【金剛の胎動と、地下五階の激突】
【金剛の胎動と、地下五階の激突】
五月下旬。
期末試験の後に控えるTIAでの「本物の裏社会の洗礼」に備え、新生・合気武道部の十人は芸能事務所「スノー」の本社ビルへと集結していた。
向かった先は、地下五階に存在する広大な特殊訓練場。天才陰陽師である副社長・土御門朔夜の結界が張り巡らされた、どれほど魔力をぶつけ合っても自己修復する異常な空間である。
「各ペア、準備はいいな」
主将である門蒼真の低く野太い声が、広大な地下空間に響き渡る。
今日ここへ集まった目的は一つ。先日の測定によって劇的な成長(級の昇格)が証明された一年生たちの「新しい能力の出力」を、実戦形式で正確に把握し、制御させることだ。
組み合わせは、彼らが入部した当初に組まれた「個別担当制(メンター制度)」のペアである。
* 大文字 鉄平 × 門 蒼真(物理・肉体指導)
* 神品 蘭 × 南原 紗良(感情と理論の制御指導)
* 桐生 蓮 × 阿部 凛花(神速と視覚の特訓)
* 桃井 琉生 × 高橋 玲央(変身と演技論の統制)
* 雨宮 千歳 × 佐藤 陽翔(魔力操作と暴発防止)
「まずは俺と大文字からだ。他のペアは結界の外から見取り稽古をしておけ」
「押忍! よろしくお願いします!」
門がジャージのジッパーを下げながら進み出ると、大文字鉄平が道着姿で直立不動の姿勢をとり、鼓膜が破れそうなほどの大声で返事をした。
結界の外の安全圏では、佐藤陽翔が呆れたように息を吐く。
「相変わらず暑苦しい筋肉ダルマッスね……。でも、大文字の奴、B級に上がってからなんか圧が違わないッスか?」
「ええ。立っているだけで、周囲の空気が軋んでいるように見えます。……門くんがどうやってあのパワーを引き出すか、見物ですね」
南原紗良が眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷静な知性を宿した瞳で闘技場を見つめた。
闘技場の中央。
門は構えをとらず、自然体でスッと立ったまま大文字を見据えた。
「いいか大文字。B級に昇格したお前の新しい出力……その底がどこにあるのか、俺が全部受け止めてやる」
「押忍! 門主将の胸を借りるつもりで、全力でいかせていただきます!」
「ああ。出し惜しみはするな。お前の肉体そのものがどう進化したのか、見せてみろ」
門の言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
「フゥゥゥゥゥッ……!!」
大文字が深く、長く息を吐き出す。
次の瞬間、彼の全身の筋肉が異様な音を立てて膨張し、道着がはち切れんばかりに軋んだ。彼の内側に宿る魔力が爆発的に練り上げられ、肉体という「器」そのものを強引に作り変えていく。
これこそが、大文字鉄平のB級覚醒能力——『金剛武身』。
「いきますッ!!」
ドンッ!! と、大文字が床を蹴った。
ただの一歩。それだけで、特殊結界で強化されているはずのコンクリートの床がクレーターのように陥没し、スノー地下五階の空間全体が地震のように激しく揺れた。
「速い……!」
見学していた桐生蓮が、C級に大成長した『千里眼』でその動きを追おうとするが、信じられないほどの踏み込みの速度に思わず声を漏らす。
瞬きする間に門の懐へと潜り込んだ大文字は、極限まで強化された超筋力から、完璧なフォームの正拳突きを放った。
「シィッ!!」
空気が破裂するような轟音。
門は持ち前の強靭な肉体に『闇の魔力』を纏わせ、S級相当の圧倒的な防御力でその拳を両腕のガードで受け止めた。
ゴガァァァァァンッ!!
「……ッ!」
門の巨体が、摩擦で道場の床を削りながら数メートル後方へと押し込まれる。
ガードした門の腕の骨がミシミシと悲鳴を上げ、二人が激突した余波だけで、周囲のコンクリートの壁に無数の亀裂が走った。
「すげえッス……! あの門主将を、力業だけで押し込んだッスよ!」
佐藤が目を見開く。怪異を素手で投げ飛ばし、大木すら引っこ抜くほどの『超筋力』。純粋な物理攻撃力だけで言えば、すでにB級の枠すら超えかけている。
「ハッ! セイヤッ!!」
大文字の猛攻は止まらない。空手、相撲、合気武道。あらゆる格闘技の型を組み合わせた連撃が、門の防御の上から嵐のように降り注いだ。
コンクリートを砕く威力の拳と蹴りが打ち込まれるたび、地下訓練場に爆発音のような打撃音が響き渡った。
しかし、門蒼真もただのサンドバッグではない。
「……なるほど。パワーとスピードは申し分ない。だが、防御力はどうだ?」
門はガードの隙間から、強烈な前蹴りを放ち、大文字の腹部へと深々と突き刺した。
S級の怪力による、巨岩すら粉砕する一撃だ。
ズゴォォォッ!!
だが、大文字は一歩も引かない。
それどころか、門の蹴りを受けた腹部の皮膚が、一瞬だけ鈍い金属のような光沢を放った。
「……効いてない、だと?」
門がわずかに眉をひそめる。
「押忍! 自分の身体、なんだか急に硬くなったみたいなんス!」
大文字がニカッと笑う。
『金剛皮膚』。皮膚、筋肉、骨のすべてが魔力によって高密度に圧縮・強化される絶対防御。刃物は当然のこと、銃弾すらも弾き返し、怪異の鋭い爪にも無傷で耐えうる鋼の肉体である。
「面白い。……いいだろう、大文字。お前のその『金剛武身』、底の底まで全部引き出してやる。限界まで来い!」
「押忍ッ!! 遠慮なく、全力でぶつからせていただきますッ!!」
門の挑発に応えるように、大文字はさらなる闘気を爆発させた。
打撃、蹴り、突進。訓練場を縦横無尽に駆け回りながら、大文字は自身の持つ破壊力のすべてを門へと叩きつけていく。結界が張られた空間でなければ、とっくにビルごと倒壊しているほどの凄まじい衝撃波が連続して弾けた。
数分間に及ぶ、息もつかせぬ激しい肉弾戦。
大文字の息が荒くなり、その魔力と体力が文字通り「限界」のピークに達したことを、門は見逃さなかった。
(……ここだな)
「うおおおおおおおッ!!」
大文字が、残るすべての力を右拳に込め、必殺の正拳突きを放つ。
空間そのものを削り取るような、圧倒的な質量と速度を持った究極の一撃。
対する門は、迎え撃つのではなく、ふっと全身の力を完全に抜いた。
影安先生から叩き込まれた、合気武道における『円の理』。
「シィィッ!」
門は大文字の凄まじい正拳突きを正面から受けず、半歩だけスッと軸をずらす。
大文字の右腕にそっと手を添えると、その圧倒的な破壊力のベクトルを円を描くように誘導し、完全に死角へと入り込んだ。
激流のような力に逆らわず、自らの動きと同調させる。大文字の腕を捕らえたまま、門は流れるような体捌きで一気に踏み込み、その腕を捻り上げながら背後へと潜り込んだ。
「なっ……!?」
大文字が己の体勢が完全に崩されたことに気づいた時には、すでに遅かった。
門の巨体が大文字の死角にピタリと寄り添い、そのまま遠心力と相手の突進力を利用して、豪快に投げを打く。
合気武道・『四方投げ』。
ドッゴォォォォォォンッ!!
天地がひっくり返り、大文字の巨体が結界の床に深々と叩きつけられる。
肺から空気が強制的に吐き出され、大文字の全身から闘気が霧散した。
門はそのまま流れるような動作で大文字の腕と肩を極め、完全に身動きが取れない状態へと固める。
「……それまでだ」
静まり返った地下訓練場に、門の落ち着いた声が響いた。
コンクリートの床に組み伏せられながらも、大文字は苦しそうに、しかし充実感に満ちた表情で笑みを浮かべる。
「お,押忍……。自分の力、全部出し切ったのに……最後は完璧に遊ばれました……。さすが、主将です……」
「よくやった。だが、力に頼りすぎるな。お前のその力に『合気の理』が乗れば、お前はもっと強くなる」
「……押忍!!」
門は極めていた腕を離し、大文字に手を差し伸べて引き起こした。
自らの肉体を兵器へと昇華させた一年生と、その暴力をすべて受け止め、技術と理合で制した二年生。
結界の外からは、二人の見事な立ち合いに対して惜しみない拍手が送られていた。




