【合宿準備完了と、噛み合わない歓喜】
【合宿準備完了と、噛み合わない歓喜】
「――諸君。報告を聞こう」
放課後の合気武道部・部室。
長机の中央で腕を組んだ主将の門蒼真が、薄暗い部屋の中で重々しく口を開いた。
その周囲を取り囲むように、副主将の佐藤陽翔、高橋玲央、南原紗良、阿部凛花の二年生四人が、まるで悪の秘密結社の幹部のような不敵な笑みを浮かべて座っている。
「まずは顧問の影安先生への申請。……これは俺が作成した『分刻みの地獄のトレーニングメニュー表』と『魔力運用計画書』を提出し、無事に完全な許可をもぎ取った」
「ふふっ、流石は主将ですわね。そして経費と物資の調達ですが……阿部さんのファインプレーにより、本多鮎先輩からの全面的なバックアップを取り付け、輸送用のロケバスから食料まで、全て確保いたしましたわ」
高橋が優雅に扇子を広げながら報告する。
「うむ。さらに佐藤君の身を削った交渉により、風間楓先輩から氷川神社分社内にある道場の使用許可も獲得。……おまけに、鮎先輩の狂信的な寄付によって、五百万相当のサバイバル機材をそこに奉納するという形で、設備環境も完璧に整いました」
南原がタブレットを操作し、全てのチェック項目に「クリア」のスタンプを押していく。
「ヒャッハー!! つまり、これで準備は完全に整ったってことッスね!!」
佐藤が歓喜のあまり、パイプ椅子からガタッ!と立ち上がって両手を突き上げた。
「ふはははは! ええ、そうよ! 去年の夏、私たちがあの魔王・持子様から受けたあの『地獄』を、今度は私たちが一年生どもにたっぷりと味あわせてやるのよ!!」
阿部が長身を反らし、極悪非道な魔王のような高笑いを響かせる。
「「「おーーーーっdates!」」」
部室に響き渡る、二年生たちの歓喜の雄叫び。
彼らの心は一つだった。「自分たちが味わった理不尽な苦労を、可愛い後輩たちにも継承する」。それは合気武道部における、愛に溢れた伝統行事の始まりを意味していた。
***
そして、その日の夕方。
専用道場での厳しい基礎稽古を終えた後、門は一年生五人を道場の中央に整列させた。
大文字鉄平、雨宮千歳、桃井琉生、神品蘭、桐生蓮。
入部からの一週間、異常な稽古量に耐え抜き、今や顔つきすら少し精悍になってきた選ばれし五人のルーキーたちだ。
彼らの前に、二年生五人がドス黒いオーラを放ちながら横一列に並び立つ。
「一年生たちよ。お前たちはこの三週間、よく過酷な稽古に耐え抜いた」
門が、腹の底に響くような低い声で告げた。
「だが、お前たちの実力はまだまだひよっ子だ。東京ダンジョンの維持管理のサポートなど夢のまた夢。……ゆえに! 五月の連休を利用し、お前たちの心身を極限まで叩き直す『一年生強化合宿』を敢行する!!」
ビクゥッ! と一年生たちの肩が跳ねる。
門はさらに一歩前へ出て、ヤクザ顔負けの恐ろしい顔で睨みを効かせた。
「いいか。これは合気武道部の正式な行事であり、強制だ! お前たちに拒否権はない! 地獄を見る覚悟をしておけ!!」
ドンッ!! と門が強く床を踏み鳴らす。
さあ、絶望しろ。恐怖で泣き叫べ。そして俺たち先輩にすがりつけ。
二年生全員が、後輩たちの青ざめた絶望の顔を期待してニヤリと笑った。
しかし――。
「「「「「――やったぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」」」」」
道場の天井を吹き飛ばさんばかりの、一年生たちの歓喜の大合唱が響き渡ったのだ。
「えっ?」
佐藤の顔から、一瞬で悪役の笑みが抜け落ちた。
「お、押忍ゥゥゥッ!! 門主将と寝食を共にし、二十四時間体制で合気の神髄を学べるのですね!! 自分、感動で涙が止まりません! 血尿が出るまでしごいてください、押忍!!」
大文字が、滝のような嬉し涙を流しながら床に頭を擦り付けている。
「う、嬉しいです……っ! 合宿中、ずっと先輩たちと一緒なら、黒い影が出ても絶対に怖くないです……っ! 私、ご飯作りとかいっぱい頑張りますっ!」
雨宮千歳が、極度のビビリを安心感で塗りつぶし、豊満な胸の前で両手をギュッと握りしめてパァァッと顔を輝かせている。
「きゃあぁぁぁん♡ さ・と・う・セ・ン・パ・イと、初めてのお泊まり旅行ぉ♡♡ 合宿所の暗闇で、先輩の引き締まったお尻を隙あらば……ああん、もう今から下半身が言うこと聞きませんぅ♡」
男の娘である桃井琉生が、両頬を押さえてクネクネと身悶えし、佐藤に向かって熱っぽい視線を送っている。
「凛花お姉さまと、お泊まり……っ! 同じ空気を吸って、同じ釜の飯を食い、夜はお姉さまの寝顔を間近で……っ! ゴミ虫(佐藤)の駆除も二十四時間体制で完璧に遂行できます……! ああ、神様ありがとうございます……っ!!」
神品蘭が、阿部への重すぎる愛と佐藤への殺意をないまぜにしながら、鼻息を荒くしてガッツポーズを決めている。
「……ふっ。紗良の寝起きのだらしない顔とか見られそうだしね。それに、イケメン俳優としては泥臭い合宿イベントも経験しておいて損はない。悪くないね」
桐生蓮が、幼馴染である南原をチラチラと見ながら、前髪を掻き上げてキザに笑っている。
「「「「「合宿! 合宿! 合宿! 合宿!!」」」」」
一年生たちは円陣を組み、歓喜のダンスを踊り狂い始めた。
「…………」
「…………」
そのあまりにも予想外すぎる斜め上のリアクションに、二年生五人は完全にポカンと口を開け、静かに顔を見合わせた。
「……なんでッスか?」
佐藤が冷や汗を流しながら呟く。
「さあ……。去年の私たちなら、絶望のあまりその場でゲロ吐いてたわよね……」
阿部が引き攣った笑いを浮かべる。
「ベクトルは違えど、見事なまでに全員のモチベーションが限界突破していますわね……。強制も何も、彼らノリノリですわ」
高橋が扇子で口元を隠し、ドン引きしている。
「……計算外です。この部活に入ってくる人材は、やはりどこか頭のネジが数本吹き飛んでいるとしか思えません」
南原が頭を抱え、深くため息をついた。
「ゴホンッ!」
門がわざとらしく大きな咳払いをして、騒ぐ一年生たちを静めさせた。
「と、とにかく! お前たちの気合は分かった! あとは各自、体調管理をしっかりして準備を整えておくように!」
「「「「「押忍!!!」」」」」
「あ、あの! 門主将! 質問よろしいでしょうか!」
大文字がビシッと手を挙げる。
「合宿所の設備について教えていただきたいです! どのような過酷な環境で修行を行うのでしょうか!」
その質問に、二年生たちは「待ってました」とばかりに再びニヤリと悪役の顔を取り戻した。
ここで地獄の環境を伝えて、少しでもビビらせてやらなければ先輩の威厳が保てない。
佐藤が一歩前に出て、ドヤ顔で説明を始める。
「いいかお前ら! 今回の合宿所は、東京の秘境で奥深くにある氷川神社分社の道場ッス! もちろん、水道、ガス、電気などの文明の利器は一切通っていない、完全なサバイバル環境ッスよ!!」
「「「おおぉぉ……っ!」」」
一年生たちがどよめき、少しだけ顔を強張らせる。
「……ただし!」
南原が眼鏡をクイッと押し上げ、補足を入れた。
「今回、偉大なる本多鮎先輩からの寄付により、機材環境は万全です。電気は大容量のポータブルバッテリーと大型ソーラーパネルで完全確保。IHヒーターも複数台完備しています」
「水道はありませんが、道場のすぐ裏には立派な滝と綺麗な川が流れていますわ。そこから引いた水を、これまた鮎先輩が用意した超高性能濾過器に通すので、飲み水や生活用水には全く困りません。食料も、最高級の保存食から肉まで全て揃っていますわ」
高橋が優雅に付け加える。
「へっ……?」
一年生たちがキョトンとする。
「おまけに、そこは元々氷川神社の禊場として使われていた神聖な場所でね! なんと、天然の温泉まで湧き出ているのよ!!」
阿部が楽しそうにバンバンと佐藤の背中を叩く。
「電気あり、綺麗な水あり、美味い飯あり、天然温泉あり……っ!」
「それ、ただの超快適なグランピングじゃないッスか!!」
桐生と桃井が思わずツッコミを入れる。
「ち、違うッス! 稽古の内容が地獄なんスよ!!」
佐藤が慌ててフォローを入れるが、一度グランピングだと思い込んでしまった一年生たちのキラキラした瞳はもう元には戻らなかった。
「あ、それと最後に重要な連絡ッス!」
佐藤はコホンと咳払いをして、全員を見渡した。
「道場の裏にある『立派な滝』と『天然温泉』に入るため……お前ら全員、絶対に【水着】を用意してくること! これは絶対命令ッスからね!!」
「水着……っ!」
「お姉さまの水着姿……っ!」
「佐藤先輩の水着姿……っ!」
「紗良の水着姿……っ!」
「滝行ですね! 押忍ゥゥッ!」
一年生たちは、それぞれの煩悩(約一名を除く)をさらに爆発させ、道場は再び制御不能な歓喜の渦に包まれた。
「……俺たちの威厳、完全に消え失せたッスね」
「……ええ。なんだか、私たちが引率の先生になった気分ですわ」
全く噛み合わない先輩と後輩の温度差。
かくして、天然温泉と滝行、そして入り乱れる煩悩の準備を整え、新生・合気武道部の『一年生強化合宿』の幕が、いよいよ切って落とそうとしていた。




