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【正中の光柱と、消えゆく百枚の神札】

【正中の光柱と、消えゆく百枚の神札】


「……ピシッ、ピシッ」


私立聖ミカエル学園の霊的防衛拠点である、氷川神社の広大な道場。

そこには、真新しい純白の『禊装束(みそぎしょうぞく)』に身を包んだ合気武道部の十人が、極限の緊張感の中で正座をしていた。


初夏の午後の瑞々しい光が格子窓から差し込み、畳の目を白々と照らしている。数時間前まで川の水に揉まれ、死屍累々の有様を呈していた彼らの姿はそこにはない。大自然の清流と本多鮎の祝詞によって、破壊された筋繊維を超スピードで超回復させた彼らの肉体は、まるで磨き上げられた白磁のように清浄な気を放っていた。


だが、彼らの前に立つ二人の先輩が醸し出す空気は、穏やかな陽気とは完全に決別していた。


正面に立つのは、鮮やかなピンク色の髪を美しく編み込んだ本多鮎。そしてそのすぐ後ろ、影のようにピタリと控えているのは、ゴシック調の豪奢な黒ドレスを纏った吸血鬼の元女王――ルージュだ。

鮎が前、ルージュが後ろ。その完璧に統率された立ち姿だけで、道場内の気圧が限界まで跳ね上がったように感じられた。


「皆様、心身ともにすっきりとリセットされたご様子ですわね」


鮎の涼やかな声が、静謐な空間にカツンと響く。


「押忍ッ! 鮎先輩の神聖なる禊により、自分の大胸筋および広背筋はかつてないほどの静寂と超パンプアップを維持しておりますッ!!」

大文字鉄平が、175センチ120キロの巨体を震わせ、道場の天井を揺らすほどのクソデカ大声で返事をした。相変わらずの究極のKY(空気読めない)ぶりだが、その肉体から放たれる生命力だけは一丁前だ。


「ええ、よろしいですわ。……それでは、これより『光の神術』の基礎を叩き込みます」

鮎の言葉に、十人の顔つきが同時にスッと引き締まる。特に、光の魔力の扱いを苦手としている門蒼真や阿部凛花、高橋玲央らの表情には、並々ならぬ決意が宿っていた。


「まず、基本となる『柱』を立てます。……イメージしなさい。自分の正中――頭頂の百会から、会陰を通り、天と地を一直線に貫くように、光の柱が『刺さっている』と」

「さ、刺さってるッスか!?」

副主将の佐藤陽翔が、たまらずガタッと肩を揺らして声を上げた。S+級の圧倒的な魔力操作能力を誇る彼だが、リアルな女性経験は皆無のピュアな男子高校生だ。

「痛くないッスか!? 脳天から串刺しなんて、そんな物憂げなイメージで大丈夫なんッスか!?」

「うるさいですわね、バカなサル。比喩表現に決まっていますでしょう。少しはその貧相な脳みそを稼働させなさいな」

極寒のシベリアのような冷たい視線を向けたのは、冷たい知性を宿した眼鏡の奥の瞳を険しくさせた南原紗良だ。ツンデレな彼女だが、佐藤が他の女子の胸ばかり凝視する煩悩に呆れつつも、誰よりも彼の動向を気にして、隣の席でソワソワと身を固くしている。


「南原さんの言う通りですわ、佐藤くん。……言葉での説明には限界がありますの。そうだから、としか言えませんわ」

鮎は困ったように小さく首を振ると、ホワイトボードに滑らかな動作で図を描き始めた。


「二年生の五人は、魔王様(恋問持子)から直接、極黒の魔力を分け与えられた特別な存在。あなたたちの体内には、すでに強大な『闇の魔力』が脈打っています。そこに、光の魔力がポツリ、ポツリと、まとまりなく点在しているはずですわ。ですから、その散らばった光を正中へと力強く集め、『光の柱』をド真ん中にブチ立てるのです。そして、その光の柱の周囲を、強大な闇の魔力が猛烈な速度で循環している……そういう二重構造のイメージを作りなさい。……今から私たちが、お手本を見せてあげますわ。ルージュ、合わせなさい」

「御意(ウィ)、マスター」

後ろに控えるルージュが、真紅の瞳を妖しく光らせ、パッと豪奢な扇子を広げた。


鮎が、前線で「光の柱」をその正中に顕現させる。天と地を結ぶ、目が眩むほどの黄金の巨柱が道場の床を突き抜けて立ち昇った。

さらにその瞬間、後ろに位置するルージュが、三百年の政務と索敵魔法で培った緻密極まるコントロールで、鮎から漏れ出す「闇の魔力」を完全掌握し、光の柱の周りに恐るべき速度と質量で超高速循環させ始めた。


ズゥゥゥゥゥゥンッ……!!!


道場全体が、物理的な大質量に押し潰されるような地鳴り(ギギギ……)を立てて鳴動する。

圧倒的な光の求心力と、それを包み込む闇の遠心力。完璧な調和(ハーモニー)が、そこには存在していた。


「す、すごすぎる……。阿部先輩のモデルオーラとも、持子様の魔王の威容とも違う……完璧に洗練された二重螺旋の暴力だわ……」

神品蘭が、澄んだ黒髪を震わせ、大きな瞳を見開いて息を呑んだ。


「フッ……僕の美しい千里眼でも、その魔力の流れの速さを捉えきれないよ。目には見える……。だけど、脳の処理速度が焼き切れそうだ」

キザなポーズを取りながらも、イケメン俳優志望の桐生蓮が、額からタラリと冷や汗を流していた。


「まずは、この状態を皆様に体験してもらいます。一年生は、闇も光もまだまだ未熟ですから、まずは光を真ん中に持ってくるだけで結構ですわ。……見えないというなら、強制的にチャンネルを合わせてあげますわ。目を瞑りなさい」

鮎が畳の上を滑るように歩み寄り、一年生五人の前へと立った。

「触るわよ」

五人が素直に目を瞑ると、鮎の白魚のような指先が、彼らの瞼の付近を優しく撫でた。ピリッとした微弱な魔力の電流が走り、五人の内なる霊視の回路が強制的に拡張される。

「はい、目を開けなさいな」

五人がゆっくりと瞼を開いた瞬間、世界は完全に黄金と漆黒の二色に染まっていた。


「これが、光の神術と闇の魔力を格段に効率よく使いこなすための基本姿勢ですわ。神道行法を本来なら何ヶ月も行うのですが、そんな悠長な時間はありません。ですから、この感覚を瞬時に脳に刻み込むため、今回は……『葉室家(はむろけ)』の秘術を勝手に借用しますわ」

その名が出た瞬間、裏社会のパワーバランスを熟知している二年生の顔色が、一瞬で土気色に変わった。

「は、葉室家って……あの古神道結社・八咫烏の、正統なる儀式の大家の……!?」

門蒼真が、硬派でストイックな声を裏返らせる。


「ええ、その葉室家ですわ」

鮎は両手を頬に当て、首をコテンと傾けて、弾けるような笑顔でとびきり可愛いアイドルポーズを取ってみせた。

「この秘術を皆様に実演しますけれど、もしこれを他人に口外したら、誇り高き葉室家が総力を挙げて、皆様を全力で抹殺しに来ますわよ♡ フフッ、絶対に内緒ですわね♡」

「「「「「…………っっ」」」」」

誰一人として、一ミリも笑えなかった。可愛いポーズの裏にある、洒落にならない裏社会のリアルな血の匂いに、道場内の全員が引き攣った笑顔のまま完全にフリーズする。


「というわけで! 全員、立ちなさい! 目を瞑りなさい!」

鮎の神聖にして凛とした怒号が飛び、十人が一斉に直立不動の姿勢を取る。

「これより一人ずつ、私とルージュが直接魔力に介入して、光の柱と闇の循環を強制的に構築していきますわ。終わるまで、絶対に目を開けることは許しません。自分の番が来るまで、立って、周囲の魔力の波を感じ取りなさい!」


全員が固く目を閉じ、暗闇の世界の中で、自身の全神経を研ぎ澄ませた。


「ルージュ、始めますわよ」

「了解(ウィ)よ、マスター。……さあ、クズどもを極上の調教にかけてあげますわ!」

ルージュがドレスの袖を翻すと、彼女の影の中から、怪異の血液と霊子樹脂で錬成された、禍々しい退魔・集魔の『神札(しんふだ)』が、ジャラララララッ!!! と凄まじい音を立てて、なんとぴったり【百枚】、道場の空間にチェスの駒のように浮遊した。


この神札は、未熟な高校生たちの魔力が暴走し、その肉体が光と闇の拒絶反応で破裂するのを防ぐための、文字通りの『身代わり・安全弁』であった。


「最初、阿部さんから行きますわ!」

鮎が阿部凛花の正面に立ち、その180センチの抜群の発育を誇るプロポーションの胸元、その正中線へと手のひらを向けた。

「闇を回し、光を突く……! 立てなさい、リんか!!」

「は、はい……っ! 持子様ぁぁぁぁぁッ!!」

阿部の強烈すぎる「神への狂信」モードが暴発し、彼女の体内から極黒の闇の魔力が大爆発を起こしかける。

「チッ! さっそく暴走(さかり)すぎよ!!」

ルージュが後ろから叫び、扇子を振る。

パァンッ!!!

空間に浮いた百枚の神札のうち、【三枚】が身代わりとなって青い炎を上げて燃え尽き、消滅した。

「くっ……! 闇の出力を抑えなさい、凛花! 光を中心に集めるのよ!」

鮎が叫び、阿部の背骨に沿って魔力の楔を打ち込む。

バチバチバチッ! という鋭い火花が散り、阿部の中に一本の細くしなやかな光の柱が通り、その周囲を闇の回転投げのごとき魔力が綺麗に回り始めた。

「できたわ……! 素晴らしい体幹バランスですわね!」

阿部凛花、成功。

「残り、九十七枚ですわ」


「次、門くん!」

屈強な主将、門蒼真の胸板に鮎が指先を突く。

「硬派なのは結構ですが、魔力までガチガチに硬直してどうしますの! 流しなさい!」

「ぐおぉぉぉぉぉッッ!! 筋トレの……成果を、ここでぇぇぇッ!!」

門が歯を食いしばり、大胸筋をへし折らんばかりの勢いで魔力を凝縮させるが、その真面目すぎる「力み」が逆に光の柱を圧迫する。

ボウッ!!!

「ちょっと、筋肉馬鹿! 力任せに光を潰すんじゃないわよ!」

ルージュの悲鳴と共に、神札がさらに【四枚】消え去った。

「門くん、合気は『円の理』でしょう! 闇を円で回し、光を直線で通すのですわ!」

鮎の誘導が通り、門の肉体から余計な力みがスッと消える。その瞬間、彼の身体の中心を強固な金の柱が貫き、鉄壁の城壁(前衛)を形作った。

「ふぅ……っ! これが……無駄のない、合気の理合……!」

門蒼真、成功。

「残り、九十三枚」


「次、高橋さん!」

完璧主義者の高橋玲央の前に鮎が立つ。

「型にこだわりすぎて、魔力の流動性が死んでいますわよ!」

「完璧に……私は完璧な女優として、この魔力を、美しく着こなしてみせますわ――っっ!!」

玲央が自身の存在感を消す「演技」の能力を応用しようとするが、完璧を求めるあまり回路が頑固に拒絶し、光と闇の境界線が急激に混ざり合い、灰色に変色しかける。

チュドォォォンッ!!!

「あぶなーーーいっ!! 属性が反転して爆発しかけたわよ!!」

ルージュの絶叫。神札がさらに【五枚】、激しい爆音と共に消滅した。

「高橋さん、演技ではなく、今の『素のあなた』を出しなさい! 門くんを想う、その初々しい乙女の心を!」

「っ〜〜〜〜〜〜っっ!? な、何を仰いますのよーーーっ!?」

玲央が茹でダコのように顔を真っ赤にしてパニックを起こした瞬間、彼女の頑固な完璧主義の仮面が崩れ、素の純粋な魔力が解放された。そこにルージュの闇の誘導が滑り込み、完璧な二重螺旋が完成する。

高橋玲央、成功。

「残り、八十八枚ですわ」


「次、南原さん!」

頭脳派のツンデレ、南原紗良。

「数式で魔力を捉えようとしすぎて、感覚の出力が追いついていませんわ!」

「作用と、反作用……。私の計算式は、完璧なはず……っ! なのに、どうして……っ!」

焦る南原の脳内で魔力回路がショートしかけ、彼女の持つ「光の回復魔力」が逆に闇の魔力を激しく拒絶して、強烈な電磁パルスを放ち始める。

ババババババババッ!!!

「ひゃああっ!? 計算バカの逆襲ね!!」

ルージュが扇子を必死に振り回す。空間の神札が【三枚】火柱を上げて消え失せた。その時、隣に立つ佐藤陽翔が、目を瞑ったままボソリと声を掛けた。

「……紗良ちゃん。俺がマネージャーとして、全体を俯瞰してサポートするっス。だから……理屈を捨てて、俺の広い視野に魔力を預けるっスよ」

「佐藤……くん……っ! ……だ、誰が、デリカシー皆無のサルを……っ! ……でも、あんたが、私の、マネージャーなら……っ!」

不器用な乙女の覚悟が、佐藤との阿吽の呼吸を思い出させる。その瞬間、南原の魔力は理詰めの檻を破り、極めて的確で攻防のバランスに優れた光柱と闇の循環を確立した。

南原紗良、成功。

「残り、八十五枚」


「次、佐藤くん! 遊撃手としての才能を見せなさい!」

佐藤陽翔の前に鮎が立ち、その胸元に手をかざす。

「おっぱいへの煩悩は結構ですが、魔力までいやらしい動きをしていますわよ!」

「ギクッ!? いや、今はそんなこと考えてないッスよ! 健全な男子高校生として、ただ集中してるだけッス!」

佐藤はS+級の魔力操作能力を持っている。しかし、ピュアすぎるがゆえに、鮎の濡れた禊装束のダイナマイトボディの残像が脳裏をよぎり、魔力の中心がドクン、ドクンと不穏な脈動を始める。

ボウッ!!!

「ちょっと! このサル、今エロいこと考えたでしょう!! 札が【二枚】身代わりで燃えたわよ!!」

ルージュが激怒する。

「違うッス! これは不可抗力ッス! ……うおおおお、集中! ピッチャーマウンドから全体を俯瞰する広い視野を、自分自身の内側に向けるッス!!」

佐藤陽翔の本領発揮であった。彼は一瞬で煩悩をシャットアウトし、部内トップの魔力コントロールを全開にした。瞬く間に、光柱と闇の循環のチャンネルを完璧にトレースし、十人の中で最も美しく、巨大な二重螺旋の魔力を完成させてみせた。

佐藤陽翔、成功。

「残り、八十三枚。……ここから一年生よ、覚悟しなさい!」


「次、大文字くん! 筋肉バカの底力を見せなさい!」

「押忍ゥゥゥッ!! 自分、筋肉の叫びを天に届けますッ!!」

大文字鉄平が、丹田に力を込めて『剛体』の超筋力を暴発させる。魔力の制御など一切無視した、純粋な物理パワーの暴風雨(ドッギャァァン!)が道場内に吹き荒れた。

ババババババッ!!!

「ぎゃああああかっ!? 何よこのゴリラ!! 札が、札が一気に【十枚】消し飛んだわよ!!」

ルージュが悲鳴を上げる。大文字の規格外の質量を抑え込むため、神札が恐ろしい勢いで燃え尽きていく。

「加減を覚えなさいと言ったでしょう!! 力ではなく、その頑強な肉体を『光の器』にするのですわ!」

鮎が全力で大文字の額をパチンと弾いた。その衝撃で大文字の脳内が強制リセットされ、彼の超筋力は一本の太く頑丈な光柱へと変貌し、大地にしっかりと根を張った。

大文字鉄平、成功。

「残り、七十三枚……! 予断を許さないわよ!」


「次、桐生くん!」

若手俳優志望の桐生蓮。

「見えているのに体が動かないなら、魔力の流れを『視覚』で先導しなさい!」

「フッ……僕の美しい千里眼なら、君たちの光の軌道なんて、一瞬でエスコートしてみせるさ……って、うわああああっ!?」

基礎体力が皆無な彼は、魔力の奔流の重圧に耐えきれず、肢体がガクガクと震えてそのまま後ろに卒倒しかける。

ボウッ!!!

「倒れるんじゃないわよ、キザ男!! 体力が足りない分を、札が【五枚】肩代わりしたわ!!」

ルージュの索敵魔法が桐生の身体を影から支える。

「蓮くん、未来を見るのでしょう! 自分が完璧に光を立てている、その数秒先の未来の型を、今ここに引っ張ってきなさい!」

鮎の言葉に、桐生の『神眼』の観察眼が覚醒する。一度見た鮎の光の型を、脳内で完璧にコピーし、自身の肉体に100%の再現度で落とし込んだ。

桐生蓮、成功。

「残り、六十八枚」


「次、桃井くん! その重すぎる愛を魔力に変えなさい!」

「はぁい♡ 陽翔センパァイへの純愛なら、誰にも負けないわよぉ♡」

女装モデルの男の娘、桃井琉生が、目を閉じたまま不敵に微笑む。彼の持つ変身能力の魔力が、佐藤への愛情が重すぎて距離感がおかしい執着と混ざり合い、ドロドロとした歪な闇へと変異しかける。

ジジジジジジ……ッ!!!

「な、何よこれ、愛が重すぎて札の結界が腐食していくわ!?」

ルージュが鳥肌を立てて叫び、神札を【五枚】一気に投入して相殺する。

「桃井くん! 変身(メタモルフォーゼ)の本質は『自己統制』ですわ! 姿を変えるように、魔力の属性もしなやかに変化させなさい!」

高橋玲央から教わった演技論と、自身の高いコミュニケーション能力がリンクする。桃井は一瞬で魔力のトーンを「洗練された都会的な現代スタイル」へと切り替え、完璧に真っ直ぐな光の柱へとその身を変貌させた。

桃井琉生、成功。

「残り、六十三枚。……いよいよ次ね!」


「次、神品さん! 怒りを静め、避雷針を立てなさい!」

「あんな男(佐藤)のどこが……! 阿部お姉さまの腕に抱きついて、オッパイに顔を埋めるのは、僕の特権なんだからぁぁぁぁッ!!」

神品蘭の、佐藤への強烈な嫉妬による『激昂バフ』が最悪のタイミングで発動した。バチバチバチバチギャリギャリギャリッ!!! と、道場全体を焼き尽くさんばかりの、フルパワー・レールガン級の青白いプラズマ電撃が暴発する。

バリバリバリィィィンッ!!!

「ギャアアアアアアッッ!? 完全にリミッターが外れてるわよ!! 雷神化するんじゃないわよ、このメンヘラ百合娘!!」

ルージュの絶叫と共に、空間に浮いていた神札が、一瞬で【十五枚】連続で爆発し、黒焦げの灰となってボタボタと畳に落ちた。

「あ、ああっ……お姉さまに、私の汚い電撃を……向けちゃった……っ!」

あまりの暴走に、蘭は完全に制御を失敗し、絶望してパニックに陥りかける。完全に失敗のパターン。だがその時、正面に立つ阿部凛花が、目を瞑ったまま静かに、しかし優しく声を掛けた。

「蘭ちゃん、もう一回。大丈夫。深呼吸して、私の香水の匂いを嗅いで……私だけを見て、私の真似をすればいいのよ」

「お姉さま……っ! はい、もう一度……僕、やります……!」

一回の失敗を経て、蘭の精神の暴走がピタリと止まる。阿部お姉さまへの純粋な憧れの心が光の芯となり、荒ぶる稲妻はすべて、その柱の周囲を回る完璧な電磁結界へと収束していった。

神品蘭、成功。

「残り、四十八枚……!!! マスター、次が最後、あのトラブルメーカーよ!!」

ルージュが、三百年の人生で初めて悲鳴に似た声を上げた。最後の一人は、合気武道部最大にして最強の怪異枠、極度のビビリにして、無自覚に怪異世界を統べる『霊王』の資質を持つ少女――雨宮千歳だ。


「最後、千歳ちゃん!! 恐怖を捨て、自分の境界を支配しなさい!」

「ひゃああああああんっっ!! 怖いですぅ、何か後ろにすごいドレスのオバケ(ルージュ)がいる気配がしますぅぅぅぅッ!!」

千歳の極度の恐怖心が引き金となり、彼女の中に眠る『境界支配(ボーダー・ドミニオン)』の超広域念力が、無自覚に大暴走を始めた。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

道場の空間そのものが歪み、壁がミシミシと音を立て、背景の廊下には、彼女の霊視が引き寄せた黒い影のようなモンスターたちの幻影が、ゾワゾワと這い出し始める。

「マ、マスター!! 空間が折れるわ!! 東京中の怪異がここに集まっちゃう!!」

ルージュが、最後の力を振り絞って影の中の神札をすべて突き出す。


ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!!

ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!!


空間の神札が、まるでガトリング砲で撃ち抜かれたように、凄まじい超高速連鎖で大爆発を起こし始めた。

十枚、二十枚、三十枚、四十枚――ッ!!!

千歳の圧倒的な災害規模の念動力を、神札がその身を犠牲にして、文字通りミリ単位でねじ伏せ、相殺していく。凄まじいまでの轟音と炎の嵐。


「ッハ……!!! 残り……は、八枚……っ!? 終わった、もう終わりですわ……!!」

ルージュが、息も絶え絶えになりながら絶叫した。まさにラスボス戦の如き絶望的な緊張感。


「千歳ちゃん!!! 怖くありませんわ!! 私を見なさい! あなたは怪異に怯えるビビリじゃない、あらゆる境界を操る、優しくて真面目な、合気武道部の戦士ですわ!!」

鮎が、千歳の豊かなIカップの胸元を、優しく、しかし絶対に揺るがない強さでギュッと抱きしめた。

「あ……鮎、先輩……」

千歳の心の底にある恐怖が、先輩の温もりによってスーッと溶けていく。

その瞬間、暴走していた町一つを覆うほどの超広域念力と空間転移の魔力が、彼女の身体の中心にある一本の美しく、どこまでも深い黄金の光柱へと、完全に吸い込まれるようにして収束した。背景の影のモンスターたちも、「御意」とでも言うように静かに霧へと消え去っていく。


「――はい、そこまで。全員、目を開けなさいな」


鮎の、どこまでも穏やかで凛とした声が道場に響き渡った。


十人が、一斉に目を開く。

「「「「「パァァァァァァァァァァァァァァッ……!!!」」」」」


道場内は、かつてないほど神聖で、どこまでも透き通った黄金色の光に満ち溢れていた。十人全員の正中から、天と地を貫く完璧な『光の柱』が立ち昇り、二年生たちの周囲では、漆黒の闇の魔力が完璧な流動性を持って美しく循環している。

修行編の集大成となる、光の神術の基礎習得。心身ともに完全に清められ、一段階上の次元へと覚醒を果たした、新生・合気武道部の真の姿が、そこにはあった。


「お、お見事でしたわ、皆様。……これで、光の神術の基礎は完全にマスターできましたわね」

正面に立つ本多鮎は、ピンク色の瞳を優しく細め、濡れた禊装束のまま、何事もなかったかのように優雅で気品溢れる完璧な微笑(ポーカーフェイス)を浮かべていた。


「ええ、素晴らしいコントロールでしたわ。わたくしも、少しだけ感心いたしましたのよ」

後ろに立つルージュも、黒い扇子で口元を隠し、真紅の瞳に気高き余裕を湛えながら、パタパタと涼しげに扇子を動かしている。これぞ、大人の、そして圧倒的強者のポーカーフェイス。


――だが。

二人の内心(心の中)は、完全に『地獄の底』にいた。


鮎(ハゲる!!! 魂がハゲ散らかすかと思ったわよおぉぉぉぉぉッッ!!! 何なのあの一年生のポンコツ爆発力のオンパレードは!? 大文字くんはゴリラだし、蘭ちゃんは暴走して一回失敗するし、千歳ちゃんにいたっては世界が滅びかけてお札が一瞬で40枚も消し飛ぶじゃないのよ!! 二度とやらない、こんな10人同時の強制誘導なんて絶対に二度とやらないんだからねぇぇぇぇっっ!!! 疲れた!! 泥のように疲れたわよおぉぉぉぉっっ!!!)


ルージュ(死ぬ!!! 三百年の吸血鬼人生の中で、一番魔力を精密に、胃に穴が開くほど絞り出したわよ!! 最後の千歳の暴走で札が残り八枚って何よ、あと一歩でわたくしもろともこの道場が木っ端微塵に吹き飛んでたじゃないのよ!! このクズ変態サイコパス高校生どもの面倒を見るなんて聞いてないわよ!! 疲れたわよ!! いますぐファミレスでデミグラスハンバーグ食べて寝たいわよおぉぉぉぉっっ!!!)


表面上は完璧な聖母と女王の笑顔を浮かべながら、二人の精神のHPは完全に【マイナス999】に達していた。


「さあ、修行はここまでですわ! 全員、更衣室へ行って、『水着』をちゃんと着用してから、温泉へ向かいなさい!」

鮎が、声を震わせるのを必死に堪えながら、ピシッと更衣室を指差した。

「いいことですわね? 服のまま入るのも、ましてや全裸でお湯にダイブするような、不純異性交遊に魂を売った馬鹿は、この私がデュラハンの大剣で一刀両断にしますからね!! ちゃんと水着を着るのよ!!」

「ちぇー、鮎先輩ってばお堅いんだからぁ。陽翔センパァイ、早く水着に着替えて温泉行こうよぉ♡」

男の娘・桃井琉生が、ぷーっと頬を膨らませて笑う。


「助かった……! 俺の、健全な男子高校生としての貞操と理性が、鮎先輩のドSなルールによって守られたッス……! お前ら、早く水着に着替えて温泉行くっスよ!!」

佐藤陽翔の威勢の良い掛け声に、「「「「「押忍!!!!!」」」」」と、十人の若き能力者たちの魂の声が、初夏の夜空へと響き渡る。


修行で張り詰めた空気から一転し、心地よい達成感を胸に抱いた部員たちは、次なる癒やしの時間である天然温泉を目指して、一斉に更衣室へとドタバタと走り出していくのだった。

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