【新入部員勧誘戦線! 美少女と変人だらけの合気武道部に平穏はない】
聖ミカエル学園、芸能科1年生の教室が並ぶ廊下。
そこは、未来のスター候補生たちが集う華やかな空間である。
しかし、今日ばかりはその主役の座は完全に二人の上級生に奪われていた。
「はい、合気武道部です! よかったら見学だけでも来てみてね!」
「初心者大歓迎ッスよ! 優しい先輩が手取り足取り教えるッス!」
180cmの長身と、神(恋問持子)を彷彿とさせる神々しい美貌を放つモデル、阿部凛花。
そして、人の良さ全開 of 爽やかな笑顔と元スポーツマンらしい快活な声でチラシを配る佐藤陽翔。
阿部の圧倒的なプロポーションと洗練されたオーラ、そして佐藤の親しみやすさは絶大な効果を発揮し、二人が配る「秘密兵器」は次々と新入生たちの手に渡っていく。
「ふふん、順調だね、陽翔」
「ッスね! みんな凛花のスタイルの良さに釘付けッスよ!」
勝利を確信し、二人がハイタッチを交わそうとした、その時だった。
「ああっ、凛花お姉さまぁっ!!」
廊下の奥から、小柄な美少女が弾丸のようなスピードですっ飛んできた。
黒髪のロングヘアをふわりとなびかせた彼女は、そのまま阿部の胸元へダイブした。
「わっ!? 神品ちゃん!?」
「すぅぅぅぅぅ……っ! はぁぁ、お姉さまの匂い、お姉さまの温もり……最高ですぅ……っ!」
彼女の名前は神品蘭。
芸能科の1年生であり、阿部を「お姉さま」と慕う読者モデルだ。
その小柄な体躯は身長160センチの少女体型であり、180センチの阿部に抱きつくと、ちょうど顔が阿部の豊満な胸に埋もれる形になる。
蘭はそのまま阿部の胸に顔をぐりぐりと押し付け、目をトロンとさせて勝手に昇天しかかっていた。
「ちょ、ちょっと神品ちゃん、廊下の真ん中でそれは……っ」
「んふふ……僕のお姉さまぁ……♡」
阿部は困り果てた顔で蘭の肩を引き剥がそうとする。
後輩の女の子から向けられる重すぎる愛情表現には、どう対応していいか分からずタジタジになっていた。
「ぷっ、あははは! 凛花、完全に食われてるッスね!」
佐藤はチラシの束を抱えたまま、阿部が困り果てる様子をゲラゲラと笑いながら見物していた。
しかし、その爽やかな笑い声を聞いた瞬間。
阿部の胸に顔を埋めていた蘭の動きがピタリと止まった。
ゆっくりと顔を上げた蘭の表情は、先ほどの恍惚とした乙女の顔から一変し、まるで獲物を狙う夜叉のように険しく冷え切っていた。
男をひどく嫌う彼女にとって、愛するお姉さまの隣に立つ男など言語道断だった。
「……なんで男の分際で、僕のお姉さまの隣に立ってるの? ……ゴミなの?」
「えっ」
佐藤の顔から笑顔が消え去る。
蘭の瞳には、一切の光がない。完全なる絶対零度の殺意と嫉妬がそこにはあった。
彼女の周囲で、パチパチと微弱な電気が弾ける。彼女はD級の覚醒者であり、感情の高ぶりとともに家電や携帯電話を壊せるほどの電気を発生させてしまうのだ。
(なんだこの男……馴れ馴れしく凛花お姉さまを名前で呼んで! 僕は絶対に恋なんて認めないけど、この男の動向は誰よりも気になってしまう……! お姉さまの部活には絶対入るけど、この男は僕が監視して徹底的に排除しなきゃ!)
蘭は心の奥底で恐るべき決意を固めながら、佐藤をゴミを見るような目で見下している。
「うぅ……なんで俺の周りには、キツイ女か、頭のおかしい女か、殺意を向けてくる女しかいないんスか……」
佐藤はガックリと肩を落とし、天を仰いだ。
(俺だって健全な男子高校生なんスよ! 普通に、優しくて可愛い彼女が欲しいッス……!)
そんな佐藤の悲痛な心の叫びを余所に、蘭は阿部の腕に絡みつきながら「お姉さま、あんなゴミ放っておいて、見学に行きましょう?」と甘い声を出している。
「はぁ……気を取り直して、勧誘続けるッスよ……」
落ち込む佐藤は、少し離れた場所にいた背の高い女子生徒に声をかけた。
「はい、合気武道部ッス! よかったら見学に――」
チラシを差し出した佐藤は、ハッと息を呑んだ。
振り返ったその生徒は、身長170センチの細身で、女子の制服を都会的で洗練された現代的なファッションスタイルに着崩した絶世の美少女だった。
明るいブラウンのロングヘアには全体的に柔らかいウェーブがかかっており、涼しげなグリーンがかった瞳が佐藤を真っ直ぐに射抜く。
桃井琉生。
芸能科1年生であり、誰もが振り返る美貌の持ち主だ。
琉生は佐藤からチラシを受け取ると、ふと視線を下げ、佐藤の身体を頭のてっぺんから足の先まで、ねっとりと舐め回すように見つめた。
その視線は、特に佐藤の制服越しにわかる鍛え抜かれた胸板と、キュッと引き締まったお尻でピタリと止まった。
「ふぇぇ……センパイ、すっごくイイ筋肉……♡」
琉生は頬を赤らめ、艶っぽい声で囁いた。
「わたし、センパイを攻め落とした後なら……攻められたい、かも……///」
「えっ?」
佐藤の脳内が、一瞬お花畑になった。
(あ、ありがとうございます! こんな美少女にそんなこと言われたら照れるなぁ〜!)
心の中でガッツポーズを決めながら、佐藤はデレデレとした笑顔を浮かべる。
「えへへ、そうッスか? 俺、元ピッチャーだから、体幹とお尻の筋肉にはちょっと自信あるんスよ!」
琉生は上目遣いで佐藤を見つめ、クスッと笑う。
「ヤンチャな男の子って感じで……わたし、好きかも♡」
「えっ……! 年下の超絶美少女からそんなこと言われて……っ、俺、ついにモテ期到来ッスか!?」
有頂天になる佐藤。長年の「優しくて可愛い彼女が欲しい」という願いが、ついに成就する瞬間が来たのだと錯覚した。
そのやり取りを見ていた阿部が、神品蘭を引き剥がしながら苦笑いして近づいてきた。
「良かったね〜、陽翔くん」
阿部はモデル仲間として桃井琉生のことをよく知っている。
知っているからこそ、その瞳にはどこか生温かい、哀れみのような光が宿っていた。
琉生は絶対にメインヒロインにはなれないことを、阿部は痛いほど理解していたのだ。
「あ、凛花先輩! お久しぶりです♡」
琉生は阿部に気づくと、可愛らしく手を振った。そして、少し小首を傾げて尋ねる。
「あれ、もしかして……こちらの先輩は、凛花先輩の彼氏ですか?」
「何を馬鹿なこと言ってるの。佐藤陽翔は私の『心の友』であり『悪友』だけど、彼氏ではないよ。天地がひっくり返ってもね!」
阿部は呆れたように手をヒラヒラと振って即答する。
その言葉を聞いた瞬間、琉生の瞳がキラリと獲物を狙う肉食獣のように輝いた。
「佐藤……佐藤先輩ですね! では、私が佐藤先輩と付き合っても問題ないですね!」
「お、おおっ!? 間接的に告白されたッス!?」
佐藤は完全に舞い上がっていた。顔を真っ赤にして、デレレの極みのような表情を浮かべる。
「す、すごい美少女で声も綺麗で、オーラもすごい……っ! こんな漫画みたいなことが現実に起こるなんて、生きてて良かったッス〜!」
一人で有頂天になっている親友の姿を見て、阿部は「え〜……ウーン……」と困り果てた顔で唸った。
桃井琉生は、確かに圧倒的な美少女だ。しかし、阿部は彼女(彼)が『男の子』であることを知っている。
芸能科のモデル界隈では有名な話であり、男好きで女装して攻めっておかしいだろうと総ツッコミが入るレベルなのだ。
「えっと……陽翔、あのね……」
阿部が真実を告げるべきか迷い、言葉を濁していると、琉生本人が佐藤の顔を覗き込み、悪びれる様子もなくニコリと微笑んだ。
「あ、わたし、性別的には男ですよ? 心は乙女ですけど♡」
「……は?」
佐藤の脳の処理が停止した。
「でも、攻めるのが好きです! 佐藤先輩のお尻を見てたら立っちゃいました♡」
「う、嘘だぁ〜! あははは、またまたご冗談を……」
佐藤は乾いた笑いを浮かべ、周囲を見渡した。
阿部は顔を引き攣らせて目を逸らし、神品蘭は「男同士でくっついてれば、お姉さまに手出ししないだろうから好都合ね」と冷たい目で頷き、廊下にいる芸能科の1年生たちは、全員が無言で首を縦に振って肯定していた。
(嘘だろ……?)
佐藤の全身の毛穴が全開になり、背筋に強烈な悪寒が走る。
「さ・と・う・セ・ン・パ・イ♡ 捕まえちゃいますよぉ♡ 今度、すっぽんの生き血とマムシ粉末たっぷりのウサギさん弁当作ってきますね♡」
愛情が重すぎて距離感のおかしい琉生が両腕を広げ、熱っぽい視線で佐藤に抱きつこうと飛びかかってきた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!? 勘弁してくださぁぁぁいッ!!」
佐藤は合気武道の稽古で培った、いや、それ以上の神速の体捌きを発揮し、琉生の抱擁を紙一重で躱す。
そして、脱兎のごとく廊下の奥へと全力ダッシュで逃走を開始した。
「あーん、先輩逃げないでぇ! 愛情表現の乱取りしましょうよぉ!」
「来るなぁぁぁ! 俺のお尻は誰にも渡さねぇぇぇッ!!」
「あーあ、行っちゃった……」
阿部は、猛スピードで廊下の角を曲がっていく副主将と、それを楽しそうに追いかける絶世の美少年の背中を呆然と見送った。
「ちょっと陽翔! チラシ配り放り出して逃げるなんて……待ちなさいよ!」
阿部が慌てて佐藤の後を追おうと一歩踏出した、その時。
「やあ。君、合気武道部?」
廊下の壁にある掲示板の前に、優雅に寄りかかる人影があった。
180センチの細身の筋肉質。明るい茶色の少しウェーブがかったミディアムヘアに、自信に満ちたハンサムな顔立ちをしている。
ゴールドのパイピングが施された黒いテーラードブレザーを着こなす彼の姿は、ただそこにいるだけで周囲の目を惹きつけた。
桐生蓮。
南原とは子役時代からの幼馴染であり、彼女に惚れている若手俳優だ。
彼は「芸能界の顔役」としての強力なオーラを放ちながら、掲示板に勝手に貼り付けられた佐藤特製の「エロチラシ」を指差していた。
正確には、そのチラシの隅に小さく印刷されている『南原紗良の水着写真』を。
「……ふーん。紗良もこの部活で頑張ってるんだね」
「あ、はい! 合気武道部ですけど……入部希望ですか?」
阿部が立ち止まり、営業スマイルを浮かべる。
蓮は歌や演技は天才的だが、格闘技になど微塵も興味はなかった。
しかし、不敵な笑みを浮かべてそのチラシをペリッと剥がすと、丁寧に折りたたんで自らの制服の懐にしまった。
「紗良がいるなら、僕がエスコートしてあげないとね。見学、行かせてもらうよ」
南原のツンデレを見抜き、彼女の恋愛相談相手として裏で暗躍してきた彼は、状況を俯瞰して面白がるトリックスターのような瞳で笑った。
(なんか、また厄介そうなのが釣れたわね……)
阿部は引き攣った笑顔を浮かべながら、合気武道部の前途に更なるカオスの予感を感じずにはいられなかった。




