【期待に応えるために】
【期待に応えるために】
「本来なら、あなたのような未完成な小娘が、リュクス・アンペリアルの看板を背負うことなんて絶対にあり得ないのよ」
エレーヌ・リジュから放たれたトップとしての厳しい言葉。
だが、その真意を悟った阿部凛花は、逃げることなく、リジュの美しい双眸を真っ直ぐに見つめ返した。
「……はい。今なら、痛いほど分かります」
凛花はギュッと両手を握りしめ、自分の中でストンと落ちた『答え』を口にする。
「わたしが日本で少しずつ成功できているのも……今回、このパリの新作撮影に呼んでいただけたのも……すべて、立花社長と、リジュCEOの『期待』だったんですね」
「……」
「絶対的な存在である魔王様(持子先輩)の魔力を受け継いでいて……尚且つ、持子先輩と同じ『モデル』という道を歩んでいる、わたしへの……」
真剣な表情で語る凛花を見て、リジュはフッと満足げに口角を上げた。
「そうよ。ひどく、期待しているのよ」
スッ……。
リジュが再び凛花の頬に手を添える。
二人の身体から滲み出ている『極黒の魔力』が、再び共鳴してフワリと部屋の空気を揺らした。
「見てなさい、リンカ」
リジュは空いている方の手をスッと前に出し、自身の魔力を実体化させた。
だが、そこから現れた黒い靄は、美しく整ってはいるものの、どこかこぢんまりとしていて、すぐにサラサラと霧散してしまった。
「……わたしが魔王様から頂けたのは、この程度。これでも一般の能力者からすれば破格だけれど……でも、リンカ、あなたは違う」
リジュの視線が、凛花から立ち上る、濃密で底知れない漆黒のオーラへと注がれる。
「あなたは、本当に素晴らしい魔力を継承しているわ。そして、その美貌、圧倒的な高身長、完璧なプロポーション……あなたはまさに、モデルをするために生まれてきたような存在よ」
「リジュCEO……」
「今のあなたは、まだ『可愛い(ミニョン)』の枠を出ていない。でも、それはただ経験が足りないだけよ。だから、これから色々な経験を積みなさい。チャンスは私がいくらでも用意してあげる。――リンカ、あなた自身の手で、そのすべてを掴み取りなさい!」
トップブランドのCEOからの、これ以上ないほどの激励。
凛花の胸の奥で、熱い炎がボワッと燃え上がった。
「はいッ!! 絶っっ対に、掴み取ってみせます!」
腹の底から響くような元気な返事に、リジュはパァッと顔を輝かせた。
「よろしい。……ふふっ、それじゃあ、すっかり冷めてしまう前に、お食事の続きと行きましょうか」
「はいっ! ありがとうございます、リジュCEO!」
凛花が背筋を伸ばして元気に答えると、リジュは困ったように小さくため息をつき、人差し指を立てて凛花の唇をそっと塞いだ。
「リンカ、『CEO』は要らないわ。ここは会社じゃないもの。……『リジュさん』か、『エレーヌさん』。好きな方で呼んでちょうだい」
「えっ? えっ? えっ?」
凛花は再び目を白黒させた。
(せ、世界的ブランドのトップを、そんな気安く呼んでいいの!?)
「個人的にね、リンカ、あなたのことがとても気に入ったわ。素直で、本当に可愛い。……でも、仕事は別よ? そっちでは一切手加減しないし、厳しくいくからね。分かった?」
「は、はいっ! ……エレーヌ、さん!」
凛花が少し照れくさそうに、けれどもしっかりと名前を呼ぶと、リジュは、少女のようにパァッと花が咲いたような嬉しそうな笑顔を見せた。
「ええ。よろしくね、リンカ」
エレーヌは優雅に自身の席へと戻り、凛花のグラスに残っていたワインを一瞥して目を細めた。
「ふふっ、それにしてもリンカは、初めてのワインも結構いけそうね。でも、お酒は飲まれるものじゃないわ。あくまで『食事をより美味しく引き立てるくらい』で、上品に嗜むのよ」
「はい、エレーヌさん! 今日のこのお食事も、ワインの味も……全部身体全体で感じて、勉強して、絶対に自分の『経験』にしてみせます!」
「良い心がけね」
チリン、と。エレーヌが卓上の小さなベルを鳴らすと、扉が開き、待機していたスタッフたちが再び美しい料理の数々を運び込んできた。
そこからは、凛花にとって夢のような時間だった。
エレーヌは、フランスの文化やワインの知識だけでなく、凛花に「日本のこと」をたくさん質問してくれた。
凛花は、身振り手振りを交えながら、少し誇らしげに語った。
「私、学校では合気武道部っていう部活に入ってるんです! そこには陽翔っていうバカな親友がいて、紗良ちゃんっていう可愛い子もいて……さっきロレンツ監督から帰れって言われて落ち込んで電話したら励めてくれて、それで撮影を続けられました!」
そして、話題が『魔王様(持子)』のことになると、エレーヌの口はさらに滑らかになった。
「あ方は本当に規格外だったわ。パリの三ツ星レストランで、食後のデザートのミルフィーユを食べすぎて品切れになった時なんて、怒りで魔力を暴走させて、鮎や下僕たちが必死に魔力を押さえつけて鮎が煤だらけになっていたわ!」
「あははははっ! 想像つきます! 持子先輩、食べ物の怨みは世界滅亡レベルですからね!」
雲の上の存在だと思っていたCEOが、自分と同じように持子の「ポンコツエピソード」や「伝説のバカ話」を楽しそうに語る。
その姿を見て、凛花はエレーヌのことが心の底から大好きになっていた。
(エレーヌさんも、雪社長も……普段はすっごく怖くて厳しいけど、ちゃんと『愛情』を持って接してくれてるんだ)
最高級のメインディッシュである仔牛のローストを口に運びながら、凛花は静かに決意を固める。
厳しく指導し、それでも大きなチャンスを与えてくれる大人たち。
彼女たちは、凛花の中に眠る才能と、魔王から受け継いだ力を信じてくれているのだ。
(期待されてる。……私には『出来る』って、信じてもらえてるんだ。なら――絶対に、その期待に応えなきゃ!)
パリの夜景を見下ろす豪奢なVIPルームの中。
美味しいワインと料理、そして「尊敬できる人生の先達」との語らいを通じて、阿部凛花という少女は、また一つ大きな『経験』を吸収し、トップモデルへの階段を確かな足取りで上り始めていた。




