【パリからの贈り物と、極秘のスタジオ撮影】
【パリからの贈り物と、極秘のスタジオ撮影】
五月下旬。スノー本社ビル地下五階の広大な特殊訓練場。
雨宮千歳のA級能力『境界支配』の暴走と、それを完璧に鎮めた佐藤陽翔の緻密な魔力制御による第五試合が終わり、一年生たちの「新たな力の覚醒と制御」を目的とした全カリキュラムが無事に終了した。
極限の緊張感と、コンクリートが粉砕される轟音が鳴り響いていた空間に、ようやくホッとしたような安堵の空気が流れ始める。激しい戦闘でボロボロになった制服やジャージ姿の部員たちが、それぞれの健闘を讃え合い、あるいは自身の新たな課題について熱く語り合っていた。
そんな中、結界の修復を確認していた天才陰陽師でありスノー副社長の土御門朔夜が、ふと思い出したように声を上げた。
「おい、阿部。そういえばお前に、パリの『リュクス・アンペリアル』から馬鹿デカい荷物が届いてたぞ」
朔夜の言葉に、阿部凛花はハッと目を見開いた。
リュクス・アンペリアル。それは、阿部がゴールデンウィークの直前にパリで撮影を成功させ、CEOであるエレーヌ・リジュから直々に「先行投資」として勝ち取ってきた、世界的トップブランドである。合気武道部の仲間たち全員に最高級の服を着せてSNSで宣伝するという、あの無茶振りミッションの品がついに日本へ到着したのだ。
「あーっ! そうだった! すっかり忘れてた!」
阿部はポンッと手を叩くと、長い手足から先ほどまでの武闘派の空気を完全に消し去り、トップモデルとしての輝くような笑顔を浮かべた。
「朔夜副マネージャー! 立花社長は今、本社にいらっしゃいますか!?」
「あ? ああ、いるぞ。上の社長室でエレーヌからの書類に目を通してるはずだが……」
朔夜が答え終わるか終わらないかのうちに、阿部は部員たちに向かってパンパンと柏手を打った。
「みんな! お疲れのところ申し訳ないんだけど、ちょっと急いでシャワー入って着替えてきて! 上のフロアで待ってて!」
突然の阿部の号令に、大文字や桐生をはじめとする一年生たちはポカンと口を開け、佐藤や門たち二年生も顔を見合わせる。しかし、阿部のただならぬ気迫(と、ワクワクを隠しきれない満面の笑み)に押され、十人の部員たちは急いでスノー本社のシャワー室へと向かった。
数分後。
地下のシャワールームで汗と硝煙の匂いを洗い流し、真新しい私服や制服に着替えた部員たちが、指定されたラウンジへと集まってきた。濡れた髪をタオルで拭いながら、彼らは先ほどまでの実戦訓練の熱を帯びたまま、口々に考察を交わしている。
「いやあ、しかし千歳ちゃんのあのバリア、マジでエグかったッスね! 俺の闇の魔力でも、こじ開けるのに骨が折れたッスよ」
「押忍! 自分の金剛皮膚とどちらが硬いか、次は是非真っ向から勝負してみたいッス!」
「大文字くん、君は本当に脳筋ですね……。僕は自分のマッスルスーツの駆動限界が分かっただけでも大収穫でしたよ。フッ……」
「わたしはもっと、佐藤先輩に近づくための完璧な変身とリーチを極めないと……うふふふふっ♡」
「こ、来ないでください桃井先輩! 陽翔先輩に近づくなら、僕のレールガンが黙ってませんからね!」
わちゃわちゃと騒がしい合気武道部の面々。だが、その声は唐突にピタリと止んだ。
ラウンジの奥の扉が開き、阿部凛花に伴われて、スノーの社長である立花雪が姿を現したからだ。
ネイビーのパンツスーツをスタイリッシュに着こなし、小柄ながらも千年を生きる大陰陽師としての『絶対的なオーラ』を放つ立花社長。その場にいるだけで、空気がピンと張り詰め、誰もが背筋を伸ばさざるを得ない。
部員たちが直立不動で静まり返る中、立花雪は冷徹でありながらも、どこか楽しげな光を秘めた瞳で十人を見渡した。
「みんな、地下での測定と実戦訓練、ご苦労様。……さて、阿部から報告は受けているわ」
雪は手元のタブレットを軽くタップし、短く、しかし絶対的な決定事項を告げた。
「明日、学校が終わったら、都内の『スタジオ・アルタイル』に全員集合しなさい。皆、体調をしっかりと整えてくること。……以上、解散」
「えっ……?」
佐藤が間の抜けた声を漏らす。スタジオ・アルタイルといえば、都内でも最大級の設備を誇り、超一流の芸能人しか使えないような超有名な撮影スタジオだ。
今まで「どうやって魔力を制御するか」「どうやって怪異を殴り倒すか」という血生臭い戦闘の考察をしていた彼らの脳に、「体調を整えてスタジオへ」という芸能界の煌びやかな指令は、あまりにも唐突すぎた。
だが、社長の決定は絶対である。
「えっと、つまり……」
「解散と言ったわよ」
雪の静かな一声で、彼らの長い一日は強制的に幕を閉じたのだった。
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翌日。私立聖ミカエル学園、芸能科の教室。
朝のホームルーム前、高橋玲央と南原紗良の二人は、いつも通り阿部凛花の席の周りに集まっていた。しかし、今日の三人の様子は、周囲の芸能科の生徒たちから見ても明らかに「異質」だった。
「阿部さん……今日の放課後の、あの撮影スタジオの件は一体何なのですか?」
完璧主義の女優である高橋玲央が、いつも以上に背筋をピンと伸ばし、真剣な表情で問いかける。その肌は、高級なスキンケアを限界まで施したかのように、陶器のように滑らかで一寸の隙もない。
「そうです。凛花と玲央さんが呼ばれるのは分かりますが……どうして、私まであの超有名スタジオに行かなければならないのか、意味が分かりません」
南原紗良もまた、冷たい知性を宿した眼鏡の奥の瞳を瞬かせながら同意した。ドラマのちょい役(端役)しかもらえていない自分が、なぜトップモデルや主演女優と同じ舞台に呼ばれるのか。理詰めで考える彼女にとって、それは最大のイレギュラーだった。
そんな二人を見て、阿部はクスッと悪戯っぽく笑った。
「二人とも、全然意味が分かってないって顔してるのに、メチャクチャ気合入れてオシャレしてきてるじゃない! メイクもバッチリ決まってるし!」
阿部の指摘通り、玲央も紗良も、校則の範囲内でありながらも、プロの女優としてのプライドをかけた「完璧なナチュラルメイク(薄化粧だが下地は徹底的に作り込まれている)」を施してきていた。
「そ、その……! プロとして、いついかなる時もカメラの前に立てるよう準備しておくのは当然の嗜みですわ! 昨晩は、帰宅してすぐに湯船に浸かって、速攻で寝ましたのよ!」
玲央が少し顔を赤くして反論する。
「わ、私もです。睡眠不足は肌の敵ですから。理詰めで考えれば、社長の『体調を整えろ』という指示には従うべきだという結論に至っただけです」
紗良もツンデレ特有の早口で誤魔化した。
そこへ、「おはようございますっ!」と賑やかな声が響き、一年生の桃井琉生、神品蘭、桐生蓮の三人が二年生の教室へと入ってきた。芸能科に所属する彼らもまた、今日は一段と洗練されたオーラを纏っている。
「そうですよ、阿部先輩! わたしも昨日は美顔ローラーを三時間転がしてから寝ました! 一体何の撮影なんですか? 気になりますぅ!」
桃井が女子以上に美しい顔を輝かせながら阿部にすり寄る。
「僕は、凛花お姉さまと一緒のスタジオに行けるだけで、もう胸がいっぱいで死にそうです……っ!」
蘭は阿部の腕に抱きつきながら、嬉し泣きしそうな顔で頬を擦り寄せている。
「やれやれ。阿部先輩、これだけ焦らしておいて、何も教えてくれないおつもりですか?」
桐生は持ち前のキザな笑みを浮かべ、前髪をかき上げながら尋ねる。その『超高速思考』の視覚は、すでに南原紗良の完璧なメイクを捉え、密かに(今日の紗良も最高に可愛いな……)と内心で悶え転がっているのだが、表向きはクールな俳優を演じきっている。
後輩たちからの追及を受けた阿部は、ふふっともったいぶるように人差し指を立てた。
「みんな、放課後を楽しみにしていてね。……あっ、そうそう。お昼ご飯は、あんまり沢山食べないでね。お腹が出ちゃうと困るから!」
その瞬間、玲央、紗良、そして一年生三人の脳内に、全く同じ答えが閃いた。
(((((お昼を抜く……つまり、ガチの衣装を着ての『撮影』だろ!!!)))))
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一方その頃。一般科の教室では、全く違う次元の会話が繰り広げられていた。
「なぁ、門。社長が言ってた『コンディションを整える』って、どういう意味だと思うッスか? 俺たち、タレントじゃなくてマネージャー業ッスよ?」
佐藤陽翔は、机に突っ伏しながら欠伸を噛み殺していた。彼にとっては、大好きな南原紗良の顔が見られない一般科の教室は、ただの退屈な待機場所でしかない。
「陽翔、お前はマネージャーという仕事を舐めているのか」
主将である門蒼真は、教科書から目を離さず、真面目で硬派な声で即答した。
「俺たちは、タレントを現場まで安全に送り届け、あらゆるトラブルから守る盾だ。タレントが最高のパフォーマンスを発揮するためには、裏方である俺たちこそが、いかなる物理的攻撃にも耐えうる完璧な肉体のコンディションを維持していなければならない。だから俺は昨晩、プロテインを飲んで腕立て伏せを二千回やってから寝た」
「いや、絶対そういう意味じゃないッスよ!? 撮影スタジオで物理的攻撃ってなんだよ! どんな修羅場を想定してるんスか!」
佐藤が的確なツッコミを入れたその時。
「押忍ッ!!!」
廊下から、鼓膜が破れそうなほどの爆音の挨拶が響き渡った。
「うおあっ!?」
佐藤が飛び上がって振り返ると、そこにははち切れんばかりに制服を筋肉で引き伸ばした一年生、大文字鉄平が直立不動で立っていた。
「大文字! びっくりしたッス! なんでお前、一年生なのに二年の教室に来てるんだよ!」
「押忍! 自分は、門主将の教えに従い、コンディションを完璧に整えるべく、朝から校庭を百周走ってきたところでありまッス!」
「だから絶対そういう意味じゃないッスから!」
カオスな体育会系のノリが展開される中、大文字の後ろから、オドオドとした小動物のような声が聞こえてきた。
「あ、あの……あの、陽翔、先輩……」
ひょっこりと顔を出したのは、丸眼鏡をかけた雨宮千歳だった。彼女は極度の緊張で顔面を蒼白にし、ダボッとした制服の胸元をギュッと両手で握りしめている。そのせいで、彼女が隠し持っている『超絶・曲線美』の暴力的な胸の膨らみが、逆に強調されていることに本人は全く気付いていない。
「千歳ちゃん! どうしたんスか、そんなに汗びっしょりで」
佐藤が慌てて駆け寄る。
「い、いまからもう緊張して、お、お腹も痛くて、汗も凄く出てるんですけど……わ、わたし、芸能人でもなんでもないのに、撮影スタジオなんて行ったら、きっと能力が暴走して機材とか全部壊しちゃいますぅぅ……!」
今にも泣き出しそうな千歳。未知の領域である「キラキラした芸能界の仕事」は、彼女にとってS級の怪異よりも恐ろしいプレッシャーだった。
佐藤はそんな千歳を見て、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべ、彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。
「大丈夫ッスよ、千歳ちゃん。何が起きるか分からないから不安なんスよね。でも、阿部も玲央さんも紗良ちゃんもいるし、万が一千歳ちゃんがパニックになりそうになったら、俺が絶対に止めて守るッスから。だから、安心して行くッスよ」
「ひゃ、陽翔先輩……っ」
佐藤の温かい魔力とストレートな言葉に、千歳は少しだけ安堵したように、顔を真っ赤にしてコクコクと頷いた。
そのやり取りを見ていた門は、フッと口角を少しだけ上げ、ノートにペンを走らせながら呟く。
「……なるほど。未知の戦場に対する恐怖か。一年生にとっては、それも無理はないな」
(だからお前も分かってないだろ主将!)と、佐藤は心の中で盛大にツッコミを入れた。
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そして、放課後。
合気武道部の十人は、社長の雪に指定された都内の超大型撮影施設『スタジオ・アルタイル』のロビーに集結していた。
高い天井、洗練された大理石の床、行き交う業界の大人たち。
芸能科のメンバーでさえ圧倒されるような本物の空気に、千歳や大文字たち一般科の面々は完全に気圧され、佐藤や門の背後に隠れるように固まっている。
「さあ、みんな揃ったわね」
奥のVIP用メイクルームから、立花雪が歩み出てきた。その後ろには、スノー専属の超一流のメイクアップアーティストやスタイリストたちが、獲物を狙う狩人のような目で十人を待ち構えている。
「阿部さん、準備はいいわね?」
雪の問いかけに、阿部は堂々としたトップモデルの歩みで一歩前へ出た。
「はい、社長! みんな、お待たせ!」
阿部が合図をすると、スタジオのスタッフたちが、恭しく数台の巨大なハンガーラックと、重厚な黒い化粧箱を運び込んできた。
そこに刻まれていたのは、黄金に輝く百合の紋章。
ブランドに精通している桐生が、思わず素っ頓狂な声を上げる。玲央も紗良も、信じられないものを見るように目を丸くした。
「そう! 私がパリのエレーヌさんから、みんなのために先行投資で前借りしてきた、リュクスの最新コレクションだよ!」
阿部は、十人全員の顔を見渡し、最高に美しく、そして悪戯っぽい笑顔で宣言した。
「さあ、男の子も女の子も、マネージャーも武道バカも関係ないよ! 今日は全員、最高にカッコよくて可愛いモデルになってもらうから! 覚悟してね!」
かくして、合気武道部の面々にとって、ある意味で怪異との死闘よりも過酷で、そして最高に華やかな「極秘のスタジオ撮影」の幕が切って落とされたのだった。




