【成長した身体と、合宿の必須アイテム】
【成長した身体と、合宿の必須アイテム】
「あーっ、もう! 全然ダメ! ホックが全然閉まらないわ!」
放課後。厳しい合気武道の稽古を終えた女子更衣室で、阿部凛花が自分のロッカーの前で頭を抱えていた。
彼女の手には、去年の夏合宿で着ていたはずのセパレートタイプの水着が握られている。
「どうしたんですの、阿部さん。そんなに大きな声を出して」
高橋玲央が、乱れた髪を優雅な所作でブラシで梳かしながら尋ねた。
「玲央、聞いてよ! 去年の夏に買ったお気に入りの水着なんだけど、家で試着してみたら、胸のカップが全然収まらないの! アンダーもキツいし、これじゃただの露出狂の変態モデルになっちゃう!」
阿部が泣きそうな顔で水着を宙に掲げる。
「ああ……なるほど。そういうことでしたのね」
高橋は深く納得したように頷き、自身のスクールバッグから、美しく折りたたまれた去年のビキニを取り出した。
「実は私もですわ。昨日確認したのですが、去年のものはカップが完全に溢れてしまって、とても人前で見せられる状態ではありませんでした。……どうやら私たちは、あの魔王・持子先輩から分け与えられた『極黒の魔力』の影響で、この一年で予想以上に女性としての身体が美しく、そして豊かに育ってしまったようですわね」
高橋が自身の完璧なプロポーションを鏡に映し、どこか誇らしげに、しかし困ったようにため息をつく。
「ええ、完全に計算外です。……まさか、私まで水着のサイズを大幅に買い換えることになるとは思ってもみませんでした」
ロッカーの影から、童顔の南原紗良が、少しだけ頬を赤くして現れた。
彼女は一年生の頃、Aカップのマイナスという一部のマニアにしか需要のないツルペタ体型だった。しかし、過酷な戦いと魔力の影響により、現在は立派なCカップへと急激な成長を遂げていたのだ。
「私なんて、今まで一切成長しなかったのに……。カップサイズが変わるというのは、嬉しい反面、出費がかさんで非論理的です」
二年生女子三人は、互いの成長したプロポーションを見つめ合い、「仕方ないわね」とため息をつきつつも、どこかとてもとても嬉しそうな空気を漂わせいていた。
「ま、サイズが変わっちゃったなら買い直すしかないよね! それにさ、合宿には水着以外にも色々いるじゃない?」
阿部が気持ちを切り替えるように、パンッと手を叩いた。
「去年履いてたビーチサンダルもボロボロだし、可愛いラッシュガードも新調したいなー」
「わ、私……海とか川とかあまり行ったことがないので、浮き輪とか使ったことありません……っ。可愛い浮き輪、欲しいです」
極度のビビリであり、丸メガネでおどおどとしている雨宮千歳が、少し恥ずかしそうに手を挙げて便乗した。
今まで可愛い服やレジャーアイテムなど縁遠かった彼女にとって、先輩たちと買い物プランを立てるというのは、未知の世界への扉を開くような新鮮なときめきだったのだ。
「僕は凛花お姉さまと水を掛け合うための、最強の水鉄砲が欲しいです!!」
阿部を崇拝する神品蘭が、目をキラキラさせて身を乗り出す。
「あははん! いいねいいね、そういうのも買っちゃおう!」
阿部が楽しそうに笑う。
「そうですわね。大自然の中となれば、虫除けも兼ねたお洒落なパーカーなども必要かもしれませんわ。合宿の夜、少し肌寒くなった時に羽織れるものが一枚あると重宝しますし」
高橋も頷きながら、必要なアイテムを頭の中でリストアップしていく。
「合理的な判断です。大自然のサバイバル環境とはいえ、最低限の身だしなみと装備は整えておくべきですからね」
南原がタブレットに素早くメモを取りながら同意した。
「よし! じゃあ合宿に向けて、絶対に新しい水着とかアイテムを一式買いに行かないとね! ねえ千歳ちゃん、一緒に買いに行こう!」
阿部が誘うと、千歳はビクッとして肩をすくませた。
「わ、私……水着なんて持っていないので……中学校の時のスクール水着で、いいかなって思ってたんですけど……ダメ、ですか?」
「「「絶対ダメ!!」」」
二年生三人の声が、更衣室に完璧にハモって響き渡った。
「ち、千歳ちゃん! あんた自分のその暴力的なまでのグラマラス体型を自覚しなさい! その胸でスクール水着なんて着て滝に打たれてみなさい、生地が張り裂けるか、佐藤陽翔の鼻血で川が赤く染まるわよ!」
阿部が千歳の豊満すぎる胸元を指差して力説する。
「そ、そうですわよ! スクール水着など、許しませんわ。あなたには絶対に似合う水着を選んであげますから!」
高橋も前のめりになって説得する。
「うぅ……わかりました。先輩たちがそう言うなら……買います……っ」
千歳は縮こまりながらも、先輩たちの優しさにコクリと頷いた。
(おしゃれな水着って、どんなんだろう……。私なんかに似合うのかな……)
不安と一緒に、ほんの少しだけワクワクとした期待が胸の奥で膨らんでいく。
「あのっ! 凛花お姉さま! 僕も! 僕も新しい水着が欲しいです!」
千歳の横から、弾丸のように飛び出してきた神品が阿部に抱きつく。
「お姉さまとお揃いの水着を着て、滝でお姉さまの背中を流すのが僕の夢です!」
(絶対にお姉さまとお揃いの水着を買うんだ! そして、あのゴミ虫(佐藤)に僕とお姉さまの絆の深さを見せつけてやるんです!)
その熱烈なアピールを聞いて、二年生三人の視線が、神品の身体へと一斉に集まった。
身長160センチ。スレンダーといえば聞こえはいいが、要するに起伏の全くない、ストンとした見事な『小学生体型』である。
(((……蘭ちゃん、あなたの体型なら、わざわざ買い換える必要ないでしょうに……)))
二年生たちの心の声が、完全に一致した瞬間だった。
しかし、そんな残酷な真実を口にするほど、彼女たちは野暮ではない。同じ女子として、触れてはいけないデリケートな領域というものがある。
「ふふふっ! もちろんよ神品ちゃん! 可愛い水着、一緒にお揃いの見つけようね!」
阿部が引き攣った笑顔で頭を撫でると、神品は「えへへ……♡」と幸せそうに身をよじらせた。
【魔法の女体化と、強制ファッションショーの予感】
「あのぉ〜……わたしも、女子会に混ぜてもらっていいですかぁ?」
不意に、更衣室の入り口から、甘く、艶っぽい声が響いた。
全員が振り返ると、そこには息を呑むほどの絶世の美少女が立っていた。
サラサラの明るいブラウンのロングヘア。モデル顔負けのすらりとした長い手足。そして、女子の制服を都会的で洗練されたファッションに着崩した、誰もが振り返る美貌。
「も、桃井くん!?」
南原が目を丸くして叫んだ。
そこにいたのは、男の娘である桃井琉生だった。
しかし、普段の彼(彼女)とは明らかに違う。彼の能力である『変身(身長・体重の制限あり)』を完全に発動させ、骨格から肉付きに至るまで、完璧な『女体化』を果たしていたのだ。
「ふふっ♡ 今日のわたしは、正真正銘の女の子ですよぉ。合宿の天然温泉に向けて、この身体にピッタリ合う可愛いビキニが欲しいんですぅ! 一緒に行きたいです!」
桃井は胸の前で両手を合わせ、小首を傾げてウインクをした。
そのあまりの可愛らしさと完成度の高さに、女子たちの目の色が完全に変わった。
「きゃあぁぁぁっ! 琉生ちゃん、すっごく可愛い! 肌ツヤッツヤじゃない!」
「まあっ! 女の私から見ても完璧なプロポーションですわ! これは着せ替え甲斐がありますわね!」
阿部と高橋が、歓声を上げて桃井に飛びついた。
「すごい……モデルさんみたいです……!」
千歳も目を輝かせて拍手をする。
「お姉さまが可愛いって言うなら……認めてあげます」
神品も悔しそうにしながらも、その美貌には逆らえなかった。
「ちょっと琉生ちゃん! 水着だけじゃなくて、この際だから可愛い下着とか、女の子の私服も一緒に買っちゃいましょうよ!」
阿部が完全にテンションを振り切って提案する。素材が良すぎる桃井を前にして、女子たちのプロデュース魂に完全に火がついてしまったのだ。
「えっ? いや、さすがにそこまでは……。わたし、普段は男の子の服も好きですし」
桃井が少し引き気味に苦笑いをするが、火のついた女子たちの暴走は止まらない。
「何を遠慮しているんですの? この間の依頼金で、今月のお給料が二十万円くらい入でしょう? 女を磨くための投資を惜しむなんて、三流のやることですわ!」
高橋が扇子をビシッと突きつけて言い放った。
「い、いや、お金はあるんですけど……えっ、これ強制ですか!?」
桃井が冷や汗を流して後ずさるが、もはや逃げ場はなかった。更衣室は完全に「桃井琉生・全身プロデュース計画」の熱狂に包まれていた。
【男子合流と、波乱のショッピング計画】
「おーい、お前ら! いつまで更衣室で騒いでるんだ。そろそろ帰らないと、影安先生に道場の鍵閉められないって怒られるぞ!」
更衣室の外から、男子更衣室で着替えを終えた佐藤陽翔の呑気な声が響いた。
「あ、もうそんな時間!? ごめん、今すぐ出る!」
阿部が慌てて制服のボタンを留め、女子たちは急いで荷物をまとめて廊下へと飛び出した。
廊下には、スポーツバッグを肩にかけた佐藤、門蒼真、大文字鉄平、そして桐生蓮の男子四人が壁に寄りかかって待っていた。
「ったく、着替えが遅いぞ。話があるなら、歩きながらにしろ」
主将の門が、腕を組んだまま厳つい顔で促す。
「ごめんね、蒼真。でもね、私たち、合宿に向けて『水着』を買いに行く計画を立てていたの」
高橋が門の隣にピタリと寄り添い、上目遣いで甘えるように言った。
「ねえ、蒼真。私、今年の水着は蒼真に選んでほしいな……なんて」
「……はっ?」
突然の恋人からのキラーパスに、硬派な武道家である門の顔が、ボンッ! と音を立てるほどの勢いで真っ赤に染まった。
「お、俺がお前の水着を!? バカなことを言うな! そういうのは女子同士で楽しんでくるものだろうが!」
「もぉ〜冷たいですわ。蒼真の好みの色に染まってあげようと思いましたのに」
高橋がクスクスと悪戯っぽく笑い、門はタジタジになって視線を泳がせている。
(ふふっ……蒼真ったら、本当に純情ですわ。もし私が蒼真の選んだ新しい水着を着たら、どんなに驚く顔をするかしら。きっと、すごく可愛いんでしょうね〜。今から楽しみですわ)
高橋は内心で、恋人の反応を想像して密かに胸を躍らせていた。
「押忍!! 自分も水着を買わなくてはなりません!!」
その甘い空気を、大文字鉄平の暑苦しい声が完全に叩き割った。
「実は自分、水着といえば【漢の白褌】しか持っていないのであります!! 滝行には褌が最適かと存じますが、温泉では周囲の目を引いてしまうかと!!」
「当たり前だろ大文字! 令和の時代に白褌で温泉歩いてたら完全に不審者ッスよ! 普通のサーフパンツ買えッス!」
佐藤がすかさず激しいツッコミを入れる。
「……ふっ。僕も今年の夏に向けて、新しい水着を新調しようと思っていたところだよ」
イケメン俳優の桐生蓮が、前髪を優雅に掻き上げながら、幼馴染の南原に向かってキザな笑みを向けた。
「ねえ、紗良。良ければ、紗良の水着も僕がエスコートして選んであげようか? 昔みたいに、僕の見立てでね」
「……結構です。桐生くんのチャラチャラしたセンスに付き合う気はありません」
南原は極寒のシベリアのような声で即答し、プイッと顔を背けた。
しかし。
(……本当は、私の身体を見たら、桐生くんは絶対に驚きますよ)
南原の胸の奥では、全く別の感情が渦巻いていた。
子役時代からずっと子供体型で、桐生からは年上なのに、妹のようにしか見られていなかった自分。だが、魔王の魔力によって一気に女の身体へと成長したこのプロポーションを見たら、あの余裕ぶった顔をどう崩すだろうか。
(それに……佐藤くんにも、この大人の女性へと成長した身体を見せつけて、しっかり驚かせてやりますからね!)
南原は眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせ、唇に密かな笑みを浮かべていた。
「えっ、じゃあさ。女子たちが水着買いに行くなら……俺たち男子も、一緒に行って見て良いってことッスか!?」
佐藤が、突然ピコーン! と閃いたように目を輝かせた。
「そうよ。なんなら、陽翔も私の水着選んでくれていいわよ?」
阿部が長身を屈め、佐藤の顔を覗き込んでニシシと笑う。
(ふふん、陽翔ったら、私のこの完璧なプロポーションを見たら絶対に度肝を抜かれるわよ! ただの『心の友』や『悪友』じゃなくて、一人の女として、私のこの身体をしっかりと見せつけて驚かせてやるんだから!)
阿部もまた、内心で佐藤の反応を想像してワクワクと胸を高鳴らせていた。
「さ・と・う・セ・ン・パ・イ♡ わたしに似合う、すっごく過激なビキニ、選んでくださいねぇ♡」
女体化した桃井が、佐藤の腕に艶かしく絡みつく。
「ひぃっ!? も、桃井……お前、なんでそんな完璧に女になってるんスか! 胸まであるじゃないッスか!」
佐藤がパニックになって後ずさる。
「……お姉さまの水着選びは僕の特権です。ゴミ虫が近づいたら、静電気で黒焦げにします」
神品蘭がバチバチと指先で火花を散らしながら佐藤を睨む。
「あはははは! 良いよ良いよ、みんなで行こうよ、楽しもう!」
阿部が手を叩いて大笑いした。
「行き先は決まってるの! 西銀座デパートの地下1階にある水着売り場、『Resortfull Ginza』よ!!」
「西銀座デパート……! 確かにあそこなら、一年中豊富な水着を取り揃えていますわね。ブランドの数も多いはずですから、比較しながら選びたい私たちには最適な場所ですわ」
高橋が女優としての知識を披露し、阿部の提案に完璧な太鼓判を押す。
「よし! じゃあ決まりッスね! 明日の放課後は、合気武道部全員で銀座へ出撃ッス!!」
佐藤が拳を天に突き上げた。
「「「「「おーーーーっ!!」」」」」
全員が歓声を上げ、テンションが最高潮に達した、その直後。
「……って、ちょっと待つッス」
佐藤がハッと我に返り、突き上げた拳をゆっくりと下ろした。
「どうしたの、陽翔くん?」
「さっき女子更衣室から、『ビーチサンダル』とか『浮き輪』とか『水鉄砲』とか楽しそうな単語が聞こえてきたッスけど……よく考えたら、今回の合宿、五月の連休ッスよ!?」
「えっ」
阿部と千歳と神品が、ポカンと口を開ける。
「五月ッスよ五月! 天然温泉に入るなら水着は必須ッスけど、あの時期の川なんて氷水みたいに冷たいッスよ! 浮き輪で川遊びなんかしたら、一瞬で心臓麻痺で死ぬッス!」
佐藤の至極真っ当なツッコミが、廊下に響き渡った。
「あ……」
「そ、そういえば……」
浮かれすぎて季節感を完全にバグらせていた女子たちが、顔を見合わせて冷や汗を流す。
「……ええ。非論理的な浮かれ具合でしたが、温泉用の水着と、防寒用のパーカーが必須であることには変わりありません。行きましょう、銀座へ」
南原がすかさず眼鏡をクイッと押し上げ、冷静に話をまとめた。
「そ、そうよね! 温泉に入るための水着選びなんだから! よーし、明日は銀座で爆買いよー!!」
阿部が誤魔化すように再びバンザイをして、なんとかその場を丸く収めた。
成長した身体への自信と恥じらい、幼馴染への密かな反撃、恋人を驚かせたい乙女心、暴走する煩悩、そして五月の川の冷たさ。
様々な想いと現実を胸に秘め、新生・合気武道部の一行は、魔の巣窟ならぬ水着の楽園・西銀座デパートへと乗り込むのであった。




