【鮎先輩の部活愛が重すぎる件】
【鮎先輩の部活愛が重すぎる件】
圧倒的な「特級の洗礼」を受け、すっかり大人しく……いや、完全に従順な仔羊と化した一年生たち。
彼らを引き連れ、主将の門蒼真を先頭にした二年生たちによる、合宿所の案内が始まった。
「ここが俺たちの寝泊まりとメインの稽古を行う大道場だ。そして奥の小道を抜けた先にあるのが、岩作りの露天風呂。ルールはさっき鮎先輩が言った通りだ。」
門が厳格な声で説明すると、一年生たちは「押忍ッ!」「はいっ!」と、先ほどまでの個性の強さが嘘のように、ピシッと背筋を伸ばして返事をする。
「さぁて、案内も済んだところで、まずは全員で道場の大掃除よ!」
阿部凛花が腕まくりをして宣言した。
事前に本多鮎と使い魔のルージュが軽く埃は払ってくれていていたものの、これから四日間、文字通り血と汗と涙を流す神聖な場所である。全員の気合いを入れる意味でも、改めて徹底的に磨き上げる必要があった。
「一年生は雑巾がけ! 二年生は窓拭きと水回り! いくわよ!」
「「「「「押忍ゥゥゥッ!!」」」」」
キュッ、キュッ、ザーッ!
道場中に、部員たちの活気ある清掃の音が響き渡り始めた。
◆◇◆
そんな熱気あふれる道場から少し離れた、心地よい初夏の風が吹き抜ける縁側。
顧問の影安先生は、部員たちの頑張りを遠目に見守りながら、一人静かに腰を下ろして休んでいた。
「影安先生、長旅お疲れ様でした。肩、少し凝ってますねぇ」
「おお、鮎くん。すまないねぇ……」
背後から、私服に着替えた鮎が、スッ……と影安先生の肩に手を置き、絶妙な力加減でマッサージを始めていた。
そこへ、ゴシックドレスの裾を揺らしながらルージュが近づいてくる。
「先生、お茶が入りましたわ。どうぞ」
「ありがとう、ルージュくん。……ふぅ、美味しいお茶だ」
日本家屋の縁側に、なぜかアンティーク調の美しいティーカップ。少しちぐはぐな光景だが、三百年の時を生きる吸血鬼の元女王が淹れた紅茶の香りは、影安先生の疲れをじんわりと癒やしてくれた。
ズズッ……と紅茶を一口すすり、影安先生は、自身の肩を優しく揉んでくれる教え子を見上げた。
「……鮎くんも、立派な大人になったね」
しみじみとこぼれたその言葉に、鮎は少しだけ手を止め、ふわりと微笑んだ。
「いいえ。影安先生のご指導があったからですわ」
「僕は何もしちゃいないよ。ただ、見守っていただけだ」
「それでも、です」
鮎の瞳に、深い感謝と熱い感情が宿る。
「先生が、持子さ――……持子さんに、合気武道の理をより深く教え、導いてくださった。先生が撒いてくださった種があったからこそ、あの方はさらなる高みへと至ることができた」
鮎は、『ご主人様』と喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、卒業生として、丁寧に言葉を紡いだ。
「そのことが巡り巡って、私の『絶対的な幸せ』に繋がりました。……本当に、感謝しています」
「……巡り合わせ、だね。うんうん」
影安先生は、かつての教え子――絶対的な魔王として君臨した姿を思い浮かべるように、穏やかに目を細めて頷いた。
「自分が立派だなんて少しも思いませんが……もし先生にそう見えているのなら、この恩は返さなければなりません」
鮎の声に、トップモデルとしての華やかさとは違う、一本の太い芯が通る。
「持子さんが大切に守ろうとしたこの部活の子たちを、私が責任を持って強く鍛え上げないと!」
「ふふっ、それは頼もしいね」
影安先生は嬉しそうに笑い、それから少しだけ心配そうに眉を下げた。
「……しかし、こんなに大金を使ってしまって良かったのかい? 聞けば、今回の合宿の備品だけで五百万円近くかかったとか……」
「ああっ、備品ですね! ええ、最新のポータブル電源やマット類で大体五百万円ですわ」
鮎はマッサージを続けながら、事もなげに答えた。
「それと、私たちが乗ってきたあのマイクロバス。トヨタの『コースター』の新車なんですが、あれがオプション込みで一千九十万円(税込)くらいですね!」
「…………え?」
影安先生の肩が、ピクッと跳ねた。
「か、買ったのかい!? あれを!?」
「はい! もちろん、学園の合気武道部に『寄贈』させていただきますわ! これでいつでも遠征に行けますね!」
ニコリと、100万ドルの笑顔を浮かべる鮎。
「と、ところで影安先生。運転免許はお持ちですよね?」
「え? あ、ああ……。僕の年代で取った普通免許は、自動的に『中型免許(8トン限定)』が付帯しているから、あのサイズのマイクロバスの運転自体は法的にはできるはずだけど……」
「素晴らしいっ!!」
鮎がパチン! と両手を合わせた。
「なら、少し練習すれば絶対に大丈夫です! これからの合宿や遠征の運転は、影安先生にお任せしますね!」
「…………」
数千万円単位の寄贈と、いきなり専属の大型ドライバーに任命された事実。
普段はどんな理不尽な武の暴力もフワリと受け流す達人・影安壮三であったが、財力に物を言わせたトップモデルの『善意の暴力』は受け流しきれず、完全に呆然として言葉を失ってしまった。
その横で、ティーカップのセットを片付けていたルージュが、こめかみを押さえて深ぁぁぁい、長ぁぁぁい、ため息をついた。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ……」
ルージュは呆れ返ったジト目をマスターに向ける。
「本当にこのマスターは、金銭感覚も行動力もバグってますわ……。先生、どうか気になさらず。この女、芸能活動と妖討伐の裏バイトで稼いだお金をインデックスファンドでゴリゴリに運用して、資産だけはアホみたいにありますから……」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける中、圧倒的なスケールで部活を支援(物理)する伝説のOGと、呆然とする顧問、そして呆れ顔の使い魔による、平和なティータイムが過ぎていくのだった。




