【新入部員を探していたら、訳あり能力者と変人しか集まらなかった件】
「はぁっ……はぁっ……! なんとか、撒いたか……っ!?」
学舎の階段の踊り場に辿り着いた佐藤陽翔は、膝に手をついたまま、ぜえぜえと荒い息を吐き出していた。
さっきまでいた芸能科の廊下で、絶世の美少女――ではなく美少年である桃井琉生からの「愛情表現の乱取り(激しいハグ)」を間一髪で回避し、そこから全速力で逃げてきたところだった。
厳しい合気武道の稽古のおかげで受け身や回避能力は極まっているが、貞操の危機(特にお尻)を感じながらの逃走劇は、彼の精神力を容赦なく削っていた。
「ひどいッス……俺だって健全な男子高校生なんスよ……」
誰もいない階段に、佐藤の悲痛な声が響く。
「優しくて可愛い女の子に癒されたいだけなのに、なんで男の娘に狙われなきゃなんないんスか……」
絶望のあまり階段の隅でうずくまり、壁に頭をゴンゴンと打ち付けていると、背後からパタパタと足音が近づいてきた。
「ちょっと陽翔! もう、急に全力ダッシュで逃げるんだから。探したんだよ」
追いかけてきたのは阿部凛花だった。彼女は壁に向かってめそめそしている親友の情けない背中を見て、ふうっとため息をつく。
「……落ち込んでるの?」
「当たり前ッスよ……。俺の淡い青春の期待が、完全に木っ端微塵に砕け散ったんスから……」
どん底まで落ち込む佐藤の姿を見て、阿部は少し考え込んだ。
彼女にとって佐藤は、共に厳しい稽古を乗り越え、偉大なる魔王・恋問持子を共に崇拝し、たこ焼き屋で『おっぱいのエアー揉み』の特訓にまで付き合ってくれた、かけがえのない「心の友」であり「悪友」だ。
彼が元気を出してくれるなら、一肌脱いでもいい。
阿部は少しだけ頬を朱に染め、屈み込んで佐藤の顔を覗き込んだ。そして、自身の豊かな胸元をスッと寄せて強調しながら、とんでもない提案を口にする。
「……陽翔。そんなに落ち込んでるなら、元気出るように……私のおっぱい、揉む?」
「!!?」
佐藤はビクッと肩を震わせ、阿部の顔と、見事に成長したその胸元を交互に見つめた。
確かに、阿部凛花のプロポーションは1年生の頃とは比べ物にならないほど発育しており、今や神(持子)に肉薄するほどの魅力を持っている。健全な男子である佐藤にとって、それは喉から手が出るほど魅力的な提案であるはずだった。
しかし、佐藤の瞳に宿ったのは欲望ではなく、静かなる理性だった。彼は静かに首を横に振る。
「……ダメッスよ。凛花は、俺の『心の友』であり『悪友』ッス。だから、凛花のおっぱいは揉めないッス」
「そっか……」
阿部は少しだけ恥ずかしそうに、けれどどこかホッとしたような笑みを浮かべた。
「でも……凛花が俺を元気付けようとして、そんな提案までしてくれた気持ちは……すごく嬉しかったッス。サンキューな、凛花」
佐藤は壁から離れて立ち上がり、パンパンと制服の埃を払う。その顔からは先ほどの絶望は消え、いつもの前向きで爽快な笑顔が戻っていた。
「よし! クヨクヨしてても仕方ないッス! 新入生の勧誘、続けるッスよ!」
「ふふっ、うん! その意気だよ、陽翔! おーっ!」
二人は気合いを入れ直し、今度は一般科の教室があるフロアへと向かっていった。
***
一般科1年生の教室。
放課後の教室にはまだ数人の生徒が残っていたが、一番後ろの隅の席で、ひっそりと息を潜めるように座る女子生徒がいた。
長いポニーテールに、度の強い地味な眼鏡。肩をすくませて、周囲の物音にオドオドと挙動不審に震えている彼女の名は、雨宮千歳。
「あの、よかったら見学だけでも来てみないッスか?」
「初心者大歓迎だよ。優しい先輩がいっぱいいるからね!」
不意に明るい声をかけられ、千歳は「ひぃっ!?」と肩を跳ねさせた。
恐る恐る顔を上げると、そこには太陽のように爽やかな笑顔の佐藤と、女神のように美しく微笑む阿部が立っていた。
(ひ、人がきた……っ。どうしよう、また私のせいで、変な現象が起きたら……)
極度のビビリでありながら、生まれつき強力な超能力(念力、霊視、結界など)を持つ千歳は、これまで自分の力のせいで周囲から浮いて生きてきた。無自覚に霊的なものを引き寄せてしまう体質でもあり、常に周囲を警戒して怯えていたのだ。
しかし、千歳の「霊視」能力が、目の前の二人から発せられるオーラを捉えた瞬間、彼女の目は驚愕に見開かれた。
(この人たち……すごい……。温かくて、大きくて……それに、底知れない『闇』と『光』の力を持ってるのに、全然怖くない……!)
二人の内側から溢れる魔力の残滓が、千歳の分厚い警戒心をあっという間に溶かしていく。直感が「この人たちは絶対に安全だ」と強く告げていた。
「わ、私でも……できる、かな……?」
千歳は、少しどもりながらも、佐藤が差し出した勧誘チラシを両手でしっかりと握りしめた。
「先輩たち……優しい、です……」
「もちろんッスよ! 合気武道は力じゃなくて理合や理屈で相手を制する武道だから、女の子でも全然大丈夫ッス!」
「そうそう。うちの部活、女の子も多いから安心してね!」
二人の優しさに触れ、千歳の感情が大きく揺れ動いた。嬉しさと安心感で胸がいっぱいになった瞬間――彼女の感情に呼応して、無意識に強力な『念動力』の衝撃波がドクンと爆発し、至近距離にいた二人に凄まじい勢いで放たれてしまったのだ。
(あっ! しまった、力が暴発……!)
千歳が青ざめて息を呑んだ瞬間だった。
『――スッ』
念動力の不可視の衝撃波が到達する直前、佐藤と阿部の身体の表面を、薄氷のような『極黒の魔力』が自動的に覆った。
それは、かつて魔王・恋問持子から分け与えられた強者の魔力。二年生である彼らの肉体に深く染み付いたその力は、千歳の強力な念動力をそよ風のように容易く無効化し、空中で霧散させてしまった。
「ん? 凛花、今なんか風吹いたッスか?」
「うん? 窓でも開いてるのかな? 何かあった?」
当の二人は、超能力による物理的な攻撃を受けたことにすら全く気付かず、キョトンと首を傾げている。
(……えっ!? 私の念動力を、無意識のオーラだけで完全に無効化した……!?)
千歳は眼鏡の奥の目を限界まで見開いた。
これまで、彼女の規格外の超能力をこんなにも簡単に、無自覚に防いでみせた人間など一人もいなかったのだ。
(ここなら……この人たちのところなら、もし私の力が暴発しても、なんとかしてくれるかもしれない……!)
「あ、あのっ! 見学、絶対に行きます……っ!」
千歳はチラシを大事そうに胸に抱きしめ、期待に満ちた瞳で深く頷いた。
***
千歳との出会いを経て、佐藤と阿部は一般科の廊下をさらに奥へと進んでいた。
突き当たりの空間。そこからは、何やらただ事ではない風切り音が聞こえていた。
「シュッ! シュッ! フンッ!!」
そこには、身長175cm、体重120kgはあろうかという筋肉の塊のような巨漢が、周囲の空気を一切読まずに一人で激しい素振りを繰り返していた。元相撲取りか空手家のような厳つい顔つきで、放たれる正拳突きは窓ガラスをビリビリと震わせている。
大文字鉄平。彼もまた一般科の1年生であった。
「あ、あの……合気武道部ですけど……」
佐藤が恐る恐る声をかけ、チラシを差し出す。
その言葉を聞いた瞬間、大文字の荒々しい動きがピタリと止まった。
彼はゆっくりと二人を振り返ると、ドドォン!と地響きを立てる勢いで深く一礼した。
「合気武道部……! あの伝説の『千手先輩、森先輩、恋問先輩』がいらっしゃったという、修羅の部活ですね!!」
「しゅ、修羅の部活?」
「自分、強い奴と戦うためにこの学園に入学しました! 合気武道部……必ず行かせていただきます、押忍!!」
暑苦しいほどの圧倒的な情熱と、武道バカ特有の真っ直ぐすぎる眼差し。
一切の空気を読まない堂々たる宣言に、佐藤と阿部は思わず顔を見合わせ、引き攣った苦笑いを浮かべるしかなかった。
***
「ただいま戻りましたー! いやぁ、今年の1年生、なんかキャラ濃くないですか!?」
夕暮れの部室。ドアを開けるなり、佐藤と阿部がどっと疲れた顔で報告した。
「ご苦労! どうやら手応えはあったようだな」
留守番をしていた門蒼真が、腕を組んで満足げに立ち上がった。その横では、高橋と南原が真剣な表情で書類を整理している。
「アプローチは完璧だ。一年生たちは確実に『合気武道部』に興味を持ったはずだ。あとは――」
門の言葉に、佐藤、阿部、南原、高橋が歩み寄り、5人は部室の中央で自然と円陣を組むように力強い視線を交わした。
「明日の『新入生歓迎ステージ』での演武! 俺たち2年生の実力を見せつけて、あいつらの心を完全に釣り上げるぞ!」
門の力強い号令に、部室に声が響き渡る。
「「「おーっ!!」」」
持子たち卒業生が残した「武の炎」を受け継いだ5人の先輩たち。
そして、彼らに引き寄せられるように集まり始めた、訳ありでアクが強すぎる5人の新入生たち。
新生・合気武道部の波乱に満ちた新たな1ページが、いよいよ幕を開けようとしていた――かに見えた。
***
「佐藤くん。お疲れ様でした。約束通り、紅茶淹れますね。阿部さんも、そこに座ってください」
円陣を解いた後、南原紗良がポットから上品な香りの紅茶をカップに注ぎながら、静かな声で言った。
「ありがとう紗良ちゃん! いや〜、ほんと大変な目にあったんだよ!」
「そうそう! 一年生の神品って子が、私にダイブしてきて胸を襲ってきてね〜!」
パイプ椅子に腰掛けた二人は、労をねぎらってもらえる安心感から、ペラペラと報告を始めた。
「俺なんて、桃井って美少女だと思ったら男の娘で! BL展開に持ち込まれそうになって、全力で逃げてきたッス!」
「陽翔、あの時めっちゃ必死な顔してたよねー! あはは!」
「笑えないんだよ! 俺の貞操がピンチだったんだぞ!」
和気藹々と振り返る二人に対し、南原は冷ややかな目で相槌を打つ。
「ふふ、そう。……阿部さん、あの芸能科の廊下にいた時、何か他の出会いはありませんでしたか?」
「え? うーん……あ、そういえば! かっこいい男の子が、紗良ちゃんのこと聞いてきてたよ! あれって知り合い?」
その言葉を聞いた瞬間、部室の温度が急激に氷点下まで下がった。
南原がコトン、と音を立ててティーカップを二人の前に置く。
「どうぞ」
「いただきますッス! ズズッ……あ、美味しい!」
「本当、紗良ちゃんの紅茶は最高だね!」
呑気に紅茶を味わう二人の前で、南原は冷酷な童顔に一切の感情を消した笑みを浮かべ、自身の懐から「一枚の紙」を取り出した。
「その、私のことを聞いてきたかっこいい男の子は、桐生君と言って、私の元子役時代からの後輩なんですけれど。……さっき、わざわざ私のところへ挨拶に来て、『こんなチラシ』を持ってきたんですよ」
バンッ!と机に叩きつけられたのは、佐藤が極秘裏に作成し、阿部が調子に乗って水着の画像をアップデートした『秘密兵器』の現物だった。
「……っ!?」
「げふぅっ!?」
佐藤と阿部が、紅茶を吹き出しそうになりながら完全に硬直した。
二人の視線の先では、先ほどまで優しかった南原の瞳が、シベリアの永久凍土のように冷え切っていた。その後ろでは、高橋玲央が「なんて破廉恥な……! 完璧な私たちの計画を汚すなんて万死に値しますわ!」と激怒して扇子を握りつぶしており、主将である門蒼真が「佐藤……お前、俺たちの『勧誘チラシ』をどうした?」とヤクザ顔負けの武道家の圧を放ちながら拳をポキポキと鳴らしている。
「あ、いや……これはその、マーケティングの一環というか……ッスね!」
「そ、そうそう! 時代のニーズに合わせた、臨機応変な神への信仰の……!」
冷や汗を滝のように流して必死に言い訳をひねり出そうとする二人だったが、怒れる三人衆の耳にそんな戯言が届くはずもなかった。
「問答無用です」
南原の冷酷な宣告と共に、極黒の魔力と合気武道の恐るべき制裁が、夕暮れの部室に容赦なく炸裂した。
新入生を迎える前に、まずは身内のアホ二人を粛清する。新生・合気武道部の明日は、まだまだ波乱に満ちているようだった。




