【聞いてないよ、CEOディナー!?】
【聞いてないよ、CEOディナー!?】
佐藤の言葉で吹っ切れた阿部凛花は、見事にロレンツ監督の期待に応えてみせた。
「魔王の力」に「阿部凛花自身の魂」を乗せた圧倒的な表現。気難し屋で知られる世界的カメラマンは、最後にはファインダー越しに震えながら「トレビアン……!」と呟いたらしい。
ともかく、リュクス・アンペリアルの新作撮影は、大成功のうちに無事終了したのだった。
そして現在。
「……えっ? なにこれ。お城……?」
パリの中心部。リュクス・アンペリアルが手配した最高級ホテルのスイートルームに通された凛花は、ドアの前で完全にフリーズしていた。
(広っ!? 天井高っ!? なんで部屋の中にシャンデリアがあるの!? これ絶対『プリティー・ウーマン』とかで見るやつじゃん!)
「あわわわっ……!」
パニックになりながらも、とりあえずスマホを取り出して部屋の写真をパシャパシャと撮りまくる。
テーブルの上には、美しく盛られたウェルカムフルーツ。
(……こ、これは食べていいやつ? それとも、食べたら後で数万円請求される『駄目なやつ』!? 罠!?)
理解が追いつかない。とにかく誰かとこの衝撃を共有しなければ。
凛花は震える指で、同行している千手マネージャーに電話をかけた。
『ひぃぃぃぃっ!! 阿部ちゃぁぁぁん!!』
「うおっ!? ど、どうしたの千手マネージャー!」
『へ、部屋が広すぎるのぉぉっ! お風呂に猫の足みたいなのが付いてるし、ベッドが無駄に三つもあるし、怖くて部屋の隅っこから動けないよぉぉっ!』
凛花の部屋よりは格下のはずだが、それでも超高級ホテル。千手マネージャーは凛花以上にポンコツで、完全にキャパオーバーを起こして悲鳴を上げていた。
(ダメだこの人……相談相手にも、なんの役にも立たない……)
凛花はそっと電話を切った。
「そ、そうだ! 現地のコーディネーターさんに聞こう! 今夜のご飯とかどうなってるのか……」
藁にもすがる思いでコーディネーターの携帯を鳴らす。
『アッ、阿部サン。O疲レ様デシタ。ワタシ、モウ時間外ナノデ。明日ノ迎エハ朝十時デス。デハ、オヤスミナサイ』
ブツッ。ツーツーツー……。
「…………ええええええええっ!?」
見知らぬ異国の高級ホテルに、完全放置。
「う、嘘でしょ……? 夕ご飯は? わたし、この『罠かもしれないフルーツ』だけで一晩過ごせって言うの!?」
お腹は空いた。でもルームサービスを頼む勇気もない。
凛花は意を決し、ホテルのフロントへと向かった。
「あ、あのっ、えくすきゅーずみー! ど、ドゥー・ユー・スピーク・ジャパニーズ?」
必死の身振り手振りで尋ねると、奥からスッと上品な日本人スタッフが現れた。
「阿部様。いかがなさいましたか?」
「ああっ! よかった、日本語! あのですね、今夜のご飯とかって……」
スタッフはにっこりと、完璧な営業スマイルで告げた。
「はい。本日はこれより、リュクス・アンペリアルのCEO、エレーヌ・リジュ様がこちらへ到着されます。阿部様はエレーヌ様とご一緒に、当ホテルのメインダイニングでディナーをお召し上がりになると伺っておりますが」
「…………はい?」
凛花の思考が停止した。
「えっ、あの、聞いてない……聞いてないんですけど!!」
「左様ですか? 同行されている千手マネージャー様には、先ほどお伝えしたのですが……」
(千手さぁぁぁん!!)
どうやらあのポンコツマネージャーは、その知らせを聞いて完全にパニックを起こし、現実逃避してすでにベッドで寝てしまったらしい。
「お時間も迫っておりますので、VIP専用ルームへどうぞ」
「えっ? ちょ、ちょっと待って! いやいやいや待ってください! まだ全然、心の準備がッ!」
「さあ、こちらへ」
「ああっ、引っ張らないでぇぇぇっ!?」
抗う間もなく、凛花はホテルのVIPフィッティングルームへと連行された。
プロのスタイリストたちが現れ、あっという間に最高級のドレスを着せられ、メイクを直されていく。
(どどどど、どうしようどうしようどうしよう!!)
世界的カメラマンのロレンツ監督だって、凛花にとっては「夢の人」だった。
しかし、リュクス・アンペリアルCEO、エレーヌ・リジュは違う。
それはもう、ファッション界に臨む「天上人(神)」そのものだ。
鏡の前に座らされながら、凛花の心臓は今にも口から飛び出しそうなほど激しく脈打っていた。
(無理無理無理! わたし、フランス語なんて「ボンジュール」しか知らないよ! 英語だって無理だよ! なんなら、日本語だって綺麗な敬語とか怪しいのに!!)
息が荒くなる。ドレスの裾をギュッと握りしめる。
(どうするの、どうするの……どうするの、わたし(凛花)ァァァッ!?)




