【新入生歓迎ステージと、修羅たちの演武】
【新入生歓迎ステージと、修羅たちの演武】
うららかな春の風が薄紅色の桜を運び、学舎のガラス窓を軽やかに叩く。
私立聖ミカエル学園が所有する巨大なアリーナは、新学期特有の熱を帯びていた。およそ千人もの学生が一堂に会する一大行事『新入生歓迎ステージ』が開催され、会場は期待と興奮のざわめきに包まれている。
しかし、今年の会場の空気は例年通りの平和なものではなかった。肌を刺すような、ピリピリとした危険な緊張感が底流で渦巻いているのだ。
表向きは華々しい部活動の紹介イベント。だが今年度より、国内最大手の芸能事務所『スノー』のトップ・立花雪が学園総長に就任した影響で、裏社会に生きる異能の者たちが続々と編入を果たしていた。一般の学生たちが無邪気に笑い合うすぐ側で、裏の組織から送り込まれた血生臭い能力者たちが、互いの腹を探るように鋭い警戒の視線を巡らせている。
そんな混沌とした裏事情など知る由もない一般生徒たちに向け、司会役の生徒が高らかにマイクで宣言した。
「続いての部活動紹介は――合気武道部です!」
その声が響き渡ると同時に、会場のメインライトがスッと落とされ、中央に設営されたステージへ強烈なピンスポットが降り注いだ。
静寂の中、素早く敷き詰められた畳の上に姿を現したのは、五人の二年生たちだった。
去年は先輩たちのノープランぶりに地獄の底を見た彼らだが、今年の気合いは違う。
硬派を絵に描いたような主将の門蒼真、爽やかな笑顔の副主将・佐藤陽翔、完璧主義を貫く女優の高橋玲央、論理的思考を持つ元子役の南原紗良、そして圧倒的なスタイルを誇るモデルの阿部凛花。
五人が等間隔に並び立ち、一斉に深く一礼をした。人数が増えたことで、昨年とは比べ物にならないほど多彩で「実戦的」な技の数々を連続して披露できる陣形が整っている。
「始めッ!!」
主将である門の、腹の底から絞り出されたような気合いを合図に、修羅の演武が幕を開けた。
ダァァンッ!!
バァァンッ!!
鼓膜を揺らすほどの、凄まじく重い受け身の音が体育館に響き渡る。
それは一般人が想像するような「相手の力を利用して優雅に投げる」護身術などでは断じてなかった。
敵の死角に踏み込むと同時に放たれる眼球や顎へのえげつない打撃、金的へのフェイントから始まり、相手の関節を破壊する勢いで強引に逆方向へ極め上げ、硬い畳へ容赦なく叩きつける。泥臭く、暴力的で、激痛を伴う「本物の殺し合い」を想定した恐るべき武道である。
門が凄まじい踏み込みで佐藤の腕を掴み、手首をへし折る勢いで『四方投げ』を放つ。佐藤は天性の運動神経と極まった受け身によって激痛を紙一重で回避し、すぐさま反撃へと転じる。
高橋と南原も、可憐な女子高生とは思えないほど冷徹極まりない体捌きで連携し、仮想の敵を次々と制圧。
さらに長身の阿部がそのリーチを活かしたダイナミックな『入り身投げ』を放ち、門の巨体を大きく宙へ放り投げた。
容赦のない打撃音と一切手加減のない惨状に、一般の生徒たちは完全に息を呑み、悲鳴すら上げられずに静まり返っていた。
そして、息もつかせぬ演武はクライマックスを迎える。
五人は事前に部室で打ち合わせていた「真の目的」を実行に移した。彼らは学園が今、裏社会の能力者たちを集めた軍事訓練施設のようになっていることに気づいている。だからこそ、血の匂いを知る者たちに「この部活にはヤバい奴らがいるから手を出すな」と強烈な警告を刻み込む必要があった。
「――ハァッ!!」
五人の全身から、かつて部室を支配していた極黒の魔王・恋問持子から分け与えられた『極黒の魔力』が、黒い靄となって一斉に立ち昇った。
アリーナの温度が急激に数度下がったかのような錯覚を引き起こし、空間そのものが軋みを上げるほどのプレッシャーがステージから放たれる。
「なっ……!?」
「嘘だろ、あいつら一般生徒じゃ……ッ!」
客席に潜んでいた転入生の能力者たちが、顔面を蒼白にしてガタッ!と席を立ち上がりかける。
ただの武道だと思っていたのに、ステージの五人から放たれているのは、歴戦の修羅すら震え上がるほど濃密で凶悪な魔力の残滓だった。能力者たちは一様に冷や汗を流し、合気武道部を「絶対に敵に回してはならない脅威」として脳裏に深く刻み込んだ。
圧倒的な静寂に包まれる空間。
その静けさを縫うように、南原紗良が静かにマイクを手にして中央へ歩み出た。
「……皆様、お静かに。今お見せした通り、本物の合気武道は生死の境を想定しているため、動きが早すぎて何が起きたか分からなかったかと思います。ここからはゆっくりと、技の解説を行います」
冷徹な知性を感じさせる彼女の澄んだ声が、静電気のように会場の空気を支配する。
南原の合図で、高橋玲央と門蒼真が向かい合った。
「受けを務めるのは、体格の良い主将の門。そして技をかけるのは高橋です。一番技が綺麗で分かりやすい彼女の動きにご注目ください」
門がゆっくりとした動作で、大上段から手刀を振り下ろす。完璧主義の高橋は一切の無駄がない洗練された所作で門の死角へと滑り込んだ。
「相手の力を誘導し、手首の関節を極めながら重心を根こそぎ奪い取ります。――小手返し」
スパーンッ!
門の巨体が綺麗に宙を舞い、美しい弧を描いて畳に叩きつけられた。それは恋人同士である二人の「阿吽の呼吸」が成せる、極限の修練の結晶だった。
「このように、力のない女性であっても、理合を用いれば巨漢を容易く制圧することが可能なのです」
南原の論理的な解説により、一般生徒たちから「おおぉ……!」と感嘆と安堵の声が漏れた。凄惨な演武から一転して見せられた美しい技の軌跡は、新入生たちの目にひどく魅力的に映ったのだ。
続いて佐藤が、爽やかなスポーツマンの笑顔全開でマイクを握る。
「はいはーい! 副主将の佐藤ッス! 見ての通りゴリゴリの武道やってますけど、俺自身も去年までは完全な未経験者でした!」
新入生たちに向かって大きく手を振る佐藤。
「根性がなくても大丈夫ッス! 合気武道部は、仲間と一緒にワイワイ楽しく続けられる、最高の部活ッスよ!」
(……夏合宿では全身筋肉痛で毎日泣きながらゲロ吐いてたし、持子先輩の理不尽な暴力で死にかけたけど! でも今は! 今は楽しいッスから嘘じゃないッス!)
心の中で盛大な言い訳と自己正当化をしながらも、その親しみやすい笑顔は男子生徒たちの警戒心を大いに解いていた。
最後に、阿部凛花が一歩前へ出る。
彼女は自身の180センチの完璧なプロポーションを誇示するように、ステージの中央でピタリと立ち止まった。
脳裏に思い描くのは、彼女が崇拝してやまない唯一無二の神、恋問持子の姿。阿部は羞恥心を全力で心の奥底に封じ込め、空気が震えるような迫力でバァァン!と完璧なモデルポーズを決めた。
「合気武道は、ただ強いだけではありません! 丹田を意識し体幹を鍛えることで、究極の美貌を手に入れることができます! 信じられないなら……今の私を見なさいっ! バーーーン!!」
(あああああ恥ずかしいぃぃぃっ! 無理ぃぃっ! でも持子様、私やり切りましたよぉぉっ!)
顔は耳の裏まで真っ赤に染まっていたが、その圧倒的なスタイルと神々しいオーラは、男女問わず新入生たちの目を完全に釘付けにしていた。
***
そんなステージの熱狂とカオスを、アリーナの最後方から楽しげに見つめている一人の少女がいた。
三年生の一般科であり、TIAの特級エージェントである風間楓だ。
普段は裏社会で神話級の宝具を振るう彼女だが、今は首から二台のカメラをぶら下げている。一台は愛用の『ペンタックスK-1markⅡ』、もう一台は持子から預かった『RICOH GR4』だ。
カシャッ、カシャシャッ。
楓はファインダー越しに、一生懸命にバカをやっている愛すべき後輩たちの姿を捉え、次々とシャッターを切っていた。
「ふふ……。相変わらず、無茶苦茶な演武ね。でも……すごくいい顔してるじゃない」
血生臭い任務から離れ、ただの「写真部の高校生」としてレンズを向けるこの瞬間。彼女の顔に冷徹な仮面はなく、心から青春を楽しんでいるような柔らかい笑みが浮かんでいた。
***
一方、観客席にいる一年生たちは、この演武を見て完全に心を奪われていた。
魔力を見せつけられた能力者たちも、その圧倒的な力に強い興味を惹かれている。
「……はぁっ、佐藤先輩……♡」
芸能科の客席で、制服をギャル系に着崩した美少年、桃井琉生が熱っぽい視線を送っていた。覚醒者C級である彼は、愛情が重すぎる男の娘だ。
佐藤のお尻を見て立っちゃうほどの変態である彼は、頬を両手で包み込んで恍惚の吐息を漏らす。
「あの激しい受け身……佐藤先輩の引き締まったお尻の筋肉……たまらないですぅ。絶対に合気武道部に入部して、先輩を攻め落とします……♡」
固い決意を抱く桃井の股間は、すでにカチカチに硬くなっていた。
その少し離れた席では、小柄な美少女がギリッと歯を食いしばっていた。
芸能科の神品蘭。阿部を「お姉さま」と慕う負けヒロイン予備軍の彼女は、ステージ上で輝く阿部の姿に目を潤ませつつ、隣で笑う佐藤をゴミを見るような目で睨みつけた。
「凛花お姉さま……今日も最高に美しいです……っ! でも、あんな男たちと一緒にいるなんて許せない。僕が入部して、お姉さまの側で悪い虫を駆除しなきゃ!」
彼女は鼻息を荒くして立ち上がった。
さらに、腕を組んで面白そうにステージを見上げているイケメンがいた。
桐生蓮だ。南原とは子役時代からの幼馴染であり、芸能界の顔役でもある彼は、知的な解説を終えた南原を見てクスリと笑う。
「紗良のやつ、あんなに生き生きとしちゃって。僕も入部して、彼女の素直じゃないところを少しからかってあげようかな」
一般科の席では、極度のビビリである雨宮千歳が、指の隙間からステージを見つめていた。無自覚に怪異を引き寄せてしまう彼女は、先ほどの魔力の放出を見て直感的に確信していた。
「あ、あの人たちなら……私の力が暴走しても、きっと守ってくれる……。私、入部します……っ!」
そして壁際では、一人だけ異様な熱気を放っている巨漢がいた。
大文字鉄平だ。175センチ、120キロの恵まれた肉体を持ち、常に強い奴と戦いたいと願っている彼は、門と高橋の演武を見て激しい武者震いをしていた。
「おおお……! なんという洗練された技! あの主将、只者ではない! 自分、絶対に入部してあの人に挑みます! 押忍!!」
***
放課後。
合気武道部の部室の前には、かつてないほどの長蛇の列ができていた。
「えーっ!? マジっスか!? 50人も入部希望者が来てるッスよ!?」
佐藤が窓から外を覗き込み、目を限界まで丸くして叫んだ。
「ふふん! 当然よ! 私の完璧なモデルポーズと美貌が、みんなを虜にしたんだわ!」
阿部がふんぞり返ってドヤ顔を決める。
「阿部さんの最後のアピールは羞恥心で自滅しかかっていましたけれど。……ですが、能力者への牽制も上手くいき、実用性が伝わったことで芸能科の生徒たちも多数興味を持った結果ですね」
南原が冷静に分析し、高橋も「ええ。これで存続は安泰ですわ」と完璧な笑みを浮かべた。
桃井、神品、桐生、雨宮、大文字。
アクの強すぎる彼らを含め、次々と新入生たちが部室へ足を踏み入れていく。
「これからよろしくお願いします、先輩方!」
「初心者ですが、頑張ります!」
希望に満ちた新入生たちの輝かしい笑顔。
だが――。
門、佐藤、高橋、南原、阿部の五人は、その眩しい笑顔を見つめながら、心の奥底で全く同じことを考えていた。
(((……この中で残るのは、絶対に一桁だな)))
彼らは分かっている。全員が痛いほどに理解している。
合気武道の稽古は、常軌を逸するほどに辛く、泥臭く、苦しい。「修羅の部活」の看板は伊達ではないのだ。生半可な覚悟で入ってきたこの50人のほとんどが、一週間以内に絶望して辞めていくことを確信していた。
「よし、新入生ども! よく来たな!」
門蒼真が、鬼軍曹のような恐ろしい笑みを浮かべて前に出る。
「今日からお前たちは合気武道部の一員だ! 早速だが、明日の朝練は腕立て伏せ100回と、地獄の無限受け身から始めるぞ!」
「「「……え?」」」
新入生たちの無邪気な笑顔が、一瞬にして凍りついた。
波乱に満ちた新学期。
新生・合気武道部のカオスな日常は、こうして本格的に幕を開けたのであった。




