【新生・合気武道部の勧誘大作戦】
【新生・合気武道部の勧誘大作戦】
私立聖ミカエル学園。
うららかな春の陽気が差し込む放課後の校舎の一角に、ひっそりと、しかし熱気を孕んで存在する部屋がある。
合気武道部・部室。
かつて、極黒の魔王であり絶世のトップモデルでもあった「恋問持子」が支配し、数多の伝説とカオスを刻み込んだこの場所も、彼女たちが卒業した今、新たな世代へと引き継がれていた。
「よし、今年の勧誘スケジュールとポスターの準備は完璧ですわね」
机の上に整然と並べられたのは、美しくデザインされた勧誘チラシと、分刻みで組まれた隙のない勧誘計画書。
それらを満足げに見下ろしているのは、クールビューティーな美貌を持つ高橋玲央だ。
彼女は究極の完璧主義者であり、現在はドラマ主演も決まっている若手女優の注目株でもある。
その隣で、眼鏡の奥の理知的な瞳を光らせているのは、圧倒的な童顔を持つ南原紗良。
「元子役」であり、現在はちょい役ばかりという現状に焦りつつも、学年上位の優秀な頭脳を持つ彼女が、高橋と共に完璧な事務作業をこなしていた。
「ええ。去年は持子先輩たちがノープランすぎて地獄を見たと聞いていますから。戦略や事務仕事に関しては、私たち頭脳派で完璧に補強しました」
南原が、どこか誇らしげに眼鏡を押し上げる。
「うむ。持子先輩たちが残してくれたこの部を、絶やすわけにはいかない」
部屋の中央で腕を組み、力強く頷いたのは、新しく合気武道部の主将となった門蒼真だ。
硬派でストイック、かつ家庭的な一面を持つ彼は、高橋玲央の担当マネージャーでもあり、恋人でもある。
厳しい修練と筋トレによって鍛え抜かれた肉体から放たれる覇気は、すでに武道家の主将としての確かな風格を漂わせていた。
「副主将の佐藤、現場での勧誘活動は任せたぞ」
「任せろッス!」
門の言葉に、元気よく胸を張ったのは副主将の佐藤陽翔。
元ピッチャーの広い視野を持ち、現場の立ち回り(戦術)には長けているが、長期的な計画(戦略)はからっきし苦手という、南原とは対極に位置するタイプだ。
南原と高橋という完璧なサポート役がいるからこそ、彼の遊撃手としての才能が活きる。
「よーし! じゃあ俺もチラシを持って、新入生の教室へ……」
門が気合いを入れて立ち上がり、チラシの束に手を伸ばそうとした瞬間。
部室の空気が一変した。
「門はダメだ!」
佐藤が慌てて制止する。
「顔が怖いとかそういう次元じゃないッス! 今のお前、武道家としての圧が凄すぎて、一般人の新入生が泣くッスよ!」
「佐藤くんの言う通りですわ。門くんのその研ぎ澄まされた気迫……私にとっては最高に素敵ですけれど、新入生には刺激が強すぎますのよ」
「そうです。あなたが気合いを入れて教室に入ったら、勧誘ではなく他流試合の道場破りだと思われます」
南原も極寒のシベリアのような毒舌で、門の出鼻を完全にくじいた。
「お、お前ら……俺、これでも結構笑顔の練習してるんだが……」
「門くん、そういう不器用なところは……私だけの前で、見せてくだされば結構ですわ……///」
「れ、玲央……///」
突如として部室内に展開される、主将と完璧主義女優による甘々で初々しい空間。
佐藤は「うわぁ、また始まったッス……」と呆れた顔をし、南原は顔を真っ赤にしながら「神聖な部室でいちゃつかないでくださいっ!」と冷たい声で抗議する。
「3人はお留守番ってことッスね。明日の合気武道の演舞の最終打合せしておいてよ。ま、コミュニケーション能力なら俺と凛花が適任ッス」
佐藤がそう結論づけた時、部屋の隅でストレッチをしていた長身の美少女が振り返った。
身長約180cm。
かつての恋問持子に迫るほどの神々しい美貌と、発育した圧倒的なプロポーションを持つモデル、阿部凛花だ。
彼女は「神」と崇める持子のメイクから歩き方までを完璧に模倣し、モデルとして爆発的な出世街道を歩んでいる。
「ふふっ、任せてよ。私のこのオーラで、新入生をメロメロにしてあげるんだから」
阿部は洗練されたモデルの笑みを浮かべ、佐藤の隣に並び立った。
「よし、じゃあこのチラシの束、持っていくッスね。門、紗良ちゃん、玲央ちゃん、あとは頼むッス」
佐藤が机の上の束を小脇に抱え、阿部と共に部室のドアノブに手をかけた時だった。
「あ、佐藤くん……!」
南原が小さな声で呼び止めた。
佐藤が振り返ると、南原は極寒の頭脳派ツンデレの殻を破るように、少しだけ潤んだ上目遣いで彼を見つめていた。
「その……勧誘終わったら、紅茶淹れるので……頑張ってきてください」
「! は、ははは、行っていますッスよ!」
南原の破壊力抜群のデレと気遣いに、佐藤は限界まで顔を真っ赤にしてパニックになりながら、弾かれたように廊下へと飛び出していった。
「もう、陽翔ったら! 待ってよー!」
阿部もまた、呆れつつも楽しそうにその後を追う。
残された部室では、門が静かに微笑み、高橋が「まったく、騒がしい人たちですわね」と完璧な所作でお茶の準備を始めていた。
「……バカなサル」
南原はそう呟きながらも、その口元には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいる。
部室から少し離れた、人気のない渡り廊下。
佐藤は周囲をキョロキョロと見回し、高橋や南原がついてきていないことを完全に確認すると、ふぅと息を吐いて足を止めた。
「ちょっと陽翔、いきなり止まってどうしたのよ」
「凛花、ちょっとこれを見てほしいッス」
佐藤は自分が持っていたカバンの中から、部室にあったものとは「全く別のチラシの束」をズルリと引きずり出した。
それは、高橋と南原が作った真面目で健全なポスターとは打って変わった、異様な熱量を放つ一枚の紙だった。
「こ、これは……ッ!?」
阿部が目を丸くして息を呑む。
「俺が極秘裏に作成した『秘密兵器』ッス。玲央ちゃんと紗良ちゃんは真面目すぎるから、絶対内緒ッスよ」
そこには、去年の夏合宿で撮影された「恋問持子のビキニ姿」がデカデカと印刷されていたのだ。
健全な範囲でありながら、男子高校生のピュアな煩悩を激しく掻き立てる、佐藤の計算し尽くされた凶悪なレイアウトだった。
「陽翔……グッジョブ!!」
阿部は怒るどころか、満面の笑みで親指を立てた。
「当たり前じゃない! 神様(持子)の美しさを世に広めるのは、私たち残された者の義務よ! でもね……」
阿部は素早く自身のスマホを取り出すと、佐藤が持っていたタブレット端末に繋ぎ、颯爽とチラシの画像データをアップデートし始めた。
「これじゃあ男子しか釣れないわ。女子も、とくに芸能科の可愛い子たちも釣るためには、私たち『現役』の魅力も必要でしょ! 今から印刷室のプリンターにデータを飛ばすわよ」
タブレットの画面に表示された新たなチラシの完成図を見て、佐藤は目を丸くした。
そこには、持子の写真の下に、2年生女子3人の水着写真が追加されていたのだ。
高橋玲央の、非の打ち所がない完璧なプロポーション。
南原紗良の、圧倒的な童顔に相反するツルペタ体型(一部の熱狂的なマニアが歓喜するニッチな需要を完全に掌握している)。
そして、阿部凛花の、180cmの高身長と、持子に迫るほどに成長した圧巻の豊満なプロポーション。
「凛花、この写真……最近のだろう?」
佐藤は、画面に映る阿部の水着姿を指差して、デリカシーの欠片もない素朴な疑問を口にした。
「凛花、夏合宿の時はこんなにオッパイ大きくないもんな」
そのド直球すぎる言葉にも、阿部は照れるどころか「ふふふふー」と得意げに豊満な胸を張った。
「この間の新作水着の撮影の時のだよ! モデルとして私は確実にキャリアアップしているんですよ、陽翔くん! これもすべて、神(恋問持子)への信仰の賜物です!」
「信仰から狂信になってないか!?」
あまりにも突き抜けた阿部の神への愛(重症)に、佐藤は思わずツッコミを入れる。
「すげーな凛花! これなら男達は間違いなく飛びつくな!」
佐藤が純粋な感嘆の声を漏らし、チラシの仕上がりに満足げに頷くと、阿部は自信満々に言い放った。
「男だけじゃないよ。女の子、とくに芸能科の子達もくるよ。だって、この3人の美少女がいるんだからね!」
「まあ、美少女なのは認めるけど……中身は個性的すぎるけどな!」
「失礼ね! 私たちは持子様の教えを忠実に守る、美しき信徒……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、阿部の中で何かが弾けた。
彼女はふと、偉大なる魔王・恋問持子の姿を脳内に思い描き、腰に手を当てて天を仰いだ。
「ふははははっ! さあ、そこの迷える――……っ」
だが、そこまで言いかけて、阿部はピタリと動きを止めた。
「……やっぱ無理、恥ずかしい」
魔王の堂々たる高笑いを完璧に模倣しようとしたものの、普通の女子高生としての羞恥心に耐えきれず、顔を真っ赤にしてその場に崩れ落ちる。
「……行くぞ、凛花」
そんな阿部の奇行にはすっかり慣れっこである佐藤は、完全にスルーして真顔のまま踵を返した。
印刷室へと向かうその足取りは、これから始まる新入生勧誘への期待に満ちている。
「ちょっと! そこはツッコメよー!バカー!」
慌てて立ち上がり、佐藤の背中を追いかけながら抗議の声を上げる阿部。
新生・合気武道部。
圧倒的なカリスマは去ったが、彼らはそれぞれの個性と絆で、確かな『武の炎』を燃やし続けている。
そして今、新たなカオスを巻き起こすであろう新入生たちとの出会いが、すぐそこまで迫っていた。




