【洋館探索:閉ざされた扉と終わらない幻覚】
【洋館探索:閉ざされた扉と終わらない幻覚】
ギィィィィ…………ッ!
古びた洋館の重厚な両開き扉が、一年生五人が足を踏み入れた途端、見えざる巨大な手で弾かれたように凄まじい勢いで閉ざされた。
バタンッッ!!!
「ひぃぃぃっ!?」
一番後ろを歩いていた雨宮千歳が、ビクッと肩を跳ねさせてしゃがみ込む。
「ちょ、ちょっと! 開かないよコレ!」
神品蘭が扉の真鍮のノブをガチャガチャと力任せに引っ張るが、微動だにしない。
「おっとぉ、自動ドア完備とは恐れ入りますねぇ。わたしたちを簡単に帰らせてくれないってわけですかぁ?」
桃井琉生が艶やかな唇に指を当ててクスクスと笑うが、その涼しげな瞳の奥には微かな緊張が走っていた。
外界の音が、完全に遮断された。
虫の声も風の音も消え失せ、自分たちの呼吸音だけが不気味に響く。
そして、彼らが顔を向けた洋館の内部は――明らかに『異常』だった。
「……ねえ。ここ、外から見た時より、いくらなんでも広すぎないかな?」
神品がランタン型LEDライトで周囲を照らしながら、呆然と呟く。
「……ありえない。空間がおかしいんだ」
桐生蓮が自身の特異な視覚能力『千里眼』を無意識に発動させ、顔を強張らせた。
「遠近感が、無理やり引き延ばされている。……それに、なんだこの廊下は」
彼の優れた眼は、洋館の奥へと続く廊下が、まるで合わせ鏡のように無限にループしている幻覚をハッキリと捉えていた。
ガタガタガタッ!
パリンッ!!
「わあっ!?」
突如、壁に飾られていた古い絵画が勝手に揺れ動き、花瓶が宙を舞って壁に激突して砕け散った。典型的なポルターガイスト現象だ。
「あ、あわわわわ……っ! れ、霊の力が……建物全体を、ぐにゃぐにゃに歪めてるんですぅ……っ!」
千歳が丸眼鏡の奥で涙目を浮かべ、ガチガチと歯の根を鳴らす。
「押忍! 幽霊の悪戯ごときで怯む自分たちではありません! 堂々と進むッスよ!」
大文字鉄平が175センチ、120キロの巨体を揺らし、両拳を固く握りしめて先陣を切る。
その時だった。
「――待って。奥に……誰かいる!」
桐生の鋭い声が響いた。彼の『超動体視力と遠視』が、暗闇の遥か奥、歪んだ空間の先にうずくまる二つの人影を捉えたのだ。
「カップルだ。たぶん、肝試しに入り込んで出られなくなった一般人……! 低級霊の群れに囲まれてパニックになってる!」
「民間人ッスね!? 助けるッス!! 押忍ゥゥゥッ!!」
大文字が猛然と床を蹴り、弾丸のような速度で暗闇の中へ突撃していった。
**【護衛戦開始:噛み合わない歯車と未熟なミス】**
「ヒィィィッ! くるな、あっちいけぇぇっ!」
「誰か……誰か助けて……っ!」
洋館のホール奥で、腰を抜かした男女のカップルに、黒い霧のような低級霊たちが群がろうとしていた。
「そこまでッス!!」
ドスゥゥゥンッ!!
大文字が巨体を投げ出し、霊とカップルの間に分厚い城壁のように立ち塞がる。
「自分を『剛体化』! この大文字鉄平が壁になるッス! 安心するッスよ!」
「えっ!? な、なんだ君たち!?」
突然現れた制服姿の巨漢にカップルが驚愕する。
「ふふっ、今のうちに掃除しちゃいますよぉ♡」
桃井が『魔導糸のワイヤー』を指先から華麗に放ち、宙を舞う低級霊の動きを絡めとって牽制する。
「今だね! いっけぇぇぇぇぇっ!」
神品が『雷晶のブレスレット』から青白い電撃を放ち、桃井が拘束した霊たちをパチンと弾け飛ばした。
「よ、よし! 一般人は保護した! だけど、出口が完全に消えてる……! このまま彼らを守りながら、元凶を絶つしかない!」
桐生が叫び、陣形を組むように指示を出す。
――しかし。出会って一ヶ月も経たない、実戦経験ゼロの一年生たち。
初任務のプレッシャーと焦りが、彼らの連携を徐々に狂わせていく。
壁の中から、さらに無数の霊が湧き出してきた。
「押忍! 悪霊ども、自分から逃げられると思うなッスゥゥッ!!」
「ちょっと待て大文字! 前に出すぎるな!」
桐生の制止も聞かず、大文字は闘志のあまり前線へと突っ込みすぎてしまった。結果、後方にいるカップルの守りがガラ空きになってしまう。
「ああっ! カップルの後ろから霊が……っ! 僕がやるよ!」
神品が焦りから指先に魔力を込めすぎる。
「えいっ!」
バチィィィィンッ!
「きゃあっ!?」
緊張でコントロールが乱れた電撃は霊を大きく外し、真上にある巨大なアンティークシャンデリアを直撃。
メキメキッ……ガシャァァァァァンッ!!
巨大なシャンデリアがカップルのすぐ横に墜落し、ガラスの破片が飛び散った。
「もー、神品さんったらおっちょこちょいですねぇ♡ なら、ここは『頼れる副主将』の出番ですよぉ!」
桃井が突如として魔力の霧に包まれ、ピンク色の光の中から現れたのは――なんと、想い人である副主将・佐藤陽翔の姿だった。
「どうですかぁ? 佐藤センパイの姿になれば、霊だってビビって逃げちゃうはず……あ、あれ?」
見た目と声を真似て余裕を見せようとした悪ノリだったが、ただでさえ重い空間で無駄な変身能力を使ったため、桃井の魔力と集中力が一瞬途切れる。
「ひゃんっ!」
隙を突いた霊の爪が桃井の肩をかすめ、バランスを崩して倒れ込んでしまった。
「ちぃっ……! なんでみんな、勝手な動きをするんだ!」
桐生が歯噛みする。彼の『眼』には、次に霊がどこから来るか、どう動けば最適か、完璧にスローモーションで見えている。
「右から来る! 避けろ!!」
桐生が叫ぶが、大文字も桃井も、その漠然とした「右」がどこを指しているのか瞬時に判断できない。
「(なぜだ……! なぜ僕の目に見えている通りに動けないんだ!)」
桐生は苛立ちを募らせる。だが、ふと彼の脳裏に、朝練での阿部凛花の言葉が蘇った。
『私の神速の軌道を見切って自分の肉体を合わせるんだよ!』
(……そうか。僕には見えていても、みんなには見えていない。言葉足らずの指示じゃ、伝わるはずがないんだ。僕の伝え方が悪いんだ……!)
司令塔としての自分の未熟さに、桐生はギリッと唇を噛んだ。
その時。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
極限の恐怖と、シャンデリア落下の衝撃、そして迫り来る悪霊たちの気配に、ついに雨宮千歳の精神が限界を超えた。
「こ、こっちにこないでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
千歳が両手で頭を抱え、泣き叫んだ瞬間――。
ドッゴォォォォォォォォンッ!!!!!
彼女の規格外のB級能力『念力』が無意識に大暴発した。
凄まじい衝撃波が全方位に放射され、群がっていた霊たちを一瞬で塵に帰す。
――しかし、それと同時に。
ピキッ……メリメリメリッ!!
千歳たちが立っていた洋館の古い床板に、蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が走った。
「ヤバい……! 床が割れるッス!!」
大文字の切羽詰まった叫びが響く。
「えっ……?」
「うおおおおおおおおっ!?」
「きゃあああああああああっ!!」
ガラガラと激しい音を立てて崩れ落ちる床と共に、一年生五人とカップルの男女は、悲鳴を上げながら洋館のさらに深く、真っ暗な地下空間へと真っ逆さまに転落していった。
図らずも、分断の罠を力技で粉砕してしまった形だが――彼らの本当の恐怖と試練は、この地下室から始まるのであった。




