【壊して、治して、また鍛える――合気武道部式育成法】
【壊して、治して、また鍛える――合気武道部式育成法】
「――というわけで、合気武道の稽古は終了。次は能力の鍛錬となるが、学校の格技場じゃお前らの全力の魔法で吹き飛んじまうからな!」
門主将の号令から一時間後。
一行は、学校から移動を余儀なくされていた。
やってきたのは、スノー本社ビル。
その地下五階に位置する、防魔法コーティングされた『特殊地下演習場』である。
広大な黒い装甲板の床の上には、文字通り『屍』のようにへばりついた一年生五人が、ピクリとも動けずに横たわっていた。
「ひぃっ……ハァッ……ハァッ……!」
「うぇぇ……っ、も、もう……動けな、い……っ」
彼らが倒れている周辺の床は、流れ出た滝のような汗で、水深数ミリのプールのようになっている。
限界のそのまた限界まで肉体と精神を追い込まれ、彼らの意識は半ば白濁していた。
「シューッ……ハァーッ……」
そんな地獄絵図の中央。
二年生の五人は、涼しい顔でゆっくりと深い呼吸法を行っていた。
体内に極黒の魔力を巡らせ、疲労物質を一瞬で霧散させていく。
「――正面に礼ッ!!」
門蒼真の号令に合わせ、二年生たちが一糸乱れぬ動きでピシッと礼をする。
一年生たちは返事をする気力すらなく、床に突っ伏したまま痙攣していた。
「ふぅー! いやぁ、今日の稽古もすっごく楽しかったねー!」
阿部凛花が、無邪気な笑顔を弾けさせる。
「ええ。一年生たちも、初めてにしては驚くほど頑張っていましたわね」
高橋玲央も、扇子で優雅に首筋をあおぐ。
「……さてと。それじゃあ、ぶっ壊した肉体を元通りに『回復』させますか」
南原紗良が、眼鏡の奥で冷徹な光を放つ。
完全に破壊して、魔法で強制的に超回復させる。
これが合気武道部の、狂気の育成システムである。
「よし! じゃあ回復魔法と『光の神術』が使える俺と玲央先輩、紗良で回復させるッスよ!」
副主将の佐藤陽翔が気合いを入れた、その時だった。
スッ。
門が、ごく自然な動作で、恋人である高橋の白魚のような手をそっと包み込んだ。
「……玲央。俺は魔力の譲渡が苦手だ。俺の魔力も使って、一年生たちを回復させてやってくれ」
門が、深い愛情を込めた瞳で高橋を見つめる。
「……ふふっ。ええ、蒼真。あなたの魔力、しっかりと受け取りましたわ♡」
高橋も頬を桜色に染め、熱い視線を絡ませ合う。
二人だけの、完璧な恋人同士の甘い結界。
「――って、オイィィィィッ!!!」
佐藤が顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「なんスか見せつけてるんスか!! なんでイチャイチャして魔力を交換し合ってるんスか!」
「……嫉妬は見苦しいぞ、佐藤」
「そんなに魔力余ってるなら、俺に魔力くれればいいじゃないッスか!!」
佐藤が涙目で抗議する。
「……見苦しいからやめなさい。さっさと持ち場につきますよ」
南原がバインダーの角で佐藤の脇腹を突き、冷徹に言い放った。
「い、痛っ……!」
佐藤は肩を落とし、自分の足元に目を向けた。
「あぁん……サトォ、セン、パァイ……♡」
汗だくの男の娘・桃井琉生と、ガッツリ目が合ってしまった。
(うわぁ……見なかったことにしたいッス……)
本能が警鐘を鳴らすが、副主将の責任感で佐藤は桃井の手を握った。
淡い光が溢れ、桃井の身体を優しく包み込む。
「あぁんっ♡ 先輩の魔力が入ってきますぅ……♡ ありがとうございますぅ、これで『立てる』ようになりましたぁ♡」
「よし、早く立ち上がるッス……って、あれ?」
桃井本人は立ち上がっていない。
だが、黒い極薄スーツの股間の『アソコ』だけが、凄まじい自己主張で天に向かって『立って』いたのだ。
「――っ!! こ、このド変態ィィィィィッ!!!」
「待ってくださいよぉ先輩ぃぃ♡ わたし準備万端ですよぉぉっ♡」
佐藤は顔面を硬直させ、白目を剥きながら全速力で後ずさった。
***
「……全く。さて、大文字くん。回復しますわよ」
高橋が優雅な足取りで、大文字鉄平の元へ歩み寄った。
「お、押忍ゥゥゥッ……! お手数をおかけしますッス!」
洗練された光の神術が、大文字のズタボロの筋繊維へ染み渡っていく。
「感謝いたしますッス!!」
復活した大文字が跳ね起き、正座して深く頭を下げる。
「高橋先輩の完璧な美しさと慈愛……! 門主将の彼女であること、心底納得いたしました!! 押忍!!」
真っ直ぐすぎる称賛に、高橋も少し照れたように扇子で口元を隠した。
「……大文字くんも、門くんみたいに頼りがいのある男になれれば。私みたいな完璧な女の子が、彼女になってくれるかもしれないわよ?」
高橋の少しからかうような言葉。
だが、大文字は一切ブレずに答えた。
「ありがとうございます!! ですが、自分は女っ気などまだ早いッス! まずは門主将のように強くなりたい! 本物の『漢』になりたいです!!」
「……ふふっ、そう。なら、全力で応援するわ。頑張ってね」
「押忍ゥゥゥッ!!」
熱血と完璧主義。違うベクトルだが、ストイックな者同士の清々しい空気が流れていた。
***
一方、演習場の片隅。
南原紗良は、気絶している桐生蓮の胸に手を当て、魔力を流し込んでいた。
「……っ」
南原の秀麗な眉がひそめられる。
(修復が遅い……。なかなか肉体が再生しない……)
桐生は、少ない魔力量と貧弱な筋力で、阿部の神速の攻撃を避け続けていた。
限界の遥か先まで、気力も精神力も総動員して稽古を耐え抜いた証拠だった。
「ん……ぁ……」
やがて、桐生がゆっくりと目を開けた。
視界に映ったのは、自分を見下ろす幼馴染の美しい顔。
「……紗良……」
「……バカね、あなたは」
南原が、呆れたような、隠しきれない優しさを滲ませた声で呟いた。
「あなたのそのルックス。芸能に特化した才能と、すべてを見透かす眼。こんな所で無駄にするより……本来の輝ける場所に帰った方がいいと思うわよ」
心からの忠告だった。
だが、桐生は力なく微笑み、ゆっくりと首を横に振った。
「……駄目だよ、紗良」
「え……?」
「この地獄の稽古も合気武道も……これからの自分の人生の、必ず糧になる。E級とはいえ、能力者に覚醒してしまったからには、もう裏社会からは目を逸らせないよ」
桐生は真っ直ぐに南原の瞳を見つめた。
そして、周囲に聞こえない小さな声で、ポツリと囁いた。
「……もう、君から目を逸らすのは、やめたんだ」
南原の瞳が、僅かに揺れた。
「……何ですか。最後の方、声が小さくて聞こえませんでしたが」
「ううん、なんでもないよ」
桐生が優しく笑う。
南原は小さく息を吐き、眼鏡の位置を直した。
「……そうですか。それだけの覚悟があるなら、幼馴染として応援しないわけにはいきませんね」
南原の口元に、とても柔らかく温かい微笑みが浮かぶ。
「じっとしてなさい。魔力をまだまだ流しますから」
桐生は、その笑顔を見られただけで、三時間の地獄の苦しみが吹き飛ぶ気がした。
***
「……よし、次は神品ちゃんッスね」
佐藤が神品蘭の元へ向かおうとした瞬間。
『ギロォォォォォォォォッ!!!!!』
「ひぃぃっ!?」
倒れている神品から、純度一〇〇パーセントの殺気が放たれた。
佐藤は顔を引きつらせ、無言で回れ右をして諦めた。
「……仕方ありませんわね」
代わりに高橋が神品の元へ歩み寄る。
温かな輝きが、神品の体を包み込む。
「あぁん……っ! 尊い……っ! 高橋先輩のお肌、すっごくすべすべですぅ……♡」
神品がうっとりした顔で、高橋の手や太ももを撫で回す。
「こらこらー! ダメだよ神品ちゃん、それは完全にセクハラだよー!」
阿部が苦笑いしながら止める。
だが、神品の瞳孔は完全に開いていた。
「セクハラじゃありませんっ! 女の子同士の可愛いスキンシップですぅ!!」
ヤバすぎる笑顔で阿部を見つめる。
「凛花お姉さまも、みんな一緒に肌を合わせて、仲良くなりましょうよぉぉぉっ!! ハァハァッ……♡」
「「…………ひぃっ!?」」
そのサイコパスな笑顔に、阿部と高橋はドン引きして全力で逃亡した。
***
「はぁ……カオスな道場ッスね……」
ツッコミに疲弊した佐藤は、部屋の隅で倒れている雨宮千歳の元へ辿り着いた。
「ごめんよ。男に触られるのは嫌だと思うけど……手を握っていいかい? 回復するからッス」
千歳はコクンと頷き、震える右手を伸ばした。
柔らかな魔力の光が、千歳の身体を優しく癒していく。
魔力と相性が良い彼女は、みるみるうちにダメージが修復されていった。
「――はぁっ……!」
千歳が大きく息を吐き出す。
その拍子に、千歳の分厚い丸眼鏡がポロッと外れた。
「あ……」
佐藤が息を呑む。
現れたのは、汗に濡れて上気した、息を呑むほど美しい素顔だった。
さらに。
仰向けに倒れているため、いつもの猫背が解消されている。
極薄スーツに包まれた巨乳が、荒い息遣いと共に魅惑的に上下に揺れていた。
(ヤ、ヤバい……ッス……!!)
上目遣いの素顔と、揺れる巨乳。
健全な男子高校生である佐藤の理性が、完全に吹き飛んだ。
「……佐藤、先輩……」
千歳が、少しどもりながら甘い声で紡ぐ。
「ありがとうございます……。すごく、楽になりました……。先輩の手、暖かくて……気持ちよかったですぅ……♡」
ドッキィィィィンッ!!!!
佐藤の顔から火が出る。
そして、彼の下半身の『ある部分』が、元気よくパツンッ! と立ち上がってしまったのだ。
演習場の片隅で、その一部始終を見ていた南原紗良は静かにため息をついた。
雨宮千歳の回復を担当していた佐藤陽翔が、外れた眼鏡の奥の素顔と、荒い息遣いで揺れる彼女の胸元を見て完全にフリーズしている。あろうことか、健全な男子高校生としての理性を吹き飛ばし、下半身までだらしなく反応させているのだった。
南原は信じられない思いだった。いくら雨宮のスタイルが良く、無防備な隙があるからといって、後輩相手に鼻の下を伸ばすなど、彼女からすれば論外である。結局のところ、男という生き物はあのような分かりやすい巨乳に惹かれるものなのだろうかと、なんだか非常に面白くない気持ちにさせられていた。少しは自分のことも異性として意識してほしいのに、という思いが、彼女の胸の奥をチクチクと刺す。
静かな嫉妬の感情が渦巻く中、しかし南原は完璧な優等生としてのポーカーフェイスを一切崩さなかった。
「……あれ? 陽翔く〜ん?」
突然、佐藤の背後から影が落ちた。
阿部凛花が、小悪魔のように笑っている。
「どうしたのかな〜? さっき、桃井くんみたいに『立っちゃう』のは変態だって言ってなかったっけ〜?」
「……っ!!」
佐藤は顔を真っ青にして口をパクパクさせた。
そこに、阿部と共に音もなく背後に回り込んでいた南原からの、さらなる追撃が降り注ぐ。
「……呆れました。副主将ともあろう者が、後輩相手に発情ですか」
極寒のシベリアの永久凍土を思わせる冷たい視線。南原は眼鏡をギラリと光らせて見下ろしていた。
「これは写真に収めて、門主将に報告するべき事案でしょうかね」
「お、お慈悲を……っ!!」
佐藤はプライドを完全に投げ捨てて拝み倒した。
「どうかご内密に!! 一生のお願いッス!!」
南原は内心で、本当にバカな人だと呆れ果てていた。だが同時に、自分に向かって必死に許しを請う彼の情けない姿が、決して嫌いではないことにも気付いていた。むしろ、少し可愛らしいとさえ思ってしまう自分に、彼女は胸の奥がほんのりと甘く疼くのを感じていた。
するとそこへ、隣に立っていた阿部がクスッと笑い、耳元で囁く。
「……じゃあ、次の私のオフ、原宿の高級パンケーキ奢ってね♡」
その瞬間、南原の頭脳は瞬時に計算を弾き出した。阿部の提案は完璧だった。これに乗じれば、休日に佐藤と一緒に出かけられる正当な口実ができる。まさかこのようなハプニングからプライベートの予定を取り付けられるとは、南原にとっても予想外の幸運、まさにラッキーと言うほかなかった。
内心では思わずガッツポーズをして小躍りしたいほど有頂天になっていたが、彼女の表情筋は1ミリも緩まない。南原はあくまでスンとした無表情を貫き、淡々とその要求に容赦なく便乗する。
「私も同行します。一番高いフルーツ盛りで」
「……分かりましたッス」
佐藤は血涙を流しながら頷いた。
ガックリと項垂れる佐藤を見つめながら、南原は心の中で密かに微笑みを深めていた。
佐藤の奢りで食べるパンケーキは、きっと格別に美味しいに違いない。休日の原宿に向けて、一体どんな服を着て行けばいいだろうか。少しは彼に「似合っている」と思ってもらえるよう、今夜からクローゼットの中身をひっくり返して計算を始めなければならないと、彼女の思考は早くも別の方向へと走り出していた。
「あ、あの……?」
一方の千歳は、状況が全く分からずに小首を傾げていた。
(佐藤先輩、なんで顔を真っ赤にして固まってるんだろう……?)
千歳はぽかんとしたまま、ふと甘い言葉の響きを思い出す。
(よく分からないけど……大好きな先輩たちと、仲良くパンケーキ食べたいな……)
合気武道部の、地獄の稽古の後の回復の時間。
若き能力者たちの青春は、汗と魔力と、それぞれの想いが交錯しながら、今日もカオスに過ぎていくのであった。




