【狂信なるOGの帰還と、白褌の禊(みそぎ)】
【狂信なるOGの帰還と、白褌の禊】
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
午後二時。静寂に包まれた氷川神社の森に、野太いディーゼルエンジンの重低音が響き渡った。
縁側で立ち上がった佐藤陽翔たち十人は、息を呑んで鳥居の方角の山道を見つめる。
(……来たッ!)
木々の間から土煙を上げて姿を現したのは、初日の早朝、学園からこの合宿所まで自分たちを送ってくれた『白いマイクロバス(トヨタ・コースター)』だった。
伝説のOG・本多鮎が、なんと自腹で一千九十万円を叩いて購入し、この合宿に合わせて「寄贈」してくれたという、いわくつきの新車である。
キキィッ!!
神社の境内の手前でアグレッシブな急ブレーキをかけ、巨大な車体がピタリと止まった。
プシューッ、と自動ドアが開き、中から颯爽と降りてきたのは――。
「皆様ぁ〜! ごきげんよう〜!! お待たせいたしましたわね!」
ピンク色の長い髪を初夏の風に靡かせた、ダイナマイトボディの美女。
恋問持子に絶対の忠誠を誓う狂信的な第一下僕であり、トップモデルの本多鮎である。
その背後からは、ゴシック調の豪奢なドレスを着こなす陶器のような肌の少女――三百年の時を生きる吸血鬼の元女王、ルージュが、やれやれとため息をつきながら降りてきた。
「あ、鮎先輩……! どこに行ってたんスか!?」
佐藤が尋ねると、鮎はサングラスを頭の上に乗せてウインクをした。
「追加の『食材の買い出し』に行ってたのよ。……さあ、挨拶は後ですわ。まずは車に積んである食材を、厨房の冷蔵庫まで運んでくださる?」
言われるがまま、主将の門蒼真を筆頭に男子たちがバスのトランクを開けると、そこには大量の肉の塊、野菜の段ボール、特大のプロテインの容器など、およそ高校生の部活とは思えない尋常ではない量の食材が積まれていた。
「お、重っ……!? な、なんですかこの量は……!」
基礎体力皆無の桐生蓮が、米俵を持ち上げようとして腰から崩れ落ちる。
「あなた達の食欲と食事量を完全に誤っていましたわ。昨日の夜の天麩羅といい、今朝の大文字くんの豚汁十杯といい……燃費がアレだというのを痛感しまして、急遽、業者のように買い込んできましたの」
鮎はふわりと微笑みながら、さらにとんでもないことをサラリと付け加えた。
「それと、買い出しのついでに、東京の郊外で『一仕事』してきましてよ」
鮎の頬には、洗顔シートで拭き切れなかった微かな『返り血』が飛んでいた。
「「「…………」」」
学生たちは、重い荷物をリレー形式で運びながら、顔を見合わせた。
初日の早朝からバスを運転し、絶品のスープカレーを作り、夜は天麩羅を揚げ、後輩たちのマッサージと光の神術による回復までこなし……そして今日の朝から今までの間に、マイクロバスで下山して買い出しに行き、ついでに裏社会の危険な怪異討伐まで済ませて帰ってくる。
(((やっぱりこの人、おかしい。いつ寝ているんだろう……)))
全員の心が一つになった瞬間だった。
「あ、あの……ルージュさん。鮎先輩って、ちゃんと寝てるんですか?」
雨宮千歳がおずおずと、常識人枠であるルージュに尋ねる。
ルージュは、小さな肩をすくめて答えた。
「最近は、睡眠時間はある方ですのよ。移動の車中とか、持子様の写真の匂いを嗅ぎながらとか」
「「「…………っ」」」
(((『ある方』なんだ……いつもは全くなかったんだ……っ!!)))
一年生も二年生も、背筋に冷たい汗が伝うのを止められなかった。
圧倒的な財力、底知れぬ体力、そして狂気で動く先導者。これが、本多鮎という『化け物』である。
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### 禊の試練と、白褌の衝撃
食材の搬入を終え、再び本殿の裏手――深い森へと続く入り口に整列した十人。
時刻はすでに午後二時半を回っている。
「さて。皆様、お疲れ様ですわ」
鮎が、パンッと手を叩いて満面の笑みを浮かべた。
「午前中は影安先生のもとで、魔力を使わない基礎的な土台作りを行ったと聞いておりますわ。素晴らしいことです。……ですから、午後からの私とルージュの指導は、もっと直感的でスピリチュアルなものになりますの」
鮎のピンク色の瞳が、妖しく輝く。
「まずは『禊』の稽古ですわ」
「み、みそぎ……?」
高橋玲央が、不安げに眼鏡のブリッジを押し上げる。
「ええ。深く考えなくていいですわ。ここは氷川神社の神域。その神聖な水が流れ落ちる滝に打たれるだけで、あなたたちの精神と魔力の回路は洗われ、自然と『感じ取れるもの』があるはずですの。……さあ、ルージュ!」
「はいлай、配りますわよ」
ルージュが、抱えていた大きな風呂敷包みをほどき、十人に向けてポンポンと衣服を投げ渡した。
「これは『禊装束』ですわ。今すぐ更衣室でこれに着替えてきなさいな!」
受け取った布地を広げた瞬間、十人の間に戦慄が走った。
それは、あまりにも原始的で、あまりにも防御力が低い布切れだったのだ。
「ちょ、ちょっと待つッス……!! 男子のこれ……『白褌』一丁じゃないッスか!」
佐藤が、真っ白な長い布を両手に掲げて絶叫する。
「その通りですわ。神の前に立つに当たって、余計な装飾は不要。男は潔く褌一つで滝`打たれなさいな!」
「い、いやいやいや! いくらなんでも恥ずかしすぎるッスよ! 女子の前で褌なんて……!」
「押忍ゥゥゥッ!! 自分、相撲部時代から褌には慣れ親しんでおりますッ!! 究極の戦闘服でありますッ!」
ただ一人、大文字鉄平だけが歓喜の声を上げて白褌を空高く掲げた。
「お前は初日の夜も黒ブーメランパンツだったからハードル低いだけだろッス!」
「……フッ。美を愛する僕の肉体が、まさかこのような布切れ一つで白日の下に晒されるとは……」
桐生が、真っ青な顔でプルプルと震えながら白褌を見つめている。
「い、いやだぁ〜! 私は可愛い女の子用の服がいいのにぃ〜! 陽翔センパァイ♡ わたしのこと、隠してぇ〜!」
変身能力を封じられている桃井琉生(中身・戸籍は男)が、涙目で佐藤の腕にしがみつく。
「甘えないの桃井くん。戸籍上は立派な男子でしょう? さっさと締めなさい」
鮎がピシャリと一刀両断する。
一方、女子たちの手元に配られた装束も、別の意味で深刻な問題を引き起こしていた。
「あ、鮎先輩……これは、その……」
阿部凛花が、引き攣った笑顔で手元の布を見つめる。
女子に配られたのは、『白褌』の上に、『薄手の襦袢』と『白衣』という組み合わせだった。
「ちょ、ちょっと待ってください! わ、わたくしが、ふ、ふ、ふふ、ふふん……っ!? って、ふんどし……っ!?」
究極の完璧主義者である高橋が、人生で一度も口にしたことのない単語を前に、完全にパニックを起こして顔を真っ赤にしている。
「非科学的です! 第一、この白衣……滝の水を被って濡れたら、完全に肌に張り付いて中が透けてしまいます! そんな無防備な状態で男子の前に立つなど、到底承服できません!」
南原紗良が、タブレットを抱きしめながら猛烈な勢いで抗議する。極寒のツンデレである彼女にとって、濡れ透けの白衣に褌姿を想い人である佐藤に見られるなど、死に等しい羞恥であった。
「……わたし、絶対無理ですぅっ。この前みたいに、お肉がはみ出ちゃいますぅ……っ」
雨宮が、Iカップの胸を隠すようにうずくまって涙目になる。
神品蘭も「凛花お姉さんの透けた姿なんて、この下等な男どもに見せられません!」と激怒している。
「鮎お姉さま! 私、昨日の夜に着た水着じゃダメですか!? 私たちの水着、ちゃんと布面積ありますから!」
阿部が、必死に食い下がる。
しかし、狂信の先導者である鮎は、美しい顔に冷徹な笑みを浮かべた。
「ダメですわ。あの滝の水圧を舐めないでちょうだい。水着なんて、水圧であっという間に紐が解けて飛んでいっても知らないわよ?」
「えっ……飛ぶ……?」
「神聖な禊の場で、水着を飛ばして全裸になりたいのかしら? それとも、男子にあなたたちのその豊満な身体を『見せつけたい』の? 見せたいの?」
鮎が、煽るように挑発的な笑みを浮かべる。
「「「っ〜〜〜〜〜!!」」」
女子たちの顔が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まった。
「わ、わかりました! 着ればいいんでしょう、着れば!」
阿部が涙目で白装束を抱え込む。
「私も昔はやりましたから、恥ずかしい気持ちは分かりますわ。でも安心してちょうだい」
鮎は、少しだけ声のトーンを優しくして諭すように言った。
「別に向かい合わせで滝行をするわけではありません。皆、一列に並んで同じ方向(滝の岩肌)を向きますの。だから、お互いの姿をマジマジと見られるわけではありませんわ。……さあ、四の五の言わずに着替えてきなさい!」
「「「「「……はい」」」」」
学生たちは、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも、男女別々の更衣室へと重い足取りで向かっていった。
(((……透ける白衣の下に、女子の白褌……ッッ!!)))
男子陣(特に佐藤)の脳裏に、煩悩という名の魔力が渦巻いていたのは言うまでもない。
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### 滝壺の洗礼
十分後。
神社の裏手、深い森の奥にある滝壺の前。
苔むした岩肌を滑り落ちる十メートルほどの滝が、轟音を立てて冷たい飛沫を散らしている。
そこに、神妙な面持ちで十人の学生たちが整列した。
「……なんだ、やれば似合うじゃないですの」
ルージュが、腕を組んで頷く。
男子陣は、見事なまでに真っ白な褌一丁である。
門と大文字の分厚い筋肉は、まるで本物の修験者のような迫力と説得力を放っていた。佐藤の細マッチョもそれなりに様になっているが、恥ずかしさから両手で股間を隠すようにモジモジしている。
桐生に至っては、「僕の王子様イメージが……」と死んだ魚のような目をしており、桃井は「陽翔センパァイ、見ないでぇ♡」と美少年の顔でクネクネと身をよじっていた。
そして、女子陣。
薄手の襦袢の上に真っ白な白衣を纏い、下半身は白褌。髪を後ろで一つにまとめ、素足で岩場に立つその姿は、確かに神聖な巫女や行者のような静謐な美しさがあった。
しかし、女子たちは全員、これから水に濡れることへの恐怖と羞恥心から、顔を真っ赤にして俯いている。
(((見ない……絶対に見ないぞ! 濡れたら一発でアウトだ!!)))
門も佐藤も桐生も、紳士としての(あるいは社会的抹殺を恐れる)強靭な意志で、視線を明後日の方向へと固定していた。
「よろしい。では、これより禊を始めますわよ」
鮎が、滝の轟音に負けない通る声で宣言した。
「今は五月。まだ水は冷たいですから、まずは『五分間』から行ってみましょう。いいこと? 午前中と同じく、魔力の使用は一切無しよ! 純粋な己の精神と肉体だけで、滝の重圧と冷たさに耐え抜きなさい!」
「「「「「おーーーーっ!!」」」」」
十人が、恐怖と恥じらいを振り払うように、自らを鼓舞する大絶叫を上げた。
気合いを入れ、裸足で岩場を駆け出し、滝壺へと向かって突撃する。
「押忍ッ! 煩悩退散! 精神修養でありますッ!」
「うおおおおっ! やってやるッス!」
「わ、わたくしの完璧な精神力を見せてやりますわ!」
ザバシャッ、ザバシャッ!
勢いよく冷たい泉の中に足を踏み入れ、滝の真下へと向かっていく。
しかし――。
「……っ!?」
「ひゃんっ!?」
「うそっ……!?」
滝が落ちるポイントの約一メートル手前。
飛び散る水しぶきと、吹き下ろす滝の冷風を全身に浴びた瞬間。
十人の足が、ピタリと止まった。
(((((……冷たすぎるッッッ!!)))))
五月の山の湧き水。それは、ただの水道水とは次元が違う、氷のように鋭い『刺すような冷気』だった。
まだ滝に直接打たれてもいない、水しぶきを浴びただけの段階で、魔力による体温調節を封じられた彼らの身体は、本能的な生命の危機を感じて完全に硬直してしまったのだ。
「さ、さむっ……! 痛いッス! 水が痛いッス!!」
佐藤がガチガチと歯を鳴らして両腕をさする。
「無理ぃぃっ……! 帰りたいですぅ……っ!」
雨宮が涙をボロボロとこぼし、後ろへ下がろうとする。
「こら! 立ち止まらない! さっさと滝の中に入りなさい!」
岸辺から、鮎の容赦のない檄が飛ぶ。
(このままでは、全員心が折れる……!)
主将である門蒼真が、ブルブルと震える身体に鞭を打ち、真っ白な褌一丁のまま、前に出た。
「行くぞ、お前らァァァッ!! 俺に続けェェェッ!!」
「門先輩ッ……!」
「門くん……っ!」
門の魂の咆哮に呼応し、佐藤が、大文字が、阿部が、高橋が、そして全員が、覚悟を決めて目をギュッと瞑り、一斉に滝の真下へと飛び込んだ。
ドッッッバァァァァァァァッ!!!
十メートルの高さから落下してくる数十キロの水圧と、氷のような冷水が、容赦なく十人の頭と肩を激しく打ち据えた。
「「「「「ぎゃああああああああッ!!?!?タイル!」」」」」
「冷たいッ!!」
「痛いッ!? 重いッス!!」
「息が、息ができないですわァァッ!!」
「阿部お姉さまぁぁぁっ!!」
魔力を封じられた生身の高校生たち。
彼らの絶命寸前のような悲鳴が、轟音の滝にかき消されながら、初夏の神聖な森にこだまする。
岸辺でその様子を腕組みして見守りながら、鮎は美しい口元に恍惚としたSっ気たっぷりの笑みを浮かべた。
「ふふふ……いい声ですわ。さあ、あなたたちの殻を破る、地獄の禊の始まりですわよ♡」
「……本当に、あなたってドSですわね」
ルージュが呆れたように呟く。
水圧と冷気に絶叫する十人。
白褌と白衣が水に濡れ、彼らの理性と限界を削り取っていく。
合気武道部の恐るべき午後稽古は、まだ始まったばかりであった。




