【それぞれの日常と、成長の証】
【それぞれの日常と、成長の証】
五月の中旬。地獄のゴールデンウィーク強化合宿を乗り越えた新生・合気武道部の面々は、休む間もなくTIA(対魔特務機関)から斡旋される軽微な討伐依頼をいくつもこなしていた。
「大文字! お前はまず加減を覚えろッス! 廃ビルの壁まで壊す気か!」
「押忍! 申し訳ありません、佐藤副主将! 気合が入りすぎました!」
「阿部先輩に近づく怪異は、私が全部黒焦げにしてやります!」
「蘭ちゃん、ストップ! 焦げたら怪異素材の価値が下がるでしょ!」
「ひゃああああっ!? 佐藤さん、後ろからまた変なのが来ましたぁっ!」
一年生たちだけで突入させ、二年生数人がサポートとして付き添う形式の実戦訓練。連携ミスや神品の能力暴発、雨宮のビビリによるパニックなど、現場では色々な失敗も起きていた。しかし、彼らは確実に経験を吸収し、最終的に依頼自体はしっかりとクリアしていくまでに成長していた。
佐藤陽翔は後方から全体を俯瞰し、魔力弾や『闇の手』による的確な嫌がらせで一年生をフォローしながら、この泥臭い実戦を心底楽しんでいた。
一方、彼らの本業である「スノー」での芸能活動と学業も、それぞれのペースで進んでいる。
「完璧、ですわ。これで私の出演シーンは全てオールアップですのよ」
高橋玲央は、ついにテレビドラマの主演撮影を無事に終えていた。
「お疲れ、玲央。次はどうする? オファーはいくつか来てるが」
担当マネージャーである門蒼真が、台本とスケジュール帳を片手に労う。
「少し選びたいですわね。門くん、私と一緒にじっくり次の台本を検討してくださる?」
門と高橋は、互いを支え合いながら、過密スケジュールを充実した表情でこなしていた。
対照的に、南原紗良は未だにドラマのちょい役(端役)が続いていた。
「……どうせ私なんて、今日も通行人Aです。セリフなんて一言もありません」
楽屋で台本を睨みつけ、極寒のシベリアのような冷たいオーラを放つ南原。
「そんなことないッスよ、紗良ちゃん! あの数秒の視線の動かし方、メチャクチャ良かったッス! 絶対次に繋がるッスから!」
担当マネージャーの佐藤は、どうにか彼女の類まれな演技力と圧倒的な童顔を世間に売り出せないかと、日々頭を捻っている。
モデル業では、阿部凛花が次世代のトップモデルとして圧倒的なオーラを放ち、確固たる地位を築きつつあった。しかし、彼女は自らのブランドを守るために仕事を厳選しているため、意外と暇を持て余していた。
「あーあ、神様(持子先輩)に会いたいなぁ……。陽翔! 暇だからおっぱいのエアー揉み特訓につきあってよ!」
「絶対嫌ッス! この前背中に密着されて俺がどれだけパニックになったか忘れたんスか!」
佐藤は顔を真っ赤にしてド直球に拒絶する。
「だいたい、いくらエアー揉み特訓をしたって、今は実際に揉める相手がいないッス! 神(持子先輩)はもう卒業していないし、本多先輩たち下僕の皆様は、持子先輩の許可がないと絶対に揉ませてくれないッス! 今エアーで揉んだところで、虚しいだけなんだよ!」
悲痛な叫びを上げる佐藤。実践経験ゼロのピュアな男子高校生にとって、対象なきエアー特訓はあまりにも残酷な虚無だった。
すると阿部は、何を思ったのか無言で自らの豊満に発育したおっぱいを両手で揉み始めた。
「……おっぱいはいいものだよ。柔らかいし、気持ちいいし、心休まるし、いい事だらけだよ!」
「うるせーッス!!」
一年生たちも、芸能界で少しずつ結果を出している。
桐生蓮は持ち前の視野の広さを活かして良いポジションの役を勝ち取り、桃井琉生と神品蘭もそのルックスでそこそこのモデル仕事をこなしていた。
また、伝説の卒業生である本多鮎はハリウッドへ飛び、無駄のないスレンダーな体型へとさらに磨きがかかった花園美羽は新アルバムの作曲でスタジオに籠りきりだ。それぞれのマネージャーや使い魔を巻き込みながら、先輩たちもまた上のステージで戦い続けている。
そんな騒がしい日常の中、訪れた中間テスト。
二年生の結果は明確だった。
頭脳派の南原紗良は、堂々の学年5位。泥臭い努力を欠かさない門蒼真と、完璧主義の高橋玲央も安定して上位。
一方、阿部凛花と佐藤陽翔は「良くも悪くもない」見事な真ん中の順位に着地した。
「まあ、俺と凛花はこんなもんッスよね。赤点じゃないだけマシッス!」
「そうそう! 筋肉と魔力があれば生きていけるよ! 私は卒業したらモデル業に専念するし〜」
問題は一年生だ。
純粋な武道バカの大文字鉄平だが、なぜか学力は上位という意外なギャップを見せつけた。雨宮、桃井、桐生の三人は無難に真ん中の順位。
正式な順位が出ると、演習場の片隅で悲鳴が上がった。
「なんで……私だけこんなに点数が低いんですかぁっ!?」
「蘭ちゃん、電気と一緒に脳細胞まで放電したんじゃないッスか?」
神品蘭は見事なまでの「バカ」であることが判明した。赤点こそ免れたものの、ギリギリの点数に本人は絶望し、阿部は苦笑いしながら「よしよし」と彼女の頭を撫でていた。
そして、テスト終了後。
合気武道部の一年生五人と引率役の佐藤陽翔の六人は、TIAの地下演習場へと足を運んでいた。目的は、一年生全員の「魔力級の測定と確認」である。
最新鋭の計測機器の前に座っていたのは、ウェアラブルデバイスやホログラムアクセを組み合わせた、少し背伸びをした大人びたファッションの少女――「天才電脳少女」風間高子だった。
「コホン。大人のレディとして、私が厳しく査定してあげるからね!」
「高子ちゃん、その服すごく似合ってるッスよ!」
「ふふん、でしょ? 最近のトレンドをAIで解析して取り入れてみたの! ……あっ、お菓子! 陽翔お兄ちゃん、これ新作の限定マカロン!? わぁーい! ありがとう!」
大人ぶろうとしても、お菓子を前にすると無邪気な子供に戻してしまう高子。そんな和やかな空気の中、一年生たちの測定が始まった。
結果は、二年生たちも驚くほどの飛躍だった。
「押忍! 自分、ついにB級ッスか!」
大文字鉄平の放つ純粋な肉体強化の出力は、分厚い装甲をひしゃげさせるほどのB級レベルに到達していた。
「陽翔く〜ん! 私もB級よ! これでもっと色んな姿になって、陽翔くんに迫れちゃうわね♡」
桃井琉生の変身能力も制限が緩和され、B級へと昇格。
「ふっ……僕の千里眼もついにC級か。大成長だ。見える……今まで見えなかったものが見えるぞ!」
基礎体力が皆無だった桐生蓮も、その視覚能力を大幅に開花させてC級へと大成長を遂げていた。
「C+……! これでお姉さまを、もっと強力なレールガンで護れます!」
神品蘭は、感情の起伏によるバフも含め、C+の評価を獲得。
正式な測定を終えると、高子が測定結果のホログラムを操作しながら、感心したように深くうなずいた。
「みんな、すごいわ! あの地獄の合宿のこと、鮎お姉ちゃんから聞いていたけれど……極限まで鍛え上げられ、魔力を注ぎ込む『器』そのものが劇的に広がった結果ね! でも、出力が変われば戦い方も変わるわ。今のままじゃ装備が耐えられないから、鋼牙お兄ちゃんや結人お兄ちゃんのところで、またスーツと武器をしっかり調整し直してきなさい!」
「高子の言う通りね」
不意に、演習場に静かで冷徹な声が響いた。
コツ、コツ、とヒールの音を響かせて現れたのは、黒のスーツに身を包み、サングラスをかけたTIA特級エージェント・風間楓だった。
楓が姿を見せた瞬間、一年生たちは本能的な恐怖で背筋を凍らせ、演習場の空気がピンと張り詰める。
楓はサングラスをゆっくりと外し、持子と瓜二つの絶世の美貌を露わにした。そして、佐藤陽翔の前にスッと歩み寄る。
「……鮎さんから聞きました」
楓は静かにそう告げると、その大人びた冷徹な瞳で佐藤の全身をじっと見つめた。
戦況を支配する遊撃手である佐藤。その彼の内側を流れる魔力と、地獄の合宿を経て培われた強靭な精神を値突きするように観察し、楓の口元にわずかな弧が描かれる。
「……美しい魔力の流れになりましたね。魔力の緻密な制御精度、全体を俯瞰する広い視野、……そして何より、仲間を活かし支えるための『器』の大きさ……総合して、SSです。……成長しましたね」
「エッス!? お、俺が……SSッスか!?」
思いもよらなかった最高峰の評価と、明確な根拠を伴った称賛に、佐藤は目を丸くして驚愕する。
楓はふっと息をつき、静かながらも絶対的な圧力を持った声で、一年生五人と佐藤を真っ直ぐに見据えた。
「一年生たちは特に目覚ましい成長だけど、まだその力に身体や戦術が追いついていない。……合気武道部部員全員でTIAに来なさい。本物の裏社会の洗礼を授けてあげます」
その言葉は、彼らがもはや単なる「学生」や「新人」の枠を超え、次の試験の後に、より深く、より過酷な領域へと足を踏み入れることを明確に告げていた。




