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【新緑 of 笑顔、そして地獄の合宿・完】

【新緑 of 笑顔、そして地獄の合宿・完】


「――サッ、サッ、サッ」


合宿最終日、五月五日の午前九時。

氷川神社の静謐な境内に、竹箒が地面の枯れ葉を掃き清める小気味よい音が響き渡っていた。

五月の澄み切った青空からは初夏の眩しい太陽が降り注ぎ、新緑の木々を鮮やかなエメラルドグリーンに染め上げている。森を吹き抜ける風はどこまでも爽やかで、連日の猛特訓を終えた部員たちの肌を優しく撫でていった。


朝食を完璧な形で終えた合気武道部の十人は、お腹も心も満たされた状態で、全員で手分けをして「大掃除」に取り掛かっていた。


「よいしょ、よいしょ……。大文字くん、そっちの端っこを持ってほしいッス!」

「押忍ッ! 先輩、お任せくださいッ! 自分、この大事な携帯用ソーラーパネルを大胸筋のクッションで優しく包み込み、一寸の傷もつけずに運んでみせますッッ!」

厨房での過酷な料理修行を終えた佐藤陽翔と、相変わらず筋肉量MAXの一年生・大文字鉄平が、折りたたみ式のソーラーパネルや予備の大型充電器一式を道場へと運び込んでいた。

これらは、有事の際の電力確保のためにクランから特別に支給された、目の飛び出るほど高価な最高級システムだ。


「皆様、丁寧に扱いなさいな。夏の合宿でもガンガン酷使する予定ですから、コンパクトにまとめて道場の片隅にしっかり保管するのですわよ!」

ピンク色の長い髪をポニーテールに結んだ本多鮎先輩が、ジャージの袖を捲り上げながら優しく指図を飛ばす。

「はぁい、鮎先輩! ブルーシートで上から頑丈に包んで、中に除湿剤も多めに入れておきました!」

女装モデルの姿のままの桃井琉生が、都会的な手際の良さでロープを縛り上げていく。数百万する貴重な機材だからこそ、全員が感謝を込めて大切に、道場の片隅へとコンパクトに格納していった。


温泉の脱衣所や禊場(みそぎば)の清掃、使用した大型テントの撤収も、十人の驚異的なチームワークのおかげで、予定よりも大幅に早く終わってしまった。

「よし、まだお昼ご飯まで時間があるし、この数日間お世話になった神社の境内と、社殿の入って良いところまで、みんなで徹底的にピカピカにするッスよ!」

副主将の佐藤の号令に、「「「押忍!!!!」」」と一年生たちが元気よく応じる。神社への恩返しを兼ねた大掃除が、賑やかに始まった。


そんな中、道場の縁側で、何やらフラリと不穏な動きを見せる人物が一人。


「おや、皆さん素晴らしい手際ですね。お昼ご飯までまだ一時間以上もありますか。……では、私はちょっと、この裏山の奥深くに自生しているという、大変珍しい高山植物の生態を観察しに、軽く散歩へ行ってきましょうかね」

顧問の影安壮三先生が、のほほんとした植物好きの笑みを浮かべ、リュックを背負い直して歩き出そうとした。


「――サッ!!」


その瞬間、主将の門蒼真と、お嬢様女優の高橋玲央の二人が、まるで見えない高速の合気ステップを使ったかのような完璧な連動で、影安先生の目の前にスッと立ち塞がった。


「先生。散歩などとおっしゃらず、どうかこちらへお座りになってくださいな」

高橋玲央が、完璧に洗練された美しいお嬢様スマイルを浮かべ、縁側の特等席を指差した。

「ちょうど、淹れたばかりの温かいお茶と、最高級の和菓子がございますの。先生の素晴らしいお話し相手として、私と門くんで、たっぷりとお時間を頂戴したく存じますわ」

「そうです、先生。散歩も良いですが、俺は先生の先ほどの朝稽古での手の内の返し方、あの『円の理』について、もっと深くお聞きしたいのです。どうか、お茶を飲みながらご教授ください」

門が、普段のストイックで生真面目な顔をさらに真面目に引き締め、影安先生の肩を優しく、しかし絶対に逃がさない確固たる剛体のホールドで座布団へと誘導した。


(((((主将、玲央先輩、グッジョブ……!!!! ナイスブロックッス!!!!)))))


境内で箒を握っていた佐藤、阿部、南原、そして一年生全員の心の声が、見事なまでに完全にハモった。

ここで先生を一人で散歩に行かせたら、あの絶望的な方向音痴の達人は、確実に夜まで帰ってこない。あるいは帰ってきても時間ギリギリになり、東京への帰還スケジュールが完全に崩壊することは目に見えていたからだ。

「おや、お茶と和菓子ですか。それは嬉しいですね。では、じっくりと合気の理合について語り合いましょうか」

影安先生は、二人の完璧な引き留めに全く気づくことなく、嬉しそうに和菓子に手を伸ばした。部員一同は、心の中で二人の背中に向けて深い敬礼を送った。


「よし、俺は昼食の時間から逆算して、そろそろ厨房に抜けてお昼ご飯の仕込みに入るッス!」

佐藤が箒を阿部に預け、エプロンを締め直して厨房へと向かった。

「陽翔、最後の飯、期待してるわよ!」「ええ、佐藤くん、焦がさないように気をつけてくださいね」

阿部凛花と南原紗良のエールを受け、佐藤は「任せとけって!」と元気よく親指を立てた。厨房の奥には本多鮎先輩とルージュが腰掛け、佐藤の最後の料理修行の様子を温かく見守っている。


一方、境内の掃除は、かつてないほど和気藹々とした温かい雰囲気に包まれていた。

二年生の仲の良さはもちろんのことだったが、この数日間の地獄の試練を共に乗り越えた一年生たちの距離は、劇的に縮まっていた。


「あ、あの……蘭ちゃん、琉生ちゃん。こっちの、社殿の裏側の落ち葉、わたし……一緒に集めても、いい……かな?」

おずおずと竹箒を抱えながら、雨宮千歳が声をかけた。

合宿初日には、極度のビビリ体質と能力の暴走を恐れるあまり、激しくどもって人を避けていた彼女だった。だが今の彼女は、どもる回数が劇的に減り、自分から進んで仲間に話しかけるようになっていた。

「もちろんです、千歳さん! さあ、一緒にあっちの大きなゴミ袋へ集めましょう!」

神品蘭が、黒髪のロングヘアを揺らしながら、満面のひまわりのような笑顔で千歳の元へと駆け寄る。

「そうよぉ、千歳ちゃん♡ どんどん集めて、早く終わらせて陽翔センパァイの美味しいご飯を食べに行きましょ♡」

桃井琉生も、圧倒的な「女子力」を放ちながら、千歳の肩に優しく手を回した。元々仲の良かった女性陣の輪は、以前よりも遥かに強固な信頼で結ばれている。


さらに、驚くべき変化はそれだけではなかった。


「おい、大文字! そこ、筋肉の力任せに箒をへし折らないでください! 影安先生の体捌きみたいに、もっと優しく、地面の起伏をいなすように掃くんです!」

神品蘭が、腰に手を当てて、大文字鉄平に向かってハキハキと声をかけた。男性を激しく嫌悪しがちだった百合枠の彼女が、あの暑苦しい大文字に、自らフランクに声をかけているのだ。

「押忍ッ!! 蘭さん、ご指摘感謝いたしますッ! 自分、竹箒の理合を完全に見誤っておりました! 力ではなく、円を描くように優しく……おおっ!? 掃ける、綺麗に掃けるでありますッ! これぞ合気の掃法ッッ!!」

大文字は、相変わらずの武道バカで暑苦しいKYぶりだったが、千歳や桃井、そして蘭からも「もー、大文字くんは本当に真面目なんだからぁ」「ふふっ、大文字君、すごいですぅ」と笑顔で声をかけられ、嬉しそうに鼻の頭を掻いていた。


「フッ……美しき境内の守り人たちよ。僕の千里眼にかかれば、どんな微細な埃や、屋根の上の落ち葉の一枚すらも見逃さないよ。……ほら、千歳さん、そっちの段差は危ないから気をつけてね」

桐生蓮が、相変わらずキザで上から目線なセリフを吐いていた。だが、その声のトーンには、初日のような冷たい気取りは一切なく、仲間を心から気遣う、深い「親しみ」と優しさが明確にこもっていた。

「あ、ありがとうございます、蓮くん……っ」

千歳が、嬉しそうに顔をほころばせる。


ふと、誰かの目が合うたびに。

部員たちはお互いの顔を見て、自然と、心からの笑顔を交わし合えるようになっていた。一昨日までバラバラの能力を持ち、互いに遠慮や不信感を抱いていた一年生たちは、地獄の特訓と、お互いの弱点を補い合った見取り稽古を経て、完全に一つの「強固な絆」で結ばれたのだ。


「……ふふっ。みんな、本当に良い顔になったわね」

境内の隅で、大きなゴミ袋を縛り終えた阿部凛花が、一年生たちの笑顔の輪を見つめながら、180センチの長身を優しく揺らして微笑んだ。次世代トップモデルのオーラが、初夏の光の中で優しく輝いている。

「ええ。一昨日までバラバラだった彼らの精神と魔力のベクトルが、今は完全に一つの『部』として、美しい黄金比で調和しています。数理的な計算式を遥かに超えた、素晴らしい精神的成長率ですわね」

南原紗良も、箒を置いて眼鏡の位置をクイッと押し上げながら、不器用に、しかし本当に嬉しそうな笑みをその知的な顔に浮かべていた。


二年生の先輩たちは、一年生たちのその微笑ましい成長ぶりを、我が事のように心から喜び、温かい目で見守っていた。


「素晴らしいですわね、ルージュ。……皆様、本当に強くて、優しくて、美しい『器』を完成させましたわ。我が偉大なるご主人様が愛し、守り抜いた合気武道部の伝統は、こうして次の世代へと完璧に引き継がれていくのですわね」

縁側でお茶を啜りながら、鮎が、ピンク色の瞳を潤ませて聖母のような優しい微笑みを浮かべた。

「ええ、本当に……。あのクズどもの暴走に付き合わされて、わたくしの魂はすっかり摩耗しきりましたけれど……。この、新緑の中に広がる高校生たちの調和は、三百年を生きたわたくしの目から見ても、いささか眩しすぎるくらいに美しいですわ。……悪くない合宿でしたわね、マスター」

ルージュも、黒い扇子をパタパタと涼しげに煽りながら、高貴なポーカーフェイスの裏で、満足そうにフッと優しい笑みをこぼしていた。


門と高橋から、溢れんばかりの和菓子とお茶を振る舞われ、完璧に足止めされていた影安壮三先生が、湯気の立つ湯呑みを両手で持ちながら、しみじみと、嬉しそうに呟いた。


「ええ、本当に。……素晴らしい、いい合宿でしたね、皆さん」


達人のその言葉が、初夏の爽やかな風に乗って、境内の隅々へと優しく染み渡っていく。


その時だった。


「おーーーい!!! みんな、お昼ご飯ができたっスよーーー!!!! 最後の飯、マジで気合入れて最高に美味いもん作ったから、早く食堂に集まるっス!!!」


厨房の窓から、エプロン姿の佐藤陽翔が、顔を真っ赤にしながら、しかし誰よりも晴れやかで、誇らしげな大声を張り上げた。


「「「「「今行く(よ、ッス)ーーー!!!!」」」」」


十人の、そして先輩たちの歓喜の声が、一斉に五月の青空へと響き渡る。

新緑の風に包まれた氷川神社。お互いの顔を見合わせ、満面の笑顔で食堂へと駆け出していく若き能力者たちの背中を、初夏の眩しい太陽の光が、どこまでもどこまでも、温かく照らし続けていた。


私立聖ミカエル学園合気武道部――緊急ゴールデンウィーク地獄の強化合宿。


――ここに、完全完結。

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