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【スパイスの香りと至福の満腹 〜絶品スープカレーの宴と、午後の決断〜】

【スパイスの香りと至福の満腹 〜絶品スープカレーの宴と、午後の決断〜】


ジュワァァァァァッ!!


道場に併設された広い厨房から、食欲を刺激する凄まじい音が響いていた。

パプリカ、ナス、カボチャ、アスパラガス。大ぶりにカットされた新鮮な季節の野菜たちが、サッと茹でられた後に高温の油で素揚げされ、色鮮やかに輝いている。


「ふふっ、完璧な仕上がりね!」


エプロン姿の本多鮎が、満足げにフライパンを振るう。

その隣では、使い魔のルージュが手際よく巨大な炊飯器からホカホカのご飯をよそっていた。


「マスター、お肉の準備もできておりますわ。鶏肉と豚肉、両方ともバッチリですのよ」

「ありがとう、ルージュ! 本当はホロホロに崩れる骨付きチキンにしたかったんだけど、保存の関係で今回は骨無しのお肉よ。でも、食べ応えは十分なはず!」


事前に仕込んでおいた秘伝のスパイスとスープの素のおかげで、短時間でありながら厨房には専門店顔負けの複雑でスパイシーな香りが充満していた。


◆◇◆


「……ふぅーっ。終わったッス……」

「もう腕がパンパン……お腹ペコペコよ……」


道場の大掃除を終え、へとへとになった合気武道部の部員たちが、フラフラと食堂スペースへ足を踏み入れた。

その瞬間。


スゥゥゥ……ッ。


「「「「「……っ!!?」」」」」


十人の鼻腔を、爆発的なスパイスの香りが強襲した。


食堂の長机には、簡易テーブルを繋げた特設の席が用意されており、すでに全員分の色鮮やかなスープカレーと、山盛りのライスが完璧に配膳されていた。


「お疲れ様! ほら、さっさと手を洗って座りなさい!」


鮎がパンパンと手を叩いて指示を出す。


「わぁぁっ! 鮎先輩、これ全部作ってくれたんですか!?」


阿部凛花が目を輝かせながら席に着こうとするが、ふと座席の配置に気づいた。

一番上座の席に影安先生が案内され、食事を作ったはずの鮎とルージュが一番下座に座ろうとしているのだ。


「あ、あの、鮎先輩! 先輩たちが作ってくれたのに、下座だなんて……私たちが困ります!」


阿部や他の二年生たちが慌てて席を譲ろうとするが、鮎はふわりと笑って首を振った。


「いいのよ。ここは影安先生と、現役のあなたたちの合宿なんだから。私はOGとしてサポートに来ただけ。さ、気にしないで座りなさい」


鮎の気遣いと徹底した礼儀に、一年生も二年生も恐縮しながら席に着いた。


全員が揃うと、上座の影安先生が穏やかな笑顔で、主将の門蒼真に視線を送った。


「さて、門くん」

「はいっ!」


門が姿勢を正し、全員に向けて力強く号令をかける。


「鮎先輩、ルージュさん、そして影安先生。素晴らしい食事に感謝して……いただきます!!」

「「「「「いただきます!!!」」」」」


部員たちが一斉にスプーンを手に取り、スープカレーを口に運んだ。

ゴクリ。


「……っっっ!!!」


次の瞬間、凄まじい勢いで全員のスプーンが動き始めた。

カチャカチャカチャッ! バクッ、モグモグモグ!


「なんだこれ!? カレーとは別物だけど、スパイスの香りがすげえッス! 食欲が無限に湧いてくるッス!」


佐藤陽翔が目を丸くして叫ぶ。


「ええ、シャバシャバのカレーなんて邪道だと思ってましたけれど……スパイスの効果で、身体の芯からポカポカと温まってきますわ!」


高橋玲央も、完璧主義な女優の顔を忘れて夢中で頬張っている。


「肉の旨味とスープの相性が抜群だ! 掃除で疲れた身体にガツンと染み渡る!」


門が額に汗を滲ませながら豪快にご飯をかき込む。


「んん〜っ♡ 素揚げされたお野菜がすっごく甘いですぅ! スープと絡んで最高!」


桃井琉生がカボチャを頬張りながら満面の笑みを浮かべた。


「阿部お姉さま、私の分のニンジンもどうぞ! お姉さまはいっぱい食べてグラマラスになってくださいね!」

「ありがとう蘭ちゃん! でも蘭ちゃんもちゃんと食べなきゃダメよ?」


神品蘭が阿部の皿に野菜を貢ぎ、阿部が嬉しそうにそれを受け取る。


「ふはっ、はふっ……す、すごく、美味しいですぅ……!」


雨宮千歳も、フーフーと息を吹きかけながら幸せそうに頬を緩めている。


「スパイスの配合と食材のバランス……完璧なカロリー計算……いえ、今は考えるのをやめましょう。スプーンが止まりません」


南原紗良もタブレットを放り出し、食べることに全集中している。


そんな中、桐生蓮が信じられないという顔で鮎を見た。


「失礼ですが鮎先輩……これ、普通に店出せますよ! 芸能界のロケ弁でもこんなに美味しいスープカレー、滅多にお目にかかれません!」


その言葉に、鮎は嬉しそうにふわりと微笑んだ。


「ふふっ、ありがとう! 実はね、『ラマイ』っていうお店の味を、私なりに再現してみたのよ。すっごく美味しいから、みんなも行く機会があればぜひ食べてみなさい!」

「押忍ゥゥゥッ!! 絶対に行かせていただきますッ!!」


誰よりも早く特盛りの皿を平らげた大文字鉄平が、茶碗を突き出して大声を上げた。


「鮎先輩、自分、おかわりよろしいでしょうか、押忍ッ!!」

「いいわよ! たくさん食べて強くなりなさい!」


鮎が立ち上がり、たっぷりのスープと具材を大文字の皿によそう。


「わ、わたくしもおかわりをよそいますわ! ほら、そこの小娘(雨宮)、あなたも遠慮しないでよこしなさいな!」

「ひゃいっ! ありがとうございますぅっ!」


ルージュも甲斐甲斐しく立ち働き、次々とおかわりをついで回る。


スパイスの香りと、弾むような会話。食堂は、これ以上ないほどの多幸感に包まれていた。


◆◇◆


「……く、苦しいッス……」

「食べすぎた……もう一歩も動けないわ……」


食後の休憩時間。

予想を遥かに超える美味しさに、男女問わず限界まで食べすぎてしまった部員たちは、道場の畳の上でトドのように転がっていた。


「くそっ、美味すぎて限界突破して食っちまったッス……」


お腹を押さえてうめく佐藤の横で、阿部がカラカラと笑う。


「あははっ、陽翔ったらお腹ポンポンじゃない! でも本当に美味しかったなぁ〜」

「阿部お姉さま! 僕が胃薬と温かいお茶をお持ちしますね! そこのサル(佐藤)は放っておきましょう!」


神品が阿部にピタリと寄り添い、佐藤を冷たい目で見下ろした。


「あはは、蘭ちゃんは相変わらずだね〜。陽翔センパァイ♡ 苦しいなら、わたしが優し〜くお腹さすってあげましょうか?♡」

「い、いいッス! 琉生、くっつくな! 余計に吐きそうになるッス!」


桃井が女子顔負けの色気ですり寄るのを、佐藤が必死にブロックする。


「……食後すぐの激しい運動や接触は消化器官に悪影響を及ぼします。佐藤くん、少しはペース配分というものを考えなさい」


南原が眼鏡を押し上げながら、呆れたように正論を突きつけた。


「やれやれ。大文字くんの胃袋はどうなってるんですか。僕はもう、一ミリも動けそうにありませんよ」


桐生が寝転がったまま、優雅に前髪をかき上げてため息をつく。


「押忍ゥゥゥッ!! 自分、スパイスの力で全身の筋肉がパンプアップしております! いつでも午後の稽古バッチコイであります!!」

「ひ、ひぃぃっ……! 大文字くん、そんなに大声出したら……お、お腹痛くなっちゃいますぅ……!」


雨宮がビクビクと肩を揺らしながら、大文字の元気すぎる姿に怯えていた。


「よし、お前ら。十分に休んだら、そろそろ午後の準備を始めるぞ」


門が主将らしく立ち上がり、パンッと手を叩いて部員たちの意識を引き締める。


「ええ、そうですわね。この素晴らしい環境で、少しでも多くのことを吸収しなくては」


高橋もスッと姿勢を正し、気品のある表情に戻った。


そんな賑やかな部員たちを微笑ましく見つめながら、鮎が上座で休んでいる影安先生の元へ静かに歩み寄った。


「影安先生。少し、よろしいでしょうか?」

「うん? どうしたんだい、鮎くん」


鮎は居住まいを正し、真剣な表情で提案した。


「本来のスケジュールであれば、今日の午後からは私とルージュが担当する『風間流の禊』や実戦訓練の時間なのですが……」


鮎はチラリと、道場に並ぶ後輩たちを見やる。


「ここは『合気武道部』の合宿です。やはり、合宿のスタートは、影安先生の『合気武道の基礎稽古』でビシッと締めていただくのが、一番ふさわしいかと思いますの」


顧問の指導によって、合気武道としての基礎と精神をもう一度しっかりと叩き込む。それがこの合宿を正しい方向へと導く鍵だと、鮎はOGとして確信していたのだ。


影安先生は、鮎のその深い気遣いと、武道に対する誠実な姿勢に、満足げに頷いた。


「……そうだね。鮎くんがそう言うなら、午後からは僕が基礎をみっちりと指導させてもらおうか」

「ありがとうございます! 私とルージュは、このまま食堂の片付けをしていますね」


鮎はエプロンの紐を結び直しながら、ニッコリと付け加えた。


「ついでに、夜ご飯の仕込みもしておきますわ」


すると、影安先生が少し気遣うように手を上げた。


「いや、鮎くん。夜の食事作りは、学生たちに自分たちでやらせよう」


教育者として、合宿中の自炊も大切な経験だと考えての提案だった。


しかし、鮎はウインクをして自信満々に胸を張った。


「明日からは学生たちに任せます。でも、今日はせっかく私のお料理スイッチが入って気分が乗っているので……どうか、夜も私に作らせてくださいな!」


後輩たちを徹底Domoもてなし、喜ばせたいというOGとしての愛情。

その真っ直ぐな気持ちを感じ取り、影安先生はフッと優しく微笑んだ。


「……わかりました。それじゃあ、今夜も鮎くんに甘えさせてもらおうかな」

「はいっ! お任せください!」


かくして、満腹で騒がしい部員たちを待ち受ける「顧問直伝の合気武道稽古」と、それを乗り越えた先にある「極上の夕食」が約束され、合宿一日目の熱い午後がいよいよ始まろうとしていた。


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