【休日の狂想曲と、パンケーキの塔】
【休日の狂想曲と、パンケーキの塔】
休日の原宿。若者たちで賑わう竹下通りの路地裏にある、予約困難な超高級パンケーキ店『カフェ・ド・ルナ』。その一番奥に位置する広々としたテラス席を、私立聖ミカエル学園・合気武道部の面々が完全に占拠していた。
一般科二年生にして副主将の佐藤陽翔は、運ばれてきた十人分の豪華絢爛なパンケーキのタワーと、手元のレシートの仮計算を交互に見つめ、滝のような血涙を流していた。
「……なんで、こうなったんスか」
事の発端は数日前。演習場で一年生の雨宮千歳の胸元を見て佐藤がフリーズし、同級生である阿部凛花と南原紗良に弱みを握られたことに端を発する。二人に「原宿の高級パンケーキ奢ってね」と脅され、あるいは容赦なく便乗され、泣く泣く承諾した佐藤。しかし、その会話を道場の隅で聞きつけた大文字鉄平が「押忍! 副主将の奢りで栄養補給ッスね!」と勘違いして大声を上げ、それに桃井琉生が食いつき、神品蘭が「お姉さまが行くなら僕も!」と便乗。桐生蓮も「紗良が行くなら僕もエスコートしないと」と参戦し、さらに門蒼真と高橋玲央の主将カップルまで「部員の親睦を深めるのも主将の務めだ」と堂々と参加を表明。結果的に、新入生五人を含む部員十人全員での大お食事会となってしまい、その全額が佐藤の財布にのしかかることになったのだ。
「ふふっ、陽翔くん、ごちそうさま! この季節限定のベリーソース、最高ね!」
百八十センチの長身と完璧なモデル体型を持つ阿部は、洗練されたお洒落な私服姿で、運ばれてきたパンケーキをスマートフォンのカメラで楽しそうに撮影している。
「押忍! パンケーキは炭水化物とタンパク質の宝庫! 厳しい朝練で破壊された筋肉が、これ以上ないほど喜んでおります! 佐藤先輩の圧倒的な器の大きさと男気に、自分、心底感動いたしました! 尊敬します、押忍!! おかわり十枚追加でお願いします!!」
「頼むからこれ以上追加しないでくれ大文字! 俺の今月の小遣いどころか、貯金まで完全に消し飛ぶッス!!」
強い奴と戦うことを求める百七十五センチ、百二十キロの巨漢熱血武道家。そのあまりにも凄まじい食べっぷりと真っ直ぐすぎる尊敬の眼差しに、佐藤は嬉しさよりも恐怖で悲鳴を上げた。
その一方で、主将の門と完璧主義女優の高橋の二人は、周囲の喧騒から少し距離を置くように座っていた。学校や道場では見せない私服姿の二人は、みんなの手前、過度なスキンシップやイチャつきは厳に慎んでいる。門は硬派に腕を組み、高橋も優雅に紅茶を口に運んでいた。しかし、門が高橋の好みのタイミングを見計らってさりげなくミルクを差し出したり、高橋が門のシャツの襟元がわずかに折れているのを「もう、蒼真は不器用ですわね」と優しく直してあげたりと、言葉少なに微笑み合うその空気は、どう見ても二人だけの甘い結界そのものだった。隠そうとしても溢れ出てしまう夫婦のような雰囲気が、テラス席の端からダダ漏れになっている。
そんな空間の中央で、圧倒的な童顔に冷たい知性を宿す南原は、極寒のシベリアのような無表情を貫きながら、自分の前に置かれた一番高い『季節のフルーツ盛り・プレミアムタワー』を小さくナイフで切り分けていた。
「……騒がしいですね。食事の時くらい、少しは頭脳派としての知性を感じさせる振る舞いをしてほしいものです」
冷徹な声で周囲を牽制する南原。その分厚い眼鏡の奥の瞳は、一切の感情を読み取らせない。
(やった、やった、やりました……っ!! 原宿の超高級パンケーキ! しかも佐藤くんの奢り! フルーツがキラキラしてて宝石みたいです!)
しかし南原の内心は、お祭り騒ぎであった。
(本当は三人で来るはずだったのに、なんでこんな大所帯になってるんですか! 佐藤くんのバカ! せっかく休日のために、昨日の夜からクローゼットをひっくり返して一番気合を入れた服を選んだのに! ……でも、佐藤くん、さっき駅で待ち合わせした時に『紗良ちゃん、今日の私服すっごく可愛いッスね』って言ってくれましたし……ふふっ、やっぱり来てよかったです♡)
南原は完璧なポーカーフェイスの裏側で、甘いパンケーキと佐藤との休日のひとときに、今にもとろけそうになっていた。
「あ、あの……佐藤先輩。今日は、ごちそうさまです……」
その時、佐藤の向かいの席に座っていた雨宮千歳が、おずおずと小さな声をかけた。
「私なんかにまで、こんなに高価で美味しいものを……その、すごく、すごく嬉しいです……」
千歳は極度のビビリでありながら、優しく合気武道部に誘ってくれた佐藤と阿部に対して深い、深い尊敬の念を抱いていた。今日は淡いピンク色のゆったりとしたニットを着ていたが、それでも彼女の隠しきれない暴力的なまでの巨乳が、テーブルに乗せた腕のせいで強調され、ニットの生地をパンパンに張らせている。
千歳自身は自分の容姿にも胸のサイズにも全く自覚がなく、ただ「大好きな佐藤先輩についていきたい」という一心だった。胸の奥にあるこの温かい感情がある事を、まだ自分でも全く気がついていない。千歳は嬉しそうにパンケーキを頬張るが、その拍子に、口元にちょこんと白いホイップクリームがついてしまった。
「おっ、おう……! 全然気にするなッス! 合気武道は女の子でも理合と理屈で強くなれるから、千歳ちゃんも甘いものいっぱい食べて、ビクビクしないで元気になるッスよ!」
佐藤は、千歳の無自覚なお色気と、ニット越しに魅惑的に揺れる胸元からどうしても目を逸らすことができず、顔を真っ赤にしてどもってしまった。
(…………カチン)
その瞬間、南原の胸の奥で、ドス黒い嫉妬の炎がゴウッ!と恐ろしい音を立てて燃え上がった。
(またですか! また佐藤くんは千歳ちゃんの胸を見てデレデレして! なんなんですかそのだらしないサルのような顔は! そんなにあの分かりやすい巨乳がいいんですか! この変態! スイーツより甘い顔しないでください!)
南原はギリッと奥歯を噛み締め、持っていたフォークを皿の上のイチゴに思い切り突き刺した。
「……佐藤くん」
地獄の底から響いてくるかのような、絶対零度の声。
「ひゃいッス!?」
「どこを見ているんですか。副主将ともあろう者が、新入生の女子を前にして、休日の白昼堂々また発情ですか。公然わいせつで通報されたいなら今すぐ警察を呼びますが」
「ち、違うッスよ! 俺はただ、千歳ちゃんの口元にクリームがついているなーって、それを教えてあげようと思って……!」
「嘘をおっしゃい。あなたの卑しい視線は口元よりも三十センチは下、あの過剰な質量を彷徨っていましたよ。言い訳は結構です、理詰めで完全に論破します」
「ぐふぅっ……!」
南原の冷たい正論のナイフに滅多刺しにされ、佐藤はテーブルに突っ伏した。
「紗良、あんまり陽翔をいじめてやるなよ。後輩全員を連れてきて奢ってやる甲斐性は、僕から見ても大したものだと思うしね」
隣に座る幼馴染の桐生蓮が、クスッと意地悪く笑いながら南原をからかった。
「桐生君は黙っていてください。余計なお喋りをする暇があるなら、役者としての演技の練習でもしていなさい」
南原はピシャリと桐生を切り捨てると、ふいっと顔を佐藤の方へ背けた。
(……もう。私のことだって、少しは異性として意識してほしいのに。この鈍感サル……!)
南原は内心で激しく悪態をつきながらも、自分のパンケーキの上に乗っていた大ぶりのイチゴを一つフォークに刺し、ほんのわずかに、佐藤の口元へと差し出した。
「……責任、取ってください」
「ええっ?」
「私のも一番高いプレミアムタワーを頼んだせいで、少しフルーツの量が多すぎます。残すのは優等生として不本意なので、あなたが食べなさい」
顔は完全にそっぽを向いたまま、しかし南原の白い耳はほんのりと赤く染まっている。
「おっ! マジッスか! 紗良ちゃん実はめちゃくちゃ優しいッスね!」
何も気づいていない能天気な佐藤は、喜んで身を乗り出すと、そのイチゴをパクリと口に含んだ。
「うん、美味いッス! サンキュー、紗良ちゃん!」
「……バカ」
南原は小さく呟き、唇に隠しきれない柔らかな微笑みを浮かべた。
(ふふっ……間接キス、ですからね。……次こそは絶対に、他の一年生も二年生もいない、二人きりのデートで奢らせてやりますから)
南原がポーカーフェイスの裏でそんな勝利の計算を弾いていた、その時だった。
「さ・と・う・セ・ン・パ・イ♡」
突然、テーブルの対角線上に座っていた桃井琉生の瞳が、妖しくギラリと輝いた。覚醒者C級であり、愛が重すぎる男の娘である彼は、佐藤と南原の甘いやり取りを見て、自身の嫉妬と愛情のブレーキが完全に破壊されてしまったのだ。
「わたしだって先輩にイチゴを食べさせたいし、先輩のすべてを攻め落借したいですぅ! ああん、もう我慢できません! これがわたしの、愛の真実の姿ですーー!!」
次の瞬間、桃井の身体が眩しい魔力の光に包まれた。彼の持つ能力は『変身(身長・体重の制限あり)』である。桃井がその能力を暴走させて変身した姿――それは、かつて学園の頂点に君臨し、部員全員が神と崇める絶対的な魔王、恋問持子の姿だった。
完璧に再現された持子の絶世の美貌と冷徹なオーラを纏ったまま、桃井は「陽翔ぉ! わしの胸に飛び込んでくるがよい!」と、凄まじい勢いで佐藤に向かってダイブしようと跳躍した。
「「「「「ーーさせるかァァァァァッッ!!!!!」」」」」
その瞬間、テラス席にいた二年生五人の動きが完全にシンクロした。彼らにとって、恋問持子という存在は絶対的な聖域であり、同時に数々のしごきを思い出させる畏怖の対象。それをこのような不埒な煩脳の暴走に利用されるなど、断じて許されることではなかった。
ドガシャァァンッ!!
門、佐藤、高橋、南原、阿部の二年生全員が、凄まじい合気武道の体捌きで一斉に飛び出し、空中で桃井をラグビーのタックルの如く力任せに押さえつけた。そのまま硬いウッドデッキの床へとねじ伏せ、完璧な羽交い締めにする。
「お前、何て不敬な真似を、持子先輩の姿をそんな風に使うな!!」
門がヤクザ顔負けの怒声を上げ、
「桃井くん! 冗談でもやって良いことと悪いことがありますわ! 持子先輩の容姿を汚すなど、万死に値しますわよ!!」
高橋が扇子をへし折らんばかりの勢いで激怒する。
「業界の端くれとして言わせてもらいますが、プロ意識をどこに置き忘れてきたのですか! 公共の場で能力を私的利用するなとあれほど理詰めで教えたはずです!」
南原が眼鏡をギラつかせて冷酷に叱り飛ばし、
「そうよ琉生! 神様への信仰をそんな変態的なノリに使うなんて、同じモデルとして、そしてオッパイ同盟として絶対に許さないんだからね!!」
阿部も顔を真っ赤にして本気で怒鳴りつけた。
二年生全員からガチのトーンで代わる代わる怒声を浴びせられ、能力の解除された桃井は、完全にシュンとなって涙目を浮かべた。
「うぅ……ごめんなさいぉ……もう二度とやらないですぅ……」
最強のギャグ枠であるはずの桃井も、今回ばかりは先輩たちの本気の怒りに圧倒され、すっかり恐怖して縮こまり、ここからは最後まで大人しくなることを誓うしかなかった。
「琉生くん、大丈夫ですよ……。先輩たち、ちょっと怖かったですけど、琉生くんの愛の深さは僕にはよく分かっていますからね。ほら、このベリーソースのパンケーキ、すっごく美味しいですから、食べて元気を出してください」
そんな哀れな桃井の隣にそっと寄り添い、お皿を取り分けながら優しく慰めたのは、芸能科の一年生、神品蘭だった。男をひどく嫌う彼女だったが、桃井とは読者モデル仲間として以前から非常に仲が良く、彼の良き理解者でもあったのだ。神品は桃井の頭をよしよしと撫でながら、理不尽にも佐藤には「お姉さまを怒らせたゴミ虫」と言わんばかりの冷たい視線を送ることを忘れなかった。
大文字がさらにパンケーキを口に放り込み、雨宮がオドオドと周囲を気にし、主将カップルが静かに佇む中、ようやく嵐が去った。
佐藤の財布の残高はついにゼロを突破してマイナス(門からの借金)へと突入したが、そんな賑やかすぎる空間と桃井の過激なスキンシップにすっかり疲弊してしまった彼は、「……ちょっと、トイレ行ってくるッス」と疲れた顔で席を立った。
その背中を追うように、阿部凛花がスッと椅子から立ち上がり、店内の少し薄暗い通路で彼を呼び止めた。
「ちょっと、陽翔くん」
「ん? 凛花、どうしたんスか? トイレならその奥ッスよ」
不思議そうに振り返る佐藤の腕を掴み、阿部は周囲の店員や客に聞こえないよう、声を一段と潜めて言った。
「あのね、あんた……席に戻ったら、ちゃんと紗良ちゃんをフォローして、いっぱい話しかけてあげなさいよ」
「えっ? なんでスか急に」
「今日の紗良ちゃん、私服すごく気合入ってて可愛いでしょ? それに……あんた全然気付いてないかもしれないけど、紗良ちゃんのプロポーション、最近すっごく良くなってるんだからね」
阿部はモデルとしての鋭い観察眼を光らせ、真剣な顔で佐藤の顔を覗き込んだ。
「一年生の時はAカップのマイナスとか散々言われてたけど、今や立派なCカップにまで成長してるんだよ。席に戻ったら、しっかりと見なさい! あれは絶対にパッドとかで盛ったオッパイじゃないわ! 私が同じ女子として、モデルとして保証する!」
「なっ……!? C!? 紗良ちゃんがマジッスか!?」
「声が大きいってば! ……とにかく、紗良ちゃんの表情だって、昔のツンツンした子供っぽい感じから、恋をしてすごく綺麗になってるでしょ。まだまだツンが多くて素直じゃないし、態度も冷たくて面倒くさいかもしれないけど……紗良ちゃん、本当に陽翔に惚れているんだからね。男なら、ちゃんとその気持ちに応えてあげなさい」
阿部のド直球で真っ直ぐな言葉に、佐藤はハッと息を呑んだ。
いつもバカバカしい言い合いをして、理詰めで怒られてばかりいた南原。だが、その裏にある彼女の不器用で必死な乙女心に、鈍感な佐藤もようやく一つの確信を持ったようだった。佐藤の顔が、少しだけ真面目な男の表情に変わる。
「……分かった。ちゃんと、席に戻ったら話しかけてくるッス」
佐藤は真剣な表情でしっかりとコクリと頷き、意を決したようにテラス席へと戻っていった。
その真っ直ぐな親友の背中を見送りながら、阿部は「ふふん、私ってば完璧なアシスト。良い親友、良い悪友をやってるじゃない」と一人満足げに微笑んだ。
だが――。
(あれ……?)
なぜだろう。二人の背中を快く押してあげたはずなのに、阿部の胸の奥が、ほんの少しだけチクリと痛んだ気がした。それが『心の友』であり『悪友』である佐藤が、自分の手の届かない遠くへ行ってしまうような寂しさなのか、それとも別の感情なのか、彼女自身にもまだよく分からなかった。
「……今の話、本当ですか?」
突如、背後の暗がりから響いた静かな声が、阿部の鼓膜を打った。
阿部は「ビクゥッ!」と長身の身体を大きく跳ねさせた。
(あわわわわわ!? 聞かれてた!? 嘘、どうしよう!?)
内心で大パニックに陥りながら、阿部が恐る恐る振り返ると、そこには南原の幼馴染である桐生蓮が、通路の壁に優雅に寄りかかりながら、静かだが鋭い瞳で立っていた。
「あ、あはは……桐生君、トイレ?」
「ええ。……そうだとは、思ってましたけどね」
桐生は阿部の下手な誤魔化しを完全にスルーし、ぽつりと冷たい声を漏らした。
「えー……そ、そんなに分かりやすかった?」
阿部が冷や汗を流しながら恐る恐る尋ねると、桐生は役者としての整った顔に苦笑いを浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、傍から見れば非常に分かりづらいですよ。でも……彼女とは子役時代からの長い幼馴染ですから、僕には分かります。彼女が誰を見ているのかくらいはね」
「そっか……。ねえ、私のこと、怒ってる?」
「怒ってはいませんよ。……僕が悪かったんです」
桐生は自嘲気味に笑い、少しだけ視線を床へと落とした。
「紗良のことだから、恋愛なんて一生しないだろうと高を括っていましたし……あの頑固で理詰めの性格ですから、仮に恋愛をしたとしても、絶対に上手くいかないと思っていましたからね」
「まー、そうだよね。紗良ちゃん、全然素直じゃないもんね」
「でも……恋愛をすると、女の子って本当に変わるものですね。今日の彼女は、以前の彼女よりもずっと綺麗です」
「うんうん、本当にそう思うよ。紗良ちゃん、どんどん魅力的になってるよね」
阿部が深く同意して頷くと、桐生はふっと顔を上げ、どこかスッキリとしたような、それでいて負けん気の強い男の瞳で阿部を真っ直ぐに見つめ返した。
「紗良のことを好きになるのは、世界中で僕ぐらいだろうと思って、完全に油断していましたよ」
「あはは……桐生君って、意外と正直なんだね」
「先輩達には、僕がへばっている情けない姿とか、格闘技が弱くて恥ずかしいところをもう沢山見られましたからね。今更格好をつけて取り繕うつもりはありませんよ」
桐生は壁から背中を離し、舞台の上に立つ役者のような洗練されたオーラを纏い直した。
「……ここから、僕も全力で巻き返しますから。今後は阿部先輩は、どちらの味方でもない『中立』でお願い致します」
「あはは、うん、わかったよ。陽翔のアシストはここまでにしておくね。これからは中立、中立!」
阿部は、桐生の宣戦布告とも取れるその真っ直ぐな言葉に、感心したように目を丸くした。
「でも、桐生君って……身体は貧弱で体力もないし、戦いもびっくりするくらい弱いけど、心はすごく強いんだね。あんな地獄みたいに厳しい合気武道の朝練や稽古でも、文句を言いながら結局一度も逃げなかったもんね!」
「……ふふ、最高の褒め言葉として受け取っておきますよ」
桐生はスマートに微笑むと、佐藤の待つテラス席へと一足先に戻っていった。
残された阿部は、二人の男から向けられる南原への真っ直ぐな想いを思い返し、もう一度だけチクリと痛んだ自分の胸をそっと撫で下ろした。
カオスで騒がしいパンケーキの塔の裏側で、若き能力者たちの恋の矢印は、少しずつ、しかし確実に熱を帯びて交錯し始めていた。




