【極上の癒やしと光の神術 〜受け継がれる秘伝の理〜】
【極上の癒やしと光の神術 〜受け継がれる秘伝の理〜】
「……ぁぁ……全身の骨が砕けそうッス……」
「指先ひとつ、動かせませんわ……」
夕暮れ時。死闘のような午後の体捌き稽古を終えた道場には、ピクリとも動けなくなった合気武道部の面々が、無数の屍のように転がっていた。
そんな凄惨な光景を微笑ましく見下ろしながら、エプロン姿の本多鮎が、影安先生の元へと歩み寄る。
「影安先生、素晴らしいご指導ありがとうございました。お疲れでしょう? 学生たちのケアは私たちでやっておきますから、先生は先に奥の温泉へどうぞ」
「おお、それは助かるよ。彼らの限界を少し超えさせてしまったからね……後は頼むよ、鮎くん」
影安先生が立ち上がると、スッ……と使い魔のルージュが影から現れ、お盆に乗せた美しい徳利とお猪口を差し出した。
「先生。よく冷えた極上の日本酒ですわ。露天風呂で一杯、いかがかしら?」
「…………」
影安先生は一瞬だけ「教育者として合宿中にそれは……」という葛藤を顔に浮かべたが、ルージュの有無を言わさぬ完璧な笑みと、日本酒の芳醇な香りに抗えず、無言のままスッとそれを受け取った。
(……今日くらい、大目に見てもらおうか)
背中でそう語りながら、影安先生は静かに露天風呂へと続く小道へ消えていった。
◆◇◆
顧問の気配が完全に消えたのを確認すると、鮎はパンッと一つ手を叩いた。
「さあ、可愛い後輩たち! そのまま力を抜いて目を閉じていなさい。今から私とルージュで、極上のリラクゼーションをプレゼントしてあげるわ!」
鮎とルージュが、倒れ伏す十人の部員たちを取り囲むように立つ。
スゥゥゥ……ッ。
二人が静かに息を吸い込むと、薄暗くなり始めた道場に、ふわりと温かい光が灯った。
ファァァァァァァァァッ……!!
「うわぁっ……!」
「な、なにこれ……すっごく、温かい……っ」
二人の手のひらから放たれた『光の神術』が、黄金色の粒子となって道場全体を優しく包み込む。
それはただの魔力ではない。陽だまりのような暖かさと、聖母のような慈愛に満ちた、極めて純度の高い光。
千切れた筋繊維が繋がり、蓄積された疲労物質が嘘のように溶けていく。
コキッ、ポキポキッ。
骨と肉が本来の正しい位置へと補正され、十人の身体にみるみると活力が満ちていった。
「……っはぁぁぁ! す、すげえッス! まるで一晩ぐっすり寝た後みたいに身体が軽いッス!」
佐藤陽翔がバネのように跳ね起き、自身の身体をペタペタと触って驚愕する。
「ええ……お肌のツヤまで回復していますわ。なんという魔法……」
高橋玲央も、自身の頬に触れてうっとりと目を細めた。
全員が完全に回復し、驚きと感動に包まれる中、鮎はスッと目を細めて二年生たちを見渡した。
「どうかしら? 君たちにも、光の魔力で『回復』が使える子がいるわよね。自分たちの回復魔法と、私たちの『光の神術』……違いは分かった?」
その問いに、二年生の中で回復魔法を行使できる佐藤、高橋、そして南原紗良の三人が、ハッとして顔を見合わせた。
「……はっきりと分かります。俺たちの回復は、無理やり魔力を押し込んで傷を塞ぐような感覚ですが……鮎先輩の術は、魔力の消費が信じられないほど少なく、かつ効率的です」
佐藤が真剣な表情で答える。
「ええ。まるで、光そのものが身体の理を理解して、自動的に修復してくれているような……全く次元の違う術式ですわ」
高橋が同調し、南原もタブレットを起動させながら深く頷いた。
「魔力効率の差は歴然です。私たちの回復魔法を『力任せの応急処置』とするなら、鮎先輩の術は『洗練された医療』と言えます」
三人の的確な分析に、鮎は満足げに微笑んだ。
「その通りよ。……ここからは影安先生がいないから話すけれど」
鮎は少しだけ声を潜め、彼らに強大な力を与えた『魔王』の名を口にした。
「持子様が、この『光の神術』を本格的に師事して会得されたのは……実は、あなたたちとの夏の合宿が終わった『後』なのよ」
「「「えっ……!?」」」
「だから、去年の夏に持子様から力を分け与えられたあなたたちの魔力は、圧倒的に『闇』の属性が強くて、『光』の属性が少ないの。当然、術式も未完成な状態のものを引き継いでいるわ」
鮎は、驚きで目を見開く佐藤、高橋、南原の三人を、誇らしげに見つめた。
「だからね、私は驚いているのよ。圧倒的に闇が強いはずの魔力で、それでもあなたたちが『光の神術(回復)』を自力で発現できていることにね。それは間違いなく、あなたたち三人に、光を扱う並外れた『素養と才能』があった証拠よ」
「俺たちに……才能が……」
佐藤が、自身の両手を見つめてギュッと拳を握り込む。高橋和南原の瞳にも、静かな熱が宿った。
「ここから先、この洗練された『光の神術』の理を盗み、自分のものに出来るかどうかは……あなたたち次第よ」
鮎の言葉は、厳しくも愛のある強烈なエールだった。
そして鮎は、ぽかんと話を聞いていた一年生たちにも視線を向け、自身のふっくらとした唇に人差し指を当てた。
「シーッ……。一年生のみんなも、よく覚えておきなさい。この光の神術はね、日本霊脈の中枢を担う『葉室家』と、この氷川神社を束ねる『風間家』の秘術でもあるの」
その名を聞いて、一年生たちがゴクリと息を呑む。
「本来なら、外部の人間がこんな間近で直接浴びて、その魔力の流れを体感できるような機会は絶対にないわ。……君たちは本当に運がいいのよ。明日楽しみにしていなさい。」
鮎は妖艶に微笑み、最後に全員に向けてパンッと手を叩いた。
「さあ! 身体も完璧に治ったことだし、明日からも限界を超えて、精進なさい!」
「「「「「押忍ゥゥゥッ!!!」」」」」
道場に響き渡る十人の力強い返事。
極上の癒やしと、次なる高みへのヒントを与えられた部員たちの瞳は、さらなる成長への希望でキラキラと輝いていた。
疲労は消え去り、腹の底からは夕食を求める凄まじい音が鳴り響く。
氷川神社の隠し道場で過ごす濃密な合宿の第一夜が、こうして幕を開けようとしていた。




