【新人歓迎、ただし逃げ道はありません】
【新人歓迎、ただし逃げ道はありません】
夕闇が迫る、私立聖ミカエル学園・合気武道部の専用道場。
初めての過酷な実戦任務を生き延びた一年生五人は、道場の畳の上に正座し、ゴクリと生唾を飲み込みながら目の前に立つ二年生たちの言葉を待っていた。
「――というわけで! 今回の初任務、無事に達成お疲れ様ッス!」
重苦しい空気を吹き飛ばすように、副主将の佐藤陽翔がパーン! と手を叩いて明るい声を張り上げた。
「お前ら一年生にも、TIAと事務所から今回の依頼に対する『特別報酬』が支払われることになったッスよ!」
「ほ、報酬……ですかぁ?」
桃井琉生が小首を傾げる。
南原紗良が眼鏡のブリッジを押し上げて淡々と口を開いた。
「ええ。ただし、裏社会で得た莫大な資金は、あなたたちが二十歳になるまで『スノー』とTIAが共同で厳重に貯金します。自由な引き出しはできません」
「ええーっ!? なんだ、お預けですかぁ……」
神品蘭が不満げに唇を尖らせる。
「フフッ、落ち込むのは早いですわよ」
高橋玲央が優雅に扇子を広げ、魅惑的な笑みを浮かべた。
「二十歳での全額支給までの間、スノーでのアルバイトや裏方の仕事をしているという名目で、あなたたちには【月に二十万円】の給料が毎月支給されますわ」
ピタッ。
一年生たちの思考が、一瞬完全に停止した。
「……に、にじゅうまん?」
極度のビビリである雨宮千歳が、分厚い丸眼鏡の奥で目を点にして呟く。
「そう! 毎月二十万だよ! 高校生のお小遣いとしては破格でしょ!」
阿部凛花が180センチの長身を揺らしながら、無邪気に笑ってピースサインを作った。
「うおおおおおおおおっ!!! マジッスか!! プロテインとトレーニング機材が買い放題ッス!!」
武道バカの大文字鉄平が、175センチ120キロの巨体を震わせて歓喜の雄叫びを上げる。
「やったぁぁぁ♡ そのお金で、佐藤先輩に毎日すっぽんマムシ弁当の最上級グレードを作ってあげられますぅ♡」
男の娘である桃井が、艶やかな声で佐藤に熱い視線を送る。
「い、いらねぇッス!! 俺を物理的に殺す気かッス!」
佐藤が神速で後ずさった。
「やったー! 僕、そのお金で凛花お姉さまに貢ぎます!!」
「わ、私……そんな大金、どうやって使えばいいか……あわわわ……っ」
大はしゃぎする神品と、パニックになる千歳。
そんな歓喜の渦の中、イケメン俳優志望の桐生蓮だけが、クールに前髪をかき上げてふっと微笑んだ。
「ふっ……月に二十万か。まあ、僕の美貌と才能に見合った額だね。これで高級な化粧水が――」
「あ、桐生くんは事務所が違うから、月二十万の給料は無しね」
阿部が満面の笑みで、バッサリと斬り捨てた。
「――は?」
桐生のイケメンスマイルが、ピキィィィン! と音を立ててフリーズした。
「え、ちょっ、なんで!? 僕だけお小遣いなしかい!?」
「あなたはスノーの所属ではありません。二十歳での全額支給のみです。文句は無駄なのでやめてください」
南原がシベリアの永久凍土のように冷たく言い放つ。
「そ、そんなぁぁぁ……っ! 僕だけ仲間外れぇぇぇっ! 紗良ぁ、助けてよぉ……っ!」
幼馴染の南原にすがりつこうとする桐生だったが、分厚いバインダーで物理的にガードされた。
「コホン。静かにしなさいな」
高橋がパンッと扇子を叩き、再び場を統制する。
「さらに、芸能関係の仕事の報酬は別途『歩合制』で支給されますわ。これに伴い、スノー内部での一年生のマネジメント体制も決定いたしました」
「マネジメント、ですか?」
「桃井くんのマネージャーは、雨宮さん。そして神品さんのマネージャーは、大文字くんに担当してもらいますわ」
「「「「えっ!?」」」」
「わ、私が、桃井くんのマネージャー……ですかぁ?」
千歳がおどおどと自分を指差す。
「えへへぇ♡ 千歳ちゃん、これからよろしくねぇ♡ わたしの過激なスケジュールの管理、頼んだわよぉ?」
桃井がウインクを飛ばすと、千歳は「ひぃぃ、が、がんばりますぅっ!」と涙目でペコペコと頭を下げた。
「な、なんで僕のマネージャーがこの暑苦しいゴリラなんですか!! 僕は凛花お姉さまがいいです!!」
神品がバチバチと静電気を放ちながら抗議する。
「押忍ゥゥゥッ!! 安心するッス神品殿!! 貴殿のスケジュールは、この大文字が分刻みの筋トレと共に完璧に管理してみせるッス!! 共にパンプアップするッスよ!!」
「いやだぁぁぁっ! むさ苦しいぃぃっ!!」
絶叫する神品と、ガハハと笑う大文字。
道場内が、いつものような騒がしくもカオスな空気に包まれる。
だが、そんな一年生たちのやり取りを眺めていた二年生たちの顔には、これまでに見せたことのない、深く温かい『先輩としての表情』が浮かんでいた。
「――お前たち」
主将の門蒼真が、低く、しかし確かな優しさを孕んだ声で呼びかけた。
その声のトーンに、一年生たちはハッとして静まり返る。
「今回の初任務……本当に、よく生き残った。よく頑張った」
門が、普段の厳格な顔を少しだけ崩し、フッと誇らしげに微笑んだ。
「お前たちは俺たちの誇りだ。えらいぞ」
「門主将……っ!」
大文字の太い目に、ブワッと感動の涙が浮かぶ。
「そうッスよ! 最初はバラバラでヒヤヒヤしたッスけど、最後はちゃんと自分たちで考えて、見事に民間人を守り切ったッス! 本当にえらいッス!」
佐藤が太陽のような笑顔で、力強くサムズアップを決めた。
「ええ。あなたたちのメソッドの急成長、3人から聞きましたよ」
高橋が優しく目を細める。
「データ以上のポテンシャルを発揮しましたね。計算外の素晴らしい結果です。……よくやりました」
南原も、ノートを抱きしめながら僅かに口角を上げた。
「みんな、すっごくかっこよかったよ! 怖かったのに、逃げずに立ち向かったの、本当にえらいえらい!」
阿部が大きく両手を広げ、満面の笑みで褒めちぎる。
先輩たちからの、心からの温かい労いと褒め言葉のシャワー。
「うぅっ……! 先輩たちぃぃっ……!」
「僕、頑張ってよかった……っ!」
「あぁん……佐藤先輩に褒められて、胸がキュンキュンしますぅ♡」
一年生たちは、これまでの恐怖やプレッシャーから解放され、素直に喜びの涙を流し、互いの健闘を称え合った。
道場の中は、感動と温かな空気に包まれ、まさに大団円——。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッッ!!』
突如。
道場内の空気が、急激に重力が増したかのように変質した。
「「「「「……え?」」」」」
一年生たちが、涙を拭いながら顔を上げる。
そこには、先ほどまでの温かい笑顔を完全に消し去り、修羅の如きオーラを全身から立ち昇らせている、二年生五人の姿があった。
「喜ぶのはそこまでだ。……いいか、忘れるな」
門が、岩のような巨体をギリッと軋ませ、信念を燃やした鋭い眼光で一年生たちを睨み据えた。
「我々の基本は、あくまで『合気武道』だ!!」
「そ、その通りッス!!」
佐藤がビシィッと指を突きつける。
「どんなに能力があっても、敵からは絶対に逃げない! 逃げちゃダメなんスよ! (俺は昔、さんざん逃げ回って死ぬほど怒られたけど!!)」
「ええ。今日からは、あなたたちのそのたるんだ肉体と精神を……私が『完璧』に鍛え上げて差し上げますわ」
高橋がパチンッ! と扇子を閉じ、完璧主義の悪魔のような笑みを浮かべる。
「甘えは一切許しません。あなたたちの能力の限界を、私の計算式に則り、『論理的に最短で』引き出し、そして破壊と再生を繰り返してあげます」
南原が眼鏡をギラリと光らせ、ノートに何かを恐ろしい速度で書き込み始めた。
「あははははっ! 大丈夫だよみんな! 私が直々に、バァァァァン!! って、一撃で相手を粉砕できるくらい、めちゃくちゃ強くしてあげるからね!! 死ぬ気でついてきてね!」
阿部が感覚派の極みのようなサイコパス発言と共に、凄まじい風圧を生むシャドー入り身投げを披露する。
ピキィィィィン……ッ。
一年生たちの背筋に、絶対零度の氷柱が突き刺さった。
「あ、あれ……? お給料の、話は……?」
「そ、そういえば……大文字くんのマネジメントって、つまり大文字くんと一緒にずっと地獄の筋トレをするってこと……?」
「論理的に最短で破壊と再生って、どういう意味ですかぁぁっ!?」
気づいてしまった。
彼らは、ご褒美という名の甘い餌で油断させられ、完全に『退路を断たれた』のだということに。
「さあ、合同稽古、再開ッ!! まずは腕立て伏せ千回からだァァァッ!!」
門の咆哮が、道場をビリビリと震わせる。
「「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」」」」」
夕闇の合気武道部・専用道場に、一年生たちの絶望の悲鳴が木霊する。
彼らの本当の青春と戦いは、まだ始まったばかりであった。




