【果てしなきファッションショーと、限界を迎えた男たち】
【果てしなきファッションショーと、限界を迎えた男たち】
「うわぁぁぁ……っ! すごい、すごいスよこれ!! 見渡す限り全部水着ッス!!」
「西銀座デパート地下一階、『Resortfull Ginza』……。日本最大級という触れ込みは伊達ではありませんわね。季節を問わずこの品揃え……素晴らしいですわ!」
放課後の有楽町・西銀座デパート。
五十以上のブランドが集結し、一年中水着を取り揃えているというその巨大な売り場に足を踏み入れた瞬間、合気武道部の女子たちの目の色が完全に「狩人」のそれに変わった。
「よし! 片っ端から試着していくわよ! 琉生ちゃんも千歳ちゃんも蘭ちゃんも、覚悟しなさい!」
「ふふふっ、今日は絶対に妥協しませんからね。徹底的に比較検討します」
阿部凛花と南原紗良が先陣を切り、高橋玲央が優雅にそれに続く。女体化して完璧な美少女となっている桃井琉生と、雨宮千歳、神品蘭の一年生トリオは、先輩たちの凄まじいバイタリティーに引きずられるように試着室へと吸い込まれていった。
「おっしゃー! いよいよ待ちに待った水着の品評会ッスね! 男に生まれて良かったッス!!」
「ふっ……。紗良の成長した水着姿、この目にしっかりと焼き付けないとね」
最初のうち、待機用の大きなソファに陣取った男子たちのテンションは最高潮だった。
佐藤陽翔と桐生蓮は身を乗り出し、主将の門蒼真も腕を組みながら、どこか落ち着かない様子で試着室のカーテンを見つめている。大文字鉄平も「押忍! 先輩方の気合、しかと見届けます!」と目を爛々とさせていた。
シャッ!
カーテンが開き、水着姿の女子が一人出てくるたびに、男たちは大騒ぎした。
「おおおぉぉぉッ!? 凛花、その紐ビキニすげー綺麗ッス!! 足長っ! エロい! エロいッスよ!!」
「玲央、そっちは少し布面積が少なすぎないか……? いや、似合っているが……っ、あまり他の男には見せたくないな」
「紗良! そのフリルの水着、すごく可愛いよ! 君の成長したスタイルにぴったりだ!」
「「「うおおおおぉぉぉぉッ!!」」」
次々と披露される色とりどの水着。その度に男たちは歓声を上げ、拍手喝采を送った。
……しかし。
男たちのハイテンションが続いたのは、開始からわずか一時間ほどだった。
「ねえねえ、次はこっちのパレオ付きにする! 玲央はそっちのオフショルダー試してみて!」
「ええ。南原さんは、こちらのクロスデザインのものなどいかがかしら?」
「合理的な提案です。ついでに桃井くん、あなたにはこちらのフリル付きの、とびきりキュートなビキニを着てもらいます」
「ひぃっ!?(う、嬉しそうだけど恥ずかしい、でもこれで佐藤先輩をメロメロにして完全に骨抜きにできたら……!)いや、でも流石に恥ずかしすぎますぅ!」
女子たちの買い物にかける体力は、底なしだった。
着ては脱ぎ、選んではまた着る。終わりの見えない無限ループ。五十以上のブランドが集結しているという利点が、ここでは完全に男たちの体力を削る「凶器」と化していた。
「……もう……無理ッス……」
開始から二時間が経過。佐藤はソファに深く沈み込み、魂が抜けかけたような虚ろな目をしていた。
「……俺、もう水着のゲシュタルト崩壊を起こしてるッス。どれ見ても同じに見えるッス……」
「グゴォォォ……ズピィィィ……」
巨漢の大文字に至っては、完全に白目を剥いてソファの端でいびきをかいて爆睡している。滝行のことなどすでに夢の彼方だ。
「……ふぅ……。女の子の買い物に付き合うのは、俳優としての必須スキルだけど……流石に、目が、チカチカする……」
桐生も前髪を掻き上げる手が震え、額には冷や汗が浮かんでいる。
「……忍耐だ。これも武道の修行のうち……玲央が最高の一着を見つけるまで、俺は……絶対に待つ……ッ!」
門だけが、歯を食いしばりながらなんとか主将としての、そして彼氏としての威厳を保とうと耐え抜いている。しかし、その顔には明らかな疲労の影が差していた。
「た,たすけてぇ〜……佐藤センパァァァイ……」
不意に、試着室の隙間から、フラフラになった桃井が這い出してきた。
完璧な美少女の姿をしているものの、女子たちの果てしない着せ替え地獄に付き合わされ、精神力は限界を迎えていた。
(本当は……とびきり可愛い水着を着て、佐藤先輩を完全に骨抜きにするつもりだったのにぃ……! もう着替える体力が残ってないですぅ……!)
「もう……無理ですぅ……」
桃井が佐藤に向かって涙目でSOSの手を伸ばす。
「も、桃井……! よく頑張ったッス、こっちへ……」
佐藤が助けようと手を伸ばした、その瞬間。
「あっ、琉生ちゃん! 逃げちゃダメよ! 次はこのパステルカラーのビキニ着てみるの!」
「さあ、試着室に戻りますわよ」
ガシィッ!!
阿部と高橋の細いが容赦のない腕が、桃井の両脇を完璧にホールドした。
「ひぃぃぃっ!? いやぁぁぁぁっ! 助けてぇぇぇ佐藤センパァァァァイ……ッ!!」
ズルズルズルッ……!!
佐藤の伸ばした手は空を切り、桃井はドナドナされる子牛のように、再び試着室の奥深くへと連れ去られていった。
「……南無」
佐藤はそっと目を閉じ、友のために静かに手を合わせた。
### 【最終決定と、交錯する乙女心】
「――お待たせしましたわ、殿方」
それからさらに一時間が経過した頃。
ついに、女子たちの「最終決定のお披露目会」の幕が上がった。
シャァァァァッ!!
特設の広い試着スペースのカーテンが一斉に開け放たれる。
そこに並び立った六人の水着姿を前にして、疲労困憊だった佐藤、門、桐生、そして目を覚ました大文字の顔から、一瞬にして睡魔と疲労が吹き飛んだ。
まず、一番端に立つ神品蘭。彼女が選んだのは、清楚でありながら少し背伸びをしたワンピースタイプの水着だった。
起伏のないストンとした小学生体型だが、それが逆に水着の可憐なデザインとマッチし、ロリコン気質の者が見れば狂喜乱舞しそうなほどの「平らで可愛い」魅力を放っている。
「ふふん! どうですかゴミ虫(陽翔)! 大好きな凛花お姉さまとお揃いの柄なんですよ!」
神品が、佐藤に向かってドヤ顔で胸を張る。
その隣に立つ雨宮千歳。彼女の水着は、シンプルな黒のビキニだった。
しかし、そのシンプルな布地が、彼女の暴力的なまでのグラマラスボディを限界まで強調している。豊かな胸の谷間、くびれたウエスト、丸みを帯びた腰のライン。極度のビビリで丸メガネという地味な印象とのギャップが、凄まじい「エロさ」を醸し出していた。一番エロいのは間違いなく彼女だ。
「あ、あの……恥ずかしいです……っ」
千歳は顔を真っ赤にして胸元を隠す仕草をしながら、上目遣いでチラリと佐藤を見た。
(佐藤先輩……少しは、可愛いって思ってくれたら……嬉しいな……っ)
彼女自身もまだ明確に自覚していない淡い好意が、その瞳に甘く揺れていた。
続いて、女体化した桃井琉生。
こちらもビキニだが、普段の奇行からは想像もつかないほど、バランスが良く引き締まった美しい身体をしている。ただ黙って立っているだけで、男心を激しく揺さぶる「ギャップ」と「完璧な美少女」のオーラがあった。
しかし。
「……チーン……」
本人は試着地獄で完全に精根尽き果てており、佐藤を骨抜きにする気力すら残っておらず、壁にもたれかかって白目を剥きかけていた。
そして、南原紗良。
童顔に眼鏡、そしてツルペタだったはずの彼女が選んだのは、淡いブルーの大人びたビキニ。
魔王の魔力によって一気に成長を遂げたCカップの胸元と、女性らしい曲線美。それでいて、まだ自分の魅力に慣れていないような「初々しさ」が残っており、それが得も言われぬ清純な綺麗さを生み出していた。
(どうですか、桐生くん! ずっと私を年下のくせに妹扱いしてきたこと、後悔しなさい! ……そして佐藤くん! 私をただの口うるさい子どもだと思っているあなたにも、この女の身体で度肝を抜かせて、完全に見返してやります!)
南原は頬を赤く染めながらも、挑発的な視線で桐生と佐藤の二人を真っ直ぐに射抜いた。
さらに、高橋玲央。
彼女が選んだのは、シックでエレガントな純白のビキニだった。
女優として磨き上げられた肌の白さと、一切の無駄がない美しいプロポーション。ただ立っているだけで周囲の視線を釘付けにする、圧倒的な「魅了する力」がそこにはあった。
(ふふっ、あなたの恋人の本気、存分に味わうといいですわ蒼真。私の美しさに、完全に平伏しなさい!)
高橋は門にだけ向けて、極上の、そしてとびきり甘いウインクを投げかけた。
そして最後、中央で腰に手を当てて立つ阿部凛花。
彼女が着ているのは、神品とお揃いの柄のビキニ。だが、その中身は全くの別物だった。
180センチの長身、スラリと伸びた長い足、そして豊満な胸と引き締まった腹筋。モデルとしてのポテンシャルを極限まで引き出したその姿は、まさに『美の暴力』。直視すれば目が潰れそうなほどの、圧倒的な破壊力とオーラを放っていた。
(ふふん! どうだ陽翔! 私のこの完璧なプロポーション! ただの『心の友』だと思って油断してたでしょ! その余裕な顔をぶっ壊して、心底驚かせてやるんだから!)
阿部は自信満々に胸を張り、ニシシと笑いながら佐藤の反応を伺った。
ドサァッ……!!
男たちは、キャパシティを完全にオーバーした視覚情報と、それぞれの乙女たちが放つ殺人的な色気の波状攻撃を前に、誰一人として言葉を発することができなかった。
まず、門は「ぐはっ……玲央、お前は本当に……っ」と顔を限界まで赤くして両手で覆い、恋人の圧倒的魅力の前に直視できず、バッと照れて目を逸らした。
次に桐生は「さ、紗良が……あんなに、綺麗に……」と呟きながら壁に手をつき、俳優としての語彙力を失って完全にフリーズしてしまった。
そして佐藤は――。
千歳の上目遣いによるグラマラスボディの破壊力、南原の初々しい挑発、そして何より、大本命である阿部の圧倒的な『美の暴力』に完全に挟み撃ちにされていた。
「ぶはっ!?」
佐藤は顔を真っ赤にして茹でダコのように沸騰し、今にも噴き出しそうな鼻血を堪えるように必死に鼻を押さえながら、膝からガクンと崩れ落ちた。
最後に大文字に至っては、「押忍ゥゥゥッ!! 皆様の素晴らしい仕上がりに、自分、感動であります!!」と謎の涙を流しながら直立不動でビシッと敬礼を決めた。
(……やった!)
佐藤が顔を真っ赤にして鼻血寸前で動揺する姿を見た瞬間、阿部の胸の奥がキュン!と甘く鳴った。なぜか分からないが、彼が自分を『女』として見て焦っていることが、たまらなく嬉しかったのだ。
「あはははは! 見て見て、陽翔たち完全にやられてる!」
「ふふっ。殿方というものは、本当に単純で可愛らしい生き物ですわね」
「計画通りです。私たちの圧倒的勝利ですね」
「えへへ、お姉さまの魅力の前では、ゴミ虫なんてこんなものです!」
それぞれの目的を果たし、見事に男たちの心を打ち砕いた女子たちは、大満足の笑みを浮かべてハイタッチを交わした。
### 【終わらない地獄と、男たちの白旗】
「……ふぅ。とりあえず、これで合宿の水着は完璧ッスね……。俺はもう、キャパオーバーでお腹いっぱいッス……。早く帰って寝たいッス……」
佐藤がティッシュを鼻に詰め、フラフラと立ち上がりながら帰る気満々でスポーツバッグを肩にかけた。門や桐生も、疲労と興奮がないまぜになった顔で「ああ、帰ろう」と頷き合っている。
しかし。
「――あら? 何を言っているんですの、殿方」
私服に着替えた高橋が、冷酷な女王のような笑みを浮かべて言い放った。
「え?」
「水着の買い物が終わっただけですわよ。……次は【下着売り場】と【女の子の私服売り場】を回るに決まっていますでしょう?」
阿部が、隣にいる桃井の腕をガシッとホールドしたまま、恐ろしい宣告をした。
「ひぃぃぃっ!? いやぁぁぁぁっ! もう許してぇぇぇぇ!!」
桃井が絶叫する。
見れば、雨宮と神品も、すでに南原と高橋に両腕をガッチリと固められ、完全に『着せ替え人形』として捕獲されていた。
「千歳ちゃんも蘭ちゃんも、合宿に向けてもっと可愛い服と下着を買ってあげるからね!」
「さあ、営業終了の二十時まで、まだ二時間もあります。夜はこれからですわよ!」
「理詰めで、あなたたちを完璧な女性にプロデュースしてあげます」
「た、たすけて先輩……っ」
「お姉さまのためなら……でも、もう、足が……」
女子三人の恐るべきバイタリティーの前に、一年生(と女体化男子)の三人は完全にまな板の上の鯉となっていた。
「……行くぞ、お前ら」
主将の門が、静かに踵を返した。
「……ええ。俳優にも、引くべき時はあります」
桐生が、一切の感情を捨てた目で頷く。
「……桃井、千歳ちゃん、神品。お前たちの尊い殉職は、合宿の地へ行っても絶対に忘れないッス……!」
佐藤は涙を流しながら、下着売り場へと連行されていく三人に、深々と、そして力強く敬礼を送った。
「「「お疲れ様でしたァァァァッ!!ディション!!」」」
男たちは、女子たちの底なしの買い物欲とバイタリティーの前に完全に白旗を上げ、逃げるように西銀座デパートを後にした。
合宿本番を迎える前に、すでに精神と体力を限界まで削り取られた男たち。
果たして、彼らは無事に五月の強化合宿を乗り切ることができるのだろうか――。
それはまた、別のお話である。




