【最強の先輩不在!? 一年生だけでC級悪魔を討伐せよ!】
【最強の先輩不在!? 一年生だけでC級悪魔を討伐せよ!】
「グルルルルッ……ウガァァァァァァァッ!!」
ネオンの光が届かない、夜の東京。
指定危険区域として封鎖された湾岸エリアの巨大な廃工場群の奥から、けたたましい獣の咆哮が夜気を切り裂いて響き渡った。
ひんやりとした夜風と共に、肌を刺すような濃密な魔素(み瘴気)が立ち込めている。
パトカーの赤い回転灯が遠くで回る中、安全圏の入り口付近に、聖ミカエル学園・合気武道部の一年生と二年生が集結していた。
門蒼真が腕を組み、厳格な表情で一年生五人を見下ろして説明を始めた。
「阿部はパリでモデルの撮影。南原はドラマの撮影で、副主将佐藤はその担当マネージャーとして同行している。……というわけで、今回の対魔特務機関TIAからの依頼は、俺と高橋で引率することになった」
門の隣では、完璧主義の女優である高橋玲央が、艶やかな髪をファサッと払って美しく微笑んだ。
「ええ。合宿前の最終テストといったところですわね。標的はC級悪魔『ブラッドエイプ』。事前にTIAの別部隊が討伐に失敗し、取り逃がした個体です。今のあなたたち一年生にとっては間違いなく『強敵』。ですが、わたくしたちは余程の命の危機がない限り、一切手出しはいたしませんわ。あなたたち一年生五人だけで、この事態を収拾しなさい!」
高橋の檄に対し、一年生たちが次々と声を上げた。
「押忍ゥゥゥッ!! ご指導ご鞭撻、感謝いたしますッ!!」
真っ先によく通る声で叫んだのは、175センチ120キロの巨漢、大文字鉄平だ。彼は緊迫した空気など一切読まず、廃工場のコンクリート柱に正拳突きを始めている。
「ふふっ。愛しの佐藤君がいないのはとっても残念だけど……彼に相応しい『ヒロイン』になるためにも、わたし、頑張っちゃうわよ♡」
女子の制服を完璧に着こなし、キラキラとしたオーラを放つ美少年(男の娘)――桃井琉生が、色っぽくウインクを飛ばす。
「やれやれ。阿部先輩も紗良はいないとなると、華に欠けますが……まあ、僕たちの成長を見せる『最高の舞台』だと思って、完璧なナビゲートをこなしてみせますよ」
若手俳優美男子、桐生蓮が、少しキザに前髪をかき上げて笑みを作る。
「ひ、ひぃぃぃっ……! む、むむむ、無理ですぅっ! こ、こんな夜の廃工場なんて、ぜっっったいに『出ます』ぅっ……!」
丸眼鏡にロングポニーテールの少女、雨宮千歳は、すでにガタガタと膝を震わせ、両手で顔を覆って涙目になっていた。
「ふんっ。阿部お姉さまが見ていない戦闘なんて、一ミリもやる気が出ないけど……。まあ、さっさとゴミ掃除を終わらせて、お姉さまに報告のメッセージでも送るとしようかな」
艶やかな黒髪ロングを揺らす美少女、神品蘭が、ツンとした表情で腕輪をいじりながらため息をついた。
(……相変わらずカオスな連中だが、この数回の軽い実戦任務で、顔つきはだいぶ変わってきたな)
門は心の中で、後輩たちの個性豊かな反応に目を細めていた。
「よし、まずは索敵だ。奴が最後に目撃されたこの周辺から、痕跡を追うぞ。雨宮、頼めるか」
「ひぃっ!? わ、わたしですかぁっ!?」
雨宮の視界には、『完全霊視』の能力によって、そこら中を漂う地縛霊や浮遊霊の姿がハッキリと映っていた。
「あ、あのっ……す、すいません、幽霊さんっ……。こ、この辺りで、おっきくて赤いお猿さん、見ませんでしたかっ……?」
『……アッチ……オクノ……ソウコ……』
「ひぃぃぃっ!? しゃ、喋ったぁぁぁッっ!! あ、ありがとうございますぅぅっ!!」
パニックになりながらも、雨宮はさらに『透視』の能力を展開し、工場の壁や障害物をすり抜けて空間を把握する。
「あ、あっちです……! 第3倉庫の奥に、すっごく大きくて嫌な気配がしますぅっ……!」
「よくやった、雨宮さん。ここからは僕の出番だ」
桐生が前に出た。彼は視覚を極限まで強化する『千里眼』の能力を発動させ、夜の闇と同化した数百メートル先の廃工場内部を鮮明に捉えた。
「見えた……。第3倉庫の最深部、天井の鉄骨の上です。こちらにはまだ気づいていませんが……なんてデカさだ」
桐生の案内で、一年生たちは音を立てずに第3倉庫へと潜入した。
暗闇の中、上空からポタ……ポタ……と粘り気のあるヨダレが落ちてくる。
ズズンッ……!
鉄骨がひしゃげる不快な音と共に、奥の暗がりから『それ』が飛び降りてきた。
ドスゥゥゥンッ!!
「ウガァァァァァァァッ!!」
身長3メートルに達する、筋骨隆々の巨大な赤い猿――C級悪魔『ブラッドエイプ』。暗闇の中で、血塗られたような赤い毛皮が不気味にテカテカと光っている。
「先陣、自分が行かせていただきますッ!!」
大文字が弾丸のように飛び出した。
魔力で肉体を極限まで強化する『剛体』を発動し、一直線に懐へ潜り込む。
「シィィッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
大文字の正拳突きが、ブラッドエイプの腹部にクリーンヒットする。
しかし――。
「……なにッ!?」
大文字が驚愕の声を上げた。渾身の打撃は、鋼のように硬化した赤い毛皮に完全に阻まれ、全くダメージが通っていない。
「ガアァァァッ!!」
ブラッドエイプがドラミングするように分厚い胸を叩くと、びりびりと空気が震えるほどの咆哮を上げた。一年生たちが思わず耳を塞ぐ。
さらに猿は、傍らに落ちていた太い鉄骨を軽々と掴み上げ、大文字に向かって豪速球で投げつけた!
「危ないッス!」
大文字が間一髪で躱すと、鉄骨は後方のコンクリート壁に突き刺さった。
だが、それは陽動だった。ブラッドエイプは四足歩行の姿勢を取り、猛スピードで突進。そのまま工場の壁を蹴って高く跳躍し、頭上から大文字へと襲いかかった!
丸太のような豪腕の強烈な横薙ぎ。
ブォンッ!!
(真正面から受けるのは危険……ならば!)
大文字は両腕を交差させ、迫り来る丸太の腕を迎え撃つ体勢をとった。
当たるか当たらないかのギリギリの接点で相手の力を円運動へと変化させ、自身の枠外へと威力を完全に受け流す――『合気武道の十字受け』だ。
大文字は猿の腕に触れた瞬間、手首を返し、相手の進行方向へ力を流そうとした。
だが――。
ズガァァァァァァンッ!!
「ぐ、がはぁぁぁっ!?」
バキィィィッ! という嫌な音と共に、大文字の巨体がボロ雑巾のように宙を舞った。
合気武道の十字受けが、完全に失敗したのだ。
(い、いなせなかった……!? 質量とスピードが、自分の技術を完全に凌駕しているッ!)
ズザザザザッ! と床を削りながら後退する大文字。
(くそっ、なんて力と硬さだ……! 力比べでも、生半可な合気でも押し負ける。何か……何か弱点はないのか!?)
後方で戦況を分析していた桐生が、焦りを感じながらも『千里眼』の動体視力で鋭い視線を走らせた。
その時、ブラッドエイプの巨躯に一瞬の『歪み』が生じたのを、桐生の眼が見逃さなかった。
(あれは……! 先に戦ったTIAの部隊が残した傷跡か!? 一箇所だけ、魔力の流れが途切れている場所がある!)
桐生が声を張り上げ、司令塔として的確な指示を飛ばした。
「大文字君、耐えてください!……見つけました! 奴の『左肩』、再生していません! 魔力硬化もそこだけ機能が薄くなっています!」
「了解ッス! 雨宮さん、神品さん、合わせてくれ!」
大文字の声に、雨宮は完全に涙目になっていた。
「ひ、ひぃぃぃっ……! む、無理ですぅっ! あ、あんなおっきな猿、こ、怖すぎますぅぅっ!!」
「雨宮さん、お願い!」桐生が叫ぶ。
「うぅぅ……っ、こ、こっち見ないでくださいぃぃっ!!」
雨宮が半狂乱で両手を前に突き出した瞬間、彼女の絶大な『念力』が発動した。
見えない空間の壁が凄まじい質量となってブラッドエイプの四肢に絡みつく。
ギリギリギリッ!!
「グ、ガァァッ!? ガルァァァァッ!!」
ブラッドエイプが念力の拘束を引きちぎろうと激しく暴れる。
「あ、あわわわっ……! ち、力が強すぎますぅっ……!」
雨宮がどもりながら歯を食いしばる。
その時、桃井琉生が、ふわりと軽やかに前に出た。
「ふふっ。千歳ちゃんだけじゃ大変そうね。わたしも手伝うわ!」
桃井は両手から、キラキラと輝く特殊な『魔導糸のワイヤー』を無数に射出した。
シュルルルルッ!!
強靭なワイヤーが、ブラッドエイプの巨大な右腕と首元に巻き付く。
「このワイヤーを、わたしの手の一部だと感じて……合気武道――『一本取り(裏)』ッ!!」
桃井がステップを踏んで側面へ滑り込む。ワイヤーを介して猿の腕の関節を極めるように力を流し込み、暴れる猿の「前に進もうとする巨大な力」をそのまま円運動へと変換した。
ギュルンッ!!
「ガッ!? ギョェェェェッ!?」
巨体がバランスを崩し、空中で錐揉み回転しながら床に叩きつけられた。
ズドォォォォォォンッ!!
うつ伏せに倒れ込んだ猿を、桃井と雨宮が両側から完全に押さえ込んだ。
「今よ! 蘭ちゃん!」桃井が叫ぶ。
「ふふっ、僕の出番だね!」
神品蘭がキリッとした表情で腕輪に触れた。
「阿部お姉さまが見ていないのは残念だけど……僕の痺れる愛、たっぷり味わうといいよ!」
バチバチバチッ!
神品の指先にパチンコ玉サイズの鋼球がセットされ、青白い稲妻が狂ったように弾け飛ぶ。
「消し飛べぇぇぇっ!! 『最大雷撃』ォォォッ!!」
ズガァァァァァァンッ!!
落雷のような轟音と共に、音速を超えて撃ち出された鋼球がブラッドエイプの『左肩』を直撃した。
装甲の薄い部分を鋼球が深く貫通し、内部に莫大な電流が流れ込む。
「ギャァァァァァァッ!?」
バチバチバチッ!
内部の魔力回路が激しくショートし、魔力が暴走。奴の全身を覆っていた鋼のような硬化防御が、パラパラとガラスのように崩れ去って完全に解除された!
高圧電流によって魔物は数秒間完全にスタン状態に陥る。
門が思わず叫んだ。
「今だ、大文字ィィィッ!!」
大文字の目がギラリと光った。
「押忍ゥゥゥッ!! 自分、まだまだやれるでありますッ!!」
バチィィィンッ!!
大文字は限界を超えて魔力を練り上げ、全身の筋肉をパンプアップさせた。
血管が浮き出た太い右腕を、腰だめに深く引く。
狙うは、完全に防御が剥がれた左肩から心臓へ抜ける急所。
対するブラッドエイプも、本能で死の危険を察知したのか、白目を剥きながら残された右腕を必死に伸ばし、大文字を道連れにしようと最後の抵抗を見せる。
巨大な爪が迫る。しかし、大文字は一歩も引かなかった。
「うおおおおおおおおおッ!! 渾身のぉぉっ……正拳突ぅぅきィィィィッ!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
爆発のような大音響。迫る猿の腕ごと打ち砕き、大文字の鋼の拳がブラッドエイプの左肩を深々とえぐり、そのまま内部の魔石ごと巨体をぶち抜いた。
「グ、ガ……ッ……」
赤い巨猿はついに力を失い、ドスゥゥゥン……ッ、と沈み込んで黒い灰となって崩れ落ちていく。
大文字が残心を取り、深く一礼した。
「……ふぅーっ。押忍。無事、制圧完了であります」
「や、やったぁ……っ、こ、怖かったよぉ……」と雨宮がヘナヘナと座り込む。
「ふふっ、僕の雷撃のおかげだね」と神品が髪をかき上げる。
「大文字君、カッコよかったわよ♡」と桃井がウインクを飛ばす。
門と高橋は顔を見合わせ、安堵の息を吐きながら歩み寄ってきた。
高橋が艶やかな唇をほころばせる。
「……ふふっ。もし連携があと三十秒遅れていたら、わたくしたちが介入していましたわ」
門も口角を上げて頷いた。
「ああ、ギリギリだったな。だが……見事だった」
門が一歩前に出て、力強く宣言した。
「お前たちは、それぞれの持ち味を活かし、チームとして完璧に機能した。これがお前たち一年生だけでの、記念すべき初勝利だ」
その言葉に、一年生たちの表情がパッと輝く。
「よし、これでお前たちは基礎は合格だ。――次は、本格的な強化合宿だ!」
門の力強い号令に、一年生たちは歓喜の声を上げ、そしてこれから始まるであろう未知なる「地獄の特訓」の予感に、ほんの少しだけ武者震いをするのだった。




