【パリからの贈り物】
【パリからの贈り物】
パリ最終日の朝。
爽やかな風が吹き抜けるシャンゼリゼ通りを、阿部凛花は意気揚々と歩いていた。
「はぁ〜っ、パリ最高! お洋服もバッグも靴も、可愛いものだらけで目移りしちゃう!」
キラキラと輝くショーウィンドウを眺めながら、凛花のテンションは最高潮に達していた。
芸能事務所『スノー』に所属する凛花は、固定給として毎月二十万円をもらっている。それに加えてモデル業の歩合給も入るため、女子高生としては破格の収入を得ており、お財布事情はそこそこ潤っていた。
しかし――ここは世界のファッションの中心地、パリ。
一流ブランドが立ち並ぶこの街では、高校生のお小遣いなど、あっという間に消し飛んでしまう魔力がある。
(自分の物も欲しいけど……ううん、まずはみんなへのお土産からだよね!)
凛花が振り返ると、その後ろには、両手に大量の紙袋を抱えてフラフラと歩く人物がいた。
「あ、凛花ちゃぁん……そろそろ、腕が千切れそうなんですけどぉ……」
「千手先輩、まだまだ行きますよ! 合気武道部のみんなと、事務所の先輩たちの分も買うんですから!」
「ひぃぃぃっ!!」
同行している千手マネージャーは、完全に凛花の『下僕(荷物持ち)』と化していた。
無理もない。昨夜、リュクス・アンペリアルのCEOであるリジュからのディナーの招待を凛花に伝え忘れ、あまつさえプレッシャーと時差で一人爆睡していたという大失態を犯したのだ。
しばらくの間、千手マネージャーは凛花に頭が上がらない運命にあった。
「さーて、次はどのお店に行こうかなっ♪」
凛花がご機嫌でスマホでマップを開こうとした時、ピコンッ、とメッセージアプリに通知が入った。
送り主は、『エレーヌ・リジュ』。
昨夜のディナーですっかり意気投合し、連絡先を交換していたのだ。
『Bonjour, Rinka. 昨日はとても楽しい夜だったわ。あの撮影であなたが着た新作のドレス、プレゼントとして日本に送っておくわね♡』
「ええっ!? あの超絶高かったドレスを!? さすがCEO、太っ腹すぎる……!」
凛花はスマホの画面を見つめたまま、ハッとある名案を閃いた。
(……そうだ! どうせなら、みんなの分もリュクス・アンペリアルのお洋服をプレゼントできたら、最高じゃない!?)
凛花は、歩きスマホにならないようカフェのテラス席に座り、千手マネージャーに「ちょっと休憩!」と指示を出してから、猛烈な勢いでフリック入力を始めた。
『エレーヌさん、ありがとうございます! あの、相談があるんですが……今回の撮影のギャラから天引き(前借り)で、リュクスのお洋服を買えませんか?』
『あら、自分の服?』
『いえ! 二年生と一年生、全員分の服を買いたいんです! あと、雪社長、鮎先輩、美羽先輩、森マネージャー、千手マネージャーの分も! サイズデータは後で送ります!』
送信ボタンをターンッ! と押す。
数秒後。パリのオフィスにいるであろうエレーヌから、少し呆れたような返信が届いた。
『……リンカ。いくらなんでも、あなたの今回のギャラじゃ全員分の金額には全然足りないわよ?』
(えっ!? わたしのギャラ、そんなに安いの!? ……いや、リュクスの服が高すぎるんだ!)
一流ブランドの恐ろしい価格設定に一瞬青ざめた凛花だったが、すぐに気を取り直して打ち返す。
『足りない分は、次回の撮影分のお給料で支払います! だめですか?(土下座のスタンプ)』
スマホの向こう側で、エレーヌがクスッと笑う姿が目に浮かぶような「間」があった。
『……ふふっ、いいでしょう。借金を作るなんて度胸があるじゃない。ただの前借りじゃなく、あなたと新たに結ぶ専属モデル契約の【先行投資】として、会社側で立て替えておくわ。その代わり、これから徹底的にこき使うから覚悟しておきなさい』
『はいっ! ありがとうございます♪ いくらでもこき使ってください!』
パリのオフィスでスマホを見ていたエレーヌは、思わず口元をほころばせた。
(……本当に、どこまでも素直で、仲間想いの可愛い子)
CEOとしての冷徹な計算ではなく、純粋な『親愛』から、エレーヌは条件を一つ追加した。
『ただし、タダで立て替えるわけにはいかないわ。服が届いたら、全員にそれを着せて、SNSにアップすること。うちのブランドの宣伝になるようにね』
「えっ!?」
凛花は思わず声を上げた。
(全員の写真をSNSに……!? 鮎先輩や美羽先輩、紗良ちゃんや玲央はいいとして……あの厳つい門くんとか、筋肉ダルマの大文字くん、変態気味の陽翔たちにハイブランドを着せてポーズ取らせるの!? 絶対四苦八苦して嫌がるよ!!)
想像しただけで吹き出しそうになる。
だが、ここで引くわけにはいかない。可愛い後輩たちや仲間たちに、最高のプレゼントを持って帰るのだ。
『……難しいミッションですが、なんとか頑張ります!!(炎のスタンプ)』
交渉成立。
凛花はホゥッと息を吐き、達成感に満ちた笑顔を浮かべた。
「よしっ! お土産問題はこれで完璧! 千手さん、もうお買い物は終了です!」
「ほ、ほんとぉ!? よ、よかったぁぁぁっ……!」
大量の紙袋に埋もれていた千手マネージャーが、涙を流して崩れ落ちた。
「せっかくのパリ最終日なんだから、あとは最高に美味しいものを食べて帰りますよ! 千手マネージャーの奢りで!」
「ひぃぃぃっ! わ、わかりましたぁっ! お詫びにフレンチでもなんでもご馳走しますぅっ!」
オシャレなオープンカフェで、絶品のガレットとクレープを堪能しながら、凛花は遠く離れた日本の空を思い浮かべた。
(パリでの撮影、本当に色んなことがあったな……)
ロレンツ監督からの厳しい言葉、自分の殻を破った瞬間、そしてエレーヌさんという、尊敬できる大切な友人(お姉さん)との出会い。
魔王様(持子)から受け継いだ魔力の本当の意味を、少しだけ理解できた気がする。
(このパリで得た経験や感覚は、絶対に日本に帰って活かそう。モデルとしても、合気武道部の一員としても)
そして、日本に帰れば、いよいよ待ちに待った『合宿』がスタートする。
一年生たちも実力をつけてきているし、どんなカオスな地獄の特訓が待っているのか。みんなにハイブランドを着せるという密かなミッションも含めて、想像するだけでワクワクしてくる。
「さあ、帰ろう! みんなが待ってる日本へ!」
阿部凛花は、極黒の魔力と大きな成長を胸に秘め、輝くような笑顔でパリの青空を見上げた。
これから始まる熱い夏と、仲間たちとの波乱万丈な合宿に、胸を大きく高鳴らせながら。




