを見極めようとするこの瞳! この「遊撃手」としての底知れない気迫は、作って出せるものじゃないわ。この一枚だけで、今回の投資の元は完全に取れたわね』
エレーヌの指摘は、あまりにも的確だった。
阿部のアドバイスによって『戦場』を思い出した佐藤の表情には、SS級の魔力操作技術者としての本質が、そのまま映し出されていたのだ。
「……ふふっ。まさか、パリの女帝がうちの裏方陣をそこまで高く評価するとはね」
雪は、少しだけ悔しそうに、けれど誇らしげに笑った。
『それに……芸能科の中で、私が一番リュクスに合っていると感じたのは、彼女よ』
エレーヌが最後に画面に映し出したのは、南原紗良の写真だった。
『サラ。この極寒のシベリアのような、知的で冷たい視線。童顔と冷徹さのアンバランスが、リュクスの前衛的なデザインに信じられないほどの気品を与えているわ。でもね、私が彼女を推す最大の理由は別にあるの』
エレーヌは画面越しの雪を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく、そして深い情愛を込めて微笑んだ。
『彼女……私の大好きなあなた(雪)に、雰囲気がとてもよく似ているのよ』
「……私に?」
雪が驚いたように目を瞬かせる。
『ええ。極寒の知性と、その奥底に隠した不器用な優しさ。……ただ、彼女はまだ荒削りで、圧倒的に「愛情」が足りていないわね。これから誰かへの深い愛情を知って、それが冷徹な知性と合わされば……きっと雪みたいに、最高にイイ女になるわ!』
エレーヌの熱弁に、雪は呆れたように小さく息を吐いた。
「買い被りすぎよ、エレーヌ。……でも、紗良の秘めたポテンシャルを見抜くとは、さすがね」
「そういえば、神品蘭はどうだった?」
雪が画面を操作し、黒いゴシック調のショートドレスを着て、鋭く睨みつける蘭の写真を表示した。
二人は画面を見つめ、同時に少しだけ厳しい表情になった。
『うーん……彼女は、まだまだ「これから」ね』
エレーヌが少し残念そうに首を振る。
『ブランドの服に完全に着られているわ。被写体としての自立心が圧倒的に足りていない』
「同感ね」と、雪も冷徹に頷く。
「彼女は阿部への依存が強すぎるのよ。自分という個の輝きではなく、阿部を引き立てる、あるいは阿部に縋るための視線になってしまっている。精神的に自立するには、まだまだ厳しいわね」
『ええ、ランに関しては、これからの成長に期待というところね。二人とも厳しい評価だわ!』
雪とエレーヌは、蘭に対しては「保留」ということで完全に意見が一致した。
『ねえ、雪。阿部凛花はもちろんだけど……他の子たちも、次のパリ・コレクションのキャンペーンに借りられないかしら?』
品評会が一段落し、エレーヌがビジネスマンとしての鋭い目で交渉を持ちかける。
「……ダメよ。あの子たちは、私の大切な生徒であり、これからの東京を裏から守る盾なんだから。あんまり表舞台で目立たせすぎると、色々と面倒なことになるの」
雪は即座に却下した。
『ケチね! じゃあ、匿名性を担保したアーティスティックなポスター広告ならいいでしょう? アジア圏のプロモーションで使わせてもらうわ』
「……まあ、阿部への先行投資の借金もあるし、そのくらいなら許可してあげるわ」
『決まりね! メルシー、雪!』
交渉を成立させたエレーヌは、ホッと息を吐き、画面越しに熱い視線を雪へと向けた。
『ああ、それにしても……最後に撮った雪の写真は本当に綺麗よ。私、大好きなの! 雪、綺麗。大好き』
画面に映し出されているのは、雪の単独写真。
千年の重みと慈愛を湛えた、大陰陽師としての絶対的な美しさがそこにはあった。
雪は思わずフッと笑うと、少しだけ照れくさそうに目を伏せた。
「……リジュの頼みだから、特別に受けただけよ。私が被写体になってカメラの前に立つなんて……これっきりだからね」
『えー? そんなこと言わずに! 私は、綺麗な雪の姿がもっとたくさん見たいわ!』
エレーヌが、まるで少女のように唇を尖らせて駄々をこねる。
その姿を見て、雪は呆れたように肩をすくめた。
「ちょっとエレーヌ、キャラが崩れてるわよ。世界のエレーヌ・リジュが聞いて呆れるわ」
『ふふっ。いいじゃない。今は私たち、二人きりなんだから』
エレーヌが茶目っ気たっぷりにウインクをする。
その言葉に、雪もこらえきれずに吹き出した。
「……あなたには敵わないわね」
『ええ、昔からね!』
深夜の社長室と、夕暮れのパリ。
遠く離れた場所を繋ぐモニター越しに、二人の女帝は互いの深い絆を確かめ合うように、心から楽しげな笑顔で笑い合った。
彼女たちの手元にある十人(プラス一人)の美しい写真たちは、極秘のスタジオ撮影という青春の1ページであると同時に、これからの彼らが世界へと羽ばたいていく、その偉大な第一歩の証明でもあったのだ。




