【水着と煩悩の露天風呂! チーム合気武道の夜】
【水着と煩悩の露天風呂! チーム合気武道の夜】
ヤンチャすぎる天麩羅パーティーを終え、氷川神社の隠し道場はすっかり夜の静寂に包まれていた。
リー、リー……と秋虫に似た初夏の虫の音だけが、心地よく響いている。
「……すぅ……すぅ……」
顧問の影安先生は、よほど疲れが溜まっていたのか、あるいはお昼と夜の極上の食事(と日本酒)で完全に満たされたのか。食後すぐに自室へ戻り、平和な寝息を立てていた。
そして、残された合気武道部の部員十人は、道場の広間で車座になっていた。
議題は一つ。――『お風呂の順番』である。
「さて、影安先生も寝たことだし、俺たちも汗を流そうか」
主将の門蒼真が、腕を組んで真面目な顔で切り出した。
「問題は、男女どちらが先に入るかだ。去年と同じなら、男の方がカラスの行水で時間がかからないから、男から先に入るのが効率的だと思うが……どうだろう?」
その提案に、二年生の女子陣が頷く。
「ええ、それで構いませんわ。わたくしたちは髪を乾かしたり、スキンケアに時間がかかりますから」
高橋玲央が優雅に髪をかき上げ、
「そうね! 私たち後でゆっくり入るから、男子先に行っちゃっていいよー」
阿部凛花も賛成する。
「合理的な判断です。私たちが入っている間に、男子が道場の戸締まりなどを済ませておけばタイムロスがありませんから」
南原紗良もタブレットを片手に淡々と同意した。
「よし、じゃあ決まりだな。おい大文字、お前は絶対体洗うの雑だから、今日は俺が……」
佐藤陽翔が立ち上がろうとした、その時だった。
「……あれ? ちょっと待ってくださいよ」
一年生の桐生蓮が、不思議そうに首を傾げて手を挙げた。
「俺たち、合宿の前にわざわざショッピングモールに行って、みんなで『水着』買いましたよね?」
ピタッ。
その言葉に、合気武道部全員の動きが完全に停止した。
「……」
「…………」
「………………」
「「「「「あーーーーっ!!!」」」」」
あまりの疲労と満腹で、すっかり記憶から抜け落ちていた事実。
その長すぎる「間」のあと、佐藤がビシッと桐生を指差してツッコミを入れた。
「お、おい待て桐生! あれは明日の午後、近くの『川で泳ぐため』に買った水着だろ! 温泉用じゃないッスよ!」
「あははっ、そうだったそうだった!」
阿部が手を叩いてカラカラと笑い飛ばす。
「でもさ、せっかく買ったんだし、ここ10人でも余裕で入れるくらいお風呂大きいんでしょ? みんなで温泉に入るのもいいね! 楽しそう!」
「お、おい阿部、お前良いのかよ? 色々と……その、見られるぞ」
佐藤が少し気まずそうに視線を逸らすが、阿部はフフンと自信に満ちた笑顔で胸を張った。
「全然オッケー! パリでのあの修羅場みたいな撮影を乗り越えたんだから、今さら同級生に水着を見られるくらい平気よ! むしろ、トップモデルの完璧な着こなしを見せてあげるわ!」
パリの世界的CEOエレーヌに認められ、一皮むけたトップモデルの卵は、もはや恥じらいよりもプロとしての自信が上回っていた。
「……ふふっ。せっかくの合宿ですもの。たまにはみんなで、思い出作りをするのも悪くありませんわね」
高橋もそう言って、チラリと門の方を見つめる。
「お、おう……」
目が合った門は、少しドギマギして視線を泳がせた後、コホンとわざとらしく咳払いをした。
「き、聞けお前ら! 混浴だからといって浮かれるなよ! あくまでこれは合宿だ。羽目を外さず、規律を守って……」
「門。お前がいちばん浮かれてる顔してるッスよ。ニヤニヤを隠しきれてないッス」
「なっ!? ばっ、俺は浮かれてなどいないッ!」
佐藤の鋭いツッコミに、堅物の主将が顔を真っ赤にして慌てふためく。
「断固、ルールを追加します!!」
そこへ、一年生の神品蘭がバンッ! と畳を叩いて立ち上がった。
「阿部お姉さまの周囲二メートルは、男子立入禁止です! いえ、視線を向けることすら禁止します! 凛花お姉さんの神聖なお肌を男に見せるなんて、私が許しません!」
「あはは、蘭ちゃんは相変わらずだね〜」
阿部が苦笑いしながら神品の頭を撫でる。
すると、神品の反対側から、桃井琉生が妖艶な笑みを浮かべてススス……と佐藤の背後に忍び寄った。
「んふふふっ♡ わたしはみんなで入るの大賛成ですよぉ。っていうかぁ……男子なら、水着なんて着なくてもいいんじゃないですかぁ?」
桃井の視線が、佐藤の引き締まったお尻にねっとりと張り付く。
ゾクゥゥゥゥッ!!
「ば,バカヤロウッ!! 水着だ! 全員絶対に水着着用だッ!! 誰か一人でも脱いだら俺は即座に道場に逃げ帰るからな!!」
貞操の危機を感じた佐藤が、涙目で絶叫する。
「えぇ〜……残念♡」
桃井がペロッと舌を出して、極めて軽く、テンポ良く言い放った。
「押忍ゥゥゥッ!!」
大文字鉄平が、ドスンと正座のまま胸を張る。
「自分、この混浴もまた『精神修養』の一環と心得ます! 滝行のごとく心を無にし、ただひたすらに湯の温もりと向き合う所存でありますッ!」
「あははっ、大文字くんは相変わらずブレないなぁ」
桐生が爽やかに笑い、周囲を見渡した。
「でも、こんな風にみんなでゆっくり話せる時間もなかなかないですし、賑やかな夜になりそうですね。俺も楽しみです」
そんなカオスな空間の隅っこで。
「うぅぅ……は、恥ずかしいですぅ……」
雨宮千歳が、大きなバスタオルで自身の身体をギュッと隠すように丸まっていた。
「わ、私だけ、水着の上にTシャツ着たままじゃダメでしょうか……? み、皆さん細くてすごく綺麗だから……私みたいな、無駄にお肉がいっぱいついてる見苦しい身体なんて……っ」
彼女は本気でそう思い込んで震えているのだが――それを見た阿部と南原は、サァーッ……と冷や汗を流して顔を見合わせた。
(凛花、まずいです。千歳ちゃんが自身の暴力的な兵器(Iカップ)を無自覚なまま水着になれば……男子陣の理性が物理的に粉砕されます)
南原がヒソヒソと耳打ちすると、阿部もコクコクと激しく頷く。
(だ、だよね……! うちの部活、戦闘力だけじゃなくてスタイルのインフレも起きてるじゃない……!)
「よし! 色々とカオスだが、方針は決まったな! 全員、水着に着替えて露天風呂に集合だ!」
門がパンッと手を叩いて締めくくる。
「長風呂になるだろうし、語り合うならのぼせないように水分補給は必須だ! お茶と水も多めに持っていけよ!」
その主将の号令に、部員たちのテンションは最高潮に達した。
「「「「「行こうッ!!!」」」」」
「「「「「おーっ!!!」」」」」
地味で過酷な修行を乗り越えた者たちに与えられた、極上のご褒美タイム。
若さと煩悩と水着が入り乱れる、大混乱必至の混浴露天風呂パーティーがいよいよ始まろうとしていた。
しかし、この時の十人はまだ知らなかった。
この氷川神社の神聖な温泉で、予想外の大騒動が待っていることを――。




