【女王の本音】
【女王の本音】
広大なVIPルームの中、完全に二人きり。
静寂が降りた部屋の中で、リュクス・アンペリアルCEO、エレーヌ・リジュは、ゾクッとするほど美しく――そして、ひどく『意地悪な笑顔』を浮かべて、凛花を見下ろしていた。
(ひぃぃぃっ!? な、なに!? なんでそんな悪役みたいな顔でこっち見るの!? わたし、やっぱり何かマナー違反しちゃった!?)
凛花の心臓が、恐怖で早鐘のように打ち始める。
だが、次の瞬間。
「……ふふっ。あはははっ!」
「……え?」
リジュの意地悪な笑顔はパッと崩れ、堪えきれないといった様子で、とても楽しそうに笑い出した。
しかも、その口から飛び出したのは、流暢な『日本語』だった。
「ごめんなさい、リンカ。やっぱりダメ。これ以上は意地悪できないわ」
「……えっ? えっ? えっ?」
凛花は目を白黒させた。
(に、日本語ぉぉぉっ!? めっちゃ綺麗な日本語喋ってる!?)
大混乱に陥る凛花の前で、リジュは可笑しそうに目元を拭いながら、自身の席へと戻っていった。
「雪にね、『デザートが来るまではフランス語だけで通して、たっぷり怖がらせてあげて』って言われていたのよ。でも……無理だったわ。あなたの反応、コロコロ変わって可愛すぎるんだもの」
「ゆ、雪……って?」
凛花はポカンと口を開けたまま、リジュの言葉を脳内で反芻する。
「もしかして……うちの事務所の、立花雪社長ですか……?」
「そうよ」
リジュは悪戯っぽくウインクをした。
「た、確かに、うちの事務所とリュクス・アンペリアルが業務提携しているのは知ってます。けど……えっ? わざわざそんなドッキリを仕掛けてくるくらい、そんなに仲が良いんですか?」
「仲が良いなんてもんじゃないわ。この世でただ一人の、私のAme sœur魂の双子よ。雪とはね」
ピシッ。
凛花の頭の中で、何かがショートする音がした。
(うちの、あの超絶ドSで鬼畜な雪社長の……魂の双子……!? 世界的トップブランドのCEOが!?)
思考回路が完全に停止し、凛花は再び彫像のように固まってしまった。
そんな凛花を見て、リジュは優しく微笑むと、再び立ち上がって凛花の傍に歩み寄った。
スッ……。
美しい手が伸び、凛花の頬を優しく撫でる。
「……っ」
「あの日から……ずっと、この気配を感じていたわ」
リジュの指先が触れた瞬間。
凛花の身体の奥底から、彼女が普段無意識に抑え込んでいる『極黒の魔力』が、黒い靄のようにフワリと滲み出した。
「あ、す、すいません! 魔力が勝手に……!」
凛花が慌てて魔力を引っ込めようとした、その時だった。
「いいのよ。――ほら」
リジュが、空いているもう片方の手をスッと持ち上げる。
すると、リジュの白く美しい指先からも、凛花と全く同じ……いや、さらに濃密で深い『極黒の魔力』が立ち上ったのだ。
シュルルルルッ……。
二人の黒い靄が空中で絡み合い、まるで再会を喜ぶように共鳴して震える。
「っ……!? な、なんで……!?」
凛花は目を見開いた。
この魔力は、合気武道部の合宿で、あの『神』から直接与えられた特別な力のはずだ。どうして、フランスのトップブランドのCEOが同じものを持っているのか。
リジュは愛おしそうに、絡み合う黒い靄を見つめながら静かに口を開いた。
「私もね……『魔王様』から、この魔力をいただいたのよ」
「っ……ま、持子先輩から……!?」
「その通りよ。私は、魔王様と前世からの深い縁があるの」
リジュの瞳が、どこか遠くの、懐かしい過去を見つめるように細められる。
「本当なら……私も鮎や美羽のように、魔王様の『下僕』となって、ずっとお側で愛されたかったわ……」
その横顔は、世界的CEOとしての威厳を忘れさせるほど、ひどく切なく、そして寂しそうだった。
「な、ならなかったんですか? 鮎先輩たちみたいに……」
凛花が恐る恐る尋ねると、リジュはふっと自嘲するように微笑んだ。
「魔王様はね、『今生の女としての幸せを掴め』と仰ったのよ。魔王様にお会いした時……私にはすでに、心から愛する恋人がいたから。だから、私を下僕にはしてくださらなかった」
「……っ! さ、流石は神様(魔王持子先輩)……! 器がデカすぎる……!」
凛花は思わず両手を合わせ、拝むようなポーズをとった。どんな状況でもブレない持子の絶対的なカリスマ性に、改めて感動すら覚える。
リジュは小さく吹き出し、凛花の頭をポンポンと撫でた。
「ふふっ。ここまで色々と話すつもりはなかったのだけれどね。……今日、上がってきたテストシュートの写真、本当に素晴らしかったわ」
「っ!? あ、ありがとうございます!」
「一瞬、本当に魔王様が帰ってこられたのかと錯覚したくらいよ」
「えへへへっ……」
憧れの人たちに認められ、凛花は照れくさそうに頭を掻いて笑った。
だが――。
リジュの眼差しが、スッと鋭く、ビジネスのトップを走る『CEO』のそれへと切り替わった。
「でも、まだまだね」
「……え?」
「素材としては、魔王様から魔力をいただいたからなのか『最高』をあげるわ。でも、あなたはまだ、それを全く活かしきれていない!」
ビシッと言い放たれた言葉に、凛花は肩をビクッと跳ねさせたが、すぐにシュンと頷いた。
「……自覚は、あります。今日、ロレンツ監督にもコテンパンに叩きのめされましたから……」
沈み込む凛花を見て、リジュは優しく、しかし確かな熱を帯びた声で告げた。
「ロレンツはいい監督であり、最高のカメラマンよ。妥協を許さない、本物の芸術家。……知っているかしら? かつて、あの完璧な魔王様でさえ、ロレンツに叩きのめされたのよ?」
「ええええええっ!?」
凛花は椅子から転げ落ちそうになった。
「あ、あの絶対無敵の持子先輩が!? ロレンツ監督に!?」
「ええ。だからこそ、ロレンツの目は確かなの」
リジュは凛花の目を真っ直ぐに見据え、一言一言、噛み締めるように言った。
「リンカ。キツイことを言うけれど……本来なら、あなたのような未完成な小娘が、リュクス・アンペリアルの看板を背負うことなんて絶対にあり得ないのよ」




